第65話 オウロの嘆き
(どうして私はここにいるのだろう?)
金色の人魚であるオウロは、十字架に磔にされながら考えてみた。
両腕は拘束され、さるぐつわをかまされている。その前の扱いは丁寧を極めるものであった。
個室に軟禁されていたが、高級そうな家具に囲まれていた。座り心地の良い椅子に、用意された茶菓子と紅茶は今まで口にしたことのない、程よい甘さと滑らかな舌触りのクッキーに、香りのよい心を落ち着かせるような紅茶だった。
そこで毛むくじゃらのドワーフ、スプリガンが入ってきた。巨漢だが背筋がしっかりしており、品の良さを感じた。
彼の名前はビヨンド・ハッシュで、妖精王国海軍憲兵団の大佐だという。
「初めましてオウロさん。自分はビヨンド・ハッシュ大佐と申します」
「……、あなたは私に何の用があるのですか?」
オウロは単刀直入に訊ねた。なぜ自分をわざわざ連れてきたのかわからない。
ビヨンド大佐は手を後ろにして立っている。ぎょろりと黒い目が光っていた。どこか憂いのある瞳であった。
「あなたは囮ですよ。プラタ一味とピークォド海賊団を誘い出すためのね」
「なんでそんなことをするのですか。そもそもピークォド海賊団という人たちが私を助けに来るとは思えませんが」
オウロは本音を言った。自分がラグ王の娘であることは、ミスティルティンから教えてもらっている。しかし過去の人間の子供を引っ張り出しても今更迷惑だと思っていた。
ミスティルティン本人も同じ考えであった。わざわざ面識のない自分を助けに来るとは思えないのである。
「普通はそうでしょう。ですがピークォド・ホーキンスは姉のエルハヴァを尊敬しております。人間の身でありながら、シロナガスクジラの亜人である妹を投げ飛ばしたというから驚きですよ。そしてプラタはエルハヴァの恩人です、自分の船にその名前を付けるほど敬意を表しています。さらにあなたとプラタは血の繋がった家族以上の絆がある。プラタが助けに行くと言えば、必ず来る。あなたもプラタが来ることを信じているでしょう」
ビヨンド大佐の言うことは的を射ていた。それでもわからないことがある。そんなことをして一体何のメリットがあるのか、想像がつかないのだ。
「私が何をするのかわからないのですね。当然です、なぜなら私の目的はこの国に巣食うデカ頭の女王を殺すためですよ」
「クイーンヘッドを?」
「そうです。プラタ一味は目くらまし、本命は私がデカ頭の女王を殺すためなのです」
「なぜそんなことをするのですか。クイーンヘッドはこの国の象徴のはず、外国人の私でも分かります」
オウロの質問に、ビヨンド大佐の目に炎が宿った。それは地獄の底から噴き出る憤怒の炎だ。
「この国の象徴ですって? 笑わせてくれますね。デカ頭のメスがこの国の王座にふんぞり返るなどあってはならないのです。知っていますか、毎年デカ頭による被害者の数を。千人以上の人間が生きたまま喰われたのですよ。それなのにあのメス頭はなんら対策も講じない。私は彼らの声を代弁しているのです、デカ頭共を皆殺しにしなければこの国に幸せは訪れないのですよ」
ビヨンド大佐は酔いしれていた。自分の行為がこの国に良い結果をもたらすと信じ切っているのだ。
それでいて紳士的な態度は崩さないことに、狂気を感じた。侠気はあるのだがその精神が凶器と化しているのである。
真摯な性格が信心深い彼を狂わせたのだ。
☆
オウロは現在、マーキュリー宮殿の前にさらされている。名目はホッドミミル王国のラグ王の娘の処刑だが、多くの国民は狂喜よりも疑問視していた。
北にあるホッドミミル王国は蛮族の国だ。海賊行為は迷惑だが、多くの国民にとって他人事であった。
オウロを見る目は憎い肉を喰らう敵ではなく、泡のように儚い、哀れな人魚姫であった。
「ホッドミミル王国ってどこにあるんだっけ?」
「知らない。確か南になる小島じゃなかったか?」
「田舎に住むお山の大将の娘を処刑するなんて瘴気とは思えないな」
誰もが童女の彼女に同情していた。
さてマーキュリー宮殿のバルコニーに何か影が現れた。それはビッグヘッドであった。
この国の女王、クイーンヘッドである。
彼女はナイトヘッドたちに守られながら、バルコニーに出た。そして国民に向かって手を振り、笑顔を振舞う。
オウロは彼女を見たが、不思議な安心感を覚えた。ビッグヘッドは巨大な人間の頭に手足がくっついた不気味な姿をしている。
それなのにクイーンヘッドには不快感などなく、深い愛を感じたのである。
これがこの国の女王なのかと、オウロは感心した。
足元には小さい可愛らしいビッグヘッドがクイーンヘッドの脚にしがみついていた。
女王の娘、プリンセスヘッドである。
そこへ烏ほどの大きさの鳥が飛んできた。それは赤いとんがり帽子に金髪の妖精であった。
フェアリーヘッドである。
「緊急事態発生、緊急事態発生。国民の皆さんは至急近くの建物に避難してください、繰り返す、国民の皆さんは……」
フェアリーヘッドはソプラノボイスで国民の頭上を飛び回り、同じ言葉を繰り返していた。
見物人たちは次々にマーキュリー宮殿を離れていく。フェアリーヘッドが誘導をしているので、混乱することなく散らばっていった。
そして巨大なカブトムシに牽かれた蟲車が数台やってきた。そこから軍人が数十名ブラウン・ベスを抱えながら出てきたのだ。
ブルドッグのローリング・パープル少佐に、アカシカのブラック・スネイク大尉、ゴブリンのマック・フー中尉も混じっている。
その中心はもちろんビヨンド大佐である。
「ビヨンド大佐! いったいどういうつもりだ!!」
老人のビッグヘッドが現れた。白いひげをピンと生やしており、片眼鏡をかけている。
クイーンヘッドの忠実な執事、バトラーヘッドだ。彼もパインクラスのビッグヘッドでしゃべれるのである。
「はい、あそこにいるメスのデカ頭を退治しに来たのですよ」
ビヨンド大佐の暴言にバトラーヘッドは激怒した。
「貴様女王陛下に向かってなんたる言い草だ!! ナイトヘッドたちよ、この痴れ者どもを成敗せよ!!」
バトラーヘッドの号令にナイトヘッドたちがビヨンド大佐たちに向かって突進する。
舌の槍を扱うタング・ランサーに、歯の銃弾を放つトゥース・ガンナー。
そしてハルバートの脚をもつ、レッグ・ハルバートが迫ってきたのだ。
しかしビヨンド大佐はまったく慌てていない。部下たちにまかせて自身はクイーンヘッドの元へひと飛びであった。
「さあ、お前には死んでもらいます。この国は今日から生まれ変わるのだ」
「……ビヨンド大佐。あなたがこのような暴挙に出るとは夢にも思いませんでしたわ。これも妾の不徳の致すところ。謝罪してもし足りないですわ」
クイーンヘッドの態度にビヨンド大佐の顔は凶悪に歪んだ。
「貴様に私の何がわかる! 国民の誰もがお前に好意を抱いているとは思わないことだ!!」
「それなら国民の誰もがあなたの行為を指示するとは思えませんが」
クイーンヘッドの皮肉返しに、ビヨンド大佐は歯ぎしりする。
地上ではローリング少佐たちとナイトヘッドたちが戦っていた。
ローリング少佐はナイトヘッドの額を噛み千切り、ブラック大尉は自慢の角で薙ぎ払っている。
マック中尉は地味に味方の補佐をしていた。
ナイトヘッドたちは次々と死んでいき、木へと帰っていく。
もちろん彼らも負けてはいない、ローリング少佐は舌の槍で身体を飛ばされてしまった。
ブラック大尉は歯の弾丸で角を折られてしまう。マック中尉はハルバートの脚で地面に叩きつけられた。
オウロはその光景を見て怖くなった。なぜ彼らがこんな争いをしなくてはならないのか。
自分を置き去りにして勝手に死闘を繰り広げている。完全ビヨンド大尉の私闘なのに命を懸けるローリング少佐たちが理解できなかった。
(もう、やめて。意味のない争いをするのは―――)
オウロの目から涙がこぼれた。自分とは無関係でも人が争う須賀らを見るのは、胸が痛む。
さるぐつわが緩んだ。オウロは力いっぱい叫ぶ。
「もうやめて!!」
「おうよ!!」
オウロの声にこたえて、プラタが登場した。
背後には6人の仲間たちが立っている。
プラタとビヨンド大佐。ふたりは対峙したのであった。




