第33話 ガリレオ要塞を超えて
「これがガリレオ要塞か……。初めて見るな」
プラタは目の前の頭を上げても天辺が見えないほどの岩の壁を見て、ため息をついた。それは天然ダムであった。黒蛇河の上流をひたすら目指して数日経った。
木は一本も生えておらず、禿げあがっており、見渡す限り岩山である。一部で水が大蛇の如く滝のように流れており、それが黒蛇河につながっていた。
途中で巨大なアメリカザリガニや巨大なホシムクドリが襲ってきたが、プラタのでべそで撃退した。倒した後はプラタたちの胃袋に収まったのは言うまでもない。
フォーゴは兄の雄姿にすっかり頭をのぼせていた。ヒスイの鞭のような蹴りに、コハクのパンチ、フビの吸血攻撃などサーカスでもお目にかかれない世界に興奮するのは無理もない。
早く姉と弟たちと再会し、ヒコ王国に帰国したら友達に地震が経験した冒険談を思い切り語りたいと思っていた。
さてガリレオ要塞とは被爆湖で作られたものだ。被爆湖とはキノコ戦争のときにキノコの毒が含んだ雪解け水でできたのである。
その毒は生き物の身体をあっという間に蝕み、絶命させるのだ。下手をすればその体は醜く肥大し歪んでいくこともある恐ろしい毒だ。
そこにビッグヘッドが住みつくのだ。そして毒水を大量に飲んでは、目から真水を流すのである。それを何十年も繰り返すことで被爆湖は浄化されていったのだ。これは三角湖も同じである。
名前の由来はエビルヘッド教団が付けたそうである。かつてガリレオ・ガリレイという学者がおり、天動説を訴えた。しかし当時の宗教はそれを認めず、彼の考えは握りつぶされたという。
他の宗教に逆らうという意味でガリレオ要塞と名付けられたのである。
もっともレスレクシオン共和国の人間は詳しい由来など理解していない。精々フエゴ教団の信者くらいしか知らないのだ。
「それでどうやって上るんだ。見たところ何もない様だけど」
ヒスイが訊ねた。要塞の下はちょっとした湖になっている。誰も徘徊している様子はない。
その周りに森が広がっているが、これはビッグヘッドが変化したものだ。ビッグヘッドは汚染された大地や鉱石を喰らって浄化する。その後木に変化するである。
「いいや、いる。あそこだ!!」
そう言ってプラタは右手で人差し指と中指をそろえて指した。
すると木がもぞもぞと動き出したのである。目が開き、口を開けた。大きく広げた腕を降ろす。
地面から足を抜き出すと、数人がプラタに近づいてきた。まるで木の精霊トレントのようである。
「我々はエビルヘッド教団の兵士であり門番だ。お前らはここに何しに来たのだ?」
よく見ると木の亜人たちは腰巻を身に着けている。身体が木のように硬いイボで覆われており、剣で斬られたり、槍で突かれても痛みは感じないのだ。
肌を露出しているが、肌が鎧の役割を果たしているのである。
それと武器は所持していない。手刀だけでも相当な凶器になるからだ。
「俺はこの上に行きたい。そのためにエビルヘッドをたたえる歌と踊りを披露する」
「わかった。ところで後ろのご婦人たちは違うのか?」
「行くのは俺だけだ。だから俺だけが躍る。それでいいか?」
「ああ、構わない」
プラタは気の亜人たちに確認するとエルハヴァ号から降りた。木の亜人たちの前で踊りを踊った。そして歌い出す。
エビルヘッドは、すごい人~。
なんでもできる、強い人~。
世界の悪を、独り占め~。
すべての不幸は、俺の物~。
善人なんか、死ねばいい~。
悪人だけが、生き残れ~。
言葉なんぞは、意味不明~。
実力だけが、人生さ~。
働く人は、奴隷さん~。
怠ける人は、神の子さ~。
神のためなら、身を捧げ~。
贈り物を、贈るのさ~。
ああエビルヘッド、くちびるぷるぷる、振るう人~。
なんでもありで、絶対死なない、不死身のお人~。
ああエビルヘッドは、とってもとっても、すごい人~。
一通りプラタは歌い終わった。何とも言えない歌であった。
ヒスイたちは初めて聞くプラタの歌を聞いていたが、全員口を閉ざしていた。
どう感想を言えばわからないのだ。これなら吟遊詩人の歌の方が何百倍もマシである。
「よろしい。エビルヘッドさまをたたえる歌を見事に歌うとは、お前は見所があるな。
よし、今すぐ迎えに来てもらおう。少し待っててくれ」
木の亜人はプラタの歌に満足したようだ。懐から笛を取り出すと、吹き出した。
音は全く聞こえない。息を吹く音だけが聴こえてきた。
すると上空から何かが飛んできた。
鳥か? 飛行機か? いいやビッグヘッドであった。
腕の部分が翼になっている変種である。大抵外で出会うビッグヘッドは顔が歪んでおり、視線は定まっていないのが多い。
空飛ぶビッグヘッドは全身が白い毛で覆われており、可愛い女性の顔をしていた。プラタを見るとぺこりと頭を下げる。
「エンジェルヘッドという品種だよ。ここから運んでもらってエビルヘッド教団の本山フィガロへ向かうのだ」
木の亜人は説明する。あと通貨はヴィスといい、銅貨が一ヴィス、銀貨が十ヴィス、金貨が千ヴィスだというのだ。
プラタはパンツから皮袋を取り出した。その中身はきれいな宝石が詰まっている。しかし股間に入っていた宝石は手にしたいと思えなかった。
ガリレオ要塞内には換金所があり、そこでヴィスに替えるように言った。
「ヒスイ、コハク、フビ、そしてフォーゴ。俺はこれからフィガロへ向かう。お前らはここで待っててくれ」
「待つなら少し離れた方がいい。あんまり近いと敵と認識されるからな。森では巨大なヌートリアが生息しているし、河の中にもアメリカザリガニやプラタなどが捕まえられるぞ」
木の亜人はヒスイたちに注意事項を説明した。エビルヘッドをたたえる歌はプラタだけ歌ったが、ヒスイたちは何もしてない。それでも彼らは気にしていないようであった。
「兄者。オウロ姉さまとアグアにルスたちを救い出してくれでござる」
「まかせておけ。ヒスイたちもフォーゴを頼んだぞ」
「ああ、わかっている。みんな帰ってきたら私の胸を思いっきり揉んでも構わない」
ヒスイの言葉にプラタは目を丸くした。彼女が胸を揉まれることを望んだのだ。
「わ~、姉上がついに女になる覚悟を決めたのね~」
「はいです! そして女の喜びをプラタにたっぷり教えてくれと懇願したのです!!」
「いや、してないから! ただ胸を揉ませるだけだから!!」
コハクとフビのボケを思いっきり突っ込むヒスイであった。
☆
さてプラタはエンジェルヘッドに両肩を掴まれた。鳥の足に似ており、掴まれると痛みを感じる。
そしてばさばさと空高く飛んでいったのだ。
上空から見るガリレオ要塞はなかなか壮観であった。投石器が各地に設置されてあり、鉄兜と胸当てを身に着け、槍を手にした兵士もちらちらといた。
川の上流には畑が見える。そこには見たことのない珍しい草を育てていた。
木造の小屋が立ち並び、木造船も多く停泊している。
そこにも兵士たちが見回りをしているのだ。
エンジェルヘッドは桟橋に降り立った。プラタを降ろすとそのまま飛び去った。
兵士がひとりプラタに駆け寄る。相手は人間であった。これから船に乗り、総本山フィガロを目指すのだ。
そこで木の亜人に言われた通りに通貨を替えた。ヴィスは紙幣だった。プラタは宝石を見せたが、これならある程度無理が通るので一粒だけ換金した方がいいと勧められた。
フィガロというか、蟲人王国ではヴィスが通じるのはエビルヘッド教団が布教されているところだけだという。
そんな場所では宝石の方がわかりやすく、一晩の宿は確実だというのだ。もちろん見せびらかせば命の危険があるのでほどほどが大切だと教えてもらった。
「ずいぶん親切だな。エビット団は狂信集団で異端者を見かけたらすぐに殺しに来ると聞いていたけどな」
プラタは意外だと思った。エビット団はエビルヘッド教団の略である。エビット団は世界中を旅したプラタでもいい評判は聞かなかった。
エビルヘッドは世界中を回り、人の幸せを踏みつぶし、不幸の声を聞いて悦に浸るという。
それを崇拝する信者は、虐げた弱者から金に食料、女を奪うというのだ。
「それは間違いないな。でもそいつらは何も知らない信者たちがほとんどだ。俺たち兵士の場合はある程度事情を知っているがね。そういった奴らを先導しているのさ。だからフィガロに着いたらエビルヘッド様の悪口は絶対に言わない方がいい。逆に聖シオンディ大聖堂内なら問題はないけどね」
兵士は丁寧に説明してくれた。プラタは金を払い、船に乗る。船頭が船をこぎ、上流へ向かうのだ。
フィガロの周辺は雪が降っているので毛皮をもらう。サービスが行き届いており、プラタは感動した。
雪の降る季節ではないが、キノコ戦争の影響だという。
さらに世界中の火山が活火山や休火山を問わず活性化したため、百数十年前の地図は役に立たないというのだ。
それにビッグヘッドが汚染された町の建物を喰らいつくしたため、文化遺産は一部を除き消えてしまったという。
もっともプラタには関係なかった。彼の頭の中には生まれたときから一緒に育ったオウロとアグアとルスを救うことだ。
兵士に話を聞いたがバグベアとゴブリンの亜人が、金色の人魚と鯛の魚人の子供をふたり、首輪を鉄の鎖につないでいたという。
その前に全身鉄人間の女性も通ったという。イエロの事だろう。
なぜ彼女がオウロを探さず、一足先にフィガロに入ったかはわからない。
再会して問い質せばいいからだ。プラタは覚悟を決めるのだった。




