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第41話 イエロの過去

「あれが先生の住む小屋なのだ」


 プラタがロビンヘッドに案内されたのは粗末な小屋だ。周りは木で囲まれており、すぐ近くにオークウッドが一本だけ生えていた。

 雪が深々と降っており、木には雪が積もり、神秘的な世界が広がっている。


 プラタは中に入った。中は狭く一人暮らしができるほどだ。暖炉にテーブル、ベッドなど生活に必要なものは揃っているようである。

 そこに鉄人間がいた。もうひとり黄色い鯛の亜人の子供もいる。


「おお、イエロにルス。無事だったか」

「はい。プラタも……、無事とは言えないようですね」


 イエロはちらっとプラタの手を見た。穴が開いており、傷が凍っている。

 凍傷になってもおかしくはない。中は薪を燃やされており温かいが、いずれは痛みが跳ね返ってくるであろう。


「何、こいつは気合で治せるさ」


 するとプラタは両腕を天高く上げる。そしてこぶしを握り締め、力こぶを作った。

 手の傷はみるみるうちに白い泡が浮き出ていた。布でこすると傷口はきれいさっぱりと消えている。

 イエロは呆れていたが、ルスは驚いていない。昔から知っているようだ。


「これも神応石《スピリットストーン》のおかげなのだ。思い込みの力が傷を癒したり、病気も治るのだ!」


 ロビンヘッドが言った。おそらくはプラセボ効果のことを言っているのだろう。

 ただのでんぷん粉を医者が薬と偽り患者に飲ませる。それなのに病気が治るのは患者の思い込みなのだ。


 プラタがでべそを変形し攻撃できるのも、亜人が誕生したのも同じなのである。

 イエロは素直に感心していたが、プラタとルスは理解していなかった。


「ところでイエロはなんでひとりでここまで来たんだ?」


 プラタが訊ねた。問い質すというより、明日の天気はどうかなという気持ちであった。

 イエロは気が重くなり、うなだれる。返答を期待してないのでプラタは無視しようとした。


「……これは十年前の話です」


 イエロが独白し始めた。プラタは黙って聞くことにする。


 ☆


 イエロはアイアンメイデンという種族のライゴ村で生まれた。赤ん坊の時は普通の人間だが初潮が来ると段々と皮膚が堅くなり、全身が鉄で覆われる。

 これは月の物が排出されず、皮膚に回って固くなると思われた。

 夭折した女の子を篤志《とくし》解剖した結果、皮膚は柔らかかったのだ。


 アイアンメイデンは女しか生まれない。男は亜人の父親に影響を受けるのがほとんどである。

 

 イエロは村長の家系だった。兄はコマネズミのラタ、姉はアイアンメイデンのカルメンだ。

 両親はイエロが生まれてしばらくして亡くなった。村長の座はカルメンがついた。

 ラタは村を出て行商人になった。表向きは広い世界を見たいとのことだが、実際は狭いライゴ村を出ていきたいだけである。


 姉のカルメンは人間の男と結婚した。よそ者だが村は受け入れた。種族の性質上、婿を迎える必要がある。

 それ故に数多い亜人の村でもよそ者に寛大であった。


「ああ、なんて狭い世界だろう。息が詰まりそうだ」


 イエロは不満を抱いていた。アイアンメイデンは感情を表に出さないだけで、感情はあるのだ。

 村長の集合でよその村に行けるのは嬉しいが、これはイエロがカルメンの身内だからだ。

 他の女性なら珍しいので人さらいにあうかもしれんと、村を出ることは禁じられている。


「プラタか……。誘ってくれるのは嬉しいけど、私はこの村を出ることができない」


 イエロは家にある自分の部屋にあるベッドで寝っ転がっていた。

 アイアンメイデンは婿を入れなくてはならない。イエロの年代では女の子は自分だけだ。

 もっともまだまだ大量生産できる余地はあるので、問題はない。


 自分もいずれは婿を取るだろう。村長の家系だから、別の亜人の村から村長の次男を受け入れることになる。

 男も同じだ。女が主体なので男たちは不満なのである。喧嘩しても身体が堅いから負けるのは男だ。

 亜人の村は村長の家系以外、よそから嫁を貰うことはない。ライゴ村は婿が大勢来ているため、他の村と違うのだ。


「こんな村滅んでしまえばいい」


 イエロはぼそりとつぶやくと、不快まどろみの中へ沈んでいった。


 何やら外が騒がしい。一体何が起きたのかと思うと、男の悲鳴が上がった。

 イエロは飛び起きると、声の主を探って走っていった。

 さっきのはカルメンの夫だ。どこから来たのかは知らないが、虫を食べる癖がある。


 部屋に飛び込むと、そこにはビッグヘッドがいた。スマイリーという人間を笑いながら食べる種類だ。

 男の姿はない。スマイリーに喰われたのである。

 今食べられているのは姉のカルメンだ。側にはカルメンの娘、ホビアルの眠る籠があった。

 惨事が起きてもホビアルはすやすや眠っている。


 イエロは動けなかった。姉が喰われているのをただ黙ってみるだけだった。歯ががちがちと鳴る。

 日常が陶器の壺のように粉々に砕かれた衝撃を受けた。


 一方でカルメンは慌てずにスマイリーの額に手刀をくだす。スマイリーの額は割れ、瞬く間に木へ変化したのだ。


 姉はもう助からない。イエロは固まったままだ。


 カルメンは村長が保存する亜人全書を持っていけ、ホビアルを連れて逃げろと指示した。


 イエロは姉の言葉に反応し、すぐに行動に移す。

 本と赤ん坊を連れて逃げ出した。


 なぜ、こんなことになった? 自分は確かに村の破滅を願ったが、あくまで空想で楽しんでいただけだ。


 イエロは広場に逃げてきた。見ると他の子供たちも集まってきている。

 ふと、冷静になると広場には村の子供たちが全員集まっていた。幼い頃からの付き合いだから家族同然だ。

 大人はおらず、彼らだけが犠牲になったようである。


 イエロは村にある大きな木を見上げた。そこには異質のビッグヘッドが立っている。

 ビッグヘッドは大抵顔が歪んでいるが、こちらは金髪に美しい女性の顔を持っていた。

 イエロはあれが自分たちの村を亡ぼした犯人だと確信する。


 あとはフエゴ教団の司祭が助けに来てくれた。グレートピレニーズの亜人であるセバスチャン司祭にイエロとホビアルは引き取られたのだ。

 ちょうど兄のラタはコミエンソで店を開き、司祭の娘と結婚した。

 カピバラの亜人の赤ん坊が生まれたという。名前はまだ付けてないそうだ。

 ライゴ村が滅んだと知り、兄は我が子にラタジュニアと名付けたという。


 他の子供たちは他の亜人の村に引き取られた。全員アイアンメイデンの血を引いており、隔世遺伝で生まれる可能性が高い。

 セバスチャン司祭はデンキウナギの女性を嫁にもらっているが、最初の子供は人間だった。

 祖父母が人間なので先祖返りが起きたのだ。


 自由の身になったイエロだが、プラタの約束を守るつもりはなかった。

 なぜなら姉の一粒種であるホビアルを育てなければならないのだ。

 この子は喜怒哀楽が豊かで、アイアンメイデンではない。その区別は表情にある。イエロは生まれてこの方笑ったことはない。

 もっともアイアンメイデンは感情を手で表現する。


 セバスチャン司祭の家に引き取られて二年ほどが過ぎた。イエロは学校にも行かず、屋敷のメイドのように働いていた。

 自由にふるまうことへの罪悪感があり、ホビアルとセバスチャンの息子、サビオの面倒を見ていたのだ。


 ある日、台所でイモの皮むきを終えると、剥いた皮を捨てに庭に出る。穴に埋めて処分するためだ。

 この頃になるとイエロの皮膚は黒くなっていた。日焼けではない。皮膚の表面が鉄になっているのである。


「あら、こんにちは」


 不意に声をかけられた。なんとも甘く鳥のさえずりみたいな音色だった。

 それはビッグヘッドであった。それも二年前にライゴ村で見たものだ。

 当時セバスチャン司祭にその事を話したが、そいつはエビルヘッドが生み出した始祖の七人のひとり、ウィッチヘッドではないかと教えられた。


 目の前の異形が故郷の村を亡ぼした。表情には出ないが、イエロは怒りに燃える。


 ところがウィッチヘッドがかけた言葉は衝撃的なものだった。


「おひさしぶりです。ああ、あの時は自己紹介をしておりませんでした。わたくしはウィッチヘッドと申します」

「ひさしぶり、ですって?」

「はい、ライゴ村でわたくしを見たでしょう? わたくしたちを呼んだお方を忘れるものですか」


 ウィッチヘッドは主婦の井戸端会議のような感じで答えた。


「二年前あなたはこう望んでいたはずですよね。こんな村は滅べばいいと。わたくしはそれに応じただけですのよ」


 イエロは聞いていなかった。ウィッチヘッドの言葉が理解できないのだ。それはこの二年間イエロが抱き続けたどす黒い感情である。


 自分が滅びを望んだから、村は滅んだと。


 現実にはあるわけがない。そう思い込んでいた。しかしイエロは知っている。

 実は兄のラタにはスーという白猫の亜人の嫁がいた。彼女の家は神応石の研究をしているのだ。

 神応石は人間の感情に反応する不思議な物質である。亜人を産み、特殊な技能を持つ者が増えたのもこれのおかげだ。

 さらにエビルヘッド教団が神応石を利用し、新種のビッグヘッドを生み出しているのも耳にしている。


「あんまり嬉しそうじゃありませんね。わたくしがせっかくスマイリーを呼んで大人たちを食べさせたんですよ。もう少し感謝の意を表しても罰は当たらないと思いますがね」


 ウィッチヘッドは厭味ったらしく言った。その皮肉にイエロは激高する。

 飛び掛かろうとしたが、相手は軽やかな動きでひらりと躱した。

 そして逃げたのである。


 以来イエロはウィッチヘッドに敵意を抱いた。プラタの仲間になることを決意したのは、彼はネプチューンヘッドの息子で、世界中を旅しているからだ。

 彼の仲間になりウィッチヘッドを殺す。それがイエロの目標となった。


 その日以来イエロは姪のホビアルに冷たく当たった。他人行儀になったのである。

 海賊の仲間になるのだから、その家族が世間に白い目で見られるかもしれない。

 そう思うとイエロはセバスチャン家の雇われメイドの立場を崩せなかったのである。

 今回の話はオルデンサーガのブラッドメイデンに深くかかわる話です。

 イエロがプラタの仲間になるのは連載当初から決まっておりました。

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