第30話 プラタたち帰国する
「おお、懐かしいヒコ王国だ!!」
プラタはぐらぐら揺れる大頭船に乗って帰ってきた。
港は漁船や商船などで賑わっており、軍艦がにらみをきかせている。
プラタは乗員に命じて接岸した。船内にある荷物を自身の力、でべそで運んだ。
「ひさしぶりにプラタを見たが、変わらないな」
「まったくだ。あのでべその力は前に見たよりも冴えている気がするね」
「さすがはネプチューンヘッド様の息子だな。あいつとヴェンセドル陛下がいればこの国は安泰だよ」
港で働く魚人たちは好意的な目でプラタを見ていた。もちろん敵愾心を抱く者もいる。それはプラタが人間であることに嫌悪しているのだ。それどころか自分はヒコ王国で主流の魚人であり、それ以外の種族は見下すといった人種である。
実際のところ海岸線にある町や村は魚人が多いが、山間部は動物や植物系の亜人もいる。あくまでヒコ王国の国王が魚人だっただけで、特別魚人の国ではないのだ。
もっとも長い間暮らしていると自分たちが特権階級と思い込む者も増えている。
「おお、やっと帰ってきたでおじゃるな!!」
そこで慌ただしくヤギウマの牽く車に乗ってきた者がいる。コバンザメの魚人スセッソだ。小柄な体だが溢れる自信を持つ小さな巨人である。
「よぉスセッソ。相変わらず小さいな。元気にしてたか?」
「誰が小さいでおじゃるか!! いや、そんなことはどうでもいいでおじゃる。早くジェンチゥさんの家に戻るでおじゃる、大問題が起きたでおじゃるよ!!」
そう言ってプラタを小さな手で強引につかみ、馬車に乗せたのである。ヒスイたちは呆気にとられ、取り残されてしまったのだ。
☆
プラタは久しぶりに見た第二の実家を見て唖然となった。鯛の魚人ジェンチゥはロウソク屋を営んでいる。そこが見事にぼろぼろになっていたのだ。
放火されたのか家の周りは焼けており、扉や窓は破壊されていた。
プラタは自分の家が悲惨な状態になっていることに衝撃を受けていた。
周りは野次馬が集まっており、なんと国王でありシャチの亜人であるヴェンセドルと、アオザメの人魚の護衛騎士、イングリッドもその場にいたのだ。
「ヴェンセドルにイングリッド!! こいつはどういうことだ、母さんに父さん、オウロやフェーゴ、アグア、ルスはどこにいったんだ!!」
プラタはヴェンセドルにつかみかかろうとしたが、イングリッドに邪魔された。
「落ち着きなさい。ジェンチゥ氏とアマーベル氏は生きております。大怪我はしておりますが命に別状はありません。
ですがオウロさんと三つ子の弟さんたちは誘拐されました。ポヤイス商会の会長、マクレガーによって」
イングリッドはプラタをじっと見据えながら説明した。
マクレガーはバグベアの亜人で昨日の夜、奴隷としてナトゥラレサ大陸へ送るはずであった。王国管理の奴隷船にゴブリンの従業員と一緒に船倉に押し込められていた。
ところが謎の大爆発でマクレガーたちは脱走した。そして自分たちを不幸のどん底に落としたプラタの家族を狙い、襲撃したのだ。
家に火をかけ、ジェンチゥとアマーベルを槍で刺した。動きを止めた後隠れていたオウロと三つ子たちを攫って行ったのである。
「その際にマクレガーはこう言ったそうです。エビルヘッド教団に奴隷として売り飛ばしてやると。現在兵士の連絡待ちですが、確かにマクレガーたちはレスレクシオン共和国を通り、北東部にあるエビルヘッド教団の本山フィガロを目指しているとのことです」
イングリッドの説明を聞き、プラタは激怒した。なんで自分の恨みを自分にぶつけないのか。なんで関係のない自分の家族を狙ったのか。プラタの心の中は憤怒の炎で覆われていた。
「ひゃはははは!! いい気味だなぁ人間さんよぉ。これもみんなてめぇのせいなんだぜ!!」
野次馬の中で罵声が上がった。それはハオコゼの魚人であった。
ハオコゼとはカサゴ目ハオコゼ科の海水魚である。基本的に磯のアマモなどの海草の間に住んでいる。全長七センチくらいで、うろこはほとんどない。背びれに毒のとげがある毒魚だ。
そいつはげらげら笑いながらプラタやその家族の不幸を笑っていた。周りの魚人も不快な顔になるが相手は一向に異を返さない。
「大体人間如きが偉大なヒコ王国に入るのが気に入らねぇんだよ。空気が腐るわな! それにそこのロウソク屋も人間に肩入れしやがるからこんな目に遭うんだよ、自業自得だな。マクレガーさんが復讐に来るのは当然なんだよ! お前が人間のくせにでかい顔をするのが間違っているんだよ!!」
ハオコゼの魚人はプラタを罵倒し続ける。しかし誰も彼の意見に同調しない。当然だ、彼らにとって人間など珍しくもなければ、何の感情もない。
さらにマクレガーのしたことはヒコ王国を軽く見た傍若無人な行為だ。少なくとも罪人を擁護する必然性がない。
本人は理路整然としゃべっているつもりだが、実際は酔っぱらいのたわ言でしかないのだ。
「おい、チミド。お前は少し黙っていろよ。王様が目の前にいるのに差別発言をするのは不敬だぞ」
隣にいるイワシの亜人の男が注意した。するとチミドと呼ばれた男は頭を下げ、背びれでイワシの亜人を攻撃した。
背びれはするどく、イワシの亜人はケガをして地面に倒れる。
「うーーーるせえーーー!! 俺はこの国を愛しているんだ、魚人を誇りに思っているんだ。それなのに今の王は魚人を特別扱いしてない!! そんなのは許せないことだ、俺は魚人の誇りを取り戻すのだ!! シャチは魚類じゃない、哺乳類だ。そんなやつが王になっていいわけがねぇ殺してやるよ!!」
チミドはヴェンセドルに向かって突進してきた。目は狂気で血走っている。王様に危害を加えようとするなど正気ではない。彼は狂っているのだ。
プラタはショックで動くことができない。イングロッドが庇おうとするがヴェンセドルに止められる。
「王である余が解決してみせるわ」
そう言ってチミドの前に立つ。チミドは背びれや爪で野次馬を傷つけていた。
「魚人の誇りを忘れたやつはみんな死ね!!」
よだれを飛ばしながら無関係な女子供を傷つけて楽しんでいた。逃げ出す者の背中を切り裂き、倒れたところを踏みつける。
ハオコゼは毒を持っており、その毒のせいでけが人は苦しんでいた。
「ヒコ王国国王ヴェンセドル三世の名において命ず。今すぐ蛮行を止めれば恩赦を出そう。もっともこの国にはいられないがな」
ヴェンセドルは威厳のある声を発した。だがチミドは無視している。
「うるせぇうるせぇ、うーーーる、せぇーーーーーー!! 俺に命令するな、俺は偉大なんだ、王を名乗るゴミクズ如きが俺様に命令するな!! 死ぃぃぃねぇぇぇぇぇぇ!!」
チミドは身体を縦に回転させながら、突進してきた。まるで車輪のようである。
だがヴェンセドルは動じない。一歩も動かずチミドの攻撃を待つばかりである。
するとヴェンセドルが口を開いた。そして舌を出す。それは槍のように鋭く長い舌であった。
チミドの死角である左側を突いたのである。
チミドは吹き飛ばされた。そこは人がいない場所だったのだ。身体を壁に叩き付けられて動かなくなった。
そうヴェンセドルは舌を自在に操ることができるのだ。かつてヒスイたちの尻を撫でたのは手ではなく舌だったのである。
「なっ、なんで俺がこんな目に……。みんなの気持ちを代弁したのに、こんな扱いはあんまりだ……」
チミドは恨み言を呟いた。ヴェンセドルは無視してイングリッドや兵士たちにけが人の治療を命じる。
そしてチミドの前に立った。
「お前は余を殺そうとした。よってこれより処刑を行う」
チミドは自分の耳を疑った。処刑を行う? 自分は魚人なのだ、この国では特別な存在なのだ。
実家は漁師で何の地位も名誉もないその他大勢のひとりだ。
自身を特別に思い込み、他種族を差別するのが趣味になっていた。
「はっ、ははは、冗談、冗談に決まって……」
チミドは愛想笑いを浮かべ、誤魔化そうとしたが無理だった。ヴェンセドルの舌はチミドの頭を叩き潰した。
チミドの潰れた頭から血が飛び散り、地面を赤く染める。その様子を見て、国民たちはヴェンセドルの実力を改めて認識したのだ。
処刑については何も言わない。国王を侮辱し殺そうとしたのだ。死刑になってもおかしくない。むしろ自業自得である。
「プラタ、ジェンチゥやアマーベルはこちらにまかせろ。お前はオウロたちを救いに行くのだ。家族を救えるのはお前だけなのだぞ」
ヴェンセドルに肩を叩かれたプラタは正気に戻る。その通りだ。オウロや弟たちを救えるのは自分だけなのだ。
イングリッドは追跡した兵士たちからマクレガーたちが川を上って八蛇河を通ったという。その際に三角湖も通るからまずはそこへ向かうべきだ。
さっそくエルハヴァ号に乗り、追いかけるべきである。
「プラターーー!! 大丈夫か!!」
ヒスイたちが走ってきた。肩で息をしている。全力で走ってきたのだろう。
「はふ~、息が苦しいよ~。走るの苦手なのね~」
「そうです! でも苦手でも乗り越えなければならないのです!!」
コハクとフビはぜえぜえと苦しそうに息をしていた。
「あれ、イエロは?」
プラタが訊ねた。見るとイエロだけ姿が見えないのである。身体が重いから走るのが苦手なのかもしれない。もうじき来るだろうと思った。
だがイエロは待っても来なかった。それどころか彼女はヒコ王国を出ていったのだ。巨大ヒキガエルに船を乗せるカエル船に乗ってである。
そのことに気づいたのは数時間経ってのことであった。
チミドはポルトガル語で臆病という意味です。臆病だからこそ悪態をつくことで誤魔化す感じですね。




