第67話 フロイド・ハッシュの心配事、リジーナの憂鬱
「ふぉああああああああああ!!」
ドワーフのフロイドが悪夢を見たような絶叫を上げた。
顔中冷や汗をかいている。顔半分は髭で覆われているが、真っ青であることは明白であった。
「フロイド中将、大丈夫ですか? 意識ははっきりとしておりますか!!」
部下のコボルトが心配そうに声をかけた。
フロイドは周りを見回しながらため息をつく。
「……夢ではなかったか。このまま目覚めなければよかった」
「中将殿、これは紛れもない現実でございます。夢ではございません」
部下の無分別な発言に、フロイドは顔をしかめた。
そして部下の手を借りながら、よろよろと立ち上がる。
「戦況はどうなっている?」
「はっ、報告いたします!!」
部下の報告は以下のようなものであった。
フロイド中将の直属である部下たちはピークォド海賊団に対して間合いを開けていた。
ただし別の船は命令を無視して、進撃する船が目立っているという。
普通に命令違反なのだが、なぜかいうことを聞かない。
彼らはフロイド中将を嫌っているのではなく、その後ろにいるビヨンド・ハッシュ大佐が気に喰わないのだ。
ビヨンド大佐は独自の情報網によって貴族を脅迫し、本来出世できない庶民出身の者を出世させたのである。
それは下級貴族の娘と結婚したり、養子になったりといろいろであった。
しかし貴族の中にも傲慢で変化を嫌う人間に反発する者もいた。それらはビヨンド大佐の考えに同調しているのである。
ただ彼の資金源がさっぱりわからない。普通は商人などに金を借りることが多いが、彼はどこからか資金を調達していたのだ。
「ビヨンド大佐が嫌いな貴族出身の将校が、命令違反をしております。無線で呼んでもまったく応答がございません」
「バカな奴らだ。軍法会議物だぞ」
フロイド中将は、部下の報告を聞いて胃が重たくなる気分であった。
今回の作戦は彼の指揮であり、最高責任者でもある。それが個人の私怨で命令を無視するなどありえない。
それらの将校は貴族家の長男で将来の椅子が安泰している、傲慢な人間がほとんどであった。
逆にフロイド中将の部下は部屋住みの次男坊や、男爵位の者がほとんどである。
「それとホワイト中将はアニトラの船で交戦中です。お前の純潔を奪った男は誰だと、叫んでおりました」
「ピンク中将は三獣士と交戦中です。まったく引けを取りません」
部下たちの報告を聞いて、フロイド中将は頭を抱えた。ただし他の部下たちがフォローしているので、問題はない。
苦労人の中将の心を支えるために、部下たちが気を配っているからである。
別の意味で彼は部下たちに慕われていると言えよう。
その時である。無線機で突如大慌てで連絡が来たのだ。
『フロイド中将へ申し上げます! 4時の方向に巨大な影を発見! 大きさからしてレベルAでございます!!』
なぜそんなことがわかるのかといえば、戦艦にはレーダーヘッドというビッグヘッドが寄生しているためである。
その特徴はまず船内に根を張り巡らせ、超音波を発するのだ。
そして鏡ほどに大きい眼球から、その影を読み取るのである。
「レベルAだと……、まさか、アレか!?」
フロイド中将は報告を聞いて、すぐに退避命令を出す。
懐にある小さな箱を取り出し、ボタンを押すのだ。すると各戦艦から退避命令を意味するサイレンが鳴り響くのである。
まずレーダーヘッドの様子を見てから、影がどこに向かっているのかを確認する。そして逃げるのだ。
☆
「ええい、リジーナ! お前を陥れた男はどこだ! 俺が見つけて殺してやる!!」
ケットシーのホワイト・サバス中将はアニトラ海賊団の船で交戦していた。
船長のアニトラは踊り子の服を着ているが、剣術の達人でもある。
さらに尻尾を使って剣を振るうこともできるのだ。
それに対してホワイト中将は素手だ。鋭い爪を振るい、剣を物ともしない。
側にはアニトラの副官、リジーナも剣を抜いていた。
彼女は白いケットシーで、赤い帽子に赤マント、そして赤い長靴を履いている。
彼女はホワイト中将の娘なのだ。彼女は貴族の娘だが、堅苦しい生活に嫌気がさし逃げだのである。
もう長いこと会っていなかったが、最悪の再会であった。
「お許しください、お父様! リジーナはもうあなたの知っている汚れを知らない体ではないのです! もうわたくしは死んだものと思ってくださいませ!!」
リジーナはレイピアという細長い剣でホワイト中将を突く。しかし彼は剣を弾く。
素手で相手をするだけで海兵だけでなく、海賊たちの心を折るのだ。
「むむむ、身持ちの堅いお前にそこまで言わせるとは!! どうしてもお前の男を見たくなったぞ、一体どこのどいつだ!!」
ホワイト中将は頭に血が上っている。娘の話をまったく聞こうとしない。
「うーやーたー!!」
スナネコの亜人、タイガーリリーが声を張り上げた。彼女は普段無口だが何でも破壊する超音波を発することができるのだ。
岩を砕き、酒樽の水を一気に沸騰することができる。
「甘い!!」
彼はすぐにかわしてしまった。逃走ルートに蜘蛛の巣が張ってある。それは三味線の弦であった。
猫又のイタドリの仕事である。
狂暴な巨大アライグマや巨大アカシカも身動きできなくなるほどの、威力を持っているのだ。
「うちの作った蜘蛛の巣はいかが?」
ホワイト中将は蜘蛛の巣に絡まれたがすぐに抜け出してしまった。イタドリは特に慌てていない。
「ほほほ、わたくしの美しさに酔いなさい~」
アビシニアンの亜人であるズーラがシナを作った。彼女はフェロモンを操る能力を持っている。
大抵の男はもちろん、女もメロメロになるほどだ。不能な男も股間を抑え、整理が終わった老婆さえ発情するほどである。
「あん、小娘に用はない!!」
ホワイト中将はまったく動じない。ズーラは軽い衝撃を受けて固まった。
「なんてやつだい。ホワイトってのは化け物だと噂されていたけど、これほどとはねぇ」
アニトラは苦虫を噛んだ顔になった。自分たちはそれなりに修羅場を潜り抜けた自信がある。
ナトゥラレサ大陸に住む、進化したカニクイザルの集団に殺されかけたこともあった。原始時代の人間のように磨製石器や弓矢を武器に襲い掛かってきたのである。
海では巨大カモメが数千羽も飛んできたし、巨大トビウオの群れに飲み込まれ、死にかけたこともあった。
それがホワイト中将の前だと生易しい思い出になっていくのだ。それほど彼が化け物じみた力を持っているのである。
ヴェルナーやフーマオも同時にかかるが、まったく相手にならない。そのくせホワイト中将は紳士なので女性に乱暴する気はないのだ。
「ホワイトさん! 早く逃げましょう!!」
トロルのピンク・ハッシュ中将が飛んできた。トロルにしてはエルフ並みの美女である。
「なんだピンク、今忙しいから後にしてくれ」
「だめだ! このサイレンが聴こえないのか、これはレベルAの警報だよ!!」
ピンクは慌てた口調でホワイト中将を止める。自己中心的な彼女にしては珍しい。
アニトラも彼女の言葉に反応した。確かに妖精海軍の軍艦からサイレンが鳴り響いている。
一部の戦艦はここから離脱しているようだ。
「そんなこと知るか!! 今俺は娘の躾に急が―――」
ホワイト中将は無視しようとしたが、ピンクが彼の腹を殴った。一瞬で悶絶する。
白い泡を吹いて倒れた。ピンクは彼を抱えて逃げ出す。
「ごめんね。これはダーリンが決めたルールなの。こいつが聞こえたらすぐに撤退すると約束したんだよ」
ピンクは自由気ままに生きている。しかし彼女にはルールがあった。それは愛する夫、フロイドの言うことは聞くことである。
普段は彼の話を聞かないことが多い。だがこのサイレンだけは絶対に守ると誓ったのだ。
あっという間にピンクは戦艦に戻る。船はすぐにその場を離れた。
「いったい何が……」
アニトラはピンクの後姿を見送りながらつぶやくが、すぐに目が丸くなった。
海軍が逃げ出すのはアレしかない。
「逃げろ! あいつが来る!!」
アニトラも叫んだ。フーマオに銅鑼を鳴らすよう命令する。海を生業にする者なら誰でも知っているあいつが来るのだ。
突然海から音がした。海中から巨大な何かが飛び出したのである。
それはクジラに見えた。だがクジラではない。
顔は不釣り合いに美しい女性であった。海の魔女と呼ばれている存在である。
「セイレンヘッド!!」
アニトラ以下の全員が叫ぶ。セイレンヘッドは軍艦にとびかかってきた。
あっという間に船を潰してしまう。船員たちは慌てて逃げ出し、海へ飛び込む。
しかし海に潜ったセイレンヘッドは海に浮かぶ船員たちをパクパクと食べ始めた。
阿鼻叫喚の地獄絵図である。
その様子をアニトラたちは遠くで眺めていた。ピークォド海賊団は妖精海軍の船を食い荒らされるのを見ているしかない。
「……数年前に見た事はあるが、まったく慣れないね。吐き気がするよ」
アニトラは吐き捨てながら言った。過去に孤島に住む村人が喰われる様を見たことがあるからだ。
船の上でなくてもセイレンヘッドは砂浜などに上陸し、這いながらも人間を喰らいつくすのである。
「そういえば、あいつうちらをまったく狙ってないニャ」
黒猫の亜人ヴェルナーが首を傾げていた。そうピークォド海賊団でセイレンヘッドの犠牲者はひとりもいないのである。
セイレンヘッドは軍艦を数隻沈めた後、港町に飛び込んできた。商会や倉庫を破壊して回っている。その様子はまさに海獣であった。
「お父様……」
リジーナは船の上で父親の心配をしていた。




