第59話 ビヨンド大佐の革命
「これはどういうことでありますかな?」
立派な木の部屋にずんぐりむっくりしたドワーフの男が質問した。
ビッグヘッドハウスで作られた部屋で、窓にガラスがはめられており、細長いテーブルに複数の人間が囲んでいる。
先ほどのドワーフの名はキング・キンクス。妖精王国海軍の大将だ。
上座には年老いたトロルが座っている。彼はタリエシン・ハッシュで元帥だ。つまり海軍で一番偉い人である。
キンクスは貴族の出であり、ひげもじゃだが気品のある顔立ちをしていた。軍服もきちんと着こなしている。
タリエシンは庶民出身だが長年海軍を務めた者にしか出せない覇気があった。
かといってタリエシンは貴族を嫌っていない。実力主義なのである。
さてキンクスが迫っているのには理由がある。それはホッドミミル王国の王女スラシルの処刑であった。
彼女は18年前に北方で暴れまわったホッドミミルの国王ラグの娘だというのだ。
さらにネプチューンヘッドの息子であるプラタは、スラシルの双子の兄であると判明する。
かつて妖精海軍はラグにひどい目に遭わされた。国民の中でも家族をホッドミミル王国に殺されたものもいるし、商船を奪われたこともある。
その娘を公開処刑にして憂さを晴らすというわけだ。国民はホッドミミルを蛮族の集まりだと思っている。
とはいえキンクスは納得しなかった。そもそも悪いのはラグであり、娘は関係ないのだ。
妖精王国は血族を重視するが、罪人の罪は本人のみとしている。
「何もしていない娘を無慈悲に処刑するなどありえません。タリエシン元帥はなぜそのようなことを言うのですか?」
キンクスに言われて、タリエシンは黙ったままであった。
彼の弟フロイドは、タリエシンの娘婿なのだ。もちろん仕事と私事を切り分けている。
その彼がこんな理不尽な真似をするなどありえないと思っているのだ。
「うむ。この私も納得できないな。お前さんの立てた計画にしてはお粗末すぎるぞ」
真っ白いマッシュルームの亜人が言った。大柄のトロル並みに体格が良い。まるで岩を切り取ったような筋肉が目立っていた。
男に見えるが、女性なのである。キノコの亜人は見た目と性別が逆な場合があるのだ。
名前はエターナル・ストーンズ。タリエシンの義理の娘スパイスの夫の母親である。彼女も大将だ。
この部屋にはその三人しかいない。元帥と大将だけで話し合いをしていたのだ。
「……すでに西のプレスリーはホワイトとピンク、フロイドが軍艦を率いて待機している。東側はアトムハートがシュガーベイブ号で巡回をしている。我々の敵はおそらくピークォド海賊団だ。船長はラグの遺児に思い入れがある。必ずスラシルを奪還するために襲撃してくるだろう」
タリエシンはふたりの質問に答えず、別なことを話した。
その様子はどこかおどおどしており、気弱な感じがある。
キンクスとエターナルは彼の不自然な態度に疑問を抱いた。
「元帥。本当にどうしたのですか? そんなめちゃくちゃな発案が通るわけがないでしょう」
「……もしかして息子に何かあったのか? 今朝の新聞が原因なのかよ」
エターナルが言ったのは今日の朝刊である。新聞にはツェッペリン商会の会長夫婦がご禁制の麻薬を輸入した疑いで逮捕されたと書いてあった。
ふたりはすでに刑務所に収容されたそうだ。子供たちはスパイスの元に預けられているという。
「私もそれを読みましたよ。ディープ氏とクリーム夫人が逮捕されたそうですね。ですがいささか強引ですな、まるで自作自演だと噂されていましたよ」
キンクスも腑に落ちない様子であった。タリエシンの息子夫婦だからではないが、ディープはどもりだが抜け目のない性格で、えん罪に遭うようなまぬけではない。
さらにクリームもその手の工作は目を光らせており、罠に引っかかるとは思えないのだ。
「この先は私に任せてもらいましょうか」
突如、部屋に闖入者が入ってきた。全員が軍人であり、フリントロック式の拳銃を手にしている。
全員が元帥と大将の頭に銃口を突き付けているのだ。
「なっ、ビヨンド大佐!! これはいったいどういうつもりだ!!」
キンクスは忠臣にいる人物を見てひどくたまげた。それはスプリガンのビヨンド・ハッシュ大佐だったからだ。
よく見ればブルドックの亜人ローリング・パープル少佐に、アカシカの亜人ブラック・スネイク大尉。さらにゴブリンのマック・フー中尉も混じっていたのだ。
「決まっているでしょう。みなさんにはこのまま静かにしてもらいます。元帥閣下にはそのまま無線で指示を出してもらいます。あなたの声なら全員いうことを聞くでしょうからね」
ビヨンド大佐は義父の頭に銃口を突き付けている。その表情は不敵な笑みを浮かべていた。
義理の息子に対してタリエシンはうなだれている。ぷるぷると震えており、眼がしらが光っていた。
「……ビヨンド。お前如きが私たちに勝てると思っているのか?」
エターナルはビヨンド大佐を睨みつけた。彼はまったく平然としている。
「そういえばレッド・ストーンズ少佐は現在自宅謹慎中でしたね。彼は義弟に対して裏工作をしましたからね。今はスパイス夫人と一緒に過ごしているそうですが」
これはレッド少佐の件はビヨンド大佐のせいだと言われている。
エターナルの顔が怒りで真っ赤になった。暗に息子夫婦を人質にしたと宣言したものだ。
キンクスも顔が真っ青だ。おそらく自分の家族も人質にされているのだろう。下手に動けば取り返しがつかなくなる。そう判断したのだ。
「……ビヨンド大佐。あなたは何が目的なのだ? クーデターを起こし、自分が元帥になりたいのか?」
キンクスは皮肉を交えて言った。
「違います。元帥はタリエシン・ハッシュしかいませんし、私は出世に興味はありません。私の目的はこの国に巣食うデカ頭の女王を抹殺することですよ」
その言葉を聞いてタリエシンたちは真っ青になった。女王陛下であるクイーンヘッドを抹殺するというのだ。
この国に住む人間にとって正気とは思えない発言である。
「大佐!? 本気なのか!! 女王陛下を暗殺するなどどうかしています!!」
「そうだ! 女王陛下のおかげでこの国がどれだけ豊かになったか理解できないのか!!」
キンクスとエターナルは非難した。だがビヨンドはせせら笑うような態度である。
タリエシンだけが沈んでいる。彼は義理の息子がしでかすことを予測していたようだ。
「……ビヨンド。お前はまだ過去を忘れられないのか。私はお前の心を癒すことはできなかったのか……?」
タリエシンは悲しそうな口調で答えた。彼は40年前に孤児になったビヨンドとスパイスを育ててきた。
ビッグヘッドに家族を喰い殺された悪夢はまったく晴れなかったのだ。スパイスは赤ん坊だったがビッグヘッドを怖がっており、彼女もビッグヘッドを恐れていたのである。
タリエシンは同じトロルと結婚し、ディープとピンクという子宝に恵まれた。
ディープはツェッペリン商会の婿養子になり、ピンクはキンクスの弟と結婚している。
スパイスはエターナルの息子と結婚し、バナナラマという孫娘も生まれた。
だがビヨンドは違う。彼は未婚のままであった。彼の結婚話は引く手あまただったのに、すべて断っていた。
それもこの日のためだと思うと、胸が痛くなる。タリエシンは悲痛な思いであった。
「あなたたちはじっとこの部屋に閉じこもってください。すべての責任は私が負います」
そう言ってビヨンド大佐は部屋を出て行った。残るは彼の部下ばかりである。
おそらく自分たちだけでなく、他の幹部も人質に取られているかもしれない。
「……ビヨンド。私はお前に幸せになってもらいたかったのに……」
タリエシンは目を抑えて泣いていた。




