第17話 「勝利の女神」<後編>
<1>
十二国姫は最高位の女神姉妹。ありとあらゆる存在の頂点に立ち、それを導き助け、模範とならなければならない。パブリックイメージのみならず、誰よりも彼女達が、気の遠くなるような長い間そうあろうとしてきた。そして、これからも永遠にそうしてつもりだった。
が、幻琴が「面白い奴を見つけてきた」と拉致って、もとい、招待してきた男は、眠たげな目をこすりつつ、開口一番こう言ってのけた。
「なんで?そうしないとなんかマズいのか?」
数百年ぶりでいつの間にか勢ぞろいしていた十二柱の女神達は度肝を抜かれ、次に爆笑した。驚いた。まさかこんな人間の小僧に啓蒙されるとは。自分達の力に制限をかけ、弱めていたのは自分達自身だったとは。
「んでさ、みんなで楽しそうなとこ悪いんだが、オレ、どこで寝りゃいいんだ?こっちの世界でいくら寝ても修行しても、人間の世界に帰ったら時間が経ってねえって聞いて来たんだけど」
十二柱の女神達は腹筋がつるぐらいに笑い合った。手を叩き、お互いの背中や肩を叩き合って。色んな物が一気に軽くなって、氷解した。初めてだ。いつの間にか誕生してよりこの方、こんなに笑ったのも楽しいのも、姉や妹達が愛おしく思えたのも。
幻琴が連れてきた「面白い奴」は、話せば話すほどに面白く、底の知れない人間だった。そもそも人間とは何で、神とは何で、の境界さえどうでもよくなった。いや、この男があっさりとそうしてしまった。世界を統べる十二柱の女神の何もかもを一気にひっくり返し、バラバラにして、夢のような形に組み替えてしまった。
誰が最初に言い出したのだったか。妓唇だったか、幻琴だったか、遊翔だったか。
「あらん?じゃ、妓唇ちゃんが君のモノになったっていいわけよね?」
「ねーねー、『主様』って呼んでいーい?」
「ふふ。人間の若造ごときがこの火姫・幻琴を御しきれるかな?」
それぞれが、それぞれの言葉と表現で、いつのまにか煌侍の虜になっていた。前代未聞の異常事態発生だが、彼女達以上の存在がそもそもいないので、誰も文句を言う者はいなかった。そんなこんなで主となってしまった青年は、「どうせ女神様の気まぐれさ。その内飽きるだろ」ぐらいにしか考えていなかった。
「ねえ、こうなったら早く全員集合しよっ」
木姫・茶花の無邪気な提案で、煌侍は稀有な回顧の海から意識を浮上させた。茅希の他の十柱の女神達も口々に賛同している。やはり最上位の姉に会える、十二国姫が勢ぞろいするというのは、彼女達にとっても格別に嬉しい事らしい。「早く早く」と精神年齢年少組からせがまれる。
その光景を遠くから、抜け殻のように見やる断達。あまりの事の連続に、もう頭が正常に機能してくれない。
「『伝説の三姫』……光と闇の最高神……万物の根源。この上にまだ、何があるというのだ……」
頭を抱えて俯き、上下の歯をカタカタと鳴らせる。表情は蒼白。スポットライトを主演舞台俳優のように華々しく浴びていた時の彼は、もうそこにはいない。
焼刃煌侍を「獲物」「標的」として舌なめずりしていた五千人の兵達も、今や誰一人として平静を保っていなかった。天に祈る者、十字を切る者、土下座する者、泣き叫ぶ者、実に様々。太陽神である光姫・銘紋や、慈悲と寛容を備えていそうな木姫・茶花や茅希にすがり付こうとした者どももいたが、姉妹神達がそうはさせなかった。
「わかんねえか?」
誰に尋ねるともなく放った煌侍の一言に、周囲は水を打ったように静けさを取り戻す。彼こそがこの場を、いや、この世界を支配している事を、ここにいる全員がすでに知っていた。ただ彼の次の言葉を待つ。
「陽の光をさえぎるなら、ひさしを作ればいい。闇を恐れるのならば、明かりを灯せばいい。火を消すには水を、鉄を溶かすには高熱を発すればいい。だが、これらの法則が何一つ通用しないものが、たった一つだけある。それは最も残酷で、そして最も優しい」
「あ!それって!?」
鳴鈴が顔を上げると同時に声を上げる。「分かったようだな」と表情だけで煌侍が返し、ウインクしてみせる。
ゆっくりと呼吸を整え、精神統一。さらには謎のポージング。
「原色へ導け。時姫・渉想」
<2>
「……あれ?」
鳴鈴はもう一度声を出した。先程までとは見えている景色が全然違うのだ。地面は近いが、身体は宙吊りにされていた。
視線を右にずらしてみると、恐らく今の自分と同じくポカンとしている一麗と目が合った。で、今度は見上げてみた。すると、強い力を持った金色の瞳と視線がぶつかった。抜き身の最上業物の日本刀のような美しさ。確か十二国姫の第七姫、金姫・芍薬といったか。鳴鈴と一麗は、彼女の両脇に軽々と抱えられていた。
「お、お嬢様ーっ」
自分を呼ぶ声に気付いてそちらを見ると、幻琴の両脇に抱えられた二和と三明、氷姫・慈香の両脇に抱えられた四清と五喜の姿が確認できた。
さて、現在発生している「?」マークの数は全部でいくつでしょう?ただし、正解を知っている煌侍と十二国姫は除きます。
「『そして時は動き出す』。……かーっ!一度言ってみたかったんだよな、この台詞!」
身体のどこに体重を乗せているのか分からないポーズのまま、ひとり興奮している煌侍。それを微笑ましく見やる十二柱の女神。優しく地面の上に立たせてもらった鳴鈴と烏家五姉妹には、いまだに分からないこのカラクリ。自分達はさっきまであの遠く離れたバルコニーのガラスケースに閉じ込められていたはずなのに、どうやって……?
「と、時を止めたと言うのかあぁっ!」
断がわめき散らすように正解を叫んだ。半狂乱。それにニヤリと笑う煌侍。
「イグザクトリィ。さあ渉想、自己紹介だ」
「かしこまりました」
最後の女神。十二国姫最高の女神は静かに答えた。
「時の鍵は我が手に。十二国姫が第一姫、時姫・渉想、主様とともにのみ、永遠はあります」
ここに、十二国姫そろい踏み。「不縛の三姫」、「陰陽五行の姫」、「四大元素の姫」、そして「伝説の三姫」。何もかもがみんなてんでバラバラで、統一感の欠片もない。だが、確かに感じる共通した神々しさ。神気に当てられ、人間どもは身動きすらままならない。
十二国姫の大トリとして現れた、時姫・渉想。「女神の中の女神」である光と闇の二柱の女神さえも凌ぐ、最上にして最高の女神。彼女は顕現してから、微動だにしていない。なのに存在感は桁外れだ。まさに別格。
身長は十二柱の中間ぐらいか。白を基調とした簡素な服装は、ローマやギリシャ辺りの姫を思わせる。シンプルな円い形状だが最高の物と一目で分かる盾を左手に、剣を右手に携えている。それだけならヨーロッパ周辺地域の神話にゴロゴロいそうだが、特徴的なのは各所に施された白い羽飾りだ。革の靴の左右両サイドに、盾の左右両端に、剣の柄の両サイドに、そして盾と同じくエメラルドグリーンの色をした頭頂部が尖った帽子、その左右にも。
人々は彼女の羽根を見て、一体何を連想するだろうか。羽根の一枚一枚が翼一枚にも見えてしまうのは、時姫・渉想が持つ、何物にも囚われない広大なイメージがそうさせるのか。実際彼女は、その身ひとつであらゆる時空間を行き来し、歪みを正してきた。過去・現在・未来・並列世界、彼女の力の及ばない場所など存在しない。
白皙の肌、黄金の髪は後ろで太く一つに編み束ねられている。瞳の色はエメラルドグリーン。盾や胸当ての色よりは、当然の事ながらはるかに透明度が高い。猫の瞳やドングリにも似た形のそれは、今はどこを見つめているのだろうか。
「渉想、早速ひと働きしてもらってご苦労だったな」
煌侍は相手が誰であろうと、焼刃煌侍。究極の女神が相手でも、決して自分を崩さない。こういう部分も、女神達が彼を気に入った要因の一つなのかもしれない。
「いいえ、どうという事はありません。主様は正しい行ないをなさいました」
淡々と平坦に返答する渉想。凡人には神託に聞こえる響きも、彼には日常会話となんら変わりはしない。最高神のまっすぐな視線も平然と見つめ返す。
「さってとお、そろそろこの茶番も終わりにすっか。豪華ゲストが登場し過ぎで、予算オーバーも甚だしいだろ?」
バルコニーの“ボスキャラ”達を見上げる煌侍。奴らにはもう人質はいない。「時間が止まっている間に持ち去られる」という想定外の手段で、切り札は一瞬の内に(というか0秒で)無効化されてしまった。もはや戦力は、金に物を言わせて雇った兵隊達と己の身しか残っていない。しかしそれらも、「力を残している」とはとてもではないが言えない状態だ。
「十二国姫の全てを従える者、焼刃煌侍、おまえは何者なのだ!?」
「何度も言わせるな。オレは妹を世界一愛する、ただの大学生だ」
誰しもがその回答に「絶対そんなわけがない」と思いながらも、口にできない。
<3>
「んじゃ、最後にザッと“掃除”しておくか」
「!!」
最後通告を、何気なくサラッと口にする。排除対象と認識されている者達は総毛立ち、戦慄する。
「もはや勝敗は明らかだろう!なのに、まだやりたいのか!?おまえには人間の情がないのか!」
断以外の四人がわめく。まったく、言いたい放題である。完全に逆切れと言う他はない。
「お黙りなさい」
渉想が言った。たしなめる風でもなく、ただ言っただけだ。だが、場の空気は凍り付いて完全停止した。
「主様がお望みならば、刹那の後に土に帰るか、たった一つの染色体に戻るか、選ばせて差し上げましょう」
一切の抑揚がない言葉の羅列。表情にもなんら変化はない。しかし、その言葉を聞いた者達は、糸が切れたようにへたり込んだ。
「女神相手に慈悲を乞えないとはな」
断が自嘲にも似た薄ら笑いらしき表情を浮かべながら呟いた。
「許すわけねえだろ。オレは、オレの妹達と仲間達にどんなにわずかだろうと危害を及ぼす可能性がある物を、全力で排除する」
「……せいぜい虎の尾を踏んだぐらいに思っていたものが、龍の逆鱗に触れていたとはな」
「まあ諦めろや。バッドエンドルートを選んだのは他の誰でもない、てめえらだ。さあ、余興は終わりだ。本番と行こうじゃねぇか」
「あれでまだ本気ではなかったと言うのか!?」
これにはさすがに今の状態の断も目を剥いた。悪夢はまだこれからだと言うのか。
「最初に言ったろ。『顔見せ程度』だってな。言ってなかったか?まあどっちでもいいや。結末は微動だにしねえ。十二国姫の力と一款能賜舞の絶妙なコラボレーション、とくと味わえ」
左腕を水平に差し出す。
「風姫・依韻、左腕、疾風拳」
「心得た」
煌侍の左腕の肘から先が、竜巻のような気流の渦に包まれる。
右腕を水平に差し出す。
「火姫・幻琴、右腕、紅蓮拳」
「任せろ」
今度は右腕の肘から先が、灼熱の炎に包まれる。
「女神の力の同時使用だと!!」
断はもはや自分に与えられた役回りが無様なやられ役兼実況アナウンサーでしかない事を自覚しつつも、驚きを抑えてはいられなかった。
「なーにこの程度で騒いでやがる。何のために十二人そろってると思ってんだ?」
もう言葉もない。最悪の幕引きが目前に迫っているというのに、それを見てみたい。この自虐的な感情は一体何なのだろう。
「氷姫・慈香、左脚、氷刃脚」
「了解いたしました」
膝から下がダイヤモンドの煌めきに包まれ、透明な輝きのコーティングが施される。
「雷姫・遊翔、右脚、紫電脚」
「おっけー!おやすいごよー!」
膝から下が紫色の光に帯電する。それは煌侍の右脚に絡みつき、蛇のようにのたうっている。
その姿のなんと異様な事か。四肢それぞれに自然現象の脅威そのものをまとい、舞いのような拳法独特の構えを取る。こんな化け物、どんな国のどんな資料の中にも見た事がない。美しく、恐ろしく、神々しく、禍々しい。
「いつ時が止まるかもしれない恐怖。その中で、まばゆすぎる光と、昏過ぎる闇に怯え続けろ。そこを風が斬り、植物が怒り、大地が裂け、炎が身を焦がし、水圧が押しつぶす。攻撃は全て最強の硬度が弾き返し、天空からは氷雪と雷が降り注ぐ。さあ、ありとあらゆる最期を用意した。どれでも好きな物を選べ」
審判は下された。そこには一切の慈悲も寛容も存在しなかった。祈るべき神は目の前にいるのだが、言葉は届かない。
「懺悔する時間ならもう充分にくれてやったよな?さあ、カーテンコールだ」
「主様、残存敵数――」
「必要ねえ。一秒もかかんねえよ」
律儀に慈香が報告を行なおうとしたが、煌侍がさえぎった。笑みを見せて。それを見た彼女も、笑みを返して言う。
「そうでしたね。不要でした」
幕を閉じるための幕が、今開いた。
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「煌侍!」
口々に彼の名を叫びながら、鎌坂瑛時・鎌坂維那姉弟と秋橋璃矩と曽根崎紳佐が到着したのは、何もかもが終わった後だった。四人は大きく肩で息をし、瑛時と璃矩が疲労の色が濃い維那に左右から肩を貸し、“それ”を目撃した。
そこには煌侍と、その使用人であるブリュンヒルデ、へたり込む鳳鳴鈴と烏家五姉妹に加え、かつて見た事もない、色とりどりの十二柱の女達の姿が。そして戦闘不能に陥った五千人の、一目で真っ当な人種ではないと分かる者達。
「これは……」
紳佐が言葉を途中まで出し、そこから先を飲み込んだ。背筋を冷たい雫が滑り降りる。
「『血風の金曜日の夜(ブラッディ・フライデイ・ナイト)』の再現……とはちょっと違うかしらね」
璃矩がやや強張った表情と声で言う。
「そのようだな。あの時とは何かと事情が違うようだ」
瑛時が努めて冷静に璃矩の言葉を引き継いだ。
「血風の金曜日の夜(ブラッディ・フライデイ・ナイト)」、この町の住人ならば、知らない者はいない。裏社会に生きる者達にも周知の事実。それは今からおよそ二年前に起こった事件。
この町には(以前にも少し述べたが)、ただ一人のチンピラも不良もいない。本当にただの一人も、だ。それらの社会悪はその夜、この街から一掃された。当時18歳の、焼刃煌侍という一人の青年の手によって。
約二年前のある夜、夕食を囲んでいた煌侍と三姉妹。食卓の話題は、彼らが住む町の近頃の状態についての事だった。
「なんかさー、最近物騒になってきたよね、何かと」
三女の暦がカニクリームコロッケを一口に咀嚼しながら、苦々しげな表情で言った。味が悪いのではない。料理の出来は今夜もパーフェクトだ。
「そうね。学園の方からも『ひとりでは下校しないように』なんて通達も出されているし」
右手を右頬に添え、次女の魅霧が「困ったものだわ」と言うように溜め息を吐く。
「夜中までブンブン言ってるんだよー。うるさくて勉強に集中できないよぅ」
長女である絢華が、すねた幼児のような口調で言う。彼女達はこの春、高等部への進学を控え、日夜勉学にいそしんでいた。エスカレーター式とはいえ、そこは誉れ高き名門校、向上心なき者には広い門戸も堅く閉ざされる。
(んーむぅ……)
愛してやまない三人の妹達の話を、食事を堪能しつつ聴いていた煌侍だったが、今彼の中では、かねてから考えていた一つの計画が実行に移されそうとしていた。
(やっぱこのままにはしておけんよなあ。やっぱやるしかねえかぁ)
指針が決まれば行動は早い。しっかりと味わいつつも脅威のスピードで食事を済ませると、「ごちそうさまでした」と手を合わせてから自分の食器をキッチンの流しへと下げ、玄関へと足を向ける。
「あれ、兄さん、どこか行くの?」
兄の行動に敏感な絢華が声をかける。見付かった煌侍は数秒考えた後にこう答えた。
「うん。食後の軽い運動と、あと『掃除』だ」
「そうじ?外で?にいさん一人で?」
暦が首をかしげる。サラブレッドがうらやむような美しいポニーテールが、かしげられた方向につられて揺れる。
「お兄様、どうかお気を付けて」
何か感情を押し殺したような表情で魅霧が言った。聡い彼女は、これから兄が何をしようとしているか、の答えに考えが行き着いたようだ。
「なに、心配すんな。おまえら、今日は早目に寝とけよ。明日からは見違えるように住みやすい環境になってるからよ」
どこか不安そうな顔をする三人の頭を長女から順番に軽く撫で、額にキスを残して、煌侍はいつもと何ら変わらない様子で玄関を出て行った。
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かつてその頃この街には、この国を東西に二分する、荒事を生業とする組織の頂点に君臨する、その片方の大親分の邸宅があった。言わば魔窟であり元凶。焼刃家の父・勘助も長年手を焼いてきた、堅牢で剣呑な武家屋敷。住民達は陰で罵りつつも怯え、身を縮めて生活を送っていた。この国の暴漢の約半数にそこの息がかかっているのだ。下手に動くとネズミを駆除して虎を呼び出しかねず、まったく厄介な巨悪だった。
「ごめんくださーい。夜分遅くにすんませーん」
その悪の巣窟のインターフォンのボタンを押しつつ、間延びした声を出しているのが、誰あろう焼刃煌侍。右手には菓子折りの入ったビニール袋が下げられている。ちなみに足元にはすでに四人の黒服さん達が転がっていた。
――その数分後。
「もしかしてもう寝てた?そんなら悪い事したな。実はオレも安眠妨害されるのは嫌いでさあ」
そんなこんなで、煌侍は天下に名を轟かせる大立者の前にいた。高級本牛革張りのソファに深々と座り、自分で持ってきた菓子を「あれ、食わないの?んじゃ、オレが食う」なんて言いつつ、つまみながら。
周囲にはガラのよろしくない黒服のお兄さんアンドおじさん達がズラリと約五十人。半分が親分を守るため、半分が煌侍が何らかの不穏な動きをした時に対処すべく気を張り詰めている。が、各々のそのサングラスの下の表情は複雑だった。「何者だこのガキは?」という純粋な疑問から憤怒まで、様々。
それはさもありなん、この少年がここまでたどり着くためには、本物の銃や刀で武装した二百人もの構成員を出迎えを受けたはずなのだ。それなのに息一つ乱さず、汗一つかかず、今こうして裏社会の大人物相手にふんぞり返っているのだ。もうまともに動ける人間は、この部屋にいる者達で全て。配下の組織に増援を要請する暇すらなかった。
「して、何用かな、若いの?自分が何をしでかしたか分かっておるか?」
「さすがは大親分の貫禄」と言いたい所だが、動揺が隠しきれていない。何しろ想定外にして規格外。子分からの報告を受けた時はどこかの鉄砲玉かと思って「適当に処分しておけ」と言っておいたのだが、いつの間にやらこんな状況である。
文字通り、肝いりの選りすぐりの側近達が子ども扱いにされたという。銃弾を鼻歌交じりでかわし、日本刀を指二本で白刃取りしてへし折ってしまう。そんな化け物が、こんな小僧だとは。
「うん、それそれ。話が早くて助かるぜ。最近あんたの子分達がさ、何かと目に余るんだわ。もっときっちり躾してくんねぇかなあ、と。ウチの可愛い妹達が迷惑してるんで早急にさ」
よくもまあ、この状況で抜け抜けと。「舐めとんのか、こんガキャア!」と反射的に叫んで煌侍に掴みかかった一人が、親分が「まあ落ち着け」と言う前に裏拳を顔面に喰らい、後ろに猛烈な勢いで吹っ飛んで壁に激突、白目を剥いて泡を吹いて気絶してしまったので、親分は空しく口をパクパクさせるしかなかった。
「うっせえよ。三下は黙ってろ。オレは今アタマとナシつけようとしてんだ」
何たる凄み。どちらが生粋の筋者か、これでは分かったものではない。
「な、あんたの手下、みーんなこんなの。町の連中も迷惑してんだわ。分かんだろ?」
表情をにこやかな物に改めて煌侍が問う。しかし、大親分にもこの世界の二大人物にまで腕っ節一本でのし上がった矜持もあれば面子もある。でもそれも、このままでは丸潰れだ。どうしたものかと忙しく頭を働かせていると――
「こんガキャア、ワレ何さらしとんのか分かっとんのかダボがあっ!こんまま五体満足で帰れる思うとんなよ!ワレいてこましたら、次ゃあワレの大事な妹らの番じゃ、死ぬほど後悔さしたるけん、覚悟せえや!」
またしても先に子分が爆発してしまった。それは忠誠心からかプライドからか功名心か、どれだったのかは今となっては不明だが、彼が自爆スイッチを踏みつけてしまった事は明白だった。それも、この国の裏社会の半分を一発で吹き飛ばすほどの。
バツンッ――!!
その音は何の音か、とそこにいた全員が周囲を見回す。しかし、何の異変も発見できなかった。確かに今、太いワイヤーロープのような物が切断されたみたいな音がしたのだが。そして「気のせいだったか」と視線を元に戻し、そのまま硬直した。
焼刃煌侍がゆらり、と立ち上がっていた。その背後の空間が揺らめいて見える。陽炎か、はたまた鬼火か。
「そっかー、やっぱダメかあ。そうだよなあ。こーゆーのはもう、根元から腐っちまってんだな。分かった分かった。最初の予定通り『大掃除』だ」
誰に向かって言うでもない、宣戦布告。まさにこの瞬間こそが、後に誰が名付けたか、「血風の金曜日の夜(ブラッディ・フライデイ・ナイト)」の幕開けだった。
“手始め”に屋敷を柱一本残さず粉砕した煌侍は、スピードを落とすどころかむしろ加速し、町を駆け巡った。他の組織の事務所、そういった連中の溜まり場となっている場所、全てのポイントを一つ残らず壊滅させていった。唯一つの討ち漏らしもなく。こうしてたった一晩で、この町から全ての負の存在が消滅した。
襲撃を受けた者達は、ある者は恐怖から完全に口を閉ざし、ある者は国外へと逃亡し、ある者は出家した。彼らが唯一残した共通の証言、それが「血の匂いがする突風が吹いたと思ったら、もう何もかもが『終わっていた』」というものだった。
ご丁寧に県境の外部からの進入ルートまで全て無力化した煌侍は、普段となんら変わらない足取りで「さ、終わった終わった。かーえろっと」と自宅へと足を向けた。
帰ってみると案の定、三姉妹がそろって兄を出迎えた。「『寝てろ』っつっただろ?」と口では言いながらも、嬉しさを隠さない煌侍であった。その後彼はシャワーを浴び、魅霧が作ってくれた軽い夜食を食べ、三姉妹に「お休みなさい」のキスをして就寝。これがこの夜、この町に起こった事件の全てである。
<6>
「もー、煌侍ったら、またハデにやらかしてー」
璃矩が怒った表情で腕を組み、「まあまあ」と紳佐がなだめる。が、「困った奴だ」と苦笑しようとした瑛時は、傍らの姉の様子が視界に入った途端に取り乱した。維那が膝から崩れ落ち、涙を流していたからだ。
「いかがなさいました姉様!?どこかお加減でも!?やはりご無理を――」
璃矩と紳佐も瑛時の声に気づき、慌てて維那の元へと駆け寄る。
「違います。そうではないのです。ですが、こんな……。こんな所で、こんな、形で……」
維那は涙を流していた。だがその表情は痛みや苦しみや悲しみのものではなく、失くし物を見つけたような、何かから解放されたような、明瞭な形では言語化しがたいものだった。彼女の言葉の意味も、本人以外には理解できるものではなかった。
「煌侍君、あなたは、なんて……」
維那の涙は止まらない。瑛時は姉から視線を引き剥がし、煌侍の方を見た。そこには煌侍の他に、焼刃家のマルチな使用人・ブリュンヒルデと、煌侍に付きまとっているこの邸宅の主である鳳鳴鈴と、その従者である五つ子。
そして、“それ”に気づいた。十二のこの世ならざる存在の姉妹に。その姿に。
「なんという事だ……!」
瑛時は絶句した。一目で気付かなかったのは不覚という他はない。姉の涙を目にして、すっかり気が動転してしまっていた。
「瑛時、どうしたっていうのよ?維那さんの様子がおかしいのよ!一体どこを見て――」
「璃矩、落ち着け。煌侍の周りにいる、あの十二人の女人達の姿を見てみろ。何か思い出さないか?」
興奮状態にある璃矩に向け、瑛時は極力感情を抑えた声を出す。そうでもしなければ、彼だってどうにかなってしまいそうなのだ。思い出し、ある物につながった。しかし、「ありえない」と常識が理性が、導き出されたその答えを拒絶する。
「何だって言うのよ、こんな時に。煌侍の周りの人達?そんな事今関係な――え、……ウソ、でしょ?」
今度は璃矩が言葉を失った。両手で口元を押えている。叫びが出そうになるのを塞ぐように。
「二人とも、どうしたんですか?空気が読めなくて申し訳ないですが、引っ越してきた僕にはサッパリですよ」
辛抱堪らず、紳佐が口を挟む。こういう時には、逆に彼のような存在はありがたい。事情を知らない者に説明する事で、自分の中で状況を整理する事ができるからだ。
「鎌坂家に社があり、姉様がそこで巫女をなさっている事は知っているな?」
「ええ、それは知ってますよ。度々『教室』に通う時に拝見していますし」
「では、その社が何を奉っているか知っているか?」
「いえ、そこまでは。『秘中の秘』とかで、以前一度訊ねた時には教えていただけませんでしたし。……まさか?」
「その、『まさか』だ」
「そんなバカな」と言う表情のまま固まってしまった紳佐に、瑛時が短く答えた。
「鎌坂の社のご神体の正体は、正統なる巫以外には伏せられているのだ。例えそれが一族であってもな。だが、私と璃矩は子供の頃、その禁を破って社に忍び込んだ事がある。そしてその時に、見てしまったのだ」
「それが……?」
「うむ。私も自分の正気を疑ったが、間違いない」
「僕達は『焼刃煌侍』という人間のどこまでを知っているつもりだったんでしょう?……と言うか正直僕は、彼が人間かどうかすら疑い始めていますよ」
瑛時、璃矩、紳佐の視線は、煌侍とその周囲の十二柱に注がれている。耳には維那の静かに泣く声が聞こえ続けている。そちらを向く気には今はなれない。何と声をかけていいのか分からないから。
<7>
「ん、あちらに見えるのは鎌坂の社の巫女ではありませんか?」
「あら、ほーんと。維那ちゃんじゃなーい」
光姫・銘紋の言葉に闇姫・妓唇が反応する。
「え、おまえら、維那さんの事知ってんの?」
「知っているも何も、我々はかの社に奉られておりますゆえ」
「うそーん……」
時姫・渉想の澄み切った声に愕然とする煌侍。
「そういう大事な事は言っとけよー」
「主様がわたし達の事に無関心過ぎるのが起因と思われます」
地姫・茅希が顔に似合わない辛辣な台詞を放ち、姉妹達がどっと笑う。
「つーかさ、瑛時とかにもモロバレじゃねーか。オレ、隠し通そうと思ってたのに。気が利かねえなあ」
「そなた、『妹達には言うな』としか言わなかったと記憶にあるが?」
火姫・幻琴が意地悪くニヤニヤしながら言う。十二柱でよってたかって人間の小僧を虐めてますよ、この女神達。見方によってはジェラシーや当てこすりに見えなくもないが。
「そこまで言われては心外だな。ではそこにいる小娘どもも含めて記憶を消しておくか?」
こんな時だけ普段は犬猿の仲である幻琴と呼吸ピッタリの金姫・芍薬が、物騒な事を剣呑な表情で言ってのける。で、どうして刀の柄に手をかけているのですか?
「ひぃっ」
鳴鈴と烏家五姉妹が身を寄せ合い、小動物のように小刻みに震える。
「それは今んとこいいや。妹達にさえ知られなきゃな」
「……そうか」
だから、どうしてそんなに残念そうなんですか?
「主様ってば妹ちゃん達ばっかー」
「そうだそうだー」
空姫・鼎后が大げさな演技ですねて見せ、雷姫・遊翔と木姫・茶花がダブルで追撃のブーイングを浴びせる。
「だ・か・らー、オレは最初っから妹オンリーだっつてただろうが。大体なー――」
「双方そこまで。我々はこれでお暇する事にいたしましょう」
時姫・渉想が割って入って告げた。「えーっ!」とか言う反論の兆しは、視線だけで黙殺。さすがは十二国姫筆頭の凄み。
「うむ。ここいらが潮時であろう。かの者達の相手は主様にお任せするとしよう」
風姫・依韻が糸目を空の彼方に向けて言う。煌侍が「また誰か来んのか?今度は空から?」と問うと、「いかにも」と首肯した。
「それでは。名残惜しいが本日はこれにて。いずれまたかの地でお目にかかりましょうぞ」
そう言って依韻は煌侍の額に小さく口づけると、登場した時のように風となって消えた。
「あー、風姉ズルーイ!あたしもあたしもー!」
「茶花だって負けないもーんっ」
お次は遊翔と茶花に左右から飛び付かれて頬にキスされる。「じゃーねー、また近い内に会おうねーっ」、「ぜったい、ぜーったいだよーっ!」と、見た目最年少コンビも彼女達の世界へと帰って行った。
それからも女神達からのキスやら熱い抱擁付きの別れのあいさつラッシュが続いた。十二柱もいると長い。大変だ。水姫・楊座や茅希は慎ましく、氷姫・慈香や芍薬は頬を紅に染めながら、鼎后や妓唇は悪戯っぽく、渉想や銘紋はそれがたしなみのように、思い思いの方法で、挨拶を済ませて去って行った。
そして、当然のように最後まで残っていた幻琴は何もせずに行くかと思わせておいて、ただひとりまんまと唇を奪っていった。こんな所で知能犯。普段は力押しオンリーのくせに。
<8>
「してやられた……」
苦笑しながら十二国姫が消えて行った方向を見やる煌侍に、下から恐る恐る声がかかる。声の主は鳴鈴だった。
「あの……煌侍様?」
「ん、なんだ?さすがに驚いたか?」
「え、ええ、驚きましたとも。で、その、煌侍様はいつから十二国姫の女神様達と?」
「ああ、それか。あれはえっと、そうだなあ、おまえがヘリでウチの庭に降りて来たろ?あれからちょっと後だ」
「そうだったんでちゅの……」
煌侍の言葉に嘘はないようだった。表情や態度を見ていれば分かる。鳴鈴はその時期を疑っているのではない。純粋に知りたかっただけだ。もしあの時、すでに彼が十二国姫の主となっていて、その力を自分に使っていたとしたら――。そこまで想像して、身震いとともに思考を停止させる。
次に鳴鈴は、生気が抜け切ってへたりこんでしまっている断達を見た。自分の婚約者候補だった五人の男達。皆、今夜までは「我こそがふさわしい」と信じて疑っていなかった。それが今ではあのザマだ。立ち直るのには一体どれほどの時間を要するのやら。
と、そこで彼女はハッとした。もしも彼女自身が、あの日あの時、煌侍に敗れていなかったら、自分はどんな人間になっていただろう、と。高慢で狡猾、自己中心的で非情、まさにあの五人と同じ人種になっていたのではあるまいか。数字でしか物事を判断せず、損得勘定のみで打算的に動く。政略結婚と分かっていながら、それすらも利用できる道具として受け入れていたかもしれない。
(そんなの嫌!)
固く目を閉じ、左右に激しく頭を振り、おぞましい未来予想図を振り払う。わたくしは、今の自分の方がずっとずっと好き!
(あの時、煌侍に負けて本当に良かった)
鳴鈴はその思いをそのまま言葉にして煌侍に向けようとしたが、耳に入ってきた音に気づき、そちらの方角に身体ごと向き直った。
「この音……ヘリか?しかもこりゃあ、かなりでけぇな」
煌侍も気付いていたようで、そちらを向いている。彼の傍らのブリュンヒルデが、迎撃の姿勢を取る。
「こ、この音は!あのお方が、あのお方が来てしまったのか!なぜだっ!」
取り乱す断達五人。腰を抜かしているのか、必死に手足をバタつかせているが、のた打ち回っているようにしか見えない。
(『あのお方』……ね)
煌侍にはすでにピンと来ている。そうこうしている内に、ヘリの機影が視界に入り、どんどんその大きさを増してくる。
そのヘリは目も眩まんばかりに金ピカだった。ボディ側面には赤い丸印の中に「大」と書かれている。これで間違いない。鳴鈴の父、鳳グループ総帥である鳳大鳳が自ら乗り込んできたのだ。何という奇天烈さ加減。これが鳳家の血筋なのか?夜空に目立ちまくる、巨大な金色の鋼の飛行物体。近隣住民が軒並み出払っているからいいようなものの、迷惑極まりない。
一切の遠慮も迷いもなく、金ピカヘリが鳳邸の庭のヘリポートに着陸する。轟音と突風がしばらく続き、ようやく収まった。そして、ドアが横滑りに開くや否や、十名ほどの黒服達が中から飛び出し、これから現れる者のために花道を作った。
「ズドン」と、腹に響く音がしたような錯覚を覚えた。
日本に足を踏み下ろした鳳大鳳、その姿はまさに異相であった。二メートルをゆうに超す巨体を金色のスーツに窮屈そうに収めているが、そんな事よりもまず目を惹くのは、その奇抜なヘアスタイルだろう。不死鳥が大きく翼を広げ、今にも飛び立とうとしているかのような意匠、それが真紅に染め上げられている。ついでに立派な口ひげも真紅。
<9>
「ワシが鳳グループ総帥、鳳大鳳であるーッ!!」
轟雷のような大音声。「ひいっ!」と断達が身を縮める。
(なんだその挨拶……)
煌侍は肩をすくめる。何もかもが規格外のオッサンだ。だが、さすがは「大陸の巨魁」と世界に名を轟かせるだけの事はある貫目である。「豪傑」という言葉がこれほど似つかわしい人物は他にはいまい、と思わせる。
「お、お父様、どうしてこちらに?」
転がるようにして鳴鈴が父の元へと駆け寄る。と、娘の姿を目にした大鳳の相好がだらしなく崩れる。
「おおう、我が愛しの娘、鳴鈴よ。寂しくはなかったか?不自由はないか?このような島国ではさぞ息苦しかろう」
(そりゃ、あんたみたいなデカブツはそうかもな)
しかし、先程のまでの威厳と比べ、何という落差か。「親バカ赤鬼」、そんなキャプションが煌侍の脳内に浮かんだ。
「ええ、お父様。お陰をもちまして、何不自由なく過ごさせていただいてまちゅわ」
鳴鈴の良家のお嬢様ぶりが見て取れる。そこには育ちの良さが表れていた。
「で」
大鳳が大きすぎる顔を煌侍の方へとぐるりと向ける。至近距離で、しかも、並の人間ならば卒倒しかねないレベルの眼光で。
「これが例の『ムコ殿』か」
「そ、そうなのでちゅわお父様。ご紹介が遅れました。この方が鳴鈴の生涯のお人と決めた――」
「おまえは少し黙っていなさい」
怒鳴ったわけではない。ただ静かに言っただけだ。しかし、その一声に鳴鈴の身体は硬直し、半歩下がってしまった。この威圧感、ただの巨人ではない。
「そうなのか?」
今度は煌侍に訊ねる。娘に対するよりも、明らかに語気を強めて。
「らしいな。オレは引き受けた憶えはないけどな」
こちらもさすがに焼刃煌侍。巨竜の咆哮も、柳に風、と受け流す。
「我が愛娘、鳴鈴では不服だとでも?」
「んな事は言ってねえ。オレにはすでに心に決めた相手がいるってこった」
「ほう。鳳グループ総帥の一人娘に勝ると?」
「たりめーだ。つーか、でけぇ図体のくせして妙に腹芸使ってくるじゃねえか。どうせ全部調べ上げた上で言ってんだろ?」
煌侍の目が若干細められ、苛立ちの色を外気ににじませる。と、大鳳の側近達が騒ぎ出した。
「小僧、総帥に対して何という無礼な口の利き方だ!」
「身分をわきまえろ!」
「礼儀知らずの日本人め!」
などと口々に叫び、臨戦態勢。即反応したブリュンヒルデが動こうとするが、それを煌侍が無言で左腕を水平に伸ばす事で制した。そして、その者達に向かって
「うるせえ。三下は黙ってろ」
言葉と同時に、微量の殺気を発する。勢いを殺がれ、反射的に身を引いてしまう大鳳の部下達。彼らこそ精鋭中の精鋭なのだろうが、相手が悪い。焼刃煌侍は十二国姫の力を借りずとも、人類最強なのだ。
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「どうやら飼い犬の躾がなってねえみたいだな。側近があんなんで、グループを掌握できてんのか?」
「言うてくれるわ、小童が。独りで鳳グループを敵に回すつもりか?」
怒気をはらんだ風が吹き上がる。少年漫画の効果音でも付けたくなるような場面だ。
「やんならやってやるよ。娘より弱ぇ親父さんよ。何ならそのご自慢のグループもろとも灰になってみるか?」
双方無言になって睨み合う。固唾を飲んで周囲が見守る中、
「がっはっはっは!!全て見抜かれておるわ。まったく、大した器の持ち主よ。さぞかし窮屈な思いをしておろう!」
大鳳が突如怒号のような笑い声を上げた。煌侍もニヤリとする。
「まあな。“この世界”はオレ達には狭すぎる」
「これは痛快。ますますもって気に入った!や、これは失敬。どうだ『ムコ殿』、改めて我が愛娘である鳴鈴を花嫁候補の末席に加えてはいただけぬか?」
そう言うと、大鳳は深々頭を下げる(それでも煌侍のそれよりもまだずっと位置は高いが)。これには鳴鈴を含むその場にいる全員が驚いた。SP達が泡を食って止めようとしたが、大鳳の「邪魔をするな」というオーラに当てられ、動こうにも動けない。
「つってもなあ……。この際だからぶっちゃけて言っとくが、可能性は皆無だぜ?大事な娘が婚期逃しちまうぞ。グループの存続にも関わるんじゃねえのか?」
困った様子で煌侍は後頭部を右手でガリガリと掻く。
「それじゃあ、お父様……?」
鳴鈴が恐れ半分期待半分の声色で父に訊ねる。
「うむ。鳴鈴よ、見事この御仁の心を射止めて見せよ!このムコ殿以外、ワシは認めんぞ!なに安心せい、鳳グループはこのワシが傾かせん!」
「はい、お父様!わたくし、しかと心に刻み付けましてよ!」
あーあ。また当人置き去りで契約成立。「またこのパターンかよ」と頭を抱えるしかない。
「使える手段は全て使え!鳳グループの全てを使ってもかまわん。それだけの価値があるぞ、この大捕り物には。さて、そうと決まってはこうしてはおれん。ワシも急ぎ本国へと戻り、全面バックアップの体制を整えんとな!皆の者、帰るぞ、仕度せい!」
大鶴の一声により、いきなり慌ただしくなる周囲の状況。大鳳の指示により、何もかもが綺麗さっぱり片付けられていく。五千人の多国籍軍も、次期鳳グループの総帥候補だった五人も。全ての夢も野望も。
「このような俗物どもに我が愛娘をくれてやろうなどと、この鳳大鳳の目も曇りきっておったわ!」
己の過ちをただちに認め、修正する事は人間としての美徳であり、また人の上に立つ者には必須のスキルである。そういった面から見ても、この鳳大鳳という男は傑物であった。「鳳大鳳が五人いればアメリカ合衆国乗っ取りも不可能ではない」という風評も、あながち冗談では済まされないのかもしれない。
<11>
(ま、あっちはあっちで好きに盛り上がらせておいて、と)
「やれやれ、終わったな。帰るぞ、リュヒ」
「ギョイ」
背後の喧騒をよそに、踵を返す煌侍とブリュンヒルデ。心配して駆けつけてくれた仲間達の所へとたどり着く。
「あれ、維那さんと瑛時は?」
そこに来て気付いた煌侍が疑問を口にする。いつの間にいなくなっていたのか。
「維那さんが少々調子を崩されましてね。もうこちらの心配もないですし、先に帰られましたよ」
紳佐があらかじめ用意しておいた返答をスラスラと述べる。
「え、それ大変じゃねえか。大丈夫なの維那さん?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。あんたが心配するような事じゃないから」
「えー、なんでだよー」
璃矩にすげなく扱われ、子供のように抗議する煌侍。「今は真相を話さない方がいい」、それが二人と瑛時が出したとりあえずの方針だった。今後の事は、維那自身が決める事だ。
「それにしてもあんた、また今回はまたさらに激しく人間離れしたわね。さすがにあたしも驚いたわよ」
「あん?何の事だよ?」
璃矩の急激な話題の変更について行けず、怪訝な表情をする。実はまだちょっと拗ねていたりする。
「“彼女達”の事ですよ。もう僕は驚きを通り越して、君に関しては何でもありなんだと理解しておく事にしましたよ」
「あー、『十二国姫』の事かあ。あれはあれで、色々とめんどくせーんだけどなー」
最高の女神達をつかまえて、とんでもない言い様である。
「まあ十二人も本物の『勝利の女神』様達がついてりゃ、もう今後はあんたに関しては何の心配もいらないわね」
「そうですねえ。君が一体何者であろうと、僕らの関係は変わりませんし」
「あ?おめえら二人とも何言ってんだ?」
呆れたような表情を見せる煌侍。それに対し、「今の会話のどこかおかしかったか?」と、こちらも「?」顔の璃矩と紳佐。
「オレの『勝利の女神』は徹頭徹尾、三人に決まってんだろ?」
「あー、そういう意味ね」、と納得半分「やれやれ」半分の二人。
これが今や三界に敵なしの男か……。
「三界?絢華の世界、魅霧の世界、暦の世界か?」
――ある意味、この男が妹以外に興味がなくて、この世界のためには幸いだったかもしれませんね。
<了>




