第39話 意外な出会い
「ふぅ、結構寒いな」
雪の降る山道を銀髪の青年プラタが徒歩で進んでいた。
彼の肩はメロンのように大きく、胸は尻のように分厚い。腹筋は見事に割れており、太ももはゴリラのようだ。
そんな彼はアライグマで作られた毛皮を着ており、毛皮の靴を履いている。
周りには時折旅人とすれ違い、馬車も通り過ぎるが、どれも毛皮のコートに毛皮の帽子、マフラーに手袋と重装備をしている。
逆にプラタの格好を見て、正気を疑う者もいた。
彼はバルジャン街道をてくてく歩いていた。92年前にエビルヘッドが直に歩き、砕いた岩を足で踏みつけ、均したのである。
西にあるデュマ市に向かっているが、さすがにまっすぐとは言えず、道は曲がりくねっていた。
橋もエビルヘッドが岩を崩して作った物らしい。もっともフィガロを出る前に受付嬢でフェニックスの亜人エイジアから情報を参考にしているだけだ。
彼女曰く極端に街道を離れなければ安全とのことだ。それ以外だと北部の人間が集団で人間狩りをしているのだという。
彼らはエビルヘッド教団が嫌いというよりも、他者と血を混ぜた人間が許せないのだという。
この国だけでなく、大抵の村はよそ者を嫌う。かつてキノコ戦争で文明は崩壊し、深刻な食糧危機が訪れた。人々は食べ物を奪い合い、生き延びた獣たちを無差別に食べた。
そして死んだ人間をも食料にしたのである。そのためひとつの集落ではそれを他言無用にするためよそ者との交流を禁じたのだ。
自分たちの忌々しい食人の過去を他者に知られたくないためである。これは人間でも亜人でも同じことである。蟲人王国より南に位置するレスレクシオン共和国では亜人同士は村長同士のみ婚約していた。あとは塩の町サルティエラと、石灰の町ピエドラセニアの人間が行商するため、各村の人間を自分たちの町に引き込んだくらいだ。
「早くオウロとルスを助けないと。オウロに何を言われるかわかったもんじゃないな」
プラタは楽観視していた。彼はあまり深刻に考えない。常に明るい未来を見ている。
これは育ての父親であるネプチューンヘッドの教えだ。ネガティブな思考の人間には幸運は訪れないのである。
☆
数里歩いていると何やら人だかりができている。一体何事かとプラタは覗いてみた。
そこはレンガ造りの建物であった。二階建てで少し古ぼけている。
それが所々破壊されていた。馬小屋は燃やされたのか、黒焦げになっている。窓ガラスも割られており、悲惨な状態だ。
「何が起きたんだ?」
プラタは近くにいた犬の亜人に訊ねた。フードにマントを羽織っている。旅人のようだ。
「ああ、昨日の夜反乱軍がこの宿を襲撃したんだ。見ろよ、あいつらの犠牲者が馬車で山積みだよ」
犬の亜人が指を差す。そこにはヤギウマの牽く馬車に遺体が積まれていたのだ。
兜と胸当てを身に付け、槍を手にしているのはエビルヘッド教団の兵士である。
彼らのリーダーが部下にあれこれ指示を出していた。
「反乱軍てなんだい?」
「北部にいるエビルヘッド様に逆らう連中さ。あいつらは神様だけでなく、よそ者すら嫌うんだ。それなのに二十年前から教会のある村に襲撃をかけ、女子供を奴隷としてさらっていくんだよ」
「なんか矛盾しているな」
よそ者が嫌いな割に、女子供は奴隷にするという考えが理解できなかった。自分には関係ないので通り過ぎようと思った。
ちらっと馬車の遺体を見ると、ゴブリンの亜人の遺体が見えた。ふとプラタは興味を覚え、後片付けをしている猫の兵士に質問をした。
「ちょっといいかい? そこにゴブリンの死体があるけど、バグベアの亜人の遺体はないのかな? あと金色の人魚と鯛の魚人の子供も」
「あん、そんなのないよ。ほら、あっちいった、いった」
猫の兵士は邪険にプラタを追い払った。聞く限りオウロたちはいないようだ。もう三日以上も過ぎているから先に進んでいるのだろう。
「あんた、今バグベアとか金色の人魚の事を言ったね?」
プラタの背後から声をかけられた。振り向くとコオロギの亜人が立っている。虫の亜人は皮膚が堅く、手足に毛が生えている。手足は4本ずつで頭部に触角が生えていたり、口から牙を生やしているのもいる。
「あんたは誰だ?」
「俺はこの宿の主だよ。客を見捨てて家族だけ逃したのだ。それよりもさっきの話だが、気になることがあるよ」
コオロギの亜人は説明した。実は3日前にこの付近は猛吹雪に見舞われたのである。それ故に旅人はこの宿に泊まり、雪が止むのを待った。
その際に主人はバグベアとゴブリンが金色の人魚と黄色い鯛の魚人の子供を見たのである。ゴブリンは三名いて、バグベアは人魚と魚人を馬小屋にやれと命じた。
しかしゴブリンのひとりが病気になると高く売れない、店の手伝いをさせて金を稼がせようと進言していたのである。
宿は忙しく、猫の手も借りたいほどであった。ゴブリンの頼みで人魚と魚人は仕事を手伝わされたのである。おかげで楽になり、ふたりに感謝した。
「バグベアは妙な訛りで話していたし、ゴブリンふたりは下品な話ばかりしていたね。でも先ほどのゴブリンだけ妙に品のある人だったな」
主人は感心していた。さて昨日の夜に話を戻すと、宿が反乱軍に襲撃されたのだ。主人はエビルヘッド教団から連絡を受けており、家族を逃がし、非常ベルを鳴らして近くにある村に知らせたのだ。
客もベルを鳴らしたから非常事態に気づくだろうと楽観視していた。
家族を逃がした後、主人は斧を手に戻った。このまま逃げて臆病者呼ばわりされると、死後エビルヘッドか、その子供たちに生きたまま喰われるかもしれないのだ。
遠くで見た感じでは反乱軍が馬車に女子供を縛り付けて載せていた。さすがにこちらは助けられない。その中で人魚と魚人が拘束されていた。
宿の周りでは数人の虫の亜人が宿の客を襲っていた。なのでそいつらを斧で追い払ったのである。
そこでバグベアが叫んでいた。仲間を殺されたがそちらはどうでもよさげであった。人魚と魚人を奪われた。早く取り戻せというニュアンスで叫んでいた。そいつの言葉はやたらと訛りがきつかったためだ。
ゴブリンが荒ぶる主をなだめ、一旦撤退することを勧めたのである。そして反乱軍のひとりが襲ってきたが、持っていた剣で刺し殺した。あざやかな腕であった。
宿屋の客と反乱軍の死体がごちゃごちゃになっていたであった。
「それがあの時に見た事さ。反乱軍は主に北部に住んでいる。奴隷にされた人々で女は性処理に飼われるが子供を宿せばすぐに堕胎されるぞ。子供も似たようなものだ」
「そうか。どのあたりにいるかわかるか?」
「大体なら。反乱軍はラ・ピュセルと名乗っている。ここから北西に位置する村がそれだ。ボスはカマキリの亜人の女アンプリュダンだ。教団が発行している地図もある。持っていきな」
コオロギの主人は地図を差し出した。プラタはそれを受け取る。
「ありがたい。じゃあお礼をやろう」
「いらないよ。こいつは俺の自己満足なんだ。客を見捨てた俺の痩せこけた自尊心を満足させるためなのさ。さぁ行きなよ」
「そうか、ではありがたく頂戴しよう」
コオロギの主人はそういってプラタを見送った。この男の行為はそれほど悪ではない。家族の安全を確保するのは当然であり、非常ベルを鳴らして警告はした。さらに家族を安全な場所にかくまった後、自身は宿に戻り後始末をしている。
それでも客を見捨てたという罪悪感は拭い去れない。プラタに対して親切にしたのはそのためだ。
あと干し肉と水を提供した。
☆
プラタは道とは言えない道を通っていた。雪のおかげで反乱軍の跡を簡単に追跡することができた。
もう半日以上歩いているが、まだ追いつけない。途中で焚火の跡が見つけたので、一休みしたのは一目瞭然だ。
周りの木は痩せこけた木が目立っている。この辺りはビッグヘッドの恩恵を受けていないようだ。
よそ者を嫌う村人はビッグヘッドも嫌う。ビッグヘッドが腐った大地と水を口にしてもそれが自然のためとは思わない。言い知れぬ嫌悪感が湧き、殺さずにいられないのだ。
そのため土地は痩せこけ、水は腐敗臭を漂わせている。獣は寄らず野菜も実らない。さらに近親相姦しかしないので子供は夭折するか、死産することが多かった。
皮肉なことにエビルヘッド教団を信仰している村の方が豊かになるのだから、人生はわからないものだ。
プラタはさらに歩みを進める。彼の体力は常人より桁外れだ。全力で走っても息切れひとつ起こさないのは義父ジェンチゥの教えでもあった。
森の中を歩いていると前方に何か見えた。それは数十人の虫の亜人に馬車が数台ある。
プラタは急いで先回りをする。相手に気づかれないよう注意した。
馬車には複数の女性と子供が載せられていた。雪が降るのに幌のない馬車に乗せられ、寒そうに震えている。毛布ひとつもかけていないのだ。
蟲の亜人たちは毛皮を着て暖かそうである。途中で泣き出す子供たちを思いっきり顔を殴って黙らせていた。プラタはそれを見て吐き気を覚える。
さてオウロの姿はどこにいるかと探してみるが、すぐに見つかった。
オウロは薄着で黄色い鯛の魚人の子供ルスを抱き寄せていた。それを見て早く助けねばと乗り出そうとした。
「プラタ……ですか?」
不意に後ろから声がした。そこには毛皮を着た鉄に覆われた亜人アイアンメイデンのイエロが立っていたのである。
今回で新章です。蟲人王国をじっくり書くとは思わなかった。
これも連載小説ならではのライブ感がよいですね。




