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第18話 朝

 船の実は椰子《やし》の実ほどの大きさであった。それに顔がついて手首足首がちょこんと生えている。

 プラタはまず集落に戻り、集落から赤ワインをもらう。それを船の実に浴びせてから海に浮かべる。ぱちゃぱちゃと手足を動かし、ぎこちなくも泳いでいた。

 実は水の中に沈んでも問題なく呼吸が可能のようである。これから実が成長するのを待つのだ。


 その間ヒスイたちはアニトラ海賊団の船に乗った。彼女らは海上の船に対する経験がないのだ。ヒスイとコハクは川の船を扱ったことはあるが、やはり川と海は別物である。

 イエロとフビも海上ではどのような料理が必要か、そしてどのようなケガや病気になるのかを勉強した。


 ニホンアマガエルの亜人であるヒスイは白猫でケット・シーの亜人であるリジーナから航海術を教わった。

 バナナスラッグの亜人であるコハクはタスマニアデビルの亜人であるオルガから総舵手の手ほどきをした。

 アイアンメイデンという全身が鉄に覆われたイエロは黒猫の亜人であるヴェルナーから海の料理を教わった。本人は魚より焼き鳥が好きだがインドクジャクは神聖な鳥なので食べられないとぼやいている。

 最後にヤマビルの亜人であるフビはスナネコの亜人タイガーリリーから船医としての心得を教わった。無口なので覚えるのに苦労したらしい。


 一週間も経つと実はボート並みに大きくなった。船首の部分にはリンゴほどの大きさの目と大きな口が開いていた。口から海水が入っていくが、ビッグヘッドには関係ない。

 海水でも平気で飲めるのだ。そして目からは砂粒ほどの涙鉱石《ティアミネラル》が流れていく。

 あまりに小さいので回収はできないのが難点だ。


 プラタは一日中、赤ちゃん大頭船《ビッグヘッドシップ》の面倒を見ていた。立って歩くのが楽しくてたまらない一歳児を見守る優しい目をしている。

 ヒスイたちはアニトラの船で勉強しながらその様子を見ていた。

 すでにプラタは船の知識が豊富であり、船長でカスピトラの亜人であるアニトラも舌を巻いたくらいだ。

 

 アニトラはヒコ王国やナトゥラレサ大陸にある闘神王国《ファイトキングダム》へ交易に出ている。必要な資材を購入するためだ。

 島にはこれといった資源はない。大きな木は生えているが集落の家に必要な分しか伐採しないのである。


「しかしこいつが大頭船になるのか。まだボートほどの大きさしかないけど」


「ああ、そうだ。ひと月もすればこいつは立派な船に成長する。今は成長の途中だな」


 アニトラが訊ねるとプラタは真剣な面持ちで答えた。船に関して彼はこの上なく真面目なようである。

 もっともいきなり「おっぱいを揉ませてくれ」と言われることがあった。アニトラたちは喜んで歓迎するが、ヒスイとイエロだけがお冠で彼に暴力を加えるのである。


 さらに時間が過ぎた。


 大頭船はますます成長していく。ボートからむくむくと膨らんでいき、マストがタケノコのように生えてきた。

 それは一本生え、もう一本生えて、最後に合計三本生えてきたのだ。それはマストになった。


 ひと月経つとそれは立派な船に成長した。キャラベル船といい、三本のマストを持つ小型の帆船だ。少数でも動かせる船である。排水量は80トンほどだ。


 船首の顔もはっきりし始めた。目をきょろきょろと動かし、プラタを見る。口元に笑みを浮かべていた。

 ヒスイたちも同行しており、その迫力に圧倒される。


「これが大頭船か。ビッグヘッドの船なんて最初はぞっとしたけど、じっくり見れば案外かわいいね」


 ヒスイが独語する。彼女らが住んでいたオルデン大陸ではビッグヘッドは天敵であった。特にスマイリーという品種は人間を足からかじりながら食べる最悪な生き物だ。キングヘッドやミカエルヘッドなど亜人の味方をするビッグヘッドもいるが、これはごく少数である。


 さらに最悪なのがエビルヘッドだ。アフリカゾウ並みの巨体で人間の村を踏みつぶして楽しむのである。

 レスレクシオン共和国にある宗教都市コミエンソから黒蛇河《くろへびかわ》の上流へ向かうとガリレオ要塞と呼ばれる天然のダムがある。

 さらにその上にはフィガロという都市があった。エビルヘッドを崇拝するエビルヘッド教団、略してエビット団の本拠地があるのだ。

 大司教で黒ヤギの亜人シオンディ4世が支配しているのである。邪悪なビッグヘッド、人心を惑わすウィッチヘッドに、空から病原菌をばらまくルシファーヘッド、航海する船をことごとく沈めるセイレンヘッドを配下にしているという。


「これはまだ子供だよ。おやじのポセイドン号はガレオン船並に大きかったな。あと10年は立たないと無理だ」


「あのね~。コハクたちは5人だから~、キャラベル船ほどの大きさがちょうどいいんだよ~」


 コハクはうっとりした表情でつぶやいた。人数は少ないのだから最初はこんなものである。

 アニトラたちから船乗りの極意を吸収しており、地中海ならどこにでもいける自信があるし、どんな危機も乗り越えられる確信を得た。


「ところで進水式はどうしますか? もうすでに船は海に浮かんでいますが」


 イエロが言った。確かにその通りである。進水式は新造船の進水時に行う式典のことだ。この船は最初から海に浮かんでいるのである。


「いや、もうしたよ。最初赤ワインをこいつに浴びせただろ? あれが進水式なんだよ」


 進水式にはワインなどを使うことがある。プラタは最初から進水式を行っていたのだ。


「それなら問題ないのです。ですが彼女の名前はどうします?」


 フビは大頭船を見ながら言った。なぜ女性扱いしているのかは理由がある。

 船は女性に例えられるのだ。

 例えば船にはwaist(中部甲板・腰)とstay(支柱索・頼りにする男)とを持っている。

さらに見栄えをよくするために多量のペイント(紅・白粉)をかけておかなくてはならない。

それに上半身はあらわにし、下半身は隠している。

最後に周囲に男衆が付きまとっているなどがあるのだ。もっともプラタの仲間は女性がほとんどなので関係ない。


「これはすでに決まっている。こいつの名前はエルハヴァ号だ。俺の命の恩人の名前だからな」


 命の恩人。何やら仰々しい話である。


「おやじが俺を拾ったとき、エルハヴァという女の人が俺を命懸けで護ってくれたそうだ。自分は背中に傷を負っているのに、おやじには俺を幸せにしてくれと頼んだ。そして俺をおやじに預けて安らかに逝ったそうだ」


 プラタはつぶやくように言った。ちなみにエルハヴァはこと切れる前におやじことネプチューンヘッドに告白したそうだ。


 大頭船、エルハヴァ号も名前を付けられて嬉しそうである。まるで巨大な愛犬に見えた。


「さあ、船に乗ろう。そして処女航海だ。俺たちの戦いはこれからだ!!」


 そう言ってプラタたちは初めての航海に出た。そこでピヤー一味が商船を襲撃しているところを目撃したため撃退することになる。助けた女の子二人はペルギュン島で引き取ってもらった。


 あとでアニトラに聞くと、白鯨女王は男を傘下に加えることはないということだ。基本的に女性だけで構成されている。かといって男子禁制ではなく、男と遊ぶのは問題ない。アニトラがやけに詳しいのも事情がある。


「あたいの双子の妹が白鯨女王ことピークォド船長の元にいるからね」


 聞けばピークォド海賊団は遥か北にある旧ホッドミミル王国を縄張りにしているという。小さい集落を襲う海賊を捕まえては積み荷を奪い、人と船は不死王国《アンデッドキングダム》や巨人王国《ジャイアントキングダム》に売りさばき、小麦粉と漬物を購入するのだ。


 アニトラの妹の他にもふたりの幹部がおり、ピークォドを守っているというのだ。アニトラは世界を見て回りたいので離れているが、心は何処にいよいとも繋がっている。


 ピヤー一味が白鯨女王の傘下を自称していたのは、本人が遠い北の地にいるためだろう。ピヤーだけでなく他の海賊も同じことをしているかもしれない。そのためピークォド海賊団は悪名が高くなってしまい、アニトラも同類と見られたのだ。ただしアニトラは気にしておらず、むしろ自称した輩を見つけてコテンパンに叩きのめした後奴隷にして売りたいくらいである。


「ホッドミミルか。おやじが言っていた、エルハヴァさんはそこから来た可能性があると」


 その理由は彼女が身に着けていた衣服だという。ネプチューンヘッドは世界の海を回っていた。なので各地の衣装なども精通している。プラタはそこの生まれである可能性が高いと言われた。


「もっとも俺にとって生まれ故郷などどうでもいい。今はお前らの方が大事だ。そうプラタ海賊団こそが俺の宝なんだ!!」


 そうプラタは宣言する。しかし運命は不思議なもので、本人は望んでいないのに自身の過去を覗く羽目になることをプラタは知る由もなかった。


 ただ朝日を見て決意を新たにするのである。

今回で序章につながります。

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