最終回 ヒコ王国への帰還
「フォーゴ、アグア、ルス!」
「「「おねえちゃーん!!」」」
ヒコ王国の港でオウロは出迎えた鯛の魚人の三つ子の弟たちに抱かれた。
オウロは目に涙を浮かべる。愛しい家族の元に戻れて、喜びに満たされたのだ。
その後ろにジェンチュとアマーベルも立っている。ケガは大したことはないようだ。
ふたりはプラタの元に来た。
「よく戻ってきたな。プラタ」
「オウロを無事に助けてくれてありがとうな」
そういって彼の肩に手を置いた。プラタも微笑んでいる。
あとは何も聞かない。子供たちが何も言わなければその必要がないからだ。
「ようやく終わったな。よく考えたらオウロたちを助けに行ったのに、国をまたいでの大冒険になったな」
ニホンアマガエルのヒスイが独り言を口にする。特にプラタはレスレクシオン共和国からエビルヘッド教団の都フィガロを経由し、さらに蟲人王国からホッドミミル王国、最後は妖精王国で旅の幕を引いたのである。
その途中でプラタとオウロの出生の秘密が明らかになったが、ふたりにとってどうでもいいことであった。
大事なのは今であり、過去などどうでもいいのである。
「うえ~ん、オウロさんと三つ子が再会できてよかったよ~」
「そうですね。家族は大切です」
「はいです! とっても大切なのです!!」
バナナスラッグのコハクにアイアンメイデンのイエロ、ヤマビルのフビも同意する。
「ふぅ、ここがヒコ王国か。えらい繁盛しとるなぁ、ええ国や」
「とてもきれいなのだ! でも地味なのだ!!」
オークウッドのベルフェゴールが見まわしながら言った。そこをロビンヘッドが叫ぶ。
ヒコ王国は蟲人王国のデュマや、妖精王国のビッグヘッドハウスと比べると地味であった。
ちなみにロビンヘッドを見ても平然としている。ネプチューンヘッドが顔を出すこの国でしゃべるビッグヘッドがいても珍しくないからだ。
フォーゴたちはひさしぶりに再会した友人に集まり、遊ぼうと誘った。
「ほう、プラタは新しい仲間を加えたのか。私はジェンチュ、ロウソク屋の主人でこの子たちの父親だ」
「うちはベルフェゴールや。エビルヘッド教団の司教をさせてもらっとります」
「へえ、そうなんですか。司教だからすごく偉いんだな」
ジェンチュはベルフェゴールに握手を求めた。ヒコ王国にとってエビルヘッド教団は数多くある宗教のひとつでしかない。
単純に司教はえらいとしか認識していないのである。
「ああ、ベルフェゴール先生はすごいんだぜ。エルハヴァ号の治療も行えるんだ。この人がいなかったら航海なんかできず、後悔していたところさ」
「まあ、プラタが先生と呼ぶなんて珍しいね。よほど気に入ったんだろうねぇ」
プラタが絶賛するので、アマーベルも感心していた。それを見てベルフェゴールは照れくさくなった。
「そういえばスセッソはどうしているんだ? 元々デュマはあいつが迎えに来るはずだったのに」
プラタが文句を言った。迎えを頼んだのはスセッソだが、来たのはヒコ王国の国王ヴェンセドル三世と護衛騎士のイングリッドであった。
「スセッソは最初自分で行くつもりだったらしいぞ。それをヴェンセドル様が面白そうだからと言って代わったらしい。イングリッドが嘆いていたな」
「その代わりにスセッソは商品をかき集めていたらしいね。あの子の見立てじゃ妖精王国で戦争が起きるから、大儲けのチャンスだと言っていたよ」
ジェンチュとアマーベルが補足した。ヴェンセドルはオウロたちの誘拐を通じて、妖精王国の駐在武官、エルフのフリードウッド・オアシスの仕業とわかった。
その背後にいるスプリガンのビヨンド・ハッシュ大佐がいることも調べたのだ。
スセッソはそれを聞き、オウロが確実に妖精王国に送られることを予測する。そこでプラタが彼女を取り戻しに行けば確実に国内は荒れる。
商売のチャンスと考えるのも無理はなかった。迎えは国王に任せ、自分は金儲けを優先したのだ。
事実、スセッソは大量の商品を船で運び、妖精王国に売りさばいた。もっともエビルヘッドが暴れたことなど知らなかったので、驚いていたようだ。
「ほう、あんたがプラタとオウロの家族か。俺の名前はピークォド・ホーキンスという」
のっそりと巨体が動く。それはシロナガスクジラの女だった。
白鯨女王こと、ピークォド・ホーキンスである。彼女はジェンチュに頭を下げた。
「この人は俺の恩人エルハヴァさんの妹なんだ。その仲間たちがいなければオウロは助けられなかったよ」
「そうだったのか。ピークォドさん息子たちと護ってくださりありがとうございます」
ジェンチュとアマーベルは巨大な身体に物怖じせず、頭を下げて礼を言う。
「なぁに、気にすることはないさ。姉さんの死にざまを教えてくれた恩もあるからな。俺としてもろくな礼をできてないので心苦しいところさ」
するとプラタはいきなり彼女の胸を揉んだ。彼女の胸は乳牛の乳はおろか、乳牛本体ほどの大きさである。
唐突に乳房を揉まれても、ピークォドは平然としていた。
「なんだ、俺の胸を揉んで。固くてでかいからありがたくないだろう?」
「いいや、そんなことはないぜ。おっぱいに貴賤はない。あんたのおっぱいは超ど級の一品だ。こいつを独り占めできる未来の旦那が羨ましいぜ」
その様子を見た三獣士たちはどよめきだした。
クロサイのサイクロプスや、アムールトラのトラファルガーにもその魔手がやってくる。
サイクロプスの胸はほのかな産毛に堅い皮が特徴的であった。
トラファルガーの胸はふさふさの毛に弾力のある触り心地だ。
「きゃっ! いきなり女の子のおっぱいを触るなんて不敬ですわ!」
「お前は女の子って歳じゃないだろ。しかしいきなり胸を触るなんてどういうことだ? あたしたちと結ばれたときは揉まなかったのに」
「そうだな。あいつは初対面のあたしはおろか、ユカリの木の肌みたいな胸も揉んでいた。それなのに二度目に会ったときは揉まなかった。不思議だね」
プラタに胸を揉まれたコアラのコアラーズは首を傾げた。
その言葉を聞き、オウロの目に光が消える。
「……なんですって?」
彼女の身体から冷気が漂い始めた。ひょいと立ち上がり、弟たちから離れる。フォーゴたちは姉を怖がり、ロビンヘッドが彼らを腕で回して抱きしめた。
「そういえばプラタはこう言っていました。オウロさんとフォーゴさん、アグアさんとルスさんを取り戻さない限り胸を触らないとおっしゃってましたね」
「なんだそりゃ、初めて聞いたぞ」
「蟲人王国にいたときの話ですから。ヒスイさんたちは初めてでしたね」
イエロがヒスイたちに説明した。それを聞いてコハクたちが違和感に気づいたようである。
「あ~、だからコハクの胸を触らなかったんだ~。初めてをあげたのにおっぱいを揉んでくれなかったから、物足りないと思ってた~」
「はいです、そうです、そうなんです! ただ肉を貫かれるだけではだめなのです。やはり愛撫もしてもらわないと満足できないのです!!」
コハクとフビも不満を漏らした。それを聞いてオウロから殺気が漏れ出す。
地面をちょろちょろと這いまわるドブネズミは泡を吹いて倒れた。
空飛ぶカラスもうめき声を上げて墜ちていく。その様子を見てヒスイとイエロは自分たちが禁忌を口にしたことを悟ったが後の祭りであった。
「なるほどね、それで謎が解けたよ。うちの連中もプラタがおっぱいを揉まなかったことに疑問を感じていたからねぇ。いや~、これですっきりしたよ!!」
カスピトラのアニトラは豪快に笑い飛ばした。ピークォドたちも釣られて笑う。それが止めであった。
オウロからぷちんと何かが引きちぎられる音がする。
それは堪忍袋の緒が切れた音であった。
「プラタ……。私はね、あなたがおっぱいを触るのが生きがいだと思ってたよ。でもね、あんたがまさか人様の純潔を無残に散らしていたなんて、全然知らなかったな~。うん、ぜ~んぜん知らなかったよ~」
オウロの顔は鬼になっていた。怒りで真っ赤になっている。さすがのプラタも鬼気迫る顔に後ろへ下がった。
「おいオウロ落ち着け、俺が好きで女の初物をいただくと思ってんのか?」
その瞬間、周囲の空気が一気に重くなった。まるで極寒地獄に突き落とされたような錯覚になる。
「この女の敵がぁああああああ!!」
オウロの尻尾攻撃が容赦なくプラタに襲い掛かる。バキバキと耳障りな音が鳴り響いた。
アマーベルは息子たちを自分の家に避難させる。ロビンヘッドはわけがわからず、フォーゴたちの目をふさいでいた。
「ぎゃああああああああああ!!」
プラタの絶叫が響き渡る。通りすがりの人は「いつものあれか」といって振り向きもしない。
三獣士たちはその様子を見て冷や汗をかいた。彼女らは歴戦の海賊だ。狂暴な海賊たちと幾度も血塗られた戦いを繰り広げてきた。
オウロの暴力はそんな彼女らをドン引きさせたのだ。
「……そっくりだな」
「何がだ?」
右手であごをさするピークォドの独り言にヒスイが反応した。
「ふたりはラグ王様とナロク王妃そっくりなのさ。ラグ王はでべそで敵を倒すが、無類のおっぱい好きだった。特に女性が歩いて揺れる胸を見るのが大好きだったな。ただし触ることはしなかったが。
そしてナロク王妃は人一倍嫉妬深かった。ラグ王がスケベな目で女性を見ていたら、容赦なく尾っぽでラグ王に暴力を振るっていたよ。緑人王国や妖精王国の海軍を相手に無双をする王に対してね。
そうだ思い出した。確かナロク王妃の叔父がヒコ王国に行ってそこで当時の国王に仕えたそうだよ。その叔父はアオザメの人魚だったっけ」
ピークォドの話にヒスイは国王に悩まされたひとりの女性を思い出した。
実力はあるのにひとつの悪癖で台無しになるのが、残念である。
「ぐえええええええええええ!!」
いまだにプラタの絶叫は止まらない。骨や内臓が砕ける音がまるでこの世の終わりが来るように、不快になってくる。
「ああ、コミエンソにいるホビアルに便りでも出しますか。前にベラさんと出会ったときに伝言を頼みましたが、それだけでは不十分ですからね」
イエロは目の前の惨事に目を背け、関係ないことを独白した。
その様子を海の上で眺めている者がいた。キャラベル船ほどの大きさを持つ大頭船に乗っている。
プラタの育ての親、ネプチューンヘッドだ。彼は望遠鏡で様子を見ていたが、息子の惨事を止めることができなかった。
「すまないエルハヴァ殿。わしはプラタを守れないかもしれない」
そのつぶやきは誰にも聞かれることはなかった。
☆
「これでよし」
妖精王国を散々暴れまわったエビルヘッドは、ルシファーヘッドに回収され、本拠地であるフィガロへ帰還した。
それをウィッチヘッドが迎える。魔女の名を持つ彼女は恭しく自分の神に跪く。
「お帰りなさいませ、エビルヘッド様。首尾はいかがでしたか?」
「ああ上々だ。これで妖精王国はプラタを追う事はできなくなった。しばらくは復旧作業で忙しくなるだろうよ」
エビルヘッドが言った。彼が妖精王国を襲撃したのはプラタのためであった。
「彼は英雄になれるでしょうか。エビルヘッド様を討ち取る伝説を作れるでしょうか?」
「わからないな。だが難しいだろう。奴は復讐心がない、自分の生みの親が殺されても眉ひとつ動かさないからな。英雄にはなれんかもしれない」
そう彼は英雄を望んでいた。レスレクシオン共和国や蟲人王国を荒すのも、すべては自分を倒す人間を育てるためである。
今は信者たちにレスレクシオン共和国に潜入し、閉鎖的な村で子供を作らせた。そしてその子が村八分になり、迫害されることを願ったのである。
それに恨みを抱かず、まっすぐな性格になる者こそ英雄にふさわしいと思っているのだ。
一見狂人の立てた計画に見えるが、神応石という特別な物質を知っている彼だからこそなしえるのである。
「正直に言えばプラタには期待している。何しろネプチューンヘッドが自主的に子育てをしたのだからな。キングヘッドにミカエルヘッドは人間の味方をしているが、特に人に興味があるわけではない。それがネプチューンヘッドだけ変化したのだ。これはもしかするとわしの望みが叶うかもしれん」
エビルヘッドの望みは不老不死だ。それは神応石という人の精神に影響を受ける不思議な石があってこそである。
彼は人間の村を襲い、悪の化身として恐れられていた。彼の恐ろしさをおとぎ話として残していたり、エビルヘッドの木像を逆さに吊るして厄払いしたりする村もある。
彼は人間たちのすべての憎しみをその身に受け、滅ぼしてくれる人間を欲しているのだ。
人間たちの憎悪と悪意を一身に受け止め、それを人間たちの手で下す。
自分たちのしりぬぐいを人間自身が行うわけだ。そして新しい自分が生まれ、再び同じことを繰り返す。
それがエビルヘッドの願いなのである。エビルヘッド教団の大司教や幹部たちはその覚悟を知っており、彼のために戦うことを決意していた。
「レスレクシオン共和国にまいた種はすでに広がっております。特に熊のマリウスの息子フエルテ、ベルゼブブ司教の娘で豚のエボニーヌの息子アトレビドが期待できそうです。
人間のジャヴェールは手違いで夫婦ともどもスマイリーに喰われましたが、娘のホビアルは助けました。
他にはハムスターのテナルディエは子種を残しましたが、村人に殺されてしまいましたね。他は殺されたか、子供が産まれてもすぐに始末されております」
「……そうか。彼らの犠牲は決して無駄にはすまい」
「神応石の力を倍増する鉱石にトリディマイトが一番だという研究成果もあります。エビルヘッド様は神でございます。この世界はあなた様という光があってこそ輝くのです」
ウィッチヘッドの言葉をエビルヘッドは否定する。
「わしは神になどなりたくない。邪悪でよいのだ。GOD《神》は死ねばDOG《犬》となる。EVIL《邪悪》なら死んでもLIVE《生き残る》になるからな」
エビルヘッドはそう言って黙るのだった。
今回で最終回です。長い間ありがとうございました。
よく考えると登場人物が多すぎて、ごちゃごちゃしていたかもしれません。
もう少し登場人物を押さえておきたいですね。




