第46話 巌窟王
「いったいどういうことなんだ!!」
プラタは激怒した。昨晩テントで寝ていたら、金色の人魚であるオウロを、バグベアの亜人であるマクレガーに攫われたのだ。
エビルヘッド教団の兵士が見回りをしていたのに、この体たらくである。
ちなみにウィッチヘッドはすでにいない。もう出かけたようだった。
「それが妙な話なんよ」
ベルフェゴールが口を挟んだ。彼女はある程度兵士たちから事情を聴いたようである。
兵士たちは不審な音を耳にした。するとそこには木片が落ちていたのだ。おそらく風で落ちたのだろうと気にも留めなかった。ところがそこで意識が途絶えたのだ。
起きてみると、すべてが終わった後だった。
他でも数人の兵士たちが気絶しており、オウロを連れ去るのに苦労はなかったようである。
「相手はプロやな。普通は人を気絶させるなんてありえへんわ。おそらくゴブリンの仕業とちゃうか?」
その理由は簡単だ。ゴブリンは人間より少し小柄なのである。その体を利用してゲリラ戦を行うことができるのだ。
マクレガーはバグベアで毛が邪魔になる。消去法で選んだだけだ。
「そんなことはどうでもいい。オウロはどこに行ったのかわからないのか!!」
再びプラタが怒鳴った。さすがにオウロが攫われて黙っていられないようである。
「それはまかしいや。雪のおかげで馬車の跡がついとるわ。まっすぐデュマへ向かっとるんよ。今兵士たちが追跡しとるわ」
それを聞いてプラタは安堵した。だがルスは不安そうだ。姉がまた連れ去られたのだから無理もない。
プラタは頭を撫でてやった。何も心配はいらないと慰めたのだ。
プラタたちはデュマへ向かうのだった。
☆
デュマは立派な町であった。エビルヘッド教団が積極的に介入しているため、人が多く、活気があった。
岩山に穴を開けた住宅がほとんどで、ガラス窓や扉がついていた。各家庭では煙突から煙が出ている。
人種は虫の亜人だけでなく、いろいろな人種がごった返しになっていた。
出店が多く、世界各国からの食べ物や民芸品などが並んでおり、祭のようであった。
さらに他国から来たきらびやかな鳥が鳴き、大道芸人たちが芸をして客を沸かせていた。
港には巨大なガスタンクヘッドが数基設置されている。汚染された海水を飲み込み、流れてくるゴミを食べるためである。
町の中心でも設置されており、こちらはゴミや排泄物を毎日口に入れていた。それらを消化し、ガスを生み出しているのである。
数日かけてやってきた。ルスは初めて見る光景にはしゃいでいた。イエロはそれをたしなめる。とはいえ彼女も興奮しているようだ。
プラタは何度か来たことがあるので、堂々としている。
さてプラタたちはベルフェゴールの案内でひと際立派な岩山へついていった。
岩の城である。大きな鉄の扉の前にはゾウムシの亜人がふたり、門番をしていた。
ベルフェゴールが胸に挟んだメダルを取り出すと、敬礼しすぐに通してくれた。
中は洞窟にしてはきれいであった。ピカピカに平たくされており、石造りの部屋を連想した。ガス灯がぼんやりと灯っており、室内は明るかった。
職員が数人働いている。ベルフェゴールはその内のひとりに話しかけて、責任者の部屋へ案内された。
三階建ての建物らしく、階段を使って、最上階へ向かった。そして木製の扉をくぐると、そこには巨大な石人間がいた。ランヘリンというフランス産の青色の御影石の亜人だ。
名前はアレクサンドルといい、デュマの市長だ。そしてエビルヘッド教団の司祭でもあった。別名巌窟王とも呼ばれている。
彼は木製の机の前で仕事をしているようだ。
「よぉ、アレクサンドル、ひさしぶりやな。元気しとったか?」
「これはベルフェゴール司教様。ご無沙汰しております。あなたもお変わりなくなによりです」
アレクサンドルはうやうやしく挨拶をした。
「積もる話はあるんけど、今は火急の用があるんよ。実は人探しをしてほしいんや」
ベルフェゴールは今までの事情を説明した。するとアレクサンドルは思案しているようだ。
「……バグベアですか。実は昨日港に死体が上がったのです。写真を撮りましたがごらんになりますか?」
そう言ってアレクサンドルは机の中から一枚の写真を取り出した。エビルヘッド教団はカメラを復元させたのではなく、カメラヘッドというビッグヘッドを生み出したのだ。
小人体型で人の手に収まるほどの大きさだ。その口に特別な四角く平べったい木片を差し込むのである。
そして頭に針を刺すと、撮れるのだ。ただしレンズで覗けないので、若干ずれることが多い。
アレクサンドルが差し出したのは木板に焼き付けられた写真だ。白黒写真だが十分に判明できる。
ベルフェゴールはそれを受け取ると、ルスに差し出した。この場でマクレガーの顔を知っているのは彼だけである。
写真を見てルスはこの人に間違いないよと答えた。散々意地悪な言動を取り続けたので、覚えていたのである。
「まさか死んでいるとはな……。オウロはどこにいったのだろうか?」
プラタがオウロの身を案じていた。そこにアレクサンドルが声をかける。
「そちらはすでに判明しております。昨日の夜、ホッドミミル王国から来た軍隊が購入したそうです。もっとも軍隊というより海賊の集まりですがね」
プラタは目を見張った。ホッドミミル王国は自分の生まれ故郷の国だ。一度も足を踏みしめたことはなく、帰るつもりもないので気にも留めなかったのだ。
「ホッドミミルですか……。なぜその人たちがオウロさんを買ったのでしょうか」
イエロは首を傾げた。するとアレクサンドルは再び疑問に答えてくれた。
「どうも数日前から彼女を待っていたようなのです。バグベアと共に目当ての女性が来たのを喜んでいたとのことですね」
「するとマクレガーは最初からそいつらと取引するつもりだったのか? だとしたらおかしいぞ」
「確かに、監獄船から脱走した男が、あらかじめ遠い国の海賊と取引などできません。ですが実際に取り仕切ったのはゴブリンとの話です。それはもう滑らかな口調で相手をやりあっていたそうですね」
アレクサンドルが説明した。もしかしたらそのゴブリンこそがすべての元凶かもしれない。
「ちなみにそのゴブリンは主人を宿に送った後、商店街の会長に大金を渡したそうです。それで祭でも開いてくれと言っていたそうですよ。おそらくは取引で手にした金でしょうが……」
もしかしたらゴブリンが主人を殺害し、金を奪ったのかもしれない。それにしてはゴブリンの行動は不可解だ。金を独り占めするつもりならさっさと逃げればいい。ところが手にした金をあっさりと捨てる様は異常である。
これ以上考えても答えは出なかった。ちなみにロビンヘッドは外で猫たちと遊んでいた。
☆
それから三日ほど経つと、港には二隻の船が停泊していた。
そのうちの一隻はプラタの船、エルハヴァ号である。
もう一隻はヒコ王国が所有する王家の船だ。プラタよりもはるかに大きい、ガレオン船以上の迫力があった。
「プラタ! 無事そうで何よりだよ!」
「プラタ~、おひさしぶりで嬉しいです~」
「はいです、そうです、そうなのです。やっぱりキャプテンがいないと締まらないのです!!」
ニホンアマガエルのヒスイ、バナナスラッグのコハク、ヤマビルのフビと懐かしい面々に再会してプラタの頬は緩んだ。
「……おひさしぶりです」
イエロがプラタの後ろから挨拶した。するとヒスイは露骨に顔をしかめる。
「……イエロ、あんたいたの? てっきりどこかでくたばっていると思っていたよ」
「え~、そんなことないよ~。コハクはイエロと逢えてうれしいよ~」
「お前は黙ってろ!!」
ヒスイは双子の妹にひじうちをした。
「そうです! イエロさんは私たちに黙って姿を消したのです。だから死んだものと思っていたのです!!」
普段はプラタの信奉者であるフビも、イエロの行為には腹を据えかねているようだ。
するとイエロは前に出た。そしてプラタの前に土下座する。
「……お願いです。私を再び船に乗せてください」
イエロは他の人々が見ている前で頭を下げた。船長であるプラタに対して謝罪したのである。
ヒスイはそれを見て満足したようだ。別に彼女を嫌っているわけではないが、あくまでけじめとして必要だったのである。
「ほう、いいケツだな。俺に触ってほしいと見える」
男の声がすると、イエロはひゃっと声を上げた。尻を撫でられたのである。
声のした方へ向くとそこにはシャチの亜人が立っていた。王冠に赤いマントを羽織り、錫杖を手にしている。彼こそはヒコ王国の王様、ヴェンセドル三世なのだ。
ヴェンセドルは長い舌を蛇のように動かしていた。この舌がイエロの尻を撫でたのである。
「ヴェンセドル! 女性の尻を撫でるなとあれほど言ったのにわからないのか!!」
プラタが怒った。ヴェンセドルとは幼馴染なのだ。プラタはおっぱいが好きで、ヴェンセドルは尻が大好きなのだ。
「ふふん、ひさしぶりに出会ったというのに、熱い男だな。俺に言わせればおっぱいは愛する男と我が子だけが触れていいものだ。お前の方が邪道だよ」
「なんだと! 女性のおっぱいは夢が詰まっているんだぞ!!」
「ふん、お前は尻の良さがまるでわかっていないな。呆れてものも云えんよ」
ふたりの言い争いをヒスイたちは冷めた目で見ていた。目糞鼻糞を笑うのと同じだ。
背後にはアオザメの人魚、イングリットが立っていた。
「……陛下。プラタさんたちと合流できたので、早くお話をすべきかと」
彼女の顔はやつれている。本来一国の王様が他国に来るにはそれなりの手続きが必要なのだ。それを無視したヴェンセドルに頭を悩ませているのだろう。
「そういやお前はなんでここにいるんだ?」
今更の事をプラタは訊ねるのであった。
巌窟王はアレクサンドル・デュマのモンテ=クリスト伯です。
日本では黒岩涙香が翻訳しました。もちろん無許可で。
江戸川乱歩も緑衣の鬼や三角館の恐怖など翻訳物を手掛けていました。
ポプラ文庫だと、明智小五郎に出番が変わっていますね。
ランヘリンはフランス産の墓石です。




