第45話 引き離されたふたり
「思えば私がこんなところまでくるとは信じられないわね」
オウロは独白した。彼女は生まれてこの方ヒコ王国以外の場所を知らないのだ。
それなのに三人の鯛の魚人である弟たちとともに、蟲人王国までくるとは予想にしなかったのである。
今彼女がいるのはエビルヘッド教団が立てたテントの中だ。ウィッチヘッドの命令で兵士たちが男たちを殺して回っている。
槍で腹を刺し、斧で頭を潰していたのだ。真っ白な雪に血しぶきが彩られる。鉄に似た血の匂いがあたりに充満し、吐き気を催してくるのだ。
ルスはすでに眠っている。周りを兵士で固め、守られていた。他にも皮膚が鉄のように硬いアイアンヘッドという品種も配置されている。
エビルヘッド教団の関係者以外は決して通さず、無理に押し通せば頭から丸かじりにするのだ。
オウロは攫われた当時の話を語りだした。
まず当日のヒコ王国は騒がしかった。妖精王国の大使館でパーティが開かれたのだ。それも大使館の外なのでヒコ王国から兵士たちを警備のために貸し出された。
あまりに唐突なため、兵士たちは愚痴をこぼしていた。
港には妖精王国の監獄船が停泊していた。ポヤイス商会の会長、マクレガー・ポヤイスとその従業員たちをナトゥラレサ大陸に送るためだ。
ポヤイス商会の店内には違法の奴隷が地下牢に繋がれていたのである。マクレガーは自分は妖精王国の出身だぞ、俺は法律に守られているんだぞと叫んでいた。
もっとも逮捕したのは妖精王国の駐在武官、フリードウッド・オアシス少将だった。
その話は店に来た客がしゃべっているのを聞いていた。オウロは白い蝋燭にきれいな絵を描くのが仕事だ。それ以外はどうでもよかった。
他所の国の捕り物話など興味がなく、右から左へと通り過ぎていく。
さてその夜何やら騒がしくなった。遠くでかんかんと火事を知らせる鐘の音が聴こえてきた。
父親のジェンチュはすぐに子供たちに命じ、非難するように指示した。アマーベルは入り口を木製のテーブルで固めている。闖入者を防ぐためだ。
「あの時はまさかこんなことになるとは思わなかったわ」
オウロはつぶやいた。恐怖を抱いているよりも、まるで世間話のような口調であった。彼女はジェンチュの娘だ。荒っぽい海の男たちを相手にすることもあり、オウロはそれを見て育ったのだ。
そこに突如爆発音が響いたのである。がらがらと馬車の走る音が聴こえてきたのだ。
煙が立ち上がる中、オウロは何者かに抱きかかえられた。そして弟たちの泣き叫ぶ声が上がったのである。
「ボハハハハ!! こいつらが目当てのガキンチョやな!!」
それはバグベアの亜人であった。前身毛むくじゃらの丸っこい男だった。
そいつは仲間のゴブリンに命じて、弟たちを三人連れだしたのだ。
ヤギウマの牽く馬車は疾風の如く走っていく。そしてレスレクシオン共和国へ入っていったのだ。
バグベアの亜人はやはりマクレガーであった。彼は監獄船を脱走し、プラタの復讐のために自分たちを誘拐したのだと、笑いながら言った。
仲間のゴブリンたちもオウロやフォーゴたちを蹴って遊ぼうとしたが、身なりの良いゴブリンが止めたのである。
「とっても品の良いゴブリンだったわ。口車で主人や同僚を言いくるめ、私たちを守ってくれたのよ」
フォーゴとアグアを路銀のために奴隷として売るよう進言したのもそいつだった。その後オウロの耳元に囁き、フエゴ教団もエビルヘッド教団も奴隷に優しいから安心しなさいと慰めたのである。
「しかしなんでわざわざ蟲人王国に来たんだ? それにフィガロを経由しているし、面倒じゃないか」
「いや、そうでもないで。この国はフィガロとデュマ以外は無法地帯や。妖精王国の犯罪者なら遠回りしてでも追っ手を撒くのに適してるからな」
ベルフェゴールが言った。ガリレオ要塞からフィガロに行くにはエビルヘッド教団の歌と踊りを披露せねばならない。それはごく一部の人間しかいないのだ。
ちなみに品の良いゴブリンがすべて手続きをしたのである。
あとは知っての通りだ。フィガロを出て、西へ向かう途中、猛吹雪によって足止めを喰らった。そこに解放軍が襲撃して自分たちを襲ったのである。
マクレガーは逃げ出し、仲間のゴブリンふたりは解放軍の凶刃によって倒れた。
それがすべてだ。あとはプラタが解放軍の基地であるデポトワールに向かう途中で発見されたのである。
「この件にエビルヘッド教団は関わっているのですか?」
イエロが質問した。自分たちはヒコ王国でハーメルンヘッドと出会っている。エビット団が自分たちに復讐するために襲ってきたと思った。
それをウィッチヘッドが否定する。
「オウロさんの誘拐は知りません。あくまでプラタに対して嫌がらせをするつもりでしたが、無関係な第三者を巻き込む気はないです」
「嫌がらせはするつもりだったのですか」
イエロは白い目で見ていた。
「マクレガーという男は妖精王国人の典型的な島国根性丸出しの男ですね。そもそもわたしにしてみればその方の行動は異常すぎます」
そうマクレガーの行動は異常なのだ。原因は不明だが彼は監獄船を脱走した。そしてオウロたちを人質に取って、逃亡したのである。
普通なら足手まといの人質などありえない。あの男は狂っていたのだろうか。
「でもゴブリンの人がすべてを取り仕切っていました。一見腰が低そうに見えて、言葉巧みに操っていたように見えましたね」
間近でみたオウロが言った。他の三名は粗暴で下品な性格だったが、そのゴブリンは背筋をぴんと立てており、行儀よく、身綺麗にしていたのだ。
これ以上話をしてもらちが明かない。話はこれで終わりとなった。
☆
その晩、プラタはテントの中で寝ていた。イエロとベルフェゴール、ルスは一緒に寝ている。オウロはプラタと一緒である。
プラタとオウロは藁で作られたベッドで寝ている。寝心地は悪く、ごわごわしていた。
テントの中には火鉢が置いてあり、わずかに温かい。
村の中はエビルヘッド教団の兵士が巡回している。アンペリュダンは拘束され、軟禁されていた。彼は男だがオカマとして扱われている。処刑を免れたが、なんで殺さないのだと噛みつく始末だった。
「……プラタ、起きてる?」
「ああ、起きてるぞ」
オウロが訊ねると、プラタが返事をした。
「わたしたちがふたりで寝るなんてひさしぶりだね。子供の頃はよく一緒だったし」
「そうだな。今はフォーゴたちと一緒だ。随分にぎやかになったもんだ」
けらけらとプラタは天を向きながら答える。オウロはプラタの反対側を向いた。
「……ありがとね。わたしたちを助けに来てくれて」
「家族なんだ、当然の事だろう」
「……血は繋がってないんだけどね」
オウロがつぶやくが、プラタの耳には入っていないようだ。
「……あんたはなんでわたしの胸を揉まないの?」
「お前は妹みたいなものだからな。家族の胸を揉む気はないよ」
「母さんの胸は揉んでいるじゃない。わたしに魅力がないっていうの?」
オウロは若干不機嫌そうな口調で言った。プラタはそれに答えず、狸寝入りをした。
彼女はもう無理だと思ったのか、瞼を閉じた。
どかんと爆発音が響く。周りは轟音と煙で見えなくなった。
プラタは起き上がり、見回した。するとオウロの姿はない。
近くに馬車の音が聴こえた。プラタは慌てて外を出る。
「ボハハハハ!! この人魚はもらったわい!!」
それはバグベアの亜人だった。マクレガーである。馭者はゴブリンだ。
「プラタ、助けて!!」
オウロが手を伸ばすが届かない。ふたりは再び引き剥がされたのであった。




