第35話 エビルヘッド教団の葬式
あけましておめでとうございます。今年初めてのネイブルパイレーツです。
京から三日まで連続投稿します。
「よっ、ほっ、はっ!」
プラタは雪が降る日中に壁の修理をしていた。両手でモルタルを塗り、それをでべそでできた手で瓦礫を積んでいく。まるで壊れた壺を破片から繋ぎ合わせる作業のようだ。
その様子を後ろから鯛の魚人で弟のアグアが楽しそうに眺めていた。横には屋敷の主の娘であるロバの亜人コゼットが立っており、プラタの働き具合を感心している。
プラタは奴隷として買われたアグアと交代した。今はプラタが奴隷になっている。もっとも拘束具はなく、自由なままだ。
それに一定期間働けば解放される。アグアの値段は破格の安さなのでプラタが三日も働けばすぐに終わるのだ。
なによりプラタはでべその力で壁の修理から、屋敷の掃除に整理を常人の倍以上で働いていた。おそらくはひと月分の賃金になるだろう。
ちなみに家の中はガスが通っている。家の裏側には巨大な人間の生首が地面から生えていた。
ガスタンクヘッドといい、地中に根を張り、それがガス管となっているのである。燃料は生ごみに排泄物であり、生活排水などである。
基本的に一地区に一基なのだが、司教の家だと小型のガスタンクヘッドが設置されているのだ。
妖精王国のガスはここから始まったのである。
「すごいや兄さん! まるで魔法使いみたいだ!!」
「こいつは魔法というより、スキルだね。あんたは誰から習ったんだい?」
興奮するアグアを尻目にコゼットが訊ねた。彼女はプラタのでべそに感心しても驚いてはいない。見慣れたものとして扱っていた。
「誰にも習ってないよ。成長したら使えるようになったのさ」
これは本当の事であった。プラタは成長するにつれてへそがむずむずするようになったのだ。ある日、なんとなくへそに力を入れると、へそは手の形を作った。それを自在に操ることができたのである。
「そうなのか。だとするとあんたの肉親に同じスキルを持つ人がいるかもしれないね」
「どういうことなの?」
アグアが首を傾げた。コゼットは優しく説明する。
プラタの力はスキルと呼ばれており、肉体の一部を利用したものだ。それは筋肉の振動で風を起こしたり、脂肪分で糸や盾を作ったり、血液を硬質化したりなどいろいろある。
エビルヘッド教団でもスキル持ちはおり、これらは神の贈り物と呼ばれている。
大抵は幼少時から神応石を額に埋め込み、修業するのだが、エビルヘッド教団だけは親から子へ受け継がれることがあるというのだ。
これは教団で赤ん坊が生まれたら神応石を額に埋め込むからである。そのため周りの人からあの子は親と同じスキルを身に着けるに違いないと噂されるのだ。
そうして子供のスキルは親に似ると言われているのである。
「噂するだけで俺みたいな力を得られるのか。すごいもんだな」
「まあ、フィガロの住人だけだよ。教団の教えでも神の贈り物は親から子へ受け継がれるとあるからね。それに使用される神応石はスマイリーから取れた特別な物さ。エボニーヌ姉さまは亡くなったお母様と同じ脂肪から物を生み出す力を持っていたんだよね」
「姉さんがいるのか。今どこにいるんだ?」
コゼットはしゃべらなかった。おそらく言いたくないことなのだろう。プラタもこれ以上訊くのをやめた。
さて壁の修理が済むと午前の仕事は終わった。コゼットはふたりを誘い買い物に出かける。ヤギウマの牽く馬車に乗っていった。
町の中は雪が積もっている。所々に雪かきをする住民の姿が見えた。何やら路上にある穴に雪を捨てている。融雪ロだろう、近くの雪山だけでなく、ソリで雪を積んで運んできたりしていた。
商業地区では屋台が並んでいる。寒空の中、毛皮のコートとフードで寒さをしのいでいた。
店には毛糸玉や食器などが並べられていた。食品はさらに珍しいものが多い。ほとんどが虫であった。
ゴミムシダマシの幼虫ミルワームを油で揚げたものや、カメムシの煮つけ、シロアリや芋虫の燻製、天干ししたゴキブリなどがあった。
アグアは好奇心満々である。食べてみたいとコゼットにねだると、彼女はバッタを揚げたものを注文した。それにレモン汁とトウガラシをふりかける。
アグアはそれをぽりぽりと食べた。サクサクしておいしいという。トウガラシの辛さもたまらないそうだ。
「虫か……。デュマに寄ったときはよく食べていたな。もっともオウロにそれを話したら近寄るなと激怒されたけど」
プラタもバッタをぼりぼりと食べた。フィガロはもちろんのこと、蟲人王国では昆虫食が多い。これはキノコ戦争の後に食料不足に陥ったことが影響している。
虫は貴重なたんぱく質として重宝したのだ。ネプチューンヘッドは蟲人王国にはデュマ以外寄らなかった。それ故に涙肉を提供できなかったのだ。
屋台に並ぶのは食用に飼育された物がほとんどであり野生で捕まえた物はいない。虫の形が苦手ならば細かく砕き野菜と一緒に炒めてまんじゅうに包んだものもある。これはシオンディの故郷である鳳凰大国の調理法であった。
「おや、教会が騒がしいな」
プラタは買い物を終えて歩いていた。へそで買った荷物を運んでいる。通行人は特に気に留めていなかった。それほどスキル持ちは珍しくないのである。
荷物を馬車に置くと近くにある教会に人が大勢集まっていたのだ。昨日は信者が祈りを捧げていたが、今日は違う様子である。
「あれは葬式だね。ここは地神派だからお父様が担当しているみたいだね」
コゼットが言った。エビルヘッド教団には3つの流派があるのだ。
地神派は一般的なもので家には大地に足を降ろすエビルヘッドの像を飾ることが多い。豚は食べてはならない、豚は生ごみや人糞を食べて片づけてくれるからだ。
空神派は手の形が翼のエビルヘッド像を屋根に飾るのが主流である。
こちらは鳥を食べてはならず、葬式の時は飛行タイプのビッグヘッドに遺体を喰わせるのだ。
最後は水神派であり、人面魚のエビルヘッドを飾っている。噴水のデザインにも使われていた。
魚を食べることを禁じており、葬式の時は水中タイプのビッグヘッドにその身を捧げるのだ。
「どちらもエビルヘッド様にその遺体を喰わせるのが主流だよ。死後にエビルヘッド様か、他のビッグヘッドに喰わせることで体に染みついた罪と一緒に消化されるというのさ。
逆に生きたまま喰われるとその魂は未来永劫大地に縛り付けられると言われているね。魂が穢れるから生きたまま喰われると伝えられているのさ」
コゼットが説明した。プラタは感心している。アグアはあまりよくわかっていないようだ。
葬式では教会内で司教が言葉を述べていた。中を覗いてみると司教はベルゼブブであった。
教会内には人間の老人の遺体が祭壇に乗ってあった。生前に着ていた衣服に装飾品を身に着けている。
側には黒いローブを着た老婆が泣いており、三十代くらいの男性が老婆の背に手を当てていた。多分老婆の息子だろう。
「我らのフランソワは自らの人生に幕を下ろした。だがこれは終わりではない、その身はエビルヘッド様の子供たちが食すことにより、フランソワが生前に染みついた悪行をかみ砕き、溶かしていくであろう」
そういってベルゼブブは笛を吹くと一体のビッグヘッドが現れた。ひょこひょこと歩いてくる。
ビッグヘッドは遺体を見ると、足からばりばりと食べ始めたのだ。肉を噛む音に、骨が砕ける音が入り混じっているが、葬式に参加した人々はまったく気にしていない。
これが葬式として普通なのである。もちろんアグアには見せない。目を手で覆わせる。
ビッグヘッドはフランソワ老人を喰らいつくした。垂れた血をぺろりとなめる。なんとも凄惨な光景だが、ベルゼブブはそのまま答辞を読んでいた。
「なんともすごい光景だな。これが海なら遺体を海に還していただろうが」
プラタは先ほどの光景を見て何とも言えない気分になった。遺体が喰われる様はあまり見ていいものではないが、周りの人間はそれを日常だと思っているのだ。
「宗教とはそういうものだよ。それに遺体を食べさせるのは理にかなっているんだね。だって人の中にある神応石を回収できるのだから」
コゼットが言った。身もふたもない言い方だが、宗教は意味のないことはしない。必要な行為を神の教えとして日常生活に溶け込ませるのである。それが長年の月日で正しい意味が消えてしまうこともあるが。
葬式が終わると老婆はベルゼブブにお礼を言っている。
「大工職人のフランソワの子、ジョゼフよ。お前が父親の跡を継ぐのだ。そして残された母親を大切にするがよい。フランソワの妻、アンヌよ。そなたは町の女性たちと一緒に清掃活動をして悲しみを癒すのだ」
アンヌと呼ばれた老婆はむせび泣き、息子のジョゼフは頭を下げた。
フィガロでは世襲制が基本である。よほどのことがない限り子が親の仕事を引き継ぐのだ。もっとも親の仕事に子供は関係ない。
「エビルヘッド教団は結構イメージが違うもんだな。働かなくても食べていけると聞いていたけどね」
「正確には祈りをささげることで缶詰を三個もらえるだけなんだけどね。それだけでは腹が空くから大抵は仕事をしているよ。まあ神への貢物を捧ぐという名目があるけどね」
今までエビルヘッド教団と関わらなかったので知らなかったが、実際に見て回ると教団は割と理知的な集団のようである。それなのに狂信集団呼ばわりされるのは、教団自身がそれを望むからである。
きちんとした教義を知っているのはフィガロだけなのだ。蟲人王国でも全部が教団を崇拝しているわけではないのである。
「今晩はお父様のために腕によりをかけて料理を作りましょう。アグアさん、今日は手伝ってくださいね」
そう言ってコゼットはアグアの手を握る。もう用事はないから帰ろうとしたが、何やら入り口が騒がしい。
「ウモー!! 異端者は何処だぁ!!」
そう叫んだのは馬の亜人であった。
当初エビルヘッド教団は単純に異教徒を殺さずにいられない狂信集団の設定でした。
それが三つの流派に別れ、利己的な集団になったのが不思議です。
見方によっては立場が変わるというやつですね。




