第56話 新たなる決意
「ではさっそく妖精王国へ行き、オウロを助けに行こう」
プラタはそう決意した。オウロは金色の人魚で、ロウソク屋の娘だ。豪快な鯛の魚人夫婦と三つ子たちの家族である。
自分の本名など関係ない。それは赤ん坊の時から一緒に育った彼女も同じのはずである。
妖精海軍の目的はわからない。ついでに言えば生みの親もどうでもよかった。プラタの父親はネプチューンヘッドであり、ロウソク屋の親父のジェンチュなのだ。
さてプラタはさっさとこの国を出ようとした。すると王の間に数人の男たちが慌ただしく入ってきたのだ。
人間の男で十数人ほどである。全員アライグマの毛皮を頭からすっぽりと着こんでいた。
毛皮の下にはアライグマの骨が縫い込んでおり、見た目以上に防御力が高いのである。
「ミステルティン様、ご無事ですか!!」
ひと際体が大きい男が叫んだ。右目に眼帯をつけており、顔中傷だらけである。左手は欠けており、鉤爪の義手をつけていた。日焼けしており、ひげもじゃである。
大男は辺りを見回した。すると大の字で絶命しているミスティルティンを見つけた。
その瞬間、ぶるぶると震えだす。目から涙が滝のように流れだした。
王の間は嘆きの声が響き渡る。
「うえええええええン!! ミスティルティン様が死んでしまった!! この私ソックを残して逝ってしまったのだ!!」
ソックを中心に他の男たちももらい泣きしている。
泣き終わると、ソックは王座にいるバルドルをにらみつけた。手にはクジラの骨で作られたこん棒が握られており、王に向けられていた。
「許せねぇ! 偽りの王よ、お前がミスティルティン様を殺したのだ!! この私の手で冥府に旅立つがいい、そしてミスティルティン様にわびをいれろ!!」
ソックが叫ぶと他の男たちもおたけびをあげた。バルドル目がけて殺そうと駆けだす。
それをプラタが邪魔をした。
「なんだお前は!! なぜ我々の邪魔をする!!」
「俺はプラタ! ネプチューンヘッドの息子だ!!」
プラタの名前を聞いて、ソックたちは足を止めた。ホッドミミル王国にとってネプチューンヘッドは守り神のひとりなのである。
「プラタ……。そうか、ミスティルティン様がおっしゃったラグ王様の遺児、リーヴか」
「リーヴなど知らん、俺はプラタだ。ミスティルティンを殺したのは別人だ。あのおっさんのせいじゃない」
プラタはバルドルに思い入れなどない。ついさっきまで顔を知らない叔父なのだ。
とはいえソックは誤解しているようなので、止めようと思ったのである。
「うるさい、そんなことはどうでもいいんだよ! そこのおっさんが王座に就くのがむかつくんだ、ミスティルティン様を殺した犯人として、こいつには死んでもらうんだよ!!」
ソックたちは怒り狂っていた。彼らは死んだ主を心酔していたのだ。しかし頭の血のめぐりはよくないようである。バルドルを殺せばこの国は混乱するということが理解できないのだ。
「邪魔するなら、ラグ王の子供でも容赦しない! いやむしろ死ね!!」
ソックの目は血走っている。口から涎をだらだらたらしており、はぁはぁと息が乱れていた。
まるで危険な薬を含んだような状態であった。爆発したらやたら滅多に暴れそうである。
男たちはソックと同じこん棒を手にしていた。プラタを殴ろうとしたが、彼は巧みにかわす。
「ネイブルパンチ!!」
「アビィ!!」
プラタが両腕で力こぶを作ると、ヘソが拳に変形する。それは男のひとりを殴り飛ばしたのだ。
顔は潰れ、鼻と口から血が垂れ、欠けた歯が飛んだ。
「ネイブルアッパー!!」
「アビバァ!!」
次にプラタは両腕を後ろに組む。へその拳が男のあごを砕く。
男は石の天井に衝突し、べちゃっと潰れた。そして床へどさりと落ちる。
「ネイブルパンチにネイブルアッパー!!」
プラタは何度もポーズを取り、その度に男たちを吹き飛ばした。
へその力は隙が大きい。その間に攻撃される可能性は高いのだ。
しかし彼には関係ない。外されれば自分の命が危ない。だからこそ全身全霊で放つのである。
「アババババッ!!」
男たちは全員吹き飛んだ。五体満足で立っているのはソックだけである。
彼は慌てている。自分の思い描く未来を否定されたのだ。
彼はミスティルティンを崇拝していた。18年前も一緒に海賊たちを撃退している。
しかし主は頭に重傷を受け、つい数年前まで意識不明であった。
その間彼はミスティルティンを守り続けたが、周囲の人間は自分たちをバカにしていたのだ。
その屈辱を返すために、今まで生きてきたのである。
「お前たち! お前たちは誇りあるミスティルティン様の部下か!! これしきのことで倒されるなどあってはならないことだ!! 神よ、偉大なるネプチューンヘッド様よ! 私に力を与えたまえ!!」
ソックは両腕を広げ、神に願った。するとソックの身体は見る見るうちに風船のように膨らんでいく。
まるで彫像のような肉体に、大地を揺るがさんとする大きさになったのだ。
「ゲハハハハ!! 俺はもう泣かない、人のために涙など流すものか!!」
ソックはプラタを殴った。壁にぶつかり、床に転がる。
身体が軋む様に痛む。内臓が焼けるように熱い。鉄の匂いがして気分が悪くなる。
ソックはバルドルを殺そうと王座に向かうが、本人はまったく動かない。怯えている様子もないのだ。
その眼はソックを見ている。彼は覚悟を決めているのだ。死ぬなら王として全うすると。
そうプラタに訴えているように思えた。
プラタは起き上がる。このまま負けるわけにはいかない。
「やいデカブツ。ミスティルティンみたいな糞野郎を褒めるなんて馬鹿だ」
彼は挑発した。するとソックはそれを聞いて怒った。標的をプラタに変えたのだ。
ソックは拳を振るう。しかしプラタは病人のようにふらふらゆれながら躱していた。
先ほどは不意を突かれたが、やる気のある彼にとって巨漢の拳を躱すなど造作でもないのだ。
「えええええい!!」
プラタは両腕に力を込め、輪を作る。そして前屈みになった。
へその拳はソックの顔面を何度も殴打する。
「ゲバババババ!!」
顔面がぐしゃぐしゃになり、ソックは床に倒れた。
そしてそのまま絶命する。身体がドロドロに溶けたのだ。
「こいつはいったいなんだったんだ?」
プラタは不思議に思った。そこにヒスイたちが駆けつける。
「どうやら終わったようやね。ところでこの死体だけえらい臭うけど、何が起きたん?」
ベルフェゴールが訊ねたので、プラタは答えた。
「なるほどなぁ。おそらく神応石のせいやね。他国の人でも条件が合えば身体が神応石に応じるんよ。もっとも訓練してないから身体はついていけんけどな」
ソックの場合、唐突であった。本人も意識していなかったようである。それ故に力が暴走し、体が崩壊してしまったのだ。
「それよりもオウロだ。あいつは妖精王国のビヨンドって人に捕まったらしい」
プラタの説明にヒスイたちは驚いた。妖精海軍の大佐がなぜオウロを攫ったのか、さっぱりわからない。
だが彼らは彼女を救うために、敵地に赴く覚悟は決めていたのであった。
ソックは北欧神話でバルドルの死に唯一泣かなかった女巨人の名前です。
ここでは男ですけどね。




