第42話 ベルフェゴール登場
「じゃあ、オウロを救うため協力してもらおうか」
「……私がなぜこの国に来た理由を聞かないのですか?」
イエロはヒコ王国に帰国後、ウィッチヘッドを見かけたのだ。それを追ったのである。だからオウロたちが攫われたことも知らず、追い越してしまったのだ。もしオウロたちのことを聞いていれば救出していただろう。
「意味がない。お前の事情など知ったことか。過去などどうでもいい。大事なのは今日だ」
プラタは言い切った。彼は義父であるネプチューンヘッドから教えを受けた。過去にこだわればそれが足かせになり、前に進めない。そういう理由でイエロの過去などさらっと流している。
これは彼女のためでもある。イエロは過去に縛られており、今も見えない鎖が彼女の足に巻き付いているのだ。
先ほどの彼女の独白を聞き、人となりを知った。それで十分だと思った。
一緒にいるルスは首を傾げていた。5歳の子供には難しい話だったようで、眠そうに船をこいでいる。
「わかりました。一度一味から抜け出した身、オウロさんを命にかけても救い出します」
イエロは改めてプラタに忠誠を誓う。プラタはそれを見て満足した。
「じゃあ、さっそく先生に相談するのだ! 先生、お願いするのだ!!」
ロビンヘッドが大声を出すと、外から気配がした。それはオークウッドの木だ。揺れ出すと、根っこからずぼっと出てきた。
それは樹の亜人だったのだ。よくみると胸と下半身は革性の衣装を身に付けている。肌と同化しており、見えなかったのだ。
これにはイエロも驚き、ルスも怖がって泣き出したくらいだ。
樹の亜人は積もった雪を払うと、小屋の中に入った。
「ふぅ、ようやく話は終わったようやね。うちの名前はベルフェゴール、オークウッドの亜人や。そんでもってエビルヘッド教団で怠惰の司教もやっとるで」
それは女性の声だった。皮膚は硬いイボで覆われており、頭部には葉っぱの髪が生えている。
よく見れば胸部と臀部は膨らんでおり、女性らしい形が整っていた。
「初めまして。俺はプラタ、ネプチューンヘッドの息子だ」
「あんたがプラタかいな。セイレンヘッド様がいうとったわ。ごっつたくましい、じゃりんこやとな」
ベルフェゴールはけらけら笑っている。一方でイエロは彼女を怪訝な目で見ていた。悪名高いエビルヘッド教団の司教が目の前に立っているのだ。
もっともベルフェゴールは明るく気さくそうな性格のように見えた。
「おや、あんたはうちが極悪非道の女とおもっとらんか。まあ、きもちはわかるけどな。エビット団はよその国やったらきらわれもんやけど、それほど世の中を悪いもんと思ってへんわ」
エビルヘッド教団は創造主エビルヘッドが作り出した宗教だ。エビルヘッドは人間の住む村を襲撃して楽しんでいる。特によそ者を嫌う村を亡ぼすのが大好きだ。
これは彼らがエビルヘッドを憎み、子々孫々に伝えるように仕向けるためである。
エビルヘッドを含めるビッグヘッドは過去に人間の手で作られた存在だ。本当なら誕生して十年ほどで天寿を全うするはずだった。
それが神応石のおかげで激変したのだ。最初に神応石を含んだのがエビルヘッドであり、彼はその力を利用して仲間を増やした。
神応石は人間の感情と想像力に反応する特別な石だ。人間の脳に砂粒ほどの大きさで埋まっているが、人はそれを知らずにいた。
ビッグヘッドは汚染された鉱石や水を浄化するために遺伝子操作で生まれたのだ。それ故に食した鉱石を分別する機能がついており、複数の神応石もまとめられたのである。
世界中の人間が自分を憎めば、例え身体が滅んでも生き返る。エビルヘッドは不滅の存在であり、肉体がなくなっても新しい種が生まれ、再び現世に誕生するという教義があるのだ。
実際にエビルヘッドは過去に二度死んでおり、信者たちによって復活している。
それ以外は普通に生活している。地神派や空神派、水神派に分かれているのは、異なるビッグヘッドを生み出すための儀式だ。
その他にも家庭にガスを提供するガスタンクヘッドや、ガルーダ神国や鳳凰大国を繋ぐ鉄道を走るビッグヘッドトレインなどがいる。
もっともキノコ戦争で文明が荒廃した人々にとって、それは邪悪な存在でしかない。よそ者を嫌い、親戚同士の近親相姦以外認めない。それを無理やり禁止にすれば反発されるのは火を見るよりも明らかだ。
それ故にエビット団は嫌われている。自分たちの掟を踏みにじられる怒りはすさまじい。蟲人王国だけでなく、他所の国でも忌み嫌われるのは当然であった。
もっともイエロを含めレスレクシオン共和国の人間はエビット団と出会うことは少なく、何かをされたわけではない。過去にエビルヘッドが暴れた程度だ。亜人の村だと牧場を破壊するだけである。人間の村だともっとひどく暴れることが多い。
「うちは怠惰を司るけどな、いつもは真面目なんやで。こうやってロビンヘッドの世話をしとるくらいやからな」
「そうなのだ! ロビンは先生の生徒なのだ! いつも真面目に勉強をしているのだ!!」
ロビンヘッドはない胸を張った。ベルフェゴールは呆れている。あまり勤勉な生徒とは言えないようだ。
「さて話は大体理解しとるで。あんたらの敵は解放軍やな。あいつらはエビット団からの解放を目指しとるけど、実際はうちらと関わったことがないねん。目に触れることも耳に入ることも嫌うねん。狂信集団やな。頭のアンプリュダンはカマキリの亜人や。この女は手に持つ鎌だけやない、自分の骨で鎌を作るスキルをもっとるんよ。こいつさえ倒せば後は烏合の衆やね」
ベルフェゴールはそう言った。解放軍は変わることを忌み嫌う集団だ。エビット団が布教した村は快適な生活で暮らせている。ガスタンクヘッドが設置され、薪割りをする必要もないし、目からきれいな水が出てくる。
ゴミや排泄物はすべてガスタンクヘッドが食し、エビット団からは保存食が大量に提供された。おかげで真冬でも飢えないし、ビタミン不足にもならなかった。
さらにロケットストーブの設置で格段に温かくなり、冬の凍死と餓死がなくなったのだ。
それでも変革を憎む村は多い。よその村が変わることも許せず、襲撃する場合もあり。
解放軍はそんな怠惰の連中で集まった集団だ。アンプリュダンという女がまとめているが、よそ者を憎む彼らが協力するわけがなく、気に入らない村やエビット団の私設を襲撃して楽しむ程度だ。
さてベルフェゴールの説明ではここから北にデポトワールという村がある。そこがアンプリュダンの住む村なのだ。
「しかしこの国の人間は根性があるな。俺に殴られてもちっともひるまなかった」
「せやな。この国の男どもは変わることが大嫌いなんや。その分女は変革をすぐ受け入れるね。アンプリュダンがリーダーなのは自分たちの嫌なことを女に押し付けたいという現れやね」
プラタが感心していると、ベルフェゴールは軽蔑しきった顔で言った。彼らは永遠を信じているのだ。自分たちの世界は絶対に変わらない、変えてはならないと思っている。
アンプリュダンは面倒事を押し付けられた哀れな女なのかもしれない。
「ところでルスさんはどうしましょうか」
「ぼく、もうプラタ兄ちゃんと別れるのは嫌だよ。一緒に行きたいよ」
ルスは懇願するようにプラタを見た。正直に言えばルスは足手まといだ。下手をすれば人質にされてしまう可能性も高い。
「それならうちが守ったるわ。こう見えても子供の扱いはうまいんやで。子供をひとり産んどるからな」
ベルフェゴールはルスを抱きかかえた。最初は樹のように硬い肌を怖がったが、すぐに慣れて喜んでいた。
「ロビンヘッド。あんたはプラタの手伝いをしいや。あんたの力なら楽勝やろ?」
「はいなのだ! 先生の命令ならなんでも聞くのだ!!」
ロビンヘッドは敬礼する。イエロはぺらぺらしゃべるビッグヘッドを奇異な目で見ていた。過去にウィッチヘッドを見たから衝撃は少ないが。
「ロビンヘッドはプラムクラスなんやけど、パインクラス並の力があるんや。せやけど子供やから能力に振り回されとるんよ。せやからうちが躾をしとるわけやね」
ベルフェゴールが言った。
基本的にビッグヘッドは三つの階級で異なっている。
一番下がプラムクラスで命令を実行するしか能がない。
真ん中がバンブークラスでプラムクラスたちを統一する知性がある。
一番上がパインクラスで、ウィッチヘッドやセイレンヘッド、ネプチューンヘッドもこの部類に入る。
エビルヘッドはユグドラシルクラスですべてのビッグヘッドの神なのだ。
ウィッチヘッドはもちろんのこと、ネプチューンヘッドでさえエビルヘッドに逆らえないのである。
ネプチューンヘッドの場合は人間の味方をしろ、自分の事は話すなと命じられているのだ。
「ビッグヘッドは人に似てるけど人やない。人間の気持ちなんてわからへんのよ。せやかてネプチューンヘッドは人間のあんたを拾って育てた。こいつは革命やね。ロビンヘッドの誕生も含めて、エビルヘッド様は大喜びや」
プラタにはどうでもいい話であった。大事なのは過去ではなく、今日だからだ。




