第17話 山の魔王の宮殿にて
「気を付けてください。山の魔王の宮殿の道中は巨大なカニがうじゃうじゃいます。それとカニクイザルたちにも注意は必要ですがこいつらは危害を加えなければ大人しいですよ」
ペルギュン島の長老であるグリーグが説明してくれた。
プラタとヒスイ、コハクにイエロ、そしてフビの五人は集落の反対側にある山の魔王の宮殿と呼ばれる場所へ向かった。その際にグリーグは塩が入った革袋をくれた。
大きな岩山でその天辺に上質のチークの木が生えているという。これこそがプラタの船にふさわしい大頭船の元になるというのだ。
プラタたちは森の中を歩いた。道らしい道はなく、森の木はまるで規則正しく整列している。
これには理由がある。この森はビッグヘッドによって作られたのだ。
ビッグヘッドは毒に汚染された土や石、鉄などの好物を食べる。それを目から通して排出するのだ。それが涙鉱石となる。
そして半年ほど経つとビッグヘッドは木に変化する。その木には木の実が付き、新しいビッグヘッドが生まれるのだ。
初めは二体だが、一度に十個ほどの実が成る。5年も経てば木は二十万本になるのだ。
それにビッグヘッドは本能で水源地を探り当てる。水が必要だからだ。ビッグヘッドのいる所には彼らが作った井戸が見つかるのである。
木に変化するときは整列する傾向があるため、森の木は一定の距離を保っているのだ。ちなみにオスだと杉や樫など家具や建築に必要な木になり、メスは椎や栗、クルミなど食べられる実をつける気に変化するのである。
動物などは空飛ぶビッグヘッドが連れてくるのだ。ペルギュン島もその類なのである。
プラタたちは長老に言われた通りの道を歩いていた。実際はヒスイが地図を広げ、方向を確認しながら進んでいるのである。
4人とも山奥育ちであり、海は初めてであった。もっともヒスイとコハクは実家が川を利用した水運業を営んでおり、船の扱いに慣れている。
「ふむ。オルデン大陸にある森に似ているな。もっともあちらは強風で木が折れていたり、木が腐ってキノコがうじゃうじゃ生えていたけどね」
「海岸沿いの森は大抵そんなものだ。おやじがゲンシリョクハツデンショとか、カクハイキシセツを中心に自分の子供たちをばらまいたそうだからな。そこがキノコの毒が一番ひどいそうだ」
ヒスイの言葉にプラタが乗っかった。彼自身も詳しくは理解していない。とにかくキノコの毒は生物の体を蝕み、腐らせていくのだけは知っている。
ヤギウマやヤギウシのように体が巨大化することもあるという。ただし均一に肥大化するわけではなく、下半身が欠けていたり、単眼で死産したものもいるそうだ。
今生き残っているのは、均整の取れたものであり、他は淘汰されたのである。
しばらく歩いているとがさごそと茂みから音がした。はてな、なんだろうと警戒していると、そこには巨大なカニが現れたのである。
犬と同じほどの大きさで緑色をしていた。それが地面一杯にうじゃうじゃうごめいているのである。
チチュウカイミドリガニと呼ばれるものだ。汚染に強く繁殖力も高いのである。
プラタたちは避けようとした。しかしミドリガニの動きは素早く、プラタの足をハサミで挟んだのである。
プラタは顔をしかめながらも、足を振ってカニを振りほどいた。
すると反対の足を別のカニが挟むのである。
ヒスイとコハク、フビは身体が柔らかいため、木に登って避難した。
逆にイエロは鉄の身体なので、挟まれても平気である。
ところがミドリガニたちは一斉にイエロに集まってきたのだ。そして関節部分を執拗に挟んでくるのである。
振りほどいてもカニたちは諦めない。イエロが鉄の足で踏みつぶしても、別のカニが現れるのである。
「イエロ! 今助けるぞ!!」
プラタはポーズを取った。モスト・マスキュラーという両腕を輪のように作り、力強さをアピールするポーズだ。
「ネイブル・ハンマー!!」
するとへそは金づちの形を取った。そいつで地面を絨毯のようにひしめくカニたちを叩き潰したのである。
見る見るうちにカニは潰されていった。イエロもカニから解放されてほっと息をついた。
「助けていただいて感謝します。鉄の身体も考えものですね。なまじ痛みを感じないから限界もわからない」
「何、いいってことよ。お前のおっぱいを狙う不埒なカニは俺が成敗したからな」
イエロは何も答えなかった。別にカニは乳房など狙っていないだろうが、プラタの話を盛り上げさせないためにわざと口をつぐんだのである。もちろんプラタは気にも留めない。
「あのね~。どうしてプラタは足を使わないの~?」
頭上からコハクが訊ねてきた。確かに足で踏めばいいのにプラタはわざわざへその金づちを使っていた。
「ああ、使わないんじゃなくて、使えないんだよ。へそ以外で攻撃すると俺の心臓が止まっちゃうんだよね」
プラタが説明する。コハクは納得した。これは制約といい、能力を高める行為である。
いつでも素手や武器が使えれば能力に頼ることがなく、力も弱くなるのだ。
それ故に能力以外の使用をしたら心臓が止まると制約することにより、力を飛躍的に口上させるのである。
プラタは昔ヒコ王国に来ていたフエゴ教団のグレート・ピレニーズの司祭に教わったのである。能力は制約すればもっと強くなるとアドバイスされたのだ。
ヒスイの場合はナメクジラの亜人である叔父も似たような力を会得したのを覚えていた。
森の奥からさらにミドリガニが現れたのだ。その数は数千匹を超えている。
カニはヒスイたちが上っている木の幹を執拗にハサミで削っていた。海を住処にするカニなのに森に上がってきたのだ。途中でアライグマやアナウサギ、ヤギやアカシカも捕まえて食すのである。
カニや動物を喰らう。キノコ戦争以降、食物連鎖の立ち位置が大きく変化したのだ。
巨大なカモメにカラスは動物を狙い、巨大な魚が鳥を食べる。
まさに悪夢の世界と言えよう。
「うっきー!!」
森の奥から声がした。猿の大群が手製の石の斧でカニたちを叩き潰しているのだ。
彼らはカニクイザル。オナガザル科のサルで体長40~65センチほどあり、尾は体長と同じくらいある。
太陽列島に住むニホンザルと近縁で、東南アジアに分布していた。マングローブ林などにすみ、カニ類・昆虫・果実などを食べるのである。
こちらは人間の子供くらいに大きく、腰にはアライグマの毛皮が巻かれており、手には打製石器が握られていた。
「うきっ、うきっ! うききぃぃぃ!!」
ミドリガニは天敵と遭遇し、逃げ出した。カニクイザルたちは潰したカニの肉を素焼きの壺に入れている。
その内一匹がプラタの前に立った。猿は手を動かしている。それに釣られてプラタも同じ動きをした。
それは手話である。手話とは主として耳や口の不自由な人が手を使ってする話だ。手と腕の動きやその形・位置によって概念を表し、意思を伝達するのである。
カニクイザルが手話を会得していることも驚きだが、プラタもできるとは意外であった。
プラタはグリーグからもらった塩をカニクイザルに渡した。猿は大喜びで手話で感動を伝える。そして猿たちは去っていった。
「すごいです。プラタは手話ができるのですね」
「まあな。世界の各地では進化した猿たちが大勢いる。大抵手話を知っているから意思疎通は可能なんだ」
「意外にスペックが高いです。まったくプラタは最高の船長です」
フビが褒めちぎった。コハクも同意する。プラタは照れくさそうであった。
しかしヒスイとイエロだけは沈痛な面持ちだった。これで胸を触る癖さえなければ完璧だと思っている。天は二物を与えずとはまさにことのことであった。プラタはまったく気にしてないのも問題がある。
そして障害はなくなり、プラタたちはチークの生えた山の魔王の宮殿にたどり着いた。
ごつごつした岩山で他の命など許さないという感じであった。
そこには立派なチークが生えている。プラタはおやじことネプチューンヘッドからもらった船の種を木に埋め込んだ。
するとチークの枝から木の実が成った。それはぽとんと落ちると木の実に目が現れる。
これがビッグヘッドの船、大頭船の赤ちゃんなのであった。




