第68話 突発的な事態
「ふぅ、やっと終わったか」
プラタは安心した。敵であるビヨンド大佐はすでに倒している。あとはオウロを連れてこの国を去るだけだ。
プラタはちらっと見るが、ビヨンド大佐は大の字で倒れている。
クイーンヘッドは目に縫われた毛を抜き取ると、パチパチと瞬き安堵した。
「どうやら終わったようですね」
クイーンヘッドが声をかけた。プラタはうんとうなづくと、バルコニーから飛び降りる。
女王は気絶したビヨンド大佐を見て、ため息をついた。
「オウロ、無事か?」
金色の人魚はすでに解放されていた。仲間のフビが健康を確認している。
オウロはプラタを見て、ほっとしたように顔をほころばせた。
「プラタ、あんたもすべてを終わらせたようね」
プラタは周りを見回した。すでにナイトヘッドたちは倒れて木に変化していた。
ローリング少佐たちは倒れている。ヒスイたちが倒したのだろう。
もっとも彼女たちは腕や足にケガを負っていた。結構ギリギリの戦いだったのだ。
「……そういえばローリング少佐、そこにいるブルドッグの人がエルハヴァさんを誤射したらしいわよ」
オウロは手の平を上にして、倒れているローリング少佐に向けた。指さしは下品だからやらないのだ。
「誤射、つまりこいつはエルハヴァさんを殺す気などなかったんだな」
「ええ、その通りよ。そもそもビヨンド大佐たちがホッドミミル王国を襲撃したのは、国の倉庫にある黄金が目当てだったの。ラグ王とナロク王妃は大佐たちの当てつけに自殺したらしいわ。私にはさっぱりわからないけど」
オウロは不快感を持っていた。自分の生みの親が当てつけのために命を捨てたことが理解できなかった。
愛する子供がいるのに、親の責任を放棄したのである。彼女にとって家族はタイの魚人であるジェンチュとアマーベルが両親であり、フォーゴにアグア、ルスの三つ子の弟たちなのだ。
「けど大佐は今でもそれが忘れられないというわ。心の傷はえぐられると癒せない。ラグ王たちの目論見は成功していたといえるわね。あの人を徹底的に追い詰めたラグ王こそ真の悪だわ」
オウロは悪態をついた。プラタもビヨンド大佐に対して怨恨はない。オウロを攫っただけである。
出会ったことのない生みの親などどうでもよかった。例外はエルハヴァだけである。
彼女を撃ったローリング少佐にも含むものはなかった。なぜならネプチューンヘッドが聞いた彼女の言葉はプラタを託すことであり、自身の復讐は頼んでいないからだ。
なのでローリング少佐を殺すつもりはない。晴らせぬ恨み云々は第三者の憂さ晴らしでしかないのである。
「ええい、全員そこを動くな!!」
やにわに声が上がった。そこは年老いた眼鏡をかけたトロルを中心に、海兵たちがブラウン・ベスを構えながらやってきた。
その横には赤い丸刈りの女性が立っている。
「あら、おひさしぶりですね。プラタさん覚えていますか、レッド・ストーンズ少佐です」
それはカエンタケの亜人であった。美しい女性の姿だが、中身は男である。キノコ系の亜人は見た目と性別があべこべなのだ。
「おおレッド少佐か、ひさしぶりだな。ディープ会長の話じゃ軟禁されていたみたいだけど元気そうで何よりだ」
「なんとか脱獄しました。ちなみにディープさんたちは無事に保護されましたよ。あとこちらはタリエシン・ハッシュ元帥です。ビヨンド大佐のお父様で、私の義父様でもあるのですよ」
「それはそれは初めまして。プラタです。ネプチューンヘッドの息子です」
プラタはこの場にそぐわない、のんきそうな声で挨拶した。側にいた老トロル、タリエシンは忌々しそうな表情を浮かべている。
「レッド少佐、この男がでべその一味の船長、プラタなのだな? 悪いが拘束させてもらう。やれ!!」
「はっ、了解しました!!」
海兵たちは敬礼するとプラタたちを拘束しようとする。今回はビヨンド大佐の暴走だ。
しかし身内の不祥事を国民に知らせるわけにはいかない。ビヨンドのクーデターを誤魔化し、すべてはプラタたちのせいにしようというわけだ。
「悪いが捕まってあげないよ! 俺たちは何事もなくこの国を出て行くぜ!!」
プラタはオウロたちを護るように立ちふさがった。彼女たちには指一本触れさせないという意思表示が見られる。
「なら仕方がない。全員射殺せよ!!」
タリエシン元帥は射殺命令を出した。非常に見えるが所詮は海賊の命など二束三文だ。刑務所に入れて税金で養いより、殺した方が手っ取り早い。
彼は海軍を守るためなら非情の命令を下すことなどためらわない。すべての憎悪は自分ひとりで受け入れる覚悟を決めているのだ。
それがタリエシン元帥なのである。
ところが唐突に空から何かが飛来してきた。黒く巨大な影が現れたのである。
一瞬だけ太陽が隠れてあたりが暗くなった。
そして明るくなると、天から何かが落下したのだ。
マーキュリー宮殿を中心に地鳴りが起きた。びりびりと建物は振るえ、ガス灯に止まっているフェアリーヘッドたちが一斉に飛び立った。
埃が舞い上がり、プラタもタリエシンたちも視界を奪われた。
やがて視界が良好になるとそこには信じられない者が立っていたのだ。
大きさはアフリカゾウ並みであり、巨大な顔に腕と足が生えていた。
ぎょろりとした巨大な目に、鷲のような鼻、口は大きく裂けており牙が生えている。
クイーンヘッドも大きいが、これは一回りどころか二回り以上も巨大であった。
「エビルヘッド……」
クイーンヘッドがつぶやいた。彼女は彼から生み出されたのである。
「ガハハハハッ! なんだかおもしろそうなことになっておるなぁ? わしにも遊ばせろよ!!」
「ええい、撃て!!」
タリエシンは海兵に命令して、エビルヘッドに一斉射撃を命じた。
しかしエビルヘッドは一歩も動かない。それでいて銃弾は分厚い皮膚に止まってしまう。
それを見たエビルヘッドはにやりと笑った。
「おお、お前たちがわしの遊び相手か。おーいルシファーヘッドよ、お前は適当に遊んでろ!!」
エビルヘッドは空を見上げた。空には巨大な烏に見えるルシファーヘッドが空を旋回していたのである。
レッド少佐はそれを見て真っ青になった。
「元帥殿! すぐに警戒サイレンを流すべきです!! ルシファーヘッドが通り過ぎた後は伝染病が流行ります!!」
レッド少佐の提言にタリエシン元帥はすぐに許可した。ルシファーヘッドは疫病神なのである。通り過ぎた後には伝染病が流行り、体が弱い子供や老人から死んでいくのだ。さらに牛や鶏の家畜もその犠牲になるのである。
もっとも妖精王国では家畜の数は少ないので、輸入すればよいのだが。
「じゃあ、さっそく楽しませてもらおうか!」
エビルヘッドは大きな口を開くと、大蛇のように太くて長い舌を出した。
舌は海兵たちをなぎ倒す。タリエシン元帥は素手で受け止めるが、鼻から鼻くそを飛ばしてきた。
それらはタリエシン元帥にぶつかり、ふきとばされたのである。
「さあて町に出ようかな? 人間どもを何人踏みつぶせるか、今からわくわくするぞ!!」
そういってエビルヘッドは人の多いところへ走っていった。
後に残るのはプラタたちだけである。
「おお、でかいお仲間なのだ! あんなにおっきな人は初めてなのだ!!」
「ロビンヘッド、あれはあんたの生みの親エビルヘッド様やで。それにしてもなんできたんやろ。さっぱりやわ」
ロビンヘッドが興奮しながらエビルヘッドの指を差している。それをベルフェゴールがたしなめた。
エビルヘッド教団の司教である彼女でも、だしぬけに表れた自分の信仰する神が登場したので、呆気に取られていた。
「だけど今がチャンスだよ。ここから逃げ出す絶好の機会だ!!」
ヒスイが叫ぶ。タリエシンは死んではいないが、気絶している。レッド少佐は責任者がいないので代理で命令を下していた。
プラタたちは町に捨てられてあった蟲車を調達すると、一路ベリーの港へ急ぐのであった。
後日エビルヘッドの被害は甚大であった。
大通りには多くの庶民がおり、エビルヘッドの巨大な足に踏みつぶされたのである。
さらに貴族たちはその手で乗っている馬車をぽいっと投げ捨てる暴挙に出た。
破壊されたビッグヘッドハウスは数知れず、タンクヘッドも殺され、ガスの共有や水不足に陥った。
それ以上にルシファーヘッドのせいで赤痢が流行し、病院は患者であふれ、金のない貧乏人はおろか、貴族ですら激しい下痢と嘔吐で死んでいったのだ。
とどめにプレスリーの港ではセイレンヘッドが港の船をかみ砕き、上陸しては家や倉庫を芋虫ごろごろのように転がって破壊するのである。
その危機を救ったのはツェッペリン商会であった。商会の倉庫は無事であり、中には衣料品や食料、毛布や燃料などがふんだんに積んであった。
ディープ会長はそれらを惜しげもなく避難所に提供したのである。
さらに復帰したビヨンド大佐が独自の情報網で避難所を確保し、救援物資を配布した。
出し惜しみをする商会や貴族は脅しを入れたので、万事滞りなく進んだのである。
それをプラタたちが知ったのは後日であった。ビヨンド大佐のクーデターはなかったことにされた。代わりに彼は軍をやめることになったのである。
そして民間軍事会社を立ち上げ、エビルヘッドによって荒らされた妖精王国の復旧に力を入れたのであった。
『自分はあの日に死ぬはずだった』とビヨンド大佐はインタビューで答えているが、その真意を知る者は少なく、また業界でも禁忌として扱われるのであった。
本当はビヨンド大佐は死ぬはずでした。最初はプラタに殴り殺されて、クイーンヘッドを護った英雄としてまつわれる話でした。
でもややこしく、ごちゃごちゃしているので今度はエビルヘッドに喰われる展開を考えていました。
そしてみんなに英雄と呼ばれて終わる予定でしたね。
で結局彼は殺さず、生きたまま後始末をさせる結末にしました。はっきりいえばカタルシスのない展開です。もともとビヨンド大佐は完全な悪とは言えず、勧善懲悪にしても意味がないと思いました。
現実の話ですが私は死刑に反対です。死刑はこの世でもっとも優しい刑だからです。だって生きる苦しみから解放するのですから。
どうせなら死刑に該当する犯罪者は一生重労働をさせ、被害者の遺族に送金させればいいと思います。
でも遺族にしてみれば、加害者が生きていることが許せない人がほとんどであり、私の考えは被害者遺族の配慮がないとも言えます。
ですが現実世界は物語のようにわかりやすくありません。殺人を犯す人間が人殺しが大好きで一切反省しない殺人鬼だけではないのです。ちょっとした感情の暴走でつい間違いを犯した人がほとんどだと思う。
よく殺人に対して死刑だ殺せという人は、自分が同じ立場になったら同じことを言われることを知るべきですね。




