第36話 蟲使い
「ウモー! 異端者はどこだーーー!!」
突如葬式をしている教会の中に闖入者が現れた。それは馬の亜人であった。皮の腰巻にサンダルを身に着けているだけの男である。
かなり肉が厚く、まるで大木が歩いているような感じであった。
「すっ、スレイプニル様、一体何事ですか?」
老婆のアンヌが前に出て訴えた。馬の亜人はスレイプニルという名前らしい。ある程度知名度があるようである。
「ウモー! 貴様ぁ、異端者のくせに葬式をするとは何事だぁ!! そんなことが許されると思っているのかっかっかぁ!!」
スレイプニルは興奮していた。鼻息がかなり荒い。その様子を見て周りの人間は怯えていた。
「そんな……。わたしたちはここに来る数十年前は別の神を信じておりました。ですがエビルヘッド様を崇拝しジョゼフが生まれてからは祈りを欠かせておりません。私たちは異端者ではございません」
アンヌはたどたどしく説明する。彼女と葬儀の主役であるフランソワはフィガロに移住し、エビルヘッドを信仰したようである。しかしスレイプニルは収まらない。ますます目を血走らせていた。
「なぁーにを、なぁーにを、抜かすのだっだっだ!! 改易するやつはエビルヘッド教団の信者ではないのだ!! 私のように生まれたときから信者でなくてはならないのだぁぁぁ!! よって異教徒はこの私が処刑するのであぁぁる!!」
そう言ってスレイプニルはアンヌを殴った。丸太のように太い拳で彼女の顔を思いっきり殴り飛ばしたのである。
老婆の身体は宙に舞い、壁に叩き付けられた。そして床に崩れ落ちる。
息子のジョゼフが駆け寄るが、すでにこと切れていた。アンヌの首はあらぬ方向へ曲がっていたのである。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!! 母さぁぁぁぁぁん!!」
ジョゼフは母親の亡骸を抱きしめた。教会内に悲痛な叫びがこだまする。スレイプニルはそれを見て満足そうであった。
「ふぅ、異端者を殺して胸がスカッとしたね。さて次はお前だ。異教徒の血を一滴も残すわけにはいかない。うっふっふ」
スレイプニルは指をポキポキと鳴らすとジョゼフに近づいた。周りの人間は巻き込まれるのは面倒だとすでに逃げ出している。ジョゼフは震えながらも母親の身体をぎゅっと抱きしめる。母親を置いていけないのだ。
「なっ、なんでこんなことを……。ぼくらはエビルヘッド様を信仰しているのに……」
「だーーーまれぃ!! 私は騙されないぞ! お前ら異端者はエビルヘッド様を口ではえらいといっても、陰では罵詈雑言を並べ立てているのはわかっているんだぁ!! 私は偉いんだ!! 何しろ異教徒の都で人間の赤子と私の息子を取り換えっこしたのだからな!! あと十年後には内部から異教徒どもを腐らせる病原菌として活動するに違いない!! なのでお前は死ね!! だって私はえらいんだから!!」
スレイプニルはジョゼフを殴ろうとした。だが寸手で止められる。止めたのはイベルコ豚の亜人ベルゼブブであった。彼は葬式の後片付けをしており、アンヌへの凶行を止められなかったのである。
「ベルゼブブ! なんで私の邪魔をするんだよ!? こいつを殺せないじゃないか!!」
もうスレイプニルは正気ではなかった。目は血走り支店は定まっておらず、よだれを垂れ流している。
まるで薬物中毒者のような状態であった。
「それはこちらの台詞だ。勝手に信者を異端者呼ばわりするな。お前にその権利などないのだ」
「うぅぅぅぅる、せぇぇぇぇ!! 俺の父親は憤怒を司る司教サタンなんだぞ!! だから俺も偉いんだよ!!」
「違うな。偉いのはサタンであって、お前は関係ない。自分の行為が父親の立場を危うくすることを理解できないのか?」
ベルゼブブが諭してもスレイプニルは聞く耳持たなかった。逆に相手に対して憎悪が沸き上がってきたのだ。もう目の前の男を殺さなければ気が済まない。自分は特別な人間だと思い込んでいるのだ。
「黙れぇぇぇ、黙れだまれダマレェェェェ!! 偉大な私に意見するな、私の言うことを否定するな、私は偉いんだぁぁぁぁ!!」
スレイプニルは口から泡を吹き出した。そしてベルゼブブの顔面を殴る。彼は躱せない。スレイプニルの重い拳が何度も炸裂する。血と涎が周りに飛び散る。それでも彼は倒れなかった。
プラタは怒った。スレイプニルの態度に憤怒の炎が燃え上がったのだ。彼はベルゼブブを助けようとしたが、肩を掴まれる。ベルゼブブの娘でロバの亜人のコゼットだ。
彼女はプラタを見て首を横に振る。すべては父親に任せてくれと目で訴えたのだ。エビルヘッド教団の司教はただ者ではないことを直に見てほしいのである。
「ひゃはははは!! 無抵抗の人間を殴るのって、たぁぁぁのしぃぃぃぃ!! 弱い者いじめってさぁぁぁいこぉぉぉぉぉ!! げひゃひゃひゃははははは!!」
スレイプニルの感覚はマヒしていた。彼は酔っていたのだ。もう彼の思考はまともではない。すでにあの世の境目に足を突っ込んでいるのだ。そのため自分の拳がどうなっているか理解できなかった。
異変に気付いたのは周囲の人間だった。スレイプニルの拳に変化が現れたのである。
握り拳に何かが生えている。それはまるでヒモのようであった。一体いつ付いたのだろうか。
「いっ、いだいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
スレイプニルが絶叫を上げた。拳を抑えているが、ぐちゃぐちゃになっていたのだ。
拳には回虫がまとわりついていた。肉に潜り込み、手を喰らっていたのである。
あまりの激痛にスレイプニルは泣き出した。他人を傷つけるのは大好きだが、自身が痛いのは大嫌いなのである。
「私がなぜ蟲使いと呼ばれているか。それを教えてやろうと思ったのさ。それにアンヌを護れなかった自分の懺悔でもあるがね」
ベルゼブブの顔には回虫がにょろにょろと出ていた。ベルゼブブの皮膚には蟲の卵が無数に宿っているのだ。それらは彼の分厚い脂肪を餌に育っているのである。
自分の意思で蟲を操るのだ。それが彼のスキルなのである。
「痛いか、苦しいか? だがジョゼフの痛みに比べれば大したもんじゃないな。お前のせいで母親を失ったのだ。勝手にエビルヘッド様の教えを湾曲した挙句にな」
スレイプニルは聞いていなかった。手は回虫に喰い荒されボロボロになっているのだ。あまりの痛さに正気を失っている。半狂乱になっていた。
「いたいよぉ、いたいよぉぉぉぉ!!!!! なんで俺がこんな目に遭うんだ、おかしいじゃないか!! 畜生、おやじに言いつけてやる!!てめぇとその家族に地獄の苦しみを味合わせてやるぞぉぉぉぉぉ!!!!!」
「残念だが次はない」
ベルゼブブは冷たく言った。すると表が騒がしい。教会の中にビッグヘッドが入ってきたのだ。それもスマイリーである。人間を生きたまま喰い殺す極悪な性質を持っているのだ。
フィガロにはビッグヘッドが多く回っている。スマイリーも一緒だ。もっとも信者は教団のペンダントを身に着けている。スマイリーが嫌う臭いなので襲われる心配はないのだ。
しかしスマイリーはスレイプニルを見定める。教団のペンダントを取り上げたからだ。
「喰われてしまえ。貴様のような罪人はエビルヘッド様の子供に生きたままその身をかみ砕かれるがいい。その魂は未来永劫、地獄へさまようであろう」
スマイリーはスレイプニルの足を掴む。そこからくるぶしをかみ砕いた。
「ひぎゃあああああああ!!!!!!!!!!」
スレイプニルの絶叫が上がる。ちなみにアグアはコゼットのよって馬車に押し込められている。
スマイリーはふくらはぎから、ふとももを丁寧にかみ砕いていく。スマイリーの唾液は麻酔効果があり、気絶することができないのだ。
「いだいぃぃぃぃぃ!!!!! やめろぉぉぉぉぉ、やめてくれぇぇぇぇぇ!!!!! なんで俺がこんな目にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!」
泣き叫んでもスマイリーは食べるのをやめない。腰をかじり、胸のあたりまで喰われていく。それでも脳内麻薬が分泌しているので死には至らない。
ついには首まで噛まれていく。目に鼻、耳や口から血があふれ出た。ぶちんと両腕が落ちる。スマイリーが丁寧に拾い、首と一緒に奥歯で噛み砕く。ぼりぼりと骨の砕ける音が鳴り響き、鉄の匂いが漂っていた。
スレイプニルは完全に喰われた、泣き叫びながら惨めで凄惨な死を遂げたのである。
ベルゼブブは惚けているジョゼフの前に立ち、深々と頭を下げた。
「許してください。私が目を離した隙にスレイプニルの凶行を止めることができませんでした。そのせいであなたの母親アンヌの命を無残に散らせてしまったのです」
「そんな、ベルゼブブ司教様は悪くありません!!」
「いいえ、スレイプニルのような人間を出したのは私たちの責任です。アンヌの葬式は私がすべて負担します。それがけじめなのです」
こうして決着がついた。ベルゼブブは暴力を振るわず、相手を無力化したのだ。プラタは彼の力がどういうものかはわかっていない。だが強いことは理解できた。
「……強いな。俺と戦ったらどうなるかわからない」
「わからないなら戦わないでくださいね。あなたとお父様が争う姿など見たくありませんから」
プラタのつぶやきにコゼットが返すのであった。




