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第57話 オウロの過去

「いったいなんなのかしら?」


 金色の人魚であるオウロは首を傾げた。彼女が現在いる場所が異常なのである。

 ここは船の中であった。内装は大変立派で備え付けられた家具も上質である。

 さらに囚われの身でありながら、ベルを鳴らせば部屋を出る以外は食事を取ったり退屈まぎれのおしゃべりをする女性が来るなど、なんでもしてくれるという、至れり尽くせりの状況であった。

 

 ちなみにトイレも隣の部屋にある。こちらはひとりでできるので問題はない。

 大事なのはここがどこかということだ。彼女はホッドミミル王国のソックという男に買われた。

 その後、王国にやってきたが待ち構えていたのはミスティルティンという男だった。


 彼は三十代ほどの人間の男で、荒々しい海賊の頭目と思われた。しかしオウロに対する礼儀は貴族のように優雅であった。


 そこでミスティルティンから自分の出生の秘密を知った。先代のホッドミミル王国の国王、ラグの娘だというのだ。

 もっとも彼女はピンとこなかった。そもそも自分の両親はジェンチュやアマーベルであり、フォーゴにアグア、ルスの姉なのである。

 確かに親から本当の名前はスラシルと教えられた。だからなんだというのだ。


 そもそも生みの親が死んだと言われても、ピンとこないのも無理はない。

 大事なのは過去ではなく、現在なのである。


「いったい私はどこに連れて行かれるのかしら。この歳でいろいろ連れまわされるとは思いもしなかったわ」


 オウロはうんざりとなった。自分はヒコ王国でロウソク屋として一生を過ごすつもりだったのだ。世界を見て回りたいという人種はプラタやスセッソのようなものだけである。


「けれどなぜあの人たちは私を連れ出したのかしら。意味が分からないわ」


 彼女は首を傾げる。数時間前はホッドミミル王国の城にいた。バルドル王と謁見したが、その途中海賊が襲撃してきたのである。

 全員黒い覆面を被っていた。

 あっという間に制圧された。ミスティルティンが前に出たが、すぐに撃たれた。

 彼は絶命した。アライグマの骨で作られた胸当てを身に着けていたが、パリンと割れてしまい、彼は命を落としたのである。


 海賊たちは動揺していたように見える。本気で殺すつもりではなかったようだ。

 この点も疑問に思っている。動きはきびきびしており、軍人のような動作であった。

 ヒコ王国の騎士たちみたいに規律のある態度であった。


 するとノックの音がした。オウロはどうぞと返事をする。

 部屋に入ってきたのはブルドッグの亜人であった。


「どうも初めまして。自分は妖精王国海軍、ローリング・パープル少佐である」

「妖精海軍?」


 海賊が海軍と名乗っている。なんともちぐはぐな感じであった。


「その通りです。あなたは事が終わればヒコ王国へ返して差し上げます」


 ローリング少佐は礼儀正しく答えた。


「……なぜ私はここにいるのでしょうか。私がラグ王の娘だからでしょうか?」

「その通りです。もっともあなたは釣り餌です。あなたの兄プラタが来るまで待っててもらいましょう」

「違うわ! 私は妹じゃない、姉よ!!」


 オウロは激怒した。彼女はプラタの妹であることに我慢がならないのだ。


「まあいいでしょう。本国へ着いたらしばし不自由な思いをするでしょうが、すぐに終わらせますので」


 ローリング少佐は丁寧な口調で答えた。オウロは自分が人質に捕らえられているとは思えなかった。

 

「あなたたちはいったいどうしようというのですか?」


 オウロが訊ねた。自分をこうして連れてきている。何かあると思うのが普通だ。


「そうですね。あなたにはすべてを話した方がよいでしょう。我らの目的はクイーンヘッドの抹殺です。あなたはプラタを誘い込む生餌になってもらいます。そうすることで王国内は大混乱、ビヨンド大佐がデカ頭の大将をこの手で討つ手筈なのです」


 ローリング少佐はとんでもないことを言った。ヒコ王国に住む自分でも妖精王国の事は知っている。クイーンヘッドは女王であり、ビッグヘッドを利用した家やガスなどがある。

 

「確か妖精王国ではビッグヘッドは神聖なものとして扱われているはず。デカ頭呼ばわりとはいささか……」


 するとブルドッグの顔が真っ赤になった。


「あんなやつらはデカ頭で十分だ!!」


 彼は唾を飛ばしながら怒鳴り散らす。すぐにコホンと咳をして落ち着かせる。


「すみません、取り乱してしまって。実は私やビヨンド大佐はデカ頭にひどい目に遭わされていたのです」


 するとローリング少佐は説明してくれた。彼の家族はビッグヘッドのスマイリーに生きたまま喰い殺されたのである。

 自分だけではない、ビヨンドやブラック・スネイク大尉、アトムハート・クリムゾン中将も同じであった。


 彼らは孤児院に引き取られた。海軍に入隊しても永久に下級階級として過ごすはずだった。

 それをビヨンド大佐が動いてくれたのである。その方法は貴族たちを脅迫することであった。

 彼は浮浪児たちを利用した情報網を使い、それらのネタを使ってローリングたちを出世させたのである。


 さらにローリングたちには敵対する貴族の娘と結婚させ、出生街道に乗せたのだ。

 

「ですから私たちはビヨンド大佐の願いを叶えたいのです。例え私たちがその後死刑になっても構いません」


 彼の目は真剣だった。自分が死ぬことなどまったく怯んでいないのだ。


「ですがクイーンヘッドが悪いわけではないでしょう。スマイリーはエビルヘッドのせいだと聞きますよ」


 さすがのオウロもエビルヘッドの事は知っている。


「確かにその通りです。悪いのはエビルヘッドだ。しかしこの国はデカ頭たちを処分しようとしない。スマイリーですら殺すのを躊躇するのです。それが許せないのですよ」


 もちろん人を喰らうスマイリーを放置しているわけではない。これらのビッグヘッドは捕獲し、額の神応石を抜く。そして自分たちの兵力にするのだ。

 捕獲にしても犠牲になる人間は多い。家族を失った子供たちは増えるばかりである。


「数日後には建国祭が開かれます。あなたは敵対するホッドミミル王国の姫として磔にしてもらいます。あの国にはラグ王を慕う人間が多い、それを利用すれば大混乱が起きるでしょう」

「……私の生みの両親を手にかけたのはあなたなのですか?」


 オウロが質問した。ローリング少佐は言いよどむとすぐ口を開く。


「18年前、我々はあの国を襲撃した。あそこには大頭船《ビッグヘッドシップ》で得られた黄金が山積みでした。それを奪い、情報部を強化するために必要だったのです」


 そしてビヨンドを中心とした襲撃部隊が編成された。もちろん本国には内緒だ。

 城を襲撃し、ラグ王と戦った。彼はでべその力で敵を倒した。

 そこでビヨンドがナロク王妃を人質に取ったのである。


「ところが彼女は大佐の心情を読み取ってしまったのです。欲望ではなく、私怨のために動いていることがばれたのです」


 ナロクは人質にされても余裕の表情であった。淡々とビヨンドの心を暴き、最後はビヨンドの持つナイフに自ら喉を突き刺したのである。


「ナロク王妃は自ら命を絶つことで大佐の心に傷をつけたのです。最後まで笑顔でしたよ、とても怖かったです。

 それを見たラグ王は呵々大笑いしておりました。それこそ自分の妻だと」


 そう言ってラグはでべそで落ちている剣を拾い、自分の首を刎ねたのである。

 子供がいるというのに、躊躇なく自分の命を絶つ。その精神に理解ができなかった。


 これはホッドミミル王国の気質である。人間は生きていることが大事であり、死んだ後は気にしないという傾向があった。

 ビヨンド大佐(彼の名前も出身国もわからないが)の精神に一生消えない瑕をつけてやろうという、嫌がらせであった。


「ではプラタの恩人であるエルハヴァさんはどうしたのですか?」

「その名前は知りません。ですが赤ん坊を連れた女性は見たことがあります。もっとも追うつもりはなく、単純に威嚇するつもりで発砲しました」


 するとローリング少佐の表情が曇る。おそらく誤って撃ってしまったことを後悔しているのだ。

 バルドル王もエルハヴァがプラタとオウロを連れて行ったのは、ミスティルティンのせいだろうと皮肉っていた。

 ちなみにオウロはストラーダに連れて行かれたという。彼はヒコ王国のジェンチュと友人であり、預けたのであった。


 オウロは思った。なんとも自分は数奇な人生を辿ったと。

 だがなぜ彼らはべらべら秘密をしゃべったのだろうか。答えは簡単、彼らは未来など見ていないのである。

 クイーンヘッドを討ち果たした後、死刑になる覚悟を決めているのだ。


 オウロは彼らが人の形をした怪物だと思った。

 今回でホッドミミル王国編は終了です。

 次回は最終章です。

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