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第16話 「勝利の女神」<中編>

<1>


 煌侍こうじとブリュンヒルデを中心とした半径約50メートル内で突風が巻き起こった。襲いかかってきていた敵兵達が木の葉のように吹き飛ばされる。騒然となるフォン邸。――一体何が起こったというのか。

 その風は薄桃色の色彩をまとい、この世の物とは思えない香気を帯びていた。錯覚でも幻覚でもない、確かに感じる。その場にいる五千を超える老若男女、あらゆる人種の者達が、一人の青年を注視する。全ての者達が、一瞬の内に焼刃やいば煌侍に魅了されていた。

「何だこれは!何がどうなっている?!」

 プレイヤーの四人が訳がわからずオロオロする。だが、辛うじてタンだけは冷静さを形だけでも保っていた。

「『浮衛炉門ふえろもん』、それは、その道を極め、頂点へと到達した者だけが持つと言われる圧倒的なカリスマ!チャクラの一種だとも、『フェロモン』の語源であるとも一説には伝えられている。一対一での使い手はそう珍しくもないが、大人数に対してのこの効力……まさかあの小僧、『浮衛炉門』の真骨頂とも言われる『覇連夢はれむ』の高みにまで達しているというのか!」

「煌侍様……!」

 鳳鳴鈴ミンリン烏家ウーけ五姉妹、彼女達も完全に目も心も奪われてしまっていた。すでに心酔していたと思っていた。が、まだまだ彼の魅力の一端しか知らなかった事を今知った。身体の芯が、心が熱い。熱病に冒されたように、煌侍の名を繰り返し呼び続ける。

 すぐ近くにいたブリュンヒルデは、身体が内部から爆発してしまいそうだった。初めて煌侍に出会ったその時から感じていた引力、その正体はこれだったのか?彼女ならではの野性的な、本能的な臭覚で気づいていた彼の魅力、少量でも危険だった物が、今や致死量。誘蛾灯に吸い寄せられるように、足元がフラつく。

「こうじ、こうじ……」

 連呼する。そうして体内から排出しておかないと、熱暴走を起こしてしまう。疼く。止まらない。

「リュヒ、しっかりしろ。おまえはずっと前から本当のオレを知ってたはずだろ?」

 そこへ、冷水のように浴びせられた煌侍の声。雷に打たれたように我に返るブリュンヒルデ。そうだ、そうだった。自分はいまさら、こんな事で変わりはしない。

「うん、しっかりする。ごめん、こうじ」

「おう、気にすんな」


 その時、鳳邸から離れた位置にいた四人の男女も“それ”に気づいた。

「煌侍!」

「煌侍君!」

「煌侍!」

「煌侍!」

 彼ら、鎌坂瑛時かまさか えいじ鎌坂維那かまさか いな秋橋璃矩あきはし りく曽根崎紳佐そねざき しんさは、取る物も取りあえず現場へと急行する。

 ――秋橋家。

「ゴメン花衣かい、ちょっと急用!あんたの勝ちで良いから!」

 璃矩が妹とプレイしていた家庭用ゲーム機のコントローラーをリビングの床に放り出し、家を飛び出す。

 ――とあるマンションでは。

「ちょ、ちょっと出てきます!」

 紳佐が同居人の二人の女性に短い断りを入れ、ドアを蹴破るようにして外へと飛び出す。

 ――鎌坂の社。

「瑛時、わたくしも参ります!」

「しかし、姉様…」

「足手まといになるのは承知しています。それでも!それでも連れて行ってください」

 視線を厳しく交錯させる姉と弟。

「……分かりました。姉様、飛ばしますよ?」

「ええ、わたくしの最速を出します。こんな時のために煌侍君に鍛えていただいているのですから」

 二人は矢のように社から飛び出した。


<2>


 場面は再びフォン邸。ざわつく者達。主導権はただ一人の青年の手中にあった。

「なあ、あんた、『勝利の女神』って知ってるか?」

 唯一平然としている煌侍こうじは、今や狼狽の色を隠しきれていないタンへと問いかける。五千対一、数の有利は全く揺らいでいないのに、まるで立場は逆転したかのようだ。

「な、何を言っている。そんなモノはおとぎ話にすぎん!勝利とは、己の力で手にする物だ!」

 空しく虚勢を張る断に、煌侍は哀れみと侮蔑の混ざり合った視線を投げかけると、心を落ち着けるかのように軽く目を閉じてから、ゆっくりと見開く。

「それを今から見せてやるよ。ただし、妹達には言うなよ?」


「何をするつもりだ、あの男……」

 動揺。注視。五千の内、60%が固まっていた。

(まさか……まさか。まさかまさかまさかまさか!)

 断は危惧していた。一笑に付したいのだが、払拭できない疑念と、とある“予感”。五千の内、20%が次の行動に迷っていた。

「何をしている!今奴は隙だらけだぞ!かかれ!」

 チャンの号令の元、彼の手勢の千人が、弾き出されたかのように一斉に殺到する。獲物はただの一人、何を呑気に静観している必要がある。早い者勝ちだ。この槍様が鳳グループ時期総帥の座はもらった!

「汚いぞ槍!」

「フライングだ!」

 残りのプレイヤー達が彼を罵り、慌てて自軍の兵を動かす。場は一気に乱戦の様相を呈するかに思われた。

 断だけはまだ動かない。悪い予感がする。ここはあえて様子を見るべきだ。彼の信じる、長年この激しく厳しいビジネス社会で生き抜いてきた直感がそう告げる。

 ブリュンヒルデもさすがに焦っていた。いかに自分に自信があっても、この数を一度に相手にするとなると、結果は火を見るよりも明らかだ。何とか主人が逃げるだけの時間を作るために活路を開かなければ。その方針を伝えるべく、煌侍の方を見る。

 だが――焼刃やいば煌侍は笑っていた。


「紫電に踊れ。雷姫らいき遊翔ゆうしょう

 それは何の呪文なのか。唱えた彼以外他の誰も理解できないまま、四千人の狩人がターゲットに迫った。肉薄。しかしその距離が約5メートルにまで縮まった時、信じられない現象が起きた。

 耳をつんざく轟音、全身に叩きつけられる衝撃。吹き飛ばされる先頭集団。

「雷だ!雷が落ちた!」

 誰かが叫んだ。まさにそんな感じ、いや、実際にその通りだった。もうもうと立ち込める煙、鼻孔の奥に突き刺さる焦げた匂い。網膜は閃光に焼き付き、鼓膜は激震し続ける。

 その中でも一番早くに回復したのはブリュンヒルデだった。この不測の事態にも主を守ろうと、煌侍の姿を真っ先に確認する。良かった、彼は無事だ。むしろ不思議なぐらいに平然として立っている。そして、もう一つ視認。彼のそばに誰かいる。それは小さな人影、敵兵の一人が彼に到達したのか!?

「こうじ!」

 全速力で駆け寄るブリュンヒルデ、煙は晴れつつある。“それ”の位置は把握した。敵だと判明した瞬間に排除する!

 ――が、次の瞬間、その場の雰囲気は一変する。

雷来らいらい!ゴロッと鳴ったらピカッと参上!十二国姫じゅうにこっき末姫まっき、雷姫・遊翔ちゃん、とーじょーっ!!」

「ズビシィッ!」と突き出されるVサイン。そこにいたのは、金色に輝く見事なロングツインテール、挑発的な眼光に、チラリとのぞく八重歯、紫色を基調とした天女のような格好(ただしミニスカート。健康的な脚線美が眩しい)をした少女だった。ちなみに今の目は「><」な感じ。

 硬直する約五千人。一体誰だ、突然出現したこのチビっ子は?

「……あれ?あれあれ?あたし、もしかして外した?」

 Vサインはそのままに、目を点にするチビっ子天女もどき。

「じゃねーよ。あまりの展開にみんなついて来れねえんだってば」

 ただひとり、事態を正確に把握している人間である煌侍がツッコむ。その声に振り向いた少女が、喜色満面で彼に飛び付く。

「あーっ、主様あるじさまーっ!ひっさしぶりーっ!もーう、会いたかったんだからーっ!」

「こらこら、飛び付くな。おまえな、少しは場の空気とか読め」

 完全に二人だけの世界。全然色っぽくもなんともないが。ただ周囲が取り残されているだけなのだが。


<3>


十二国姫じゅうにこっき……」

 未だ放心状態の鳴鈴ミンリンが、少女が自己紹介した際の1フレーズを思い出したかのように復唱し、タンはその声で我に返った。

「じゅっ、十二国姫だと!そ、そんなものは空想上の世界の産物だ!何を馬鹿げた事を!」

「わたくしだって知りませんわよ、そんな事!じゃああなたは目の前の“アレ”を一体どう説明するんでちゅのっ!?集団催眠か幻覚だとでも!?」

 見苦しく取り乱し、鳴鈴に噛み付く断。とりあえず大声を張り上げてでもいなければ、あまりの事に気が触れてしまいそうだった。

「お、おい断、何がどうしたってんだよ?あのチビは誰なんだよ?それに『十二国姫』って……」

 他の四人のプレイヤーとしては、彼ら二人以上に訳が分からない。今は恥も外聞もなく、わずかでも知識があるらしい断にすがりつくしかなかった。

(チッ、この蒙昧の輩どもが!)

 断は心中で歯噛みした。どうしてこの四人が、自分と同じくフォングループ次期総帥候補に数えられているのかが理解できない。こいつらは人を使うだけだ。学問にしろ腕っ節にしろ、自分を磨こうという向上心がない。与えられた物を消費するだけの俗物だ。自分は違う。ビジネス方面以外の知識も貪欲に吸収し、中国拳法をはじめ、肉体の鍛錬にも日夜余念がなかった。

 断は心の声を消し、努めて冷静に説明を始めた。


 天界とも仙界とも知れない世界の一つ、そこは十二の国に分かれ、その頂点にそれぞれ姫を冠している。彼女達十二人は姉妹であり、世界の進むべき道は、十二人の姫による円卓会議で決定される。その美しく、絶大なる力を有する彼女達を総称し、「十二国姫」と呼ぶ。

 彼女達はありとあらゆる国々の神話やおとぎ話の中に、様々に名前や姿を変えて登場する。時に人を助け、時に人を罰し、畏怖と信仰の対象となっている。道を極め、徳の高い者は彼女達の声を聞けるとされ、過去幾多の偉人達がその声に導かれて歴史を動かしてきた。

 しかし、時代が進むにつれ、自然への感謝と情愛の念を失っていった人間達に失望し、彼女達は自分達の世界へと閉じこもってしまい、もう滅多にその姿を見せる事はなくなって久しいと聞く。ごくまれに目撃談や顕現の報せがあっても、それらは錯覚や妄想としてあしらわれる事が常となってしまった。現代社会においてはファンタジーの一種にカテゴライズされてしまっているというのが現状だ。

「うむうむ。長々と説明ごくろー。で、どんなにあたしがすっごい存在なのかわかった?」

 ちみっこいのが大威張り。鼻息も荒くふんぞり返っている。

「おまえがそんなんだから、神々しさが全然ねーんだよ」

 煌侍がツインテールのちょうど分け目にチョップを打ち込む。「うにょっ!」と凹む遊翔。

「ひっどーい!なにその神をも恐れぬご乱行。神様なんだぞ!偉いんだぞ!ったくぅ、主様あるじさまじゃなかったら消し炭にしてやってるところなんだから」

 涙目で頭頂部をさすりながら抗議する遊翔。140センチにも満たない身長で、182センチの煌侍を「むーっ」と見上げる。

 呆然とする五千人強を尻目に、スラップスティックコメディを繰り広げる二人。いや、一人と一柱か。その中で鳴鈴は、湧き上がった一つの疑問を口にしていた。

「煌侍様、あなたは何者なんでちゅの?」

 女神(らしい)が顕現している事で、その姿が見え、その声が人間に聞こえるようになっているのは理解できる。が、その身体に触れることができて、しかも「主様」とまで呼ばれている事に頭がついていかない。


「ってなわけで、正真正銘の女神様だ」

 右手でポンポンと遊翔(*註:女神)の頭を軽く叩く煌侍。

「そーよ、女神様なんだぞっ!とーっても偉いんだぞーっ。えっへん、V!」

 ……いや、そうおっしゃられても。テンションが高過ぎて全然神聖さがないのですが。この世のものではない事はとりあえず分かったが、脳の根本的な部分が受け入れる事を断固拒絶する。

「で、この人があたしの主様よっ!キャーッ!」

「だーかーらー、そんなの認めてねーっつってんだろうがよ。ったく、どいつもこいつも好き勝手に人を巻き込んで話進めやがって」

「ふー。女神様に慕われて迷惑そうな顔するなんて主様ぐらいのもんだよー?ふつーは泣いて喜ぶんだからー」

「だったらそういう奴んとこ行け」

「なによなによー。そーんな冷たい事言いながらこうやって呼び出してるクセにー。……ってさあ、あたしなんで呼び出されたの?」

「……あ、そうだった。すっかり本来の目的を忘れてた」

 我に返る二人。周囲は完全に放置。ぐるーっと周囲を見渡す煌侍。

「で、こういう状況なわけだ」

 同じくぐるーっと周囲を見渡す遊翔。

「あー、大体分かったわ。あたしの力でドバ――ン!と、みーんなまとめてブッ飛ばせばいいのね?ごーりきしょーらい!ちょーりきしょーらい!」

「きゅぴーん☆」と妖しく目を光らせる遊翔。たじろぐ敵兵達。

「やー、それだと話ははえぇんだがな。おまえだけじゃなく、この際だから他の奴らも――って、おい!」

 ほんのちょっと煌侍が目を離していた隙に、ちみっこ女神様が背景で大暴れしていた。「らーいとにんぐなっこー!」とか必殺技名を叫びながら、雷を帯びたパンチを繰り出していたりする。

「おーい、帰ってこーい」

「なになに主様ー?もう二百人ぐらい減らしといたよー」

 元気ハツラツで遠くから手を振りつつ答える遊翔。この女神様、好戦的過ぎ。人間をいさめる立場がそれでどうする。


<4>


「あーあ、こりゃ収拾つかねえな。しゃあねえ、次行くかぁ」

 諦めモードの煌侍こうじ。気を取り直して精神を集中する。

「白銀に舞え。氷姫ひょうき慈香じこう

「寒っ!」

「なんだ?急に気温が下がってきた!」

「見ろ、降ってきやがった!」

 口々に、あちこちから驚愕の声が上がる。そう、周囲の気温が急激に下がり、なんと雪がちらつき始めたのだ。

「ゆき……」

 呆けたように思わず呟くブリュンヒルデ。懐かしき日々に思いを馳せているのだろうか。手の平を上に向けて、大きな雪の結晶をそこに集める。

「今度は何をした!」

 誰かの大声。――が、それは突如巻き起こったブリザードによってかき消された。各国の言葉で悲鳴が上がる。そしてその雪嵐が晴れた後に、そこには一人の長身の女性の姿があった。

「白銀を越えて、天国へ召されよ。十二国姫が第十一姫だいじゅういっき、氷姫・慈香、主様あるじさまよりの指令を受け、第一種戦闘配備」

 淡雪のような、ロングコートのような純白の天女風の装束を身にまとった長身の女神。185センチを超えるであろう、隣に並んだ煌侍(182センチ)よりも背が高い。が、ただの大女というわけでは決してなく、その高さに比例した抜群のプロポーションを持っている。

 髪の色は末姫の遊翔と同じく金色、プラチナブロンドと呼ぶのだろうか、光に透ける美しさが際立っている。長さは妹よりもずっと短く、ショートカットの部類に入る。前髪の片側だけが長く、顔の左半分を覆っている。肌の色は氷を思わせる白さで、全体的に東欧系の雰囲気を漂わせている。天女のような衣装とのミスマッチが、一層浮世離れした印象を与える。

「主様、氷姫・慈香、現時刻をもって着任致します!」

 よく通る声に、完璧な敬礼。これでは女神というよりは軍人である。

「敬礼とかはいいから。あいかわらず堅苦しいな、おまえは。そっちの方が女神でオレなんざよりずっと偉いんだからよ、もっとフランクにしてくれや」

「はっ、申し訳ありません!以後精進致します!」

 再び敬礼。直立不動。

「全っ然わかってねえじゃねえか…」

 肩を落とす煌侍。末姫があんなんなら、すぐ上の姉姫はこんなんだ。落差あり過ぎ。キャラ濃過ぎ。まったく疲れる。やれやれ、厄介な連中に取り憑かれてしまった。

「では主様、早速拝命賜わりたいと存じますが」

「あ、ああ、そうだな。とりあえずあっちで暴れ回って女神様の品格を落としまくってる雷小娘を連れ戻してきてくれ」

「はっ、了解致しました!」

 敬礼と同時に慈香の姿が視界からかき消える。どよめく敵兵達。初動の気配も何も感じなかった。これがこの世ならざる存在か。やはり人間風情がいくら鍛えたところでどうこうなる次元ではないのか。


 そして煌侍の目の前に、再び慈香が現れた。右手は敬礼、左手は遊翔ゆうしょうの首根っこを掴まえて。

「主様、任務完了致しました」

「はい、ご苦労様」

「とやーっ!てーい!イ・ナ・ズ・マ・キーーックッッ!!……って、あれ?」

 空中にぶら下げられたまま空振りを繰り返し、ようやく我に返った遊翔。キョトンとした目でまず煌侍を見、その後視線を後方頭上へ。

「あれ、主様?あたし、なんで?……うわっ、氷姉ひょうねえ、いつの間にこっちに?」

「遊翔、あなたはもう少し女神としての自覚を持った言動をなさい。あなたは女神失格です!恥をかくのは主様なのですよ?」

 煌侍に対する時とは明らかに違う、女神として、姉としての態度で遊翔を叱る慈香。そこには厳しさとともに、柔らかさと温かさがあった。しかし、実の妹であるチビッ娘は姉のそんな気持ちを知ってか知らずか、口を尖らせる。

「主様、なんで氷姉呼んだりなんかしたのさー。こんなザコどもなんか、あたしひとりでみーんな黒コゲにしてやるのにー」

「おまえのそういう所のせいだっつーの。女神様自らノリノリで暴れてどうする。こいつらはオレが直接手ぇ下すから、おまえ達は手ぇ貸してくれりゃいいんだよ」

 ぺちんっ。

「いったーい!女神様にデコピンしたーっ。バチ当たりーっ!不心得者ーっ!詠み人知らずーっ!」

「遊翔、最後のは種類が違うわ」

 慈香の冷静なツッコミ。「そうなの?」と遊翔。そんなこんな女神姉妹を横目に、煌侍は柔軟体操。

「さっき言った通り、あとはオレがやる。二人はリュヒを守るのが最優先事項、次にオレの随時サポートだ」

「は、了解致しました!」

「……りょーかーい」

「さて、と」と残る敵兵約四千五百人に向き直る煌侍。対する軍勢も「相手が人間なら何とかなる」と、闇のプロ意識を回復させる。「まだ莫大な報酬を得るチャンスはある」と。しかし、その考えはやっぱり甘かったりする。

 ドゴォォォン……!!

 腹の底に響くような轟音。銃声だ。見ると、準備運動する煌侍の背後から切りかかろうとした刺客が、青竜刀を両手で振り上げた姿勢のまま固まっている。その足元、正確にはつま先に弾痕が穿たれていた。この大きさからすると、44口径以上はありそうだ。何より恐ろしいのは、靴の先が削り取られているのに肉体そのものにはギリギリ傷を付けていない事だ。なんという精密射撃の腕前。それを披露したのは氷姫・慈香である。

「フリーズ(動くな)」

 片側だけから覗く目は細められ、視線を合わせただけで凍結させられそうな眼光が放たれている。右手には彼女愛用の氷の銃が握られている。銃口からは硝煙ともダイアモンドダストとも見える煙が立ち昇っている。

「ナイスだ慈香、おまえには安心して背中を任せられる」

「光栄です、主様」

「じゃ、身体もほぐれたし、本番行くか。慈香、『ツララストライク』!」

「はっ、了解、『ツララストライク』射出!」

 煌侍の指示により、慈香が和らげていた目元を引き締める。ここからは完全に戦闘モードだ。すると間もなく夜空にいくつも光点が輝き、風を切る音とともに何かが大量に落下してきた。それらは一本が電柱ほどもある氷柱つららだ。ドスドスと鈍い音を立てて地面に突き刺さり、敵の陣形が一瞬にして乱れる。

「慈香、『凍土スライダー』!」

「はっ、了解、『凍土スライダー』形成!」

 瞬きする間に地面が凍りつき、転倒する者やバランスを大きく崩す者が続出する。とてもではないが体勢を維持していられない。が、煌侍はその凍った地の上を、まるでスピードスケート選手のように滑走する。

「慈香、『氷の拳』!」

「はっ、了解、『氷の拳』属性付与!」

 煌侍の両の拳が白銀に輝く。彼はスピードをそのままに、自らの滑走コース上にいる敵を次から次へと殴り飛ばしていく。

「これが本当の『氷の拳』だ!オラオラ、やられた奴は早く処置しねえと凍傷になっちまうぞ!」

「活き活きしてるねー、主様。かっくいーっ」

 高見の見物モードの遊翔。そこに、靴底に氷の噛むを音をさせ、煌侍が戻ってきた。「お疲れ様です、主様」と慈香が迎える。

「よっ、と。んで、どんぐらい残ってる?」

「戦闘可能敵兵残数、4312名を確認」

「んー……まだまだいやがるなあ。やっぱ同じ地上でってると効率悪いな」

 慈香からの正確無比な報告を受け、煌侍は煩わしそうに右手で後頭部をガリガリと掻く。

「ふぅ、ここらで一気に間引いとくか」

 精神集中。


<5>


蒼穹そうきゅうに君臨せよ。空姫くうき鼎后ていこう

 煌侍こうじの口上の終了とともに、夜空にでも分かる穴がポッカリと開く。と、そこから、身体を丸め、砲弾と化したようにひとりの女の子が文字通り飛び出してきた。また女神だ。

「みんなーっ、これからあたしと主様あるじさまのビックリドッキリ夢舞台がはっじまるよーっ!十二国姫が第十姫だいじゅっき、空姫・鼎后、大舞台を目の前にして、やるしかない!ない!ない!ないっ!」

 テンションが高い。紫がかったロングの髪に、快活を絵に描いたような晴れやかな表情。輝く大きな瞳が印象的だ。衣装は晴天の空のような青を基調とし、袖口や羽衣などは実に天女っぽいのだが、下のコスチュームはレオタードのようなデザインで、動きやすそうだが、正直目のやり場に困る。

「主様ーっ、また会えて嬉しいよーっ。慈香じこうちゃんも遊翔ゆうしょうちゃんも元気ー?ってなにこれ、寒っ!」

「今頃気付くなよ。つーか、おまえの露出度が高過ぎるからだろ。生足丸出しじゃねえか」

「そうです姉上。女神たるもの、もっと品格を持っていただかないと困ります。あと、姉上がそうおっしゃるのなら凍土は解除しておきますが」

 慈香が眉間の縦じわを伸ばすかのように右手の人差し指と中指で押えながら、大きくため息を吐く。

空姉くうねえさあ、そんなコス着んのなら、もっと誰かさんみたいにバインバインしてないと、かっこつかないよー?」

「うわわっ、あたしってば出てきていきなり針のむしろ?ぴんちだよぴーんちっ!」

「女三人寄ればかしましい」とよく言いますが、それは女神にも当てはまるようで。


「また増えたぞ!」

「今度はどんな奴だ!?」

 各所で驚愕の声が上がる。今夜だけで何回驚けばいい?

「でさでさ、あたしってば何やればいいの?有象無象のみなさん方に玉乗りでも仕込む?」

 気持ちの切り替えがとても早い鼎后。そのポジティブさは見習うべきかもしれない。ノリの軽さはさておき。

「おう、何しろ相手があの数だ。奴らと同じ土俵に立ってたんじゃめんどくせえんでな。いっちょおまえの力を借りて上からガバッと減らしとこうと思ってな」

「うんうん、ぐっどだよ、ぐぅーっど!あたしと主様が組めば怖い物なんてないからねー。じゃ、バキューンっといくかな?かな?」

「その軽さがいまいち心許ないが、この際まあいい。鼎后、重力制御!」

「らじゃーっ、幻の大技、いっくよーっ!」

 煌侍と鼎后は正面に向き合い、軽くアイコンタクトを取ると、鼎后が煌侍の身体を無造作に宙へと放り投げる。体重が全くなくなったかのように空へと舞い上がる煌侍の身体。次の瞬間には、鼎后がジャンプして一気に追い付く。そうして二人は空中でまたも手をつなぎ、スカイダイビングのアクロバット技のように花を咲かせる。その高さ、およそ地上50メートル。

「鼎后、圧縮空気弾!」

「まっかせてーっ!あたしと主様の、ものすごい、必殺技!」

 満月を背にした二人が身体を交差させ、お互いの腕を組んでクロス、そのまま遠心力をつけて回転して渦を作り出す。それは竜巻のようにどんどん勢いを増し、二つの人影はどちらがどちらか分からなくなる。が、突然その回転が止まったかと思うと、散弾銃のように何か小さな透明な塊が、大量に撃ち出された。

「がはっ!」

「ぐおっ!」

「ごふっ!」

 何をぶつけられたのかも分からないまま、バタバタと地上の兵達がなぎ倒されていく。気が付けば隣の人間がはるか彼方に吹き飛ばされている状況。下界は阿鼻叫喚の様相を呈していた。

「ちゃっくちーっ、10.00!」

 そんな凄惨な状況には我関せず、煌侍と鼎后が地上に音もなく降り立つ。これも鼎后の重力制御のお陰だ。

「んで慈香、どんだけになった?」

「残存兵力、3927名です」

「おー、4000切ったか。さすがは鼎后、十二国姫随一の業師だな」

「きゃーっ、『ワザ師』だなんて、いやーんっ、主様のえっちーん!でもでも、主様のためならあたしあたし、そっちの方もがんばっちゃうかもー」

「や、そっちはお気持ちだけで……」

「ずるーい、空姉、抜け駆けはなしーっ!」

 ――完全なる二分化。もはや遠足モードの一般青年と女神ご一行様と、人智の及ばぬ現象を立て続けに目の当たりにして憔悴しきっているハンター達。今や立場は逆転し、再逆転の見込みなし。逆転コールド負け確定コース。「女神」なんて代物は空想の世界の住人でしかないと信じきって生きてきたが、もう有無をも言わさず信じざるを得ない。どうやらこっちが現実らしい。しかし、どうしても納得できない存在がいる。それはあの輪の中心にいるあいつ、「焼刃やいば煌侍」という男。


「あいつは悪魔か?」

「魔王だ!」

「いや、魔神だ!」

 口々に畏怖の声が上がる。住む国や生い立ちや宗教が違おうとも、よほどに特殊な信仰でもしていない限り、必ずと言っていいほど「善」である神と、それに相対する「魔」の構図はどこにでも顔を出す。単なる人の身で女神たちを従えられるはずはない、かと言ってあいつは神ではない、と彼らは結論を出すにいたったらしい。

 しかし、そこで大声を張り上げ、その合唱を止めた者がいる。

「謝れ!主様に謝れ!」

 焼刃煌侍本人ではなかった。女神である空姫・鼎后だった。目に涙を溜め、両脇を二柱にちゅうの妹女神に抱え込まれている。

「あたし達は何言われてもいいよ、だって女神だもん!人じゃないもん!でもね、主様はあなた達と同じ人間なんだよ!主様がどれだけの苦労と想いをしてここまでの域に到達したかも知らないくせに!」

「いいんだ鼎后、オレはおまえ達がそれを知っていてくれたなら、それでいい。言いたい奴にはいくらでも言わせとけ」

「主様ぁ……」

 彼女を止めたのは誰あろう、渦中の人である煌侍であった。自分のために怒ってくれた、泣いてくれた鼎后の髪を優しく撫でつける。そして一応ラスボスらしい、遠くのバルコニーで棒立ちになっている五人の男達を仰ぎ見る。

「さーて、おめぇら。女神様泣かしといて、オレの妹達にコナかけといて、まさかこのままで済むたぁ思ってねえよな?ついでに『まだこんだけ数がいりゃあ勝てるかもしれない』なんて考えちゃいねぇよな?」

「なっ……んだと……!」

 声を上げたのはタンだ。

「その三姫さんきだけではないのか!?まだ上位の女神をも召喚できるというのか?!」

「う、ウソだろ……。おい、じゃあ、あいつまさか、『陰陽五行おんみょうごぎょうの姫』や『四大元素よんだいげんその姫』までも呼び出せるって言うのか……」

 五人の中で断の次に博識なトイが、顔面蒼白になりつつも声を絞り出した。


<6>


十二国姫じゅうにこっき」はその名の通り、十二人の女神姉妹だ。前述したように、それぞれが属性を持ち、その自然現象とともにある。ご想像の通り、その位は姉になるほど上位となる。これまでに登場した雷姫らいき遊翔ゆうしょう氷姫ひょうき慈香じこう空姫くうき鼎后ていこうの三姫より上、第九姫だいきゅうき以上ともなると、段違いに力の器が大きく跳ね上がる、世界各国の伝承や宗教に奉り崇められるメジャーな女神達ばかりなのだ。そしてそれ以上、第四姫より上位の存在とされる三姫ともなると、「いるらしい」と言い伝えられているだけで、詳細は不明。まさに「伝説」と呼ぶしかない。

「ってな感じで、次いってみようか?」

 ニヤリと邪悪な笑みを見せる煌侍こうじ、口先では寛容な事を女神達には言いつつも、腹には相当すえかねているらしい。

「瑠璃色に揺らめけ。水姫すいき楊座ようざ

 天を衝かんばかりに吹き上がる水柱、それはさながら間欠泉のよう。やがてその噴出が収まった時、そこには海底のように深い青の衣に身を包んだ女神の姿。彼女の衣装は一見水夫のような、人魚のような。

「おおー」という低いどよめきが口々に漏れる。にじみ出る仙気の凄まじさと、飛散する泡沫の煌めきの美しさに心を奪われる。

「十二国姫が第九姫だいきゅうき、水姫・楊座、主様あるじさまに仇なす罪は、決して水には流しません」

 周囲の敵を端倪たんげいする楊座。青みがかったショートボブの前髪の間から覗かせる鋭い眼光に、人々は圧倒される。知性あふれる瞳の色、そこには確かな光があった。主である煌侍への想いと、主に敵対する者達への怒り。

「楊座、『泡沫噴霧』!」

「かしこまりました、主様。『泡沫噴霧』!」

 楊座の両耳の水色のピアスが輝き、クロスした腕が解かれた時、周囲は霧に包まれた。

「前が何も見えない!」

「センサーがまるで働かない!」

 突然の怪現象に見舞われ、オロオロするだけの人間ども。伸ばした腕の先すらも見えない。

「楊座、ハイドロカノン!」

「かしこまりました。主様に対する非礼の数々、水に呑まれて反省なさい!ハイドロカノン!」

 ほとばしる水の奔流。技名そのまま、ジェット水流の大口径ビーム砲のよう。人の身一つでは抗う術もなく、滝壺に呑み込まれる小石のように吹き飛ばされていく。

「うわー、水姉すいねえ、容赦なーい」

「さすがは姉上、計算し尽くされた砲撃です」

「怒らせちゃダメなひとだよねー」

 妹達がやや引き気味で賞賛する。その所に楊座が戻ってきた。

「当然です!」

 まだご立腹でした。十二国姫随一の頭脳派として知られる楊座だが、一度怒りに火が付くと激しい事でも名高い。

「あーあ。こうなっちゃうと長いよー」と鼎后。

「あたし達じゃ手に負えないよー、主様ー」と遊翔。

「至急、対策を講じる必要があると判断いたします」と慈香。

 三柱の女神がそろって煌侍を見やる。それほどまでに「陰陽五行の姫」、「四大元素の姫」に名を連ねる姉の力は強大なのだ。


<7>


「またこのパターンかよ」、とこちらもお手上げポーズの煌侍こうじ。自分が呼び出してしまった手前、何とかしなければなるまい。しかしどうして、一介の人間の青年である自分がこうも女神達に惚れ込まれているのか、皆目見当もつかない。それはともかく、今は精神集中。

鈍色にびいろに輝け。金姫きんき芍薬しゃくやく

 煌侍の言葉が終わるや否や、空間に裂け目が走る。まるでその“傷跡”は刀で一閃したような太刀筋だった。

「うっわ、あっぶないなあ」

 鼎后ていこうが大げさなリアクションで身をよじる。

「この太刀筋、まさしく姉上のもの。これで安心です」

 慈香じこうが表情に誇らしさを表しつつ、胸を撫で下ろす。

「こらーっ、金姉きんねえ!周りの迷惑を考えろーっ」

 遊翔ゆうしょうは相変わらず。だがその怒りのとばっちりの感電で、数人の敵兵が気絶した。

「空にそびえるくろがねの姫!十二国姫じゅうにこっき第八姫だいはっき、金姫・芍薬、我が主の命を受け、ここに推参!」

 次元を裂き、空間を割り、惚れ惚れするような凛々しさの姫が現れた。綺麗に直線で切りそろえられたショートカットの髪の片隅にワンポイントで付けられた髪飾りが唯一の乙女らしさか、声には堂々とした張りがあり、眼光は抜き身の刀のような鋭さがある。

 背が高いわけでも肉付きがいいわけでもないが、武人としてのオーラが周囲の空気をピリピリと張り詰めさせられた。そして片手に常に携えられた刀こそが、先ほど我々の常識ごとバッサリと大気に断層を作った最上業物さいじょうわざものだろう。


 芍薬の位は「金姫」である。その響きからして金銀財宝の煌びやかなイメージを思い起こさせるが、「金」とは鉱物一般を広く指す言葉であり、本人も清貧を宗とする、自他ともに律する事に厳しい、十二国姫の番人的なポジションにいる。時には審判を自ら下し、執行人として刀を振るう。彼女の一太刀こそ、神の鉄槌と言えるかもしれない。

 常に帯刀しながらも、素手での拳法の腕も筆舌に尽くしがたく、単純な武力ならば十二国姫の中でも1・2を争う。そういった苛烈さのみの際立ったエピソードばかりが先行しているが、実は「芍薬」の名が示す通り、純情な乙女の内面を持ち合わせている。「立てば芍薬、座れば牡丹」の語源とも一説に言われる凛とした美しさは、「金姫」という名とはかけ離れた地味な、一見道着のような衣装を身にまとっていても失われてはいない。

「我が主、あなたの剣・芍薬、馳せ参じました」

「よく来てくれた。んで、早速で悪いが一仕事してもらえるか?」

 チラリと“そちら”に視線を送り、親指で指し示す煌侍。

「はっ、謹んでお受け致します」

 武将のような仕種で拝命し、自らも目をやる。辺り一面を海にしかねない勢いで洪水を巻き起こす妹姫・楊座ようざを視界に捉え、「やれやれ、仕方のない奴だ」と腰に手を置いて嘆息。そして一喝。

「頭を冷やせ楊座!主の御前であるぞ!」

 大気がビリビリと震える。仙気に耐性のない者ならば、卒倒しかねないほどの迫力。その裂帛れっぱくの声に打ち据えられ、楊座がハッと我に返り、すごすごと実に申し訳なさそうに引き上げて来た。さすがは名だたる女神、一切手を出すまでもなく事態を収拾してしまった。


「まったく、どういうつもりだ楊座。十二国姫において知と理の女神として知られるおまえが、なんというザマだ。所構わずジャージャーと水浸しにしおって」

 キッと目付き鋭く、すぐ下の妹を見据える芍薬。それに対してうつむいてしまい、耳まで真紅に染め上げる楊座。か細い声で言い訳をする。

「ごめんなさい姉上。私、主様の事となるとつい自制が利かなくなってしまうの……」

 チラリと煌侍を見やり、また下を向いて手を組み合わせ、もじもじと身をよじる楊座。煌侍としてはどうリアクションして良いものやら分からない状況だ。

「ま、まあ、それは分からないでもないがな。今後は自重するように」

 楊座の言葉に意外にも理解を示し、同じく煌侍を見つめてわずかに頬を染める芍薬。「ん、ん!」なんてわざとらしく咳払いしてみたり。驚いた。ツンデレ属性持ちですか、姐さん。

「いいじゃねえか、数減らしにはだいぶ貢献してくれたみたいだしな」

 苦笑交じりにフォローし、周囲の惨状を見回す煌侍。濡れ鼠状態で、敵軍は疲弊しきっている。それぞれの顔には「もう嫌だ」とハッキリと書いてある。

「ありがとうございます主様!私、嬉しいです!」

 煌侍の言葉に表情を輝かせる楊座。と、「む」と面白くないのは芍薬だ。

「主様、この芍薬にも獅子奮迅の活躍の場をお与えくださいませ!」

「あーあ、出ちゃったよ、金姉の負けず嫌いが」

 遊翔が肩をすくめる。

「分かりやすいってゆーか、単純ってゆーか。ねえ?」

 鼎后も「あははー」と笑いながら続く。が、彼女が同意を求めた慈香には、「コメントは差し控えさせていただきます」とすげなく返されてしまった。それ、認めちゃってるってば。


「よし、芍薬、『オリハルコンの拳』だ!」

「承知、『オリハルコンの拳』!」

 見た目、変化はない。しかし、サーベルで切りかかってきたその刃を左の拳で粉砕し、右の拳のアッパーで相手を宙に舞わせる。彼の拳は今、史上最高最強の硬度を持つと言われる伝説の鉱物、オリハルコンの強度を持っているのだ。もうどんな武器を持ってしても通用しない。

「こ、こんな奴に勝てるわけがねえ!」

 折られた武器を放り出し、数名が脱兎のごとく逃げ出した。けれど、それをみすみす逃す芍薬ではない。「ッ!」と気合とともにハイキック一閃、20メートルはゆうに離れたそいつらを衝撃波で背中から薙ぎ倒した。

「フン、根性なしが」

 すでにそういうレベルの問題ではないと思うが。

 煌侍と芍薬コンビの快進撃は続く。やはり自ら身体を動かして敵を倒す方がずっと気持ちがいい。

「おーし、ノッてきた。どんどん行くぜ」

 目を爛々と輝かせ、煌侍は唱える。


<8>


金色こんじきに吼えろ。地姫ちき茅希ちき

 何の前触れもなく夜空の月が陰り、辺りは一層の闇に閉ざされた。何事かと見上げると、その方角には大空を舞う巨大な鳥の影。あれは……大鷲か?それにしても大きい。

「見ろ!誰か掴まってる!」

 その鳥の足に両手で掴まっている少女の姿。大鷲は数度旋回し、滑るように着陸すると、軽い足音とともに地に降り立つ。

「大地割り、そそり立つ姿は正義の証。十二国姫じゅうにこっき第七姫だいななき、地姫・茅希、大自然と主様あるじさまとともに」

 可憐にして清楚。芍薬しゃくやくを「動」の美しさに例えるならば、こちらは「静」の美姫びき。北方の民族衣装のような出で立ちで、腰には短刀を差している。なんといっても目を惹くのは、極上の絹糸のような細く長い黒髪で、後頭部に留まる大きく赤いリボンがアクセントとなり、一層その美しさを際立たせている。

「ありがとう。夜目が利かないあなたに無理をさせてしまいましたね」

 愛しげに大鷲の口ばしを優しく撫でる。寵愛を受ける大鷲は猛禽類とは思えない表情で目を細め、のどをクルクルと鳴らす。やがて満足したのか「ピィーッ」と一声高く鳴くと、大きく翼を広げ、空へと帰って行った。

「主様、地姫・茅希、参上いたしました。あなたのため、存分に働いてみせましょう」

「おう、頼むぜ。しかし相変わらず動物達に好かれてるな。うらやましいぜ」

「はい。ですがわたしは、主様にこそ、もっと好かれとうございます」

 柔らかな物腰で大胆な言葉を紡ぎ出すものだ。あまりに直球で返答に迷ってしまう。この裏表のなさこそが全ての生き物に愛される所以か。彼女のいる所、常にありとあらゆる動物達が輪を作って穏やかに過ごしているという。そこには弱肉強食の理も食物連鎖の法則もなく、慈愛に満ち満ちている。

ねえ、出てきていきなりポイント稼ぐなーっ!チキチキー、チッチキチーッ」

 案の定、遊翔ゆうしょうが噛み付いた。が、今回は他の妹姫達は動かない。腹には一物あるのだろうが。

「お黙りなさい」

「……う”」

 にっこり。だがその「にっこり」が恐ろしい。十二国姫最高の良心とも言われる彼女だが、怒りゲージがマックスになった時の脅威は最強クラス、楊座ようざなどの比ではない。たじろぐ五柱ごちゅうの妹達。

「もらったーっ!!」

 その清純たる外見を女神達の中では組みし易しと思ったか、数人が愚かにも彼女に殺到する。能力を発動される前に叩こうという算段か。

「無粋な」

 表情を険しくし、茅希が爪先で地面を軽く叩く。稲妻状に地面が大きく深く裂け、数十人が一飲みにされた。垂直落下で長く尾を引く悲鳴。

「こっわー……」

 鼎后ていこうが身を縮める。

「うむ、姉上は怒らせないに限る」

 気丈さの塊である芍薬までもがそう言う。慈香じこうと楊座も真剣な表情で頷く。茅希のその手の逸話には枚挙にいとまがなさそうだ。

「大地のおしおきです」

 当の本人はいたって涼しい顔。

「この茅希、主様の御為おんためならば、修羅にも羅刹にもなりましょう」

「それはありがたいんだが、ほどほどにな?」

「はい。心得ております」

 煌侍としてはそう言うしかなかった。なにやら妹の魅霧みむを見ているようで、内心少し嬉しくなったりしながら。いかなる時にでも気持ちを温かくできる事は、自分の大いなる美点だと思う。


「……で、お次の人なんだが……」

 煌侍が周囲の女神達を見渡し、召喚の確認を取る。どうやら彼は、第六の姫が少々苦手のようだ。

「呼ばなくともよいのではないか?姉上ひとりいなくとも、何の支障もなかろう」

 芍薬がそっぽを向きながら言う。どうやら彼女も、くだんの人物と折り合いがあまりよろしくない様子。

「なぜです?姉上をお呼びしないとなると、その後がどうなるかなど、『火を見るよりも明らか』でしょうに」

 楊座が澄ました顔で言う。彼女は相性で勝っているので、苦手意識は全くないのだ。

「さっすがー、上手い事言うーっ」と、鼎后と遊翔は拍手パチパチ。この二柱はいつでもまったく呑気なものだ。

「あーもー、わーったよ。呼びゃいいんだろ、呼びゃあ」

 半ばヤケになってしまった煌侍が、諦めたように結論を出す。やや気が重いが、とりあえず精神集中。

紅蓮ぐれんに猛れ。火姫かき幻琴げんきん


<9>


 待ちくたびれていたかのように、ゴオッと火柱が天高く立ち昇る。そしてその中から、なんとも豪奢な深紅のドレスに身を包んだ姫が現れた。

「我が主に歯向かう下民どもよ、黒く歪んで真っ赤に燃えるがいい!十二国姫じゅうにこっき第六姫だいろっき火姫かき幻琴げんきん、この炎の輝きを恐れぬならばかかって来い!」

 高らかに吼える。火竜の咆哮か、火を吹くような裂帛の闘気。十二国姫において最も血の気が多く、激情家として知られる幻琴だが、そのみなぎる生気は姫としての、女神としての気品を損なうどころか、彩りを華やかに添えている。

 右手には西洋風の突撃槍ランス、額には煌めくティアラ、服装は天女や女神というよりは、舞踏会に赴くようなドレスに見える。大胆に開いた胸元から覗く谷間は深く、十二国姫随一とも言われるプロポーションは物言わずとも自己主張が激しい。

 炎の姫、もちろんそのイメージカラーは灼熱のような赤。ドレスの色調も赤なら、アップにまとめたロングヘアーも挑発的に揺らめく瞳の色も赤。戦場では自ら先頭に立ち、配下を鼓舞する姿からしても、生粋の燃えさかる性質を持つ女神。時には火竜に跨った勇姿を各地の絵画などにも見る事が出来る。

「……やけにもったいぶっていたようだが?んー?」

 紅蓮の瞳がまず金姫きんき芍薬しゃくやくを捉え、次に煌侍こうじを射抜く。芍薬はややたじろぎながらも、負けじと眼光を鋭くし、姉と視線を交錯させる。この二柱、十二国姫でも1・2を争う武闘派として知られ、事あるごとに衝突を繰り返している。武器を扱う事に長けた幻琴と、素手での格闘を得意とする芍薬、互いに一歩も譲らない。

「どうした芍薬、討ち漏らしが多いではないか。わざわざこの姉に獲物を残しておかずとも良かったものを」

「言われるまでもない。我が主の命あればこそ、余力を残しておいたまで。姉上がお気遣いになられる事ではない」

「ふっ、『我が主』か。その程度の腕では今に愛想を尽かされるやもしれんぞ?」

「何を世迷言を。姉上こそ、その粗野な立ち居振る舞いと破廉恥な格好を直さねば、真っ先にそうなるのではないか?」

「言うてくれるわ。この幻琴こそが我が主の唯一無二のパートナーに相応しい事、今より存分に見せ付けてくれる」

「望むところです。あとで吠え面をおかきになられませんように」

 龍虎相打つ、の図。見慣れた者達にはいつもの光景だが、ただの人間である身では、魂ごと消し炭にされかねない地獄絵図だ。

「まーた、始まっちゃったよ」

「こうなっちゃうと、とことん行くとこまで行っちゃわないと終わんないよー」

 遊翔ゆうしょう鼎后ていこうが苦笑半分、傍観者気分半分で気楽にコメント。

「困ったものです」

「ええ、まったくです」

「毎度毎度、飽きもせず……」

 茅希ちき楊座ようざ慈香じこうの冷静トリオは呆れ顔。でも止める気は一切なし。この二柱のいつもの「ケンカ」のとばっちりで敵が掃滅できればそれで良し、と密かに計算を立てている辺りはさすがだ。

「どうだ芍薬、どれだけ討ち取れるかで勝負をつけるというのは?」

「面白い。受けて立ちましょう。長年の決着、ここで着けましょうぞ」

 二柱はすっかりる気だ。誰も止めようとする者がいない以上、「標的」とすればたまったものではない。こうなっては命あっての物種、逃げの一手を打つしかないが。

「どこへ行く?獲物がいなくば狩りの興が冷めよう」

 フォン邸から外へと逃げ出そうとしていた者達の前に、突然炎の壁が吹き上がって立ちはだかった。退路はこれで完全に断たれた。絶望の嘆き声が漏れ出る。


「そこまでだ」

 煌侍の制止の声がまさに鶴の一声となり、幻琴と芍薬、二柱の動きがピタリと止まる。

「芍薬、さっき楊座を叱りつけておいて、おまえがそのザマでどうする」

「くっ、わたしとした事が……。面目次第もございませぬ」

 苦虫を数匹噛み潰したような表情でうつむく芍薬。下ろした拳が小刻みに震えている。

「幻琴、おまえもだ。何が『狩り』だ。弱い者イジメはおまえ自身が忌み嫌うところだろうが。頭を冷やせ。楊座に水ぶっかけてもらうか?」

「フン、我を忘れていた事は認めよう。……が、それもお主を想えばこその事だ」

 妖しく瞳を輝かせ、煌侍ににじり寄る幻琴。ぐいっと。ずずずいっと。

「わ、こら、胸を押し付けるな」

 眼下には視界一杯の肌色の双丘。なんたる絶景パノラマ。

「ふふふん、何をウブを気取っている。いまさらこれしきの事でどうにかなるようなお主ではあるまい?」

「誤解を招くような発言をするな。オレは妹一筋だってーの」

「そっちは誤解でも何でもないんだ……」

「たははー」と乾いた笑いを見せる鼎后。

「お主の存在を最初に見出したのはこの幻琴だ。手心のひとつもあってもよいのではないか?」

「そりゃ、おめーらには感謝してる部分もあるけどよー」

 思わず半歩後ずさる煌侍。うおぅ、なんという弾力。

「こ、こらーっ、ねえ!主様にコナかけるなーっ!このチチオバケーッ!おっぱいモンスターッ!」

 身体の小さな遊翔がムキになって煌侍から幻琴を引き離そうとするが、ザ・モースト・グラマラスな姉はビクともしない。どころか、逆に顔面の両端を掴まれ、かわいい両頬をみょいんみょいん外に引っ張って広げられてしまう。

「ほほーう、姉を姉とも思わぬ不敬の言葉を吐くのは口か?え?」

「にゅわーっ!はなへはなへ、スイカップーッ!ミルクタンクーッ!」

 なんとかならないものだろうか、このコメディ空間。女神達と煌侍、その他大勢との間に温度差があり過ぎる。ブリュンヒルデも鳴鈴も、もちろん断達五人組も、越えられない壁のはるか向こう側。仕方なく煌侍が楊座を見る。

「姉上?」

 楊座が低い声で呼びかける。顔が微笑んでいるままなのが逆に怖い。

「分かった分かった。分かったゆえその放水の構えを下ろすがよい」

 幻琴がようやく遊翔の頬を解放し、両頬を真っ赤に腫らせた遊翔が茅希の胸に飛び込む。

「よしよし、痛かったでしょう?姉上は加減というものをご存じないから」

 茅希が小動物を手懐けるように末妹の頭を撫でる。さっき自分に突っ掛かって来た事はなかった事にしてあげたようだ。さすがは「慈愛の女神」として讃えられる存在、心が寛大だ。


「それではこの鬱憤は、共に存分に暴れる事で晴らすとしようか」

「うえ!?もしかしてアレやるのか?」

「なんだ、我のこの肢体からだでは不服か?」

「だからおまえは、なんでいちいちそう含みのある表現ばかり選んで使うよ……。わーったよ、やりゃあいいんだろ、やりゃあ。やらなきゃ次は何を言い出すか分かったもんじゃねえ」

「最初からそう言っておれば可愛げあるものを」

 もう抵抗する気力も失せた煌侍と、どこまでも傲岸不遜な幻琴。そんなふたりがお互いに正対し、見つめ合う。そして呼吸を合わせ、吼える。

纏置武熔てんちむよう!」

竜王姫りゅうおうき!」

 ふたりの間から噴出する熱風。竜の吐息か。目を凝らしてみると、幻琴の身体の輪郭が徐々に薄れていき、半透明になっていくのが分かる。消える?いや、煌侍の中に吸い込まれて行き、やがて重なる。炎の闘気をまとう煌侍の頭上に、陽炎のように幻琴が揺らめく。

「なーんか背後霊っぽいよな、これって」

「ふふ、照れ隠しはよせ。この幻琴とひとつになれるのはお主だけなのだ。存分に堪能し、誇るがよい」

「あー、もー、言ってろ」

 ぼやく煌侍を冷笑するかのように、実に楽しそうに、幻琴が朗々と言う。

「んじゃまあひとつ、ハデに蹴散らすとしますかね」

 「応さ。我らが融合せし力が絶対無敵である事、三界に知らしめてくれようぞ」

 煌侍が歩幅を大きく広げ、構えを取る。幻琴が持っていたあの突撃槍を構える体勢で。弓につがえられた矢が引き絞られ、発射の時を今や遅しと待ち焦がれるように。

爆破無道ばくはむどう!」

 炎の矢と例えるよりは、光速発射された火山弾とでも表現するべきか。爆音が後ろから追いかけてくる。

 一体となり、巨大な火の玉となった煌侍と幻琴は、長い炎の尾を引き、爆風にかすっただけの者をも巻き込み、誘爆を次々と引き起こす。爆裂の数珠つなぎ。数万のダイナマイトで作った爆竹があったならば、こんな感じなのだろうか。

「たーまやーっ」

「かーぎやーっ」

 鼎后と遊翔が場違いで不穏当な掛け声をそろって上げる。

 暴虐の限りを尽くした炎の塊は、ビリヤード球のように壁で反射しては角度を変え、長い時間をかけて元の位置まで戻ってきた。

「ふぅ、700から800は軽くいったか?」

「一気に殲滅できたものを。そなたが手心を加えるからだぞ」

 融合を解いた煌侍と幻琴の元に、女神達が集まってくる。自分達も煌侍と融合したいと口々に言い、幻琴にコツの伝授を乞う。が、姉の返答はすげないものだった。

「そなた達とは我が主を奪い合う好敵手同士ぞ。いかに姉妹の間柄とはいえ、そう簡単に教える訳がなかろう」

 そう言い放って居丈高に胸を反らせる。愛すべき妹達にでも易々と情けをかけはしない。これこそが十二国姫が第六姫、「攻撃こそ最大の防御」を体現する女神、幻琴なのである。

「それにしてもまあ……」

「軽ーくひと暴れ」し終えた煌侍は、周囲を見渡す。

「キレイさっぱりっつーか、焼け野原っつーか、焦土っつーか」

 とりあえず自分が爆心地であった事は脇に置いておいて、呆れたように言ってみる。

「見晴らしが良くなったではないか」

 こちらは反省の色ゼロの幻琴の弁。

「庭園の損耗率78パーセントです」

 慈香がデータのみを正確に告げる。

「姉上、いくらなんでもやり過ぎです」

 自然を愛する茅希が眉をひそめて苦言を呈する。


<10>


「ああ……自慢の庭が……」

「丹精込めて育てたのに……」

 鳴鈴ミンリン烏家ウーけ五姉妹も涙目。こうなってしまうと煌侍こうじは気まずい。「どうしたものか」と頭をひねってみる。すると、天啓のごとく妙案が。

「おお、そうだよ。こんな時こそあいつを呼ぼう」

「あー、そうだねー。名案名案!」

 鼎后ていこうも手を叩いて賛成の意向を示す。誰かさんを除いて誰も反対しない。随分と人望に差があるようだ。

「よっしゃ、そうと決まれば『善は急げ』だ。……深緑に咲き誇れ、木姫もっき茶花ちゃか

 ――何も起きない?いや、違う。吹き荒れていた爆風が凪のようにピタリと止み、空からひとひらの花びらが舞い降りてきた。時が止まったかのように、皆の視線がその光景に釘付けになる。薄い桜色のひとひら、なんと優美、幽玄な降臨か。

 注目を一身に集めたそれが地に着く。水面に波紋が広がるように、そこを中心として魔法陣らしき図形が展開される。言語では形容しがたい幾何学的な紋様。ぼうっとほのかに発光している中心部分から、突如として無数の花びらをまとった光の柱が天空へ向けて立ち昇る。鮮やかなる花吹雪、それが晴れた後にはひとりの少女。

「緑の星を守るため!十二国姫じゅうにこっき第五姫だいごき、木姫・茶花、封印解除!」

 なんとも愛らしい。外見年齢としては雷姫らいき遊翔ゆうしょうと同年齢程度、もしくは一つ二つ下かもしれない。咲きほころぶ花をイメージさせる、若草色を基調としたコスチュームはなんともファンタスティックで、さながらアニメの変身魔法少女のよう。手にした錫杖もどことなく魔法のステッキに見えなくもない。栗色のショートの髪はほんの少し癖っ毛で、左右に小さく結わえられた髪房がまたチャーミングだ。大きな瞳には強い意志と生気が満ち満ちている。

 しかし、この少女|(実年齢は不明だが)が“あの”火姫かき幻琴げんきんの姉であり、万国の書にその名を知らしめす、「陰陽五行おんみょうごぎょうの姫」の長に当たるとは。女神という存在は人間の尺度ではとても測りしえないとはいえ、違和感は並大抵のものではない。

「もー、げんちゃん!めーでしょ、お庭をこんなにしちゃあ」

「……申し訳ございませぬ、姉上」

 ぷんぷんと頬を膨らませて妹を叱る茶花に、それに殊勝に詫びる幻琴。どこをどう見ても立ち位置が逆なのだが、彼女達の中では序列は絶対のようだ。


「あいつ、本当に『陰陽五行おんみょうごぎょうの姫』をそろえやがった……!」

「信じられない」と腰を抜かさんばかりに驚いたチャンがうめく。確かにそうだろう。これは奇跡でも幻想でもなく、目の前で起こっている事なのだ。古典的に自分の頬でもつねってみたくなる心情は理解できる。

「それだけではない。『四大元素の姫』の内の三柱さんちゅうまでもがすでに顕現しているという事実を忘れるな」

 タンが奥歯を噛み割りそうになりながらも、激発を自重して言う。言葉を発していないと、気絶か発狂でもしてしまいそうだ。もう自分達には目撃する事しかできない事を、いや、この後に下されるであろう審判をただ受け入れる事しか許されない事を、彼は他の誰よりも正しく理解していた。


「じゃあ、ちゃかちゃかっと元に戻しちゃうねっ」

 茶花が手にした錫杖をバトントワリングのように回転させつつ、目を閉じる。淡いピンクの桜色の光の粒子が、回転の中心に集まっていく。

「花々の想い、木漏れ日に揺れる魂の声、ここに!れい!」

 光があふれ出し、広がっていく。その光はフォン邸の隅々にまで及び、広がりきると一斉に輝きを増した。あまりの眩しさに誰もが一瞬目を閉じてしまう。そしてまぶたを開けたと同時に、心の底から感嘆の声を漏らす。

「こりゃあ……すげえな」

 煌侍の口からも、陳腐な言葉しか出てこない。視界一面に広がる花畑。辺りは夜だというのに、なんと色とりどりに目を楽しませてくれる事か。先程までの荒れようがなかった事のようだ。

「うん、おっけー、こんな感じかな」

 錫杖を下ろし、満足気に一息吐く茶花。その頭を煌侍が柔らかく撫でる。

「よくやってくれたな、茶花。助かった」

 彼からもらった優しい言葉と瞳にとろけそうになる茶花。

「みゃはうーんっ。主様あるじさまに褒められて、茶花、とってもとっても、しあわせだよーう」

 低い身長をさらに縮め、両目を閉じて、茶花は夢心地だ。自然と周囲の空気もほのぼのムードになってくる。が、それをよしとしない者がひとりいた。茶花にライバル心をメラメラと燃やす遊翔である。「十二国姫にロリキャラはふたりもいらぬ」とばかりに攻撃を開始する。

「主様、木姉もくねえの猫かぶりに騙されちゃダメだよ。主様の前ではこんなだけど、寝相とか戦い方は恐竜みたいなんだからー」

「むーっ、ゆうちゃん、なんでいつもそんな事ばっかり言うのー?茶花の方がずっとずっとお姉ちゃんで偉いんだよ?」

「ふーんだ。そんなの主様には関係ないもーん。やーい、きょーりゅーきょーりゅー」

「茶花きょーりゅーじゃないもん!」

 実際はどう見ても同レベルなのだが、そこにはあえて触れまい。この一連のやり取りをご覧になってもお分かりの事かと思うが、女神である十二国姫姉妹中においても、歴然とした“相性”が存在する。それはこの茶花と遊翔の関係のような幼稚なものから、もっと根源的な部分にまで根深く混在している。そしてこれは特に、「陰陽五行の姫」達において顕著なのである。

 伝承や信仰にさほど詳しくない方々でもまずご存知であろう、ごく一般的な知識。「水は火に強く、火は金属を溶かす」といったものが、まさしくそこに当てはまる。子供でも知っている事だ。

 この関係を「五行相克ごぎょうそうこく」と呼び、具体的には、水>火>金>木>土>水とループする星形を頭に描いてもらいたい。女神の世界としては、この関係を超えて、序列が上(つまりは姉)になるほど力は強いのでこれが絶対ではないが、少なからず苦手意識は持ち合わせている。芍薬の幻琴に対する感情などを例にとると分かりやすいだろう。

 また、「五行相克」とは逆に「五行相生ごぎょうそうせい」という関係も存在する。これは「五行相克」とは対極をなす作用で、「○○が△△を助ける」といった良好な相性である。具体例を挙げると、「土は金属を育み、水は木を助ける」という風になる。「木→火→土→金→水→木」という五角形を想像していただけると、ご理解が早かろう。

 ここまでの解説で大体お察しの通り、十二国姫はおおまかに分類すると、「伝説の三姫」、「四大元素よんだいげんその姫」、「陰陽五行の姫」と、これらの枠に囚われない、「不縛ふばくの三姫」にカテゴライズする事ができる。

「伝説の三姫」は、存在すら公式の見解が統一されていない至高の存在であり、万物の頂点に位置する。「四大元素の姫」と「陰陽五行の姫」は大部分の役割を共通させ、各地の物語や思想にも大きく影響する、メジャーな女神達。そして、残りの(失礼)「不縛の三姫」も、土地や宗教によってはより高位の存在として崇められていて、そういった信仰が強い場所では力が跳ね上がり、下位の女神であるからといって決して軽視できるものではない。

「不縛の三姫」は、氷姫の慈香じこうこそ水や火などと密接に関わるが、雷姫の遊翔の電撃は金属によく通り、空姫の鼎后の空気が火の燃焼具合に影響する、程度の関わりしかないので、束縛されずに自由度が他の女神達に比べて高い。彼女達自身のキャラクターをご覧いただければ(特に鼎后と遊翔の二柱)、明白ではないだろうか。


 ――と、こちらがせっかく真面目モードで説明しているというのに、この向こう側ではまだ茶花と遊翔がワーキャーやっているわけで。どうしてこう、一柱いっちゅう出て来る度に収拾がつかなくなってしまうのか。

 「さて、今度はどうやって止めようか」と煌侍が頭を痛めていると、唐突に茶花が動きを止めた。「何があったのか」とまず遊翔が姉の視線の先を追って事態を把握し、他の姉達に表情で伝達する。小声で曰く、「やっちゃった奴がいるみたい」。

「南無三」

 芍薬しゃくやくが目を閉じて溜め息。他の姉達も天を仰いだり、被害を最小限に止めるための対策を講じ始めたり、とにわかに慌ただしくなってきた。煌侍もブリュンヒルデに「下がってろ」と指示を出す。

「お花……踏んだ」

 両目にいっぱいの涙をたたえた茶花が、一人の敵兵の男を睨んでいる。「え?俺?」と急展開にうろたえるその男が自分の足元を見ると、確かに彼の靴底が一輪の可愛らしい花を踏みつけていた。

 普段の彼ならばそんな事で何とも思わずに、鼻で笑い飛ばしていただろう。裏社会に生き、ほしいまま、やりたいままに生きてきたのだから。だが彼は今夜、努力とか訓練とか、人間とか武器だとかではどうにもならない世界を痛感させられてしまっていた。今自分が踏んでいるのはただの花などではなく、メガトン級の地雷である事が分かってしまった。

「ちょっ、まっ、ちがっ」

 必死に言い訳をしようとするが、まともな言葉になって出て来てくれない。「ゲームオーバー」の文字が脳裏でどんどん大きくなって近付いて来る。

「主様、あの人、お花踏んだ!」

「……あー、そうだな、悪い奴だな。懲らしめてやろうな」

 涙目の茶花に勝てる者などいようはずもない。煌侍はほんのわずかな同情の念を相手に向けつつ、戦闘モードに自らを切り替える。

「ぜったい、大往生だよ」

 うるうるを怒りに昇華させた茶花が、敵兵どもをキッと見据える。手にした錫杖を水平に構え、念を込める。空気が変わった。予期せぬ事態が身に起きた者達が、方々で悲鳴や苦痛の呻き声を上げる。いつの間にやら足元が草に絡めとられ、身動きができなくなってしまったのだ。

「茶花を怒らせちまったのが運の尽きだったな。今後があればの話だが、自然を大切にな」

 今や彼らの全身は見るからに痛そうなイバラのつたに覆われ、刻一刻と締め付けられ、棘が深々と突き刺さってきている。全身のありとあらゆる箇所で発生している激痛、さながらそれは拷問場の地獄絵図。様々な言語で助けを求める声や許しを請う声が飛び交う。だがその声は、時間の経過とともに一つ、また一つと消えていく。

「ぞーっ……」

 遊翔が顔を蒼ざめさせる。つくづく「逆鱗に触れるまでおちょくらないでよかった」と思う。あんなに小さくて可愛らしいなりをしていても、彼女は十二国姫の第五姫、しかも「陰陽五行の姫」の長たる女神である事を、誰もが改めて思い出していた。

「ホラ、草花を大事にしない奴らはみーんな静かになったから。泣き止め、な?」

「……うんっ」

「えへへぇ」と言うように、茶花が笑顔を取り戻す。そこには外見相応の愛らしさが花開いていた。煌侍の機転もあり、茶花の「恐竜モード」は収まってくれたらしい。


「そうだ。せっかくの機会だ。この際『四大元素の姫』も勢ぞろいといこうじゃないか」

 涙ぐましい努力だ、煌侍君。右手でくしゃくしゃと茶花の頭を撫でてやりながら、声には出さずに他の女神達に「おまえらも調子合わせろ」、と表情で告げる。

「そうですね。それは妙案です」

「『四大元素の姫』が一堂に会するなんて久しぶり。楽しみです」

 頭の回転が早い良識派で、同じ『四大元素の姫』に名を連ねる楊座と茅希が、巧みに話を継いで広げる。その他の面々も連鎖的に遅ればせながら賛同の意向を表明する。中には若干、笑顔の硬い者もいたが。

「じゃあじゃあ主様、ばばーんとやっちゃってやっちゃって!」

「パチパチパチー、待ってましたーっ」

 コンビネーション抜群の遊翔と鼎后が、やんやの喝采。

「おう任せろ。んじゃ、いっくぜー」

 努めて明るく、オーバーアクションで煌侍が応じる。


<11>


「虹色に駆けろ。風姫ふうき依韻いいん

 一陣の風が吹き、収束し、人間サイズの小型竜巻を形成する。

「吹けよ風、呼べよ嵐!十二国姫じゅうにこっき第四姫だいよんき、風姫・依韻、推参」

 自らの周囲に螺旋状に木の葉を風に舞わせ、「四大元素の姫」の筆頭、風姫・依韻がついにその姿を現せた。

 慈香じこうほどではないが、かなりの長身だ。髪は黒く、一見ショートカットだが、後ろ髪の一房が腰よりも下の位置まで長く伸びて束ねられている。衣装は純和風。天女というよりは忍び装束で、いわゆる「くの一」スタイル。胸元には大胆なV字カットが施され、鎖骨の高さ辺りまでがメッシュ生地になっており、お陰で豊満な胸の谷間がくっきりと溝を作っているのが見てとれる。しかし残念な事に露出度が高い部分はそこだけで、あとは野暮ったい印象さえ受けるが、そこだけでお腹いっぱいと言っても過言ではないだろう。そしてこの生地の色は何色と表現すればよいのか。黒とも深い紫ともとれるような、妖しい深みがある色。時折闇に溶け込む、それはまさに隠密行動に相応しい物に思える。

「これは主様。お呼び出しいただき、恐悦至極。壮健そうで何よりにございます」

 見た目のイメージを何ひとつ裏切られない口調と作法だ。

(ほんもののニンジャだ……!)

 大の時代劇フリークであるブリュンヒルデが目を輝かせる。依韻はれっきとした女神様なのだが、それをいちいち訂正するのも大人げなかろう。

「姉上!」

 声をそろえて「四大元素の姫」の他の三柱が彼女の元へと駆け寄る。あの幻琴げんきんまでもが表情を和らげている。十二国姫という姉妹の中でもやはり同一グループに属する面々には、他では計りえない絆があるようだ。

「これこれ、女神ともあろうそなた達がはしたない。主様の御前なるぞ」

 口ではたしなめておきながらも、依韻もやはり嬉しいようで、普段から細い目をさらに細め、すっかり糸目になってしまっている。

「みゅーん……」

「――」

 そんな姉妹達の様子を遠目に見やる二柱の女神。見るからに寂しそうな茶花ちゃかと、それを隠しているつもりの芍薬しゃくやくである。彼女達としては、「陰陽五行おんみょうごぎょうの姫」にのみ属しているので、「四大元素の姫」にも数えられている姉達が羨ましくもあり、大好きな姉達を取られたようで、少しばかり面白くない。

 無言で煌侍こうじ二柱ふたりに近付き、その間に立って左腕で芍薬の左肩を、右腕で茶花の右肩を自分の方へと引き寄せる。伊達に常に妹である三姉妹を見続けてきたわけではない。煌侍の肩に側頭部をくっ付け、温もりを得る芍薬と茶花。このままで終わっていれば非常にいいシーンだったのだが、「あたし達もーっ!」と背後から遊翔ゆうしょう鼎后ていこうが飛び付いてきたので、べしゃっと前に倒れて台無しになってしまった。

「ふむ。さすがは主様。稀代の器の大きさを見せてくれる」

 糸目の笑顔で、右手の人差し指と中指で軽く顎の先をつまみ、依韻が満足そうな表情を見せる。

「ならばそれがしも、主様に仕える者として恥じぬ働きをせねばなるまい」

 同じく「四大元素の姫」である三柱の妹達のそれぞれの頭に軽く手を置いてから、依韻は煌侍へと向き直って声を張る。

「さあ我らが主、我が主、妹達ばかりお引き立てでは寂しゅうございます。なにとぞこの依韻にも武勲を立てる機会をお与えくださいませぬか」

 言葉の字面だけを取れば悲痛だが、その響きは朗々としており、表情は不敵。


「そうだな、んじゃあひとつ、ここはオレと勝負しようじゃねえか」

「ふむ、人の身にしてこの十二国姫が第四姫、『四大元素の姫』の長たる依韻を相手に『げぇむ』を申し込まれると?さすがは我が主、豪胆にして痛快。して、その『るーる』は?」

「なあに、単純なこった。制限時間は30秒、どっちがより多くの敵を戦闘不能状態にしたかで勝敗を競う。慈香じこうは時計係、楊座ようざは審判を頼む」

「了解致しました!」

「承知致しました」

 慈香はお手本のような敬礼。楊座はうやうやしく拝命。人選に不満の声は出ない。誰しもがそれがベストチョイスだと分かっているからだ。正しい目と判断能力を持った主にむしろ満足する。

 これから陸上競技に挑むかのように、軽々と準備体操を行なっている煌侍と依韻。 今や完全に狩られる側となってしまった者達は心の底から嘆く。「いつの間に、どうしてこうなってしまったのか」と。しかし、これぞ後の祭り。

「それじゃ、いっくよーっ。用意はいーい?」

 鼎后が両者に尋ねる。薄く笑って頷くふたり。相手陣営にとっては、破滅へのカウントダウンの開始。

「おっけーだね。そんじゃ、れっでぃー、ごーっ!」

 遊翔の号令で、一人の人間と一柱の女神とが風になる。タイムリミットは30秒の真剣勝負、一瞬の油断もできない、余裕もない。

「出たーっ!いきなり風姉ふうねえ十八番オハコ、多重物理分身!」

 遊翔が躍り上がって歓声を上げる。他の女神達からも、思わず感嘆の声が低く漏れる。勝負開始と同時に、風姫・依韻の代名詞とも言える奥義の発動。依韻の姿が4…8…16…いや、それ以上にも見える。それらが一斉に、敵の各個撃破に移る。

「バカな!質量を持った分身だと!?」

 何度言えば分かる?もはや人間の常識が通用する次元ではない。

「主様相手に出し惜しみするつもりは毛頭ござらん。初手より全力。このまま一気に、勝利を我が手に!」

「いいねえ、そうこなくっちゃな。それでこそオレも久々に本気モードが出せるってもんだ」

 依韻の心意気に、真っ向勝負宣言の煌侍。正中に力気りきを込め、軸を通す。

「いっくぜえ、リミッター解除、解放30!」

 技名こそオリジナルとは違うが、これは一款能賜舞いっかんのうしまいにおける極意の一つである「負荷」の対極に位置する闘法とうほう、「解放」。人間の可能性全てを文字通り開放し、解放する体術。そのレベルは、「負荷」の修行をすればするほどに反比例で成長するとされている。

 かくして、人間対女神による、点数稼ぎ合戦が始まった。


 序盤は数ではるかに勝る依韻が一気にスコアを伸ばす。が、煌侍も人間代表として負けてはいられない。地面に足を一切つける事なく、倒した相手を踏み台にし、まるでジャングルの猿のような脅威の身軽さとスピードをもって対抗する。

「20……30……40……。すごい、ふたりとも互角です!」

 撃墜数をカウントする楊座が、珍しく興奮した声を出す。

「姉上の多重物理分身に体術のみでここまで拮抗するとは、さすがに我が主と見込んだ者よ」

「ああ。だが両者、この程度では終わるまい。ここからが本当の勝負よ」

 普段はいがみ合う幻琴と芍薬が肩を並べて観戦しつつ、戦況を分析する。その様子を微笑みながら眺める他の女神達。

「ふむ、さすがは主様。このままでは埒が明かぬな」

 悔しがるでもなく、怒るでもなく、心底楽しそうに目を細める依韻。

「それでは奥の手を出し、一気に『りぃど』させていただくとしよう」

 16体の依韻の掌に光が集まる。その形は忍者が使う事で知られるクナイに似ている。発射される数は一度に32本、息つく暇もなく投擲され、目標達を吹き飛ばす。

「ついに出してきたか飛び道具」

 煌侍は動きの質を落とす事なく、相手の戦闘スタイルの変化を見逃さない。

「飛び道具」とは言っても、実際には物理攻撃ではない。専門的には「錬気れんき」、「発勁はっけい」、「遠当とおあて」などとも呼ばれる、正真正銘、「気」の塊である。そう、これこそが風姫・依韻のもう一つの顔、「気」を自在に操る女神。自然現象をひとつ意のままにできるだけでは、第四姫には位置できない。

「60……70……、姉上がどんどん引き離していきます」

 楊座が的確に報告する。一見冷静そうだが、その拳は堅く握り締められている。心の中では「主様、がんばって!」と懸命に応援しているのだが、審判という中立の立場上、それを表に出すわけにはいかない。

「あーん、このままじゃ主様負けちゃうよー」

「確かに。残り時間もわずか、起死回生の策を打たなければ、主様の敗北は必定でしょう」

 涙目ですがりつく茶花をあやしながら、茅希ちきが分析する(著者註:前者が姉です)。

「いかがなされる主様。黙して某の軍門に下るおつもりか?」

 挑発を装って依韻が煌侍に問いかける。そこに込められているのは期待。しかし、次々と放たれる彼女の気弾はこの間にも着実にスコアを伸ばしていく。手を緩める事は決してしない。女神はそんなに甘くない。

「はっ、冗談!オレがそんなお人よしに見えるか?」

「確かに見えませぬな。ならば早急に打開策を見せられよ」

「残り時間10秒!」

 慈香の緊張感のある声が響く。

(んー……10秒か。まだ自信120パーセントってわけにゃあいかねえが、やってやるか!)


「リミッター解除!解放・50!」

 言い終わった頃には、とうの昔にもう煌侍の姿はそこにはない。まさに神速の領域か。

はやい!!」

 幻琴と芍薬が思わず身を乗り出して叫んだ。女神の目をもってしても、そのスピードは驚嘆に値したか。

「ぬ」

 そして、それ以上の状況の変化に、対戦相手である依韻だけが気付いた。気弾の命中率が目に見えて落ちているのである。

「なんか、おかしくない?」

 遊翔と鼎后と茶花が顔を見合わせて首をひねる。

「なんと、そうきましたか主様」

 茅希と楊座と慈香が低く感嘆の声を漏らす。

「やってくれる!」

 幻琴と芍薬、それに依韻が、哄笑を発する寸前のような興奮状態で主を讃える。

 なんと煌侍は“先回り”していたのだ。依韻が放つ気弾の着弾点(つまりは敵兵)に先に到着し、その標的を倒し、そこに飛んできた気弾を“弾き返して利用”し、別のターゲットをも倒す。相手のターンを無効化し、自分のターンで二倍のスコアをゲットする。漁夫の利を得る頭脳プレイだった。

「これで分からなくなってきました」

 この勝負において裁定役を担う慈香と楊座が同時につぶやいた。

「まさかここまでとは。某としたことが迂闊であった。いや、これは嬉しい誤算と言うべきか」

 依韻は即座に戦法を変更する。命中率は捨てて敵が密集した部分に気弾を放ち、威力はスピードを上げる事で補う。すなわち、疾走しながらの射撃。

 誰もが固唾を呑んで戦況を見守る。とても人間の目では捉えきれなくとも。目が離せないのだ。一秒が長い。寒い夜だというのに、首筋からあごにかけて汗が伝い落ちる。


「両者、そこまで!」

 慈香の鋭い声が上がり、同時に煌侍と依韻の動きが止まる。両者は歩み寄って視線を合わせると一息吐き、微笑んで握手を交わす。ふたりにはすでに結果が分かっているようだ。

「結果を発表いたします」

 一歩前へと歩み出た楊座に視線が集中する。

「風姫・依韻、512。主様、504」

「おお」と言う低いどよめき。

「かーっ、やっぱり負けちまったか。解放50に身体がまだ慣れてねえのが敗因だな。ま、500超えたってのはそこそこか」

「ご謙遜を。あと5秒あれば逆転されていたやもしれぬ。まこと人の身にあって何たる才覚」

「あんがとよ。相手が女神とはいえ、負けんのはやっぱ悔しいもんだな。なにしろ負け慣れてないもんだからよ」

 この男、本気で悔しそう。最初から負けて当たり前の勝負だというのに、驚いた事に勝つつもりだったらしい。ブリュンヒルデが甲斐甲斐しく、手持ちのタオルで主人の額の汗を丹念に拭う。

「あー、くそっ!まあ負けちまったのは事実だ、しゃーねえ。依韻、次はぜってー負けねえからな!」

「それは楽しみ。某も次回もまた勝利できるよう、精進を怠るつもりはございませぬぞ」

 青春ドラマよろしく、すがすがしい空気を作り出すふたり。他の女神達も両者の健闘を讃え、また己の主とした者の器の大きさを誇らしく思う。


<12>


「よっしゃ。気分変えて、いよいよ『伝説の三姫さんき』のご登場といくか」

 もはやすっかり忘れ去られているバルコニー組はもちろん、十二国姫じゅうにこっきの間にも緊張と期待が入り混じった空気が漂う。

「あの男……『伝説の三姫』まで呼び出せるのか……」

「私はもう……驚かん」

 へたり込んでうめくチャンに、手すりに身を預ける事で何とか立っているタンが返す。疲労困憊。精神も崩壊寸前だ。他の三人はすでに壊れてしまって、「えへえへ」と薄ら笑いを続けているが。

「十二国姫が第二姫だいにき第三姫だいさんきは双子の女神。表裏一体にして一心同体。ここはナイス演出として同時召喚といくか」

 先ほどまでの悔しさを脇にやり、ブリュンヒルデを下がらせた煌侍こうじが、これまでになく集中力を高める。なにしろ最上級である「伝説の三姫」の内の二柱を同時に顕現させようというのだ。

「『伝説の三姫』……実在したのか……目の当たりにできるというのか……」

 恍惚の表情を浮かべる槍と断。彼らの精神の均衡も、かなりギリギリの状態になってきているらしい。

「『双子の女神』……?『表裏一体』……?……まさか!?」

 対してその近くで、鳳鳴鈴フォン・ミンリンは冷静に頭を働かせていた。そして、一つの答えを導き出した。


冥色めいしょくいざなえ、闇姫あんき妓唇ぎしん――極彩色に彩れ、光姫こうき銘紋めいもん

 夜の色と空気、召喚文言を唱え終えた煌侍の両サイドの空間に変化が生じた。左側には夜よりもなおくらい闇の入り口が、右側にはこの世の全ての暗部をかき消すかのようなまばゆい光にあふれた入り口が現れた。そして、それぞれより出でた二柱の最高神。

「闇の福音、あなたに届け☆十二国姫が第三姫、キュートでポップでちょっぴりセクシーなひきこもりっ、闇姫・妓唇ちゃん入場ー。はーい、下々の諸君、バンザーイ&拍手ーっ」

「光差す庭へと集い給え。十二国姫が第二姫、光姫・銘紋、光臨」

 名乗るまでもない、究極にして至高の存在。根源たる光と闇の女神。ありとあらゆる媒体において最高の位置に置かれ、様々な信仰の対象となる、神の中の神。


 十二国姫第三姫、闇姫・妓唇。闇を象徴する女神。闇の奥深くに隠れ住むとされ、人前どころか神々の前にすら姿を見せない、秘密のベールに包まれた存在。その秘匿性からか、宗教や思想によっては悪魔的な扱いを受けてしまっている。

 しかし、実際はどうであろうか。見た目は確かに悪魔というよりは魔女っぽいかもしれない。つば広の大きな真っ黒な三角帽子に、不気味な光沢な漆黒のマント。――ここまではいい。でもなぜ他のパーツが、白いフリル付きのブラウスだったり、ラインがくっきりと浮き出る黒いレザーの超ミニスカートだったり、ラメラメなハイヒールだったりするんだろうか。きっと本人の趣味なんだろうが。

 肌はいつも日陰にいるせいか色白で、髪は豪奢なブロンドのロングウェーブヘア。大きな瞳が非常に愛らしく、とてもダークなイメージとは結びつかない。というか、かけ離れている。

「ふあーあ、あふ」

 うつ伏せのまま大きくあくびをし、目をこする。何の上で?宙に浮いたそれはそれは大きくて分厚い本の上で。元来ただごとではない妖艶さにアンニュイな魅力が加わり、その破壊力は絶大。

 そしてこの運動嫌いの妓唇が、どうやってこんな完璧なプロポーションを保っているのかは、実は十二国姫最大級の謎ではなかろうか。普段は私設専用図書館にこもりっきりで、日がな一日中本ばかり読んでいるのに、アクティブ全開の幻琴げんきんに勝るとも劣らないボディラインを誇るのはなぜだ。どこをどう取ってもダラダラゴロゴロ生活なのに。「あたしは『本の旅人』なのよーん」などと本人はうそぶいているが。


 対して、十二国姫第二姫、光姫・銘紋は、第三姫闇姫・妓唇に比べ、外見上はかなり若い。妓唇を十代後半から二十代前半と見るならば、こちらは中学生ぐらい。双子なのにこの差は何だ?と問われれば、それは女神だからだが、実はこの二柱、妓唇が姉で、銘紋が妹なのである。妓唇が「『第二姫』ってなんか責任とか重そうだからいやーん。銘紋ちゃん代わってねーん☆」と、強引にその地位を入れ替えてしまった。何たる横暴。

「主様や妹達の前で姉上、はしたない。人間達だって見ているんですからね」

 可愛く眉間にしわを寄せ、姉である第三姫をたしなめる、妹の第二姫。外見年齢の違いこそあれ、ゴージャスなブロンドのロングヘアは姉と共通で、こちらはツインテールに結わえているが、そのボリュームが半端ではない。この髪は光姫を象徴するトレードマークでもあり、本人のご自慢でもある。

 全身光にあふれる光姫・銘紋。数々の信仰において最高位である「太陽神」と同一視される、彼女こそ最もメジャーな存在の女神であろう。

 容姿のわずかな共通点以外はことごとく対照的な、表裏一体の双子女神。人間ごときのイメージやレッテルがどうであろうと、二柱は非常に仲がいい。その負の属性ゆえに(あくまで一般的にだが)姉の妓唇が邪神扱いされる事に銘紋は胸を痛めており、日夜姉のイメージアップ作戦に努めている。当の本人は、なにも気にしていなかったりするのだが。


 さて、自然の摂理の調律者たる「陰陽五行おんみょうごぎょうの姫」「四大元素の姫」に続き、ついに万物の根源たる光と闇の女神までもがここにそろった。そろってしまった。こうなると、十二国姫の残る席はただ一つ。最強最高にして、秘中の秘の。

「それにしても壮観よねぇん。十二国姫の内の十一姫じゅういっきまでもが見事にそろっちゃうなんて。あーんなにまとまりなかったのに、大したものよねぇん、主様ってば。ほぉんと、何者ぉ?」

 相変わらず本に乗ったまま宙にプカプカ浮きながら右手で頬杖を突き、スーッと煌侍の横に来て、左手の人差し指でその頬をプニプニと突っつく。口元はほころんでいるくせに、ジト目で十柱の妹達を横一文字に見渡して言う。言われた妹達は苦笑するやらそっぽを向くやらで、リアクションは多種多様。この妓唇という女神、口調は軽く、態度はだらしないが、しばしば的確な事を言うのだ。「それは姉上が誰よりも人や世の暗部が見えてしまうからです」とは、銘紋の言葉。

「主様、あなたには心より感謝しております」

 自分よりも頭二つ分はゆうに高い位置の両の瞳をしっかりと見つめ、銘紋が感謝の言葉を口にする。幼い表情とは裏腹に、その両目に秘められた力強さは、何者にも勝る。

「よせよ。光の女神様に面と向かって礼言ってもらうような事なんざ、オレは何にもしてねえって。照れくさいっつーか恐れ多いっつーか、リアクションに困っちまうよ」

 煌侍にしてみれば心当たりが本当にないので、そう言われても困ってしまう。ましてや相手は最高ランクの女神様なのだ。

「いいえ。あなたがいなければ、今日の十二国姫の和と融合はありえなかったでしょう。人と神との垣根を払い、あなたを『主』とした事、私達には一片の後悔もありません」

 銘紋の言葉はいつだってまっすぐだ。直接相手の一番深い部分に響いていく。

「って言われてもなあ。なあ?」

 どっちを向いていいのかすら分からず、とりあえずブリュンヒルデと顔を合わせてから、右手の人差し指で鼻の頭を掻く煌侍。まったく、面映いったらない。

「主様、照れちゃって、かーわゆいっ!」

 妓唇、鼎后ていこう遊翔ゆうしょうが声をそろえて彼をからかう。この三柱は非常にウマの合うトリオなのだ。

 たとえ本人にまるで自覚がなかろうとも、こうして位も力量も違う姉妹が仲良くできるようになったのは、まぎれもなく煌侍の存在が大きく関わっていたのだ。少し前までは想像すらできなかった光景。以前にそこにあったのは、ひたすらに厳しい上下関係と規律だった。


<第17話へ続く>

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