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第37話 プラタ解放される

「今日であなたは解放ね」


 屋敷の居間でロバの亜人であるコゼットが人間のプラタに言った。本日をもって彼は奴隷から解放されたのである。義弟の鯛の魚人のアグアはその間コゼットの手伝いをしていた。今ではすっかりなついており、別れを惜しんでいた。


「短いようで長い時間いたような気もするな」


 プラタはしみじみとつぶやく。コゼットの父親であるベルゼブブの家で奴隷として働いていた。エビルヘッド教団の司教の家にしては荒れており、塀などは壊れていた。

 それをプラタが自分のでべその力で修理し、重い荷物を整理したのである。奴隷が数十人いなければ三日で片づけるなど無理であった。


「その間はいろいろあったからな」


 屋敷の主であるイベリコ豚の亜人ベルゼブブがソファーに座りながら口を挟む。

 実際に屋敷の整理以外に突発的な事件が起きたからだ。

 二日前にはベルゼブブが葬式を担当したが、そこに異教徒を嫌う馬の亜人スレイプニルが乱入してきた。彼は喪主の老婆に暴行を振るい死なせてしまう。ベルゼブブは怒り、スマイリーというビッグヘッドを呼び、スレイプニルを生きたまま喰わせたのである。


 父親で憤怒を司るサタン司教は息子の不祥事に頭を下げた。そして残された息子に見舞金を贈る。さらに自らが葬式を立ち会ったのだ。

 ちなみにスレイプニルの暴走には理由があった。彼は念呪草《ねんじゅそう》中毒者だったのである。

 念呪草とは神応石《スピリットストーン》を肥料にして改良された植物だ。それを煎じて飲めば比較的に神の贈り物《ゴッドスキル》を身に付けることができるのである。

 ガリレオ要塞の上流付近では念呪草の栽培がおこなわれているのだ。


 とはいえ物事には限度がある。スキルが身に付くといっても個人差があり、性能も生気に修業した者と比べると弱いのだ。

 スレイプニルはそれを暴飲していたのである。一日に決められた量の限度を超えていたのだ。

 それ故に周囲の人間の感情に強く影響してしまい、麻薬中毒者のようになってしまったのである。

 

「スレイプニルは我が娘エボニーヌと違い、レスレクシオン共和国を忌み嫌っていた。そのため信者の女性に赤子を産ませ、フエゴ教団のコミエンソにある人間の商人の赤子と取り換えたのだ。

 取り換えられた子は一度ここに連れてこられ、サタン司教が引き取ったのだよ」


 スレイプニルは才能がなかった。それ以前に努力をすることに嫌悪していたのだ。人間の赤子はすくすくと成長し、神童と呼ばれている。

 しかもサタンから直に指導されており、未来の司祭候補と呼ばれていた。それを実の息子であるスレイプニルが面白いと思うわけがない。

 その子をいじめようとしたが父親はそれを予測し、スレイプニルには顔を合わせないようにしていた。護衛を付け、スレイプニルが不当に訪問すれば処罰するようにしているのだ。

 それ故にスレイプニルは追い詰められた。異教徒狩りという弱い者いじめを楽しみ、念呪草をさらに暴飲暴食することで彼は狂人に生まれ変わったのである。


「なんとも情けない男だな。弱い者いじめは男として絶対にやってはならないことなのによ」

「だけどあいつは言い訳をするわけね。世の中は強い人間ばかりじゃないんだ、弱い者の気持ちも理解しろとね。最初から努力する気がないから馬鹿にされているのにさ」


 コゼットも呆れていた。ちなみに姉のエボニーヌはヨークシャー産の豚の亜人だ。彼女はレスレクシオン共和国に潜入し、人間の男との間に子をなすことを目的としている。その理由は教えてもらえなかった。


「さてプラタが言っていたバグベアの亜人と金色の人魚の件だが、どうやらデュマ市へ向かったようだ。というよりそこしか行けないのだがね」


 ベルゼブブが言うにはフィガロからまっすぐ西に向かうとデュマ市という港がある。そこは数多くの貿易船が出入りしているのだという。

 無論プラタも何度か寄港したことはある。もっともデュマは蟲人王国《インセクターキングダム》の領土なのでそこしか行けないのだ。何しろネプチューンヘッドはエビルヘッド教団に嫌われているのである。


「正確にはデュマとフィガロを結ぶバルジャン街道付近が我が教団の影響力が強いのだ。北部は未だにエビルヘッド様どころかよそ者を嫌っている。よそ者が村の外を歩けば男たちが数十人でリンチにして殺害するくらい排他的なのだ。

 バグベアとゴブリンの亜人は金色の人魚と鯛の魚人の子供を連れて西へ向かったという。命が惜しければ北部に寄ろうとは思わないだろう」

「しかし時間がかなりすぎている。もう間に合わないかもしれない」


 プラタが頭を抱えるとアグアは悲しそうになる。自分のせいで義兄が足止めを喰らったのだ。姉のオウロと弟のルスがどのような目に遭っているかわからない。そもそも自分自身バグベアにどれほどいじめられたかわからないのだ。


 プラタは弟の不安そうな顔に気づき、頭を撫でてやる。お前の責任ではない、自分の責任だと説明した。


「ここはひとつデュマに電話をしよう。そしてプラタがヒコ王国にいる知人にデュマに来てもらうのだ。電話はシオンディ大聖堂にある。さっそく行こう」


 ☆


「これはベルゼブブ司教様」


 出迎えたのはフェニックスの亜人であるエイジアだ。彼女は昼食の最中でバッタの佃煮とレタスを挟んだサンドウィッチを食べていた。ベルゼブブとプラタふたりだけである。コゼットとアグアは留守番だ。


「デュマにいるアレクサンドルに電話で連絡を入れたい」

「電話ですか……? 司教様でも通話料はいただきますがよろしいでしょうか」

「もちろんだ」


 ちなみに電話はデュマにのみ電話線が引かれてある。エビルヘッドが直に歩いて溝を掘り、そこに電話線を埋めたのだ。

 通話料は数分で一般人のひと月分の平均収入ほどである。司教でもやすやすと利用はできないのだ。


「では、電話室へどうぞ」


 エイジアに案内される。とある個室にテーブルが一脚置かれてあり、その上に黒い箱が載っていた。箱の上には何やら細長い棒に筒が両方付いていた。筒には太い線が繋がっており、箱と繋がっている。

 箱の横には手回しのハンドルが付いていた。


 ベルゼブブはまず細長い棒を取る。これは受話器だ。それを耳と口に当てると右手でハンドルを回す。

 ハンドルを回すことで発電をしているのだ。やがて声が聞こえる。


「私はベルゼブブだ。アレクサンドル市長を呼んでくれ」


 そう言うとベルゼブブはハンドルを回し続ける。エビルヘッド教団の電話はマグネトーと呼ばれる永久電池を利用した発電で行うのだ。


 待つこと数分、ようやく相手が出てきたようだ。


「私はベルゼブブ司教である。アレクサンドル市長にお願いしたいことがある。貴殿にバグベアとゴブリンの亜人を探してもらいたい。バグベアはマクレガー・ポヤイスという。妖精王国出身だからすぐわかるだろう。

彼らは十代後半の女性の金色の人魚と黄色の鯛の魚人の五歳の子供を連れているはずだ。 人魚がオウロで、鯛の魚人はルスという。

 それとヒコ王国に住むポーロ商会のスセッソという人物に電報を送ってもらいたい。こちらはデュマに迎えに来てくれプラタと書けばいいだろう。頼んだぞ」


 ベルゼブブは一気にしゃべった。スセッソに迎えに来てもらうのは簡単だ。ヒコ王国には蟲人王国の大使館がある。王国ではエビルヘッド教団の布教はしてないので認められていた。

 そこで電報でスセッソに連絡を入れるのである。フィガロにも電報は使えるが文章が短く意図が伝わりにくいので電話を利用したのである。


「あとはアグア君をガリレオ要塞の下流にいる君の仲間の元へ連れて行こう。そして手紙を書いて仲間たちにもデュマに向かうよう指示をすればいいのだ。君はまっすぐデュマに行き、迎えが来るのを待てばいい」

「ありがとう。おかげで助かったよ」


 プラタは礼を言った。さてプラタは紙とペンを借りて手紙を書く。ヒスイには自分はこれからデュマへ向かう。マクレガーがそちらに向かっているというのだ。アグアとフォーゴをヒコ王国へ送り届けたら来てほしい。あとイエロは見つかっていない。もし帰ってきたらこの事を伝えてくれと書いた。


 その横でベルゼブブがのぞき見していた。なんとなく訊ねてみる。


「イエロとは君の仲間かね?」

「ああ、そうだ。そいつもこちらに来ているはずだがどこにいったか皆目見当がつかん」


 プラタは首をひねっていると、エイジアが横から口を出した。


「あの、イエロという人は全身鉄で覆われた女性の事ですか?」

「ああそうだよ。あんたはイエロを知っているのか?」

「はい。その人は一度こちらに来ました。なんでもウィッチヘッド様を探しているとのことです。それなら現在北部でハーメルンヘッド様と一緒に村に大型動物をけしかけていると伝えたらまっすぐに向かいましたよ」


 エイジアはあっさりと答えた。なぜ彼女は今まで黙っていたのか。答えは簡単プラタがイエロの事を訊かなかったからだ。オウロたちの居場所を先に聞き、アグアが奴隷にされたと聞いて頭に血が上り、イエロの事を忘れたのである。


 それにしてもエビルヘッド教団にとって重要なビッグヘッドの秘密をばらすなど、守秘義務が怠っていると思われる。

 実はこれらは規則にないので訊かれたら答えるようにしているのだ。むしろ予定外の事が起きて騒動を起こしてくれた方が望ましいとされている。エビルヘッドの方針らしい。


「……俺は家族を最優先にする。イエロは後回しだ」


 プラタは悲痛な顔でつぶやいた。オウロとルスは戦いを知らない素人で、イエロは戦闘経験を持つプロだ。どちらを選ぶといえば、家族を選ぶ。

 イエロは勝手に抜けたのだ。来る者は拒まず、去る者は追わず。すべてはイエロの自己責任である。


「もしイエロが来たらプラタの事を伝えておこう」

「……何から何まですまない」


 プラタはベルゼブブに礼を言うのであった。

 次回から5日に更新します。

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