第29話 コアラーズたちと宴会
その晩は宴会となった。プラタとピークォド海賊団の三獣士、コアラーズの舞台で飲めや歌えの大騒ぎである。
ピヤー一味の船や廃材を集めて盛大な焚火を燃やしていた。今宵は満月で月の光が島を照らしている。
さらに炎が闇を照らし、海面にゆらゆらと火が揺らめいており、一層に幻想的な雰囲気を作っていた。
ヒスイとイエロは黙々と酒を飲んでいた。時折干し魚に干し肉のスープを口にしている。
コハクとフビはタヌキたちの腹鼓と一緒に歌っている。
酒はピヤー一味の物から拝借している。干し肉や漬物もたんまり置いてあり、そこから持ち出したのだ。
妖精王国で作られた熟成された蒸留酒は舌を焼くほどの味わいであった。他にも蟲人王国のワインもあり、芳醇な香りを漂わせていた。
宝石や宝飾品も様々な国際色を示していたが、今は宴会に必要な酒と肴さえあればよい。
地下牢に打ち捨てられた女たちの遺体は所持している腕輪かペンダントを遺品として残し、骨を砕いて海にばらまいた。
遺骨を海に捨てることで母なる海へ戻る意味があるのだ。
ピヤー一味の残党は、全員死骸はやぐらを建てぶらさげていた。遺体をそのまま放置するのは大地や海に戻れない曰くがある。ある意味死者に対するむち打ちであった。遺族が見れば憂さが晴れると言われている。
生き残りはひとりもおらず、肌着を身に着けていない新鮮な死体も発見された。腐敗臭と便臭が入り混じり、吐き気がしたが、遺体を片づけた後消石灰をばらまくことで臭いは収まった。死臭を消すための消石灰は船に備蓄するものである。
「あはは~、楽しいですね~」
ユーカリの木の亜人であるユカリは上機嫌だ。船長であるコアラーズはユカリに抱きつき眠っている。彼女はいつも寝ており、戦闘になればすぐに芽を覚ますのだ。
「そうだな。あんたの胸はなかなかの触り心地だ。もう一回触っていいか?」
「触ったら蹴るからな」
「なんだ、お前も触ってほしいのか?」
プラタが訊ねるとヒスイはくぎを刺した。胸に触ろうとしたのでイエロが手刀でプラタの頭を叩く。
ユカリの肌は木の皮と同じである。本来はイボだが遺伝子のせいで全身に広がっているのだ。髪の毛はユーカリの葉と同じでコアラの主食である。というかコアラはそれしか食べられないのだ。
「あはは、あたしの胸を触りたがる人がいるなんて初めてですよ。第一あたしの胸は硬いしごつごつして気持ち悪いじゃないのよさ」
「そんなことはない。女性のおっぱいは千差万別だ。柔らかいだけがおっぱいじゃないんだよ」
「ふ~ん、変わってるね~」
ユカリの表情は変わってないが、プラタの態度は珍しいようである。樹の亜人は身体が堅い。アイアンメイデンのイエロほどではないが、抱きつきたいとは思えない。それなのにプラタはお世辞でもなくおべっかでもない。本心でしゃべっているようである。
「ところであんたらはこれからどこにいくんだい?」
「コアラーズお姉ちゃんは南方のナトゥラレサ大陸にあるカカオ共和国へ行くといってますよ~。そこでチョコレートの原料であるカカオを買って帰るんだよ。国に帰ったらみんなにチョコレートを売ってあげるんですね~」
「アニトラの話じゃホッドミミル王国を拠点にしているそうだが、見たところあんたとコアラーズはウルル共和国出身だ。なんでピークォド海賊団に入ったんだ?」
プラタの質問は他愛ない世間話だ。彼はユカリから詳しい事情を聴くつもりはない。人にはそれぞれ人生があるからだ。
ユカリも内緒にするような話ではないので、酒の肴として話した。
ウルル共和国は動物系の亜人と植物系の亜人の半々であった。百数年間外部と交流したことがなく、文明は退化していったという。
かつてオーストラリアと呼ばれた時代に生息していたコアラやカンガルーなどの亜人へ変化した者が多いといわれている。
共和国と名乗っているが、実際は数多くある部族が集まり国を名乗っているだけだ。四年に一度部族の代表が集まり、誰が代表になるかを決める会議がある。家柄と血筋のない人間は代表になることはない。
そこにピークォドがやってきたという。今から十年前だが彼女はシロナガスクジラの亜人であった。大頭船のイシュメル号に乗って世界中を旅していたのだ。
もちろん当時は外国人を忌み嫌う国が多く、激しく抵抗するのがほとんどだった。
それをピークォドは掛け声ひとつで吹き飛ばしたのである。原住民はあっという間に白鯨女王に恐怖を抱き降伏したのであった。
ユカリの住む部族はコアラの亜人と共存していた。当時ウルル共和国に上陸していたピークォドの噂を聞いており、興味本位で見物に来たのである。
のちにアニトラ海賊団の船に乗るタスマニアデビルの亜人オルガも一緒であった。
「船にはピークォドお姉ちゃんの他に、アニトラお姉ちゃんにサイクロプスお姉ちゃん、そしてトラファルガーお姉ちゃんが船に乗っていたのです」
サイクロプスはクロサイの亜人でナトゥラレサ大陸出身だという。
トラファルガーはアムールトラの亜人でアニトラの妹である。
現在はコアラーズを含めた彼女たちが三獣士と呼ばれていた。アニトラは世界中を見て回りたいので単独行動をしているが、絶縁しているわけではない。今でも定期的に手紙を送っているようである。その方法は主に伝書鳩で一度に数羽を放していた。一羽だけだと何らかのトラブルで届かない場合があるからだ。
「ピークォドお姉ちゃんのおたけびはすごかったです~。大地は揺れ、大気は振るえ、人は心を乱されましたね~。それにしびれたのでピークォドお姉ちゃんの船に乗ることにしたのです」
コアラーズは寝ており、気づいたら船に乗っていたという。もっとも本人はユカリの上に寝るのが好きなので問題視していなかった。それで戦闘では三獣士として並んだから人生は何が起こるかわからない。
ユカリとしてもコアラーズが三獣士になったところで興味はない。あくまで三獣士の称号はホッドミミルの国民が勝手につけたものだ。ピークォドたちも気に入っており積極的に使っている。
あとピークォドは代表者に命じて港を整備させた。補給ができるように家を作り、水路を作らせた。ちなみにビッグヘッドはたまにミカエルヘッドが神託を伝えに来たり、ルシファーヘッドが病原菌をばらまき、村をひとつ滅ぼしたりする程度である。
「そんなつまらないきっかけで船に乗ったのですか?」
イエロが質問をした。あまりに単純な理由のため冗談だと思ったのだ。
「きっかけなんてそんなもんさ」
渋みのある高い声がした。コアラーズだ。彼女は目を覚ましていたのだ。ユカリも戦闘以外に起きたことに驚いていた。
「あたいの場合はユカリが勝手に船に乗っただけだ。けど人は何処に行っても生きていけるんだよ。きっかけが些細な物でも本人にとってはどうでもいいことなのさ」
彼女は言いたいことを言うと再び眠り始めた。
「あはは~、コアラーズお姉ちゃんが起きるなんて珍し~。こりゃ明日雪が降るかもね」
ユカリは冗談交じりで笑っていた。イエロは黙ったままだ。文字通りの鉄面皮なので表情は変わらない。
だがまとっている雰囲気が尋常ではないと気づく。
「アッハッハ!! その分俺たちは別だな!! 何しろ八年前の集結する約束を守ったんだから!! とはいえ絆の強さに年月は関係ない、きっかけなんか単純でいいんだ!」
プラタは蒸留酒をがぶ飲みしながら笑っていた。
「プラタ~、タヌキさんたちの腹鼓と一緒に踊ろうよ~」
「はいです! 彼女たちのリズム感は最高です!! ここはひとつハナ村に伝わるハナ音頭を踊るのです!!」
コハクとフビが踊りに誘ってきた。プラタはよれよれと立ち上がると、ふたりと一緒に拙い踊りを披露するのであった。
「……よく考えればプラタの約束を守る義理はないんだよね」
ヒスイは酒を飲んだ。第一プラタの約束など反古してもよかったのである。それなのに双子の妹と一緒に船に乗ったのは自分たちの取り巻く環境がそうさせたのかもしれない。
自分の住む三角湖のジライア村では男が跡継ぎであると決まっている。男子がいなければよそから優秀な子を婿養子にすればいい。
ナメクジが多いツナデ村やヘビが多いオロチマ村では女性でも跡を継げることはできる。
しかし一般的には男が後を継ぐ方が波風が立たないのだ。
「そういやイエロはライゴ村出身だったよな。あそこは滅多に女は村を出ないというけどよく許可を出してもらえたな」
ヒスイが訊ねるがイエロは答えなかった。彼女は浴びるように度数の高い蒸留酒を飲み干し、むせたのである。
☆
翌朝、プラタとコアラーズは別れた。ピヤー一味のアジトにあるお宝は半々に分けられる。プラタたちは後から来たのだから宝を手にする権利はないと固辞したが、コアラーズはアニトラが世話になったお礼だといって無理やり大頭船のエルハヴァ号に押し付けたのである。
「そういえばこの船の名前はなんでしょうか~」
「エルハヴァ号だよ。俺の命の恩人の名前を使っているんだ」
ユカリの問いにプラタはあっさりと答えた。隠す必要はないからだ。
「そうですか~。でも大頭船には船治療師が必要ですよ~。なんといっても生き物ですから面倒を見ないといけないし。あたしのような樹の亜人でないと無理ですね~」
ユカリは助言をくれた。プラタも同意する。
コアラーズは相変わらず寝ていた。
こうしてプラタたちは別れを告げたのである。
しかしプラタたちは驚愕するだろう、ヒコ王国に起きた悲劇を。
ここに寄らなければプラタはエビルヘッド教団の本拠地であるフィガロに行くことはなかったからだ。
とはいえそこで新たな仲間をふたり迎えるので人生は本当にわからないものだ。




