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第14話 「魅霧の日記」

(○月1日 月曜日 晴れ)

 さて、今月もはじまりはじまり。新しい月のスタートが月曜日というのも、スタートしてはふさわしいかもしれない。

 月の始まりや週の始まりに憂鬱な気分になってしまう人達は多いみたいだけれど、私は大丈夫。むしろ、今月はお兄様とのどんなイベントがあるんだろう、と期待に胸を躍らせてしまう。そう、先月もとっても素敵だった。思い出すだけで、頬がかあっと熱くなってしまう。今月も先月のように、いえ、先月よりももっと素敵だといいなあ、と思う私は贅沢なのだろうか。

 今でも充分他の人達よりも恵まれているに違いないのに、さらに上を欲してしまう。お兄様と姉さんとこよみちゃんとリュヒ、家族でもっともっと。

 これでもう、一体何冊目の日記帳だろう。インターネット時代の今、ホームページやブログやSNSなど、日記にも色んな形態ができてきたけれど、私はやっぱり、こうして自分の手で紙に日記を記していくのが好き。一日の締めくくりとして、その日にあった事を思い浮かべながら、それらをひとつひとつ記録していく。その作業が好き。できるかぎり、ずっと続けていきたい。私達がお兄様と生きている証として。


(○月2日 火曜日 くもり)

 ふむ、先月のアフィリエイト収入は46万円でしたか。まずまずと言いたいところだけど、今月こそは50万円超えを狙っていたので、正直残念。これはまだまだ改善の余地がある、という事なのだろう。うん、来月こそは。

 ではどこをどう改善しましょうか。もっと手広くするか、逆にもっとピンポイントに絞るか。いかがわしい広告なんかを貼ってまで稼ぎたくはないし。アクセス解析のデータを元にして、今後の方向性を決める事にしよう。

 一応目標額は月50万だけど、別にお金に困っている訳じゃない。これは私個人の趣味みたいなもの。焼刃やいば家としての資産とは別。あって困る物ではないし、気軽に自由になる資金があるというのは何かと良い事。家族に隠してもいないし。

 お兄様にこういう機械関係の話をすると、真剣に聞いてくださるのだけど、「悪いな。オレ、そういうのまだよくわかんないんだわ」。そう、お兄様は機械が苦手。現代の若者としては珍しいけれど、どうにも相性が悪いみたいなのがお気の毒。

 今日もリビングのテレビで姉さんと暦ちゃんとゲームの対戦をなさっていたけれど、ボタンを三つ以上使うゲームは難しいお兄様、大敗を喫してらっしゃいました。ならば、と今度はボタンを一つしか使わない単純作業のパズルゲームに挑まれるも、最初の内は目を見開いてプレイしていても、段々とまぶたが重く……。やがてはゆっくりと頭が上下しだして……姉さんに怒られて、慌てて「寝てない!寝てない!」。ああお兄様、なんて愛らしい。


(○月3日 水曜日 晴れ)

 昼休み、姉さんと暦ちゃんが二人とも用があったみたいなので、仕方なく私はひとりで教室にいた。こういうのは珍しいケースで、いつも三人でいる事が当たり前になっている事を改めて痛感させられる。とても大きな空虚感が私を包んでいた。

 読書でもして時間を潰そうか、と思い立った時、すぐ後ろの席の八ツやつたさんの細長い四角いメガネの奥の瞳とふと目が合い、それがきっかけで何となく会話が始まった。

 私は姉さんほど「友人」と呼べるほどの学友が多くはない(暦ちゃんはもっと少ないけど)。当たり障りのない会話を交わすクラスメイトや、なぜかおっかなびっくり挨拶をしてくれる人達はいるけれど。

 そんな中でも、八ツ田さんとは机の位置関係からも、割りとよく話をする方だ。とは言っても、いわゆる「普通」からはかなり少ないと思われる。

「あなたの名前って変わってるわよね」と、彼女はさして興味もなさそうに言って来た。私が、「ええ、なんだか現実離れした名前でしょう?祖母が付けてくださったのだけど」と返すと、「個性って大事よね。あたしなんて生まれた月そのまんまで『霜月しもつき』よ。なんのひねりもありゃしない」と、オーバーアクションで溜め息を吐いた。

 八ツ田霜月やつた しもつき、それが彼女の名前。私は曖昧に笑みを返した。私自身、自分の名前にはかなりの間コンプレックスがあった。「名前負け」とでも言うのだろうか、そういう感情が長くあった。でもそれも、お兄様に「魅霧みむ」と呼ばれる度に好きになっていった。

 八ツ田さんとの第一次接近は、今思い起こすと決して良い物ではなかった……というか、悪印象だった。だって、第一声が「あたし、他のみんなみたいにあなたのお兄さんに興味ないから」だったので。反射的に殺気立った私に、「うわ、まあまあ落ち着いて。あたしにはもう彼氏がいるからなんだってば!」とワイパーのように左右の手を振って必死の釈明。危ない危ない、もう少しでお兄様の名に傷を付けてしまうところだった。

 聞けば、彼女の「彼氏」は新任の産婦人科医で、今はインターンとして赴任して離れてしまい、遠距離恋愛中なのだという。普段理系の姉御肌として妙に一部から頼りにされている彼女が、はにかんで視線をさまよわせながら鼻の頭を掻きつつ話す姿は、ギャップも手伝って驚くほど可愛らしかった。私よりも高い身長も、等身大の女の子の姿に見えた。

 最初はその言動から、いわゆる「編入組」かと思った八ツ田さんだけど、本人によると「あはは、あたし、ネコ被るの上手いから」だそうで、純粋培養でもこんな人もいるのか、と驚いた覚えが。

 そんな奇妙な縁で、今ではクラスで一番話す相手かもしれない八ツ田さん。サバサバとした感じが憎めない人で、私の友人としては非常に珍しいタイプ。姉さんや暦ちゃんとは面識がないらしい。思いがけず縁を意識した一日でした。


(○月4日 木曜日 雨)

 株はやめました。ええ、もう。私とした事が、お兄様が大株主になる事で発生する雑事の数々にまで頭が行っていなかったなんて。とんだ大失態。すっかりお金の魔力に囚われてしまっていたのだろうか。恥ずかしくてたまらない。それよりもお兄様、ごめんなさい。

 フォングループやセントクレアーグループでの件、もうあんな事はありませんから、とお兄様に申し上げたいのに、また今日も鳳グループ、いえ、鳴鈴ミンリンから同額分の株券が送られてきました。うー、しつこい!

 同じく最初はセントクレアーグループも株を売却する度に同額の株券を送ってきて、お兄様との縁を切れないようにしていたけれど、お兄様の大学の創立祭あたりでやっと諦めてくれたようだ(作戦変更?)。なのに、鳳グループは、鳴鈴は、いっこうにそんな気配すら見せない。事あるごとに「フィアンセ」だ「許婚」だのって、あんなのはお兄様も仰っているように、全部自称!私達は一切、断じて、絶対に認めません!


(○月5日 金曜日 晴れ)

「お兄様」と呼びかけるだけでも幸せになれる私だけど、こうして日記に「お兄様」と書くだけでも幸せな気分になれる。単純?いえいえ、愛ゆえに。

 そういえば、私がお兄様の事を「お兄様」と呼ぶようになったのは、お兄様が中学に上がられたあの日から。姉さんと暦ちゃんが「兄さん」「にいさん」と呼ぶようになったのも、あの日から。それまでは三人とも「おにいちゃん」だった。

 思えばお兄様の事を異性として意識し始めたのも、その時からかもしれない。三人で「もう『おにいちゃん』は卒業しよう」という事になって、私は「お兄様」と呼ぶ事にした。当時にしてはちょっと背伸びしていた感じ。姉さんと暦ちゃんも私の真似をしようとしたけど、どこかしっくりこない。暦ちゃんは「兄貴」とか色々試行錯誤していたみたいだけれど、結局二人で「にいさん」に。「いいよ、暦ちゃん。二人で『にいさん』って呼ぼ!」と言ったあの時の姉さんの言葉は、とても「姉」を感じさせてくれた。

「ねーねー、なんで煌侍こうじさんは『お兄様』なのに、絢華あやかさんは『お姉様』じゃなくて『姉さん』なのー?」

 これは今日ぶつけられた花衣かいちゃんからの疑問。相変わらず妙な部分で勘の鋭い子だ。今まで誰からも訊かれなかったのに。隣りにいた阿亜樹ああじゅなんかは、「あ、そういえば!」と顔に大きく書いてあった。だって、「絢華お姉様」って、なんかしっくりこない(威厳とかの問題では決してなく)。姉さんもあの日、「おねえちゃん」から「姉さん」になったけど、本人も「あたしは『お姉様』って感じじゃないよーっ」って言ってたし。問題なしです。


(○月6日 土曜日 くもり)

 なんと今日、あの鳳鳴鈴からディナーのお誘いがあり、たった今それを終えて帰宅。……いや、ものすごいスケールでした。悔しいけれど、さすがは世界に名だたる鳳グループ。招待されたメンバーは、お兄様と私達三姉妹とリュヒ、要するに焼刃家全員。烏家ウーけ五姉妹がそろって迎えに来た(と言ってもお向かいさんなんだけど)。私達は何か嫌な予感がして、本当はお断りしたかったんだけど、お兄様が「せっかくのお誘いだ。それにご近所付き合いもやっとかないとな」とおっしゃったので、渋々首を縦に。

 私達三人は、お兄様のお見立ててで落ち着いた感じのドレス、お兄様とリュヒは白のタキシードで鳳邸へ。案の定真っ先にお兄様に跳び付いた、いつもより豪奢なチャイナドレス姿の鳴鈴が、「本当は煌侍様だけをお呼びしたかったのですけど、そうもいかないでしょう?わたくしってば、なんて気配りのできる良妻なのかしら」と言い放った。……焼刃三姉妹、お兄様の手前、爆発するのを何とかこらえました。

 リュヒは中華な豪邸が珍しいみたいで、終始子犬のようにキョロキョロ。小声で「ちがう。まえのおじょうさまと、ちがう」と言い続けていた。お兄様に「リュヒ、行儀良くな」とたしなめられて、「うん、わかった。ぎょうぎよくする」と返事。かわいい。でも鳴鈴は、そんなやり取りにもイライラ。

 パーティルームのような広さの食堂で、焼刃家一行と鳴鈴+烏家五姉妹が向かい合って着席。お兄様の右隣に私、左隣に姉さん。……正面に鳴鈴。

 食事の方は、もちろん満漢全席のフルコースプラスアルファ。メインのお料理の数々は、烏家五姉妹が作ったらしい。敵ながら見事な腕前だった。容姿と才覚を備え、拳法の達人、その上家事全般を最高水準でこなすなんて。しかも、それが五人も。今日で彼女達を改めて強敵と認定。鳴鈴は自分が作った「何か」を押しの一手でお兄様に食べさせていた。あれは「料理」とは決して呼んではいけない、「何か」としか表現のしようがない未知の物体。お兄様、ご愁傷様でした。でも、優し過ぎるお兄様がいけないんですよ。

 ぐったりとなされていたお兄様以外の私達は、食事の内容に満足できた事もさる事ながら、有益な敵情視察もできて、行きの渋りもどこへやら、意外にも充実した一日となった。鳴鈴はここぞとばかりにお兄様に「どうぞ泊まっていってくださいまし」と言ってダダをこねていたけど、そうはいくものですか。


(○月7日 日曜日 くもり)

 今日はせっかくの日曜日なのに、とても寂しい一日でした。というのも、お兄様が三ヶ月に一度催される「美女顔野郎びじょがおやろうの会」に出席するために、朝早くからお出かけになってしまい、私達はお留守番。私達だけでどこかへ出かける気にもなれず、みんなでリビングに集まってポツポツとおしゃべり。何とも不毛な時間の過ごし方。やっぱりお兄様がいない焼刃家は、灯が消えたみたい。足に使ってもらえなかったリュヒも、部屋の隅っこでいじけていた。

「美女顔野郎の会」、お兄様の部屋に写真が飾られてあるので、そのメンバーの方々のお顔を見た事があるけれど、誰が何と言おうとお兄様が一番。なるほど、他のメンバーも噂に名高いだけの事はあるけれど、私達の心はお兄様から動きはしない。「会ってみたいか?」と訊かれても、「お兄様と一緒なら」と答えるだろう。

 でも、多少なりとも興味はある。あくまで「お兄様の友人」としての物だが。お兄様はその人達の事を話してくださる時、とても楽しそう。そして、そのお話の内容も楽しい。なんて波乱万丈な人生を送ってきている人達。生い立ちもみんなバラバラ。そんな面々がどういった経緯で集まって会を結成するに到ったのか、そこは知りたい。今度お兄様に訊いてみよう。また一つ、楽しみができた。


(○月8日 月曜日 晴れ)

 リュヒはうちに来た時にはすでに家事の素質が充分だったけど、その中で苦手だったのがお料理。本人はすぐにでも和食を習いたい様子だったが、まだまだそういうレベルではなかった。彼女のこれまでの生活を大いに反映してか、ブツ切りにして串で突き刺したような、いわゆる「サバイバル料理」みたいな代物。刃物の使い方は異常に巧かったけど、調理器具の使い方などの方面は全然。でもものすごく器用で物覚えがいいので、どんどん進歩してくれる。教える方としては非常に優秀な生徒。でも白皙の肌に銀髪の東欧少女が割烹着で台所に立っている姿は、冷静になって見ると未だにシュール。

 現在お料理と並行してリュヒに教えているのは日本語の書き取り。カタカナの次は平仮名、その次は漢字というステップで。まだ今はカタカナの段階だけど、最近格段の上達を見せ、「ツ」と「シ」、「ア」と「マ」などの見分けが付く字が書けるようになった。元々読みはできたのだから、書くのもきちんと教えれば習得は早い。鉛筆の正しい持ち方から教えるのはちょっと骨が折れたけど。家事の合間にリビングのテーブルで「ひらがなドリル」に真剣に向かう姿を見ていると、ついつい笑みがこぼれてしまう。

 リュヒは今ではすっかり焼刃家の一員。いない事が不自然なくらい、もう家族。最初お兄様に「やとって」って来た時はカチンときたけど、彼女自身の話を聞いて、何とも表現しがたいシンパシーのような感覚を受け、人種も生い立ちも超えた絆がいつの間にかできあがっていた。思えば縁という物は本当に不思議。私はそんな不思議な縁という物にとても恵まれている。お兄様と一緒じゃない私なんて、想像もできない。


(○月9日 火曜日 雨)

 夕食に使う食材の買い出しにリュヒと商店街へと出かけた。リュヒは商店街のみなさんにも今やすっかり認知されて、「リュヒちゃんリュヒちゃん」とアイドル的存在になっている。本人はそれにどう反応して良いのかわからないでオロオロしているけど、そこがまた可愛くてさらにもてはやされる。お歳を召した方々にも、「白くて綺麗な異人さん」と大評判。名物化している。

 そして、リュヒと買い物を終えて家路に着こうとした時、瑛時えいじさんと璃矩りくさんに出会った。あちらも目的は同じだったらしく、相変わらず荷物持ちの瑛時さんは、歩く買い物袋と化していた。私達に対してなんだかバツが悪そうだった瑛時さんに対して身軽な璃矩さんは、挨拶も「はぉ」と軽やかに。私も挨拶を返す。でも、こちらは軽やかに、とはいかない。それは、私の中で璃矩さんに対して色々含む所があるからだ。

 璃矩さん。今でこそ瑛時さんのパートナーだけど、その昔はお兄様の幼なじみとして、一番近くにいた女性。お兄様ではなく瑛時さんを選んだ人。数年前までお互いにくすぶった想いを秘めていた関係。

 私は璃矩さんに会う度に想像してしまう。怖くなってしまう。もしあの時、彼女がお兄様を選んでいたら。もしあの時、お兄様が璃矩さんを諦めていなかったら。私達の想いはどこへ行き、どう形を変えてしまっていたのだろう、と。

 そんな想像の数々を、私は未だに捨て去る事ができないでいる。眠れない夜、独りの夜、闇の中で枕を抱いて、きつく目を閉じる。「早く朝になって」「お兄様助けて」「今すぐ私を抱き締めてください」、と。もう要らない心配なのだと分かってはいても、強過ぎるお兄様への想いゆえに、「もしも」の念に怖くなってしまう。

 私はその邪念を、表面に出さないようにしている。今日も我ながらそつなく受け答えできたと思う。だけど、璃矩さんはとても勘の鋭い人だ。かすかな変化や空気をすぐに感じ取ってしまう。気付かれた時、なんとも言えない微妙な空気になってしまい、お互いに気まずい思いをしてしまう。その場合、私が一方的に悪い。彼女はもう瑛時さんだけを見ているのだから。

 瑛時さんも璃矩さんも、そして誰しもが、三姉妹の内で私を一番苦手としているのではないだろうか。裏表の少ない姉さん、実は分かりやすい暦ちゃんと違い、私は自分が「底が見えない」とか「近寄りがたい」などという風評があるのを知っている。だがこれも、お兄様だけを求めてきた私のツケなのだと理解も納得もしている。寂しくはない。お兄様が、姉さんと暦ちゃんが、こんな私でも愛してくれているのだから。

 璃矩さんは終始笑顔でいてくれた。そして別れ際に一瞬だけ真面目な表情になり、その後豪快に笑って私の背中をバンバンと叩いて、「もーお、分かってるから!そんな顔しないの!」と言ってくれた。後ろで瑛時さんも頷いていた。「そんな顔」=仮面だととっくに見破られていたらしい。私はどうやら、自分で考えている以上に恵まれているようだ。プラス、まだまだなのかも。


(○月10日 水曜日 晴れ)

 リビングで姉さんと暦ちゃんがなんだか興奮しておしゃべりしていた。お兄様はその横でちょっと苦笑。

「どうしたの?」と私が輪の中に入って行くと、暦ちゃんが「あたし達、卒業してにいさんの大学に入れば、にいさんと夢のキャンパスライフを送れるんだよ!」なんて言う。「私達はこのまま上の大学に上がるんだから」、と一笑に付しかけた私だったけど、暦ちゃんの提案の内容のあまりの魅力的さにどんどん取り憑かれ始めた。お兄様とのキャンパスライフ、なんて甘美な響きなんだろうか。

 お昼休みにお兄様と一緒に昼食を摂ったり、机を並べて講義を受けたり。登下校ももちろん一緒で、サークル活動なんかもしたり……。めくるめく、夢のようなスライドショー。

「おいおい、ウチの大学なんざ来ても、近いだけであんまいい事ねえぞ。それよか、せっかく良い大学に進めんだからよ、大人しくエスカレーターに乗っとけって」

 お兄様のお言葉で目が覚めた。私とした事が、空想の世界に旅立ってしまっていた。でもそれは、頭を振ってみてもなかなか振り払えない、麻薬のような夢想だった。

「えーっ、兄さん(にいさん)と同じ大学に行きたーいっ」

 子供のようにジタバタと駄々をこねる姉さんと暦ちゃん。うーん、二人の真似はやっぱり私にはできないかなあ。やってみたい気持ちはあるけど。

「じゃあさっ、じゃあさっ」

 勢いよく身を起こした姉さんが、瞳を輝かせる。こういう場合、また何か決まって突拍子もない事を言い出すに違いない。私は苦笑のような表情で、発射される言葉を待った。

「兄さん、ずーっと留年して?」

「は?」が三つ。お兄様と私と暦ちゃん。それは私達の想像をはるかに飛び超えた発想だった。けれど、姉さんの次の一言で私と暦ちゃんはまさしく雷に打たれたような衝撃を受ける事になった。

「だって兄さんが8年くらい大学にいてくれれば、あたし達が上の大学を出てからそっちに通えるんだよ?」

「それだ!」と私達。姉さん、ナイスアイディア!これまでの中で間違いなく、最高のアイディアです!

「あのな、おまえら、ちょっと待てよ……」と状況に取り残されるお兄様の横で、私達三姉妹は大いに喜び合い、祝杯を上げるまでにいたったのでした。今夜は興奮して眠れそうにありません!


(○月11日 木曜日 くもり)

 日記をつけながら、ふと自分の部屋を見渡してみる。我ながら、なんとも女の子らしくない部屋だと思う。もし私に幻想を抱いている人達が見たら、さぞかしガッカリする事だろう。見せるつもりはないけれど。

 部屋の女の子らしさで言うと、一番が姉さん、次に暦ちゃん、最後に私。私の部屋にはぬいぐるみもかわいいクッションもない。そういう物は嫌いではないけど、機能性を追求した結果こうなってしまった。でも、お兄様の部屋に一番似ている。それが嬉しい。

 お兄様のお部屋はとてもシンプルでいつも片付いている。オーディオ機器が充実している他は、キングサイズのベッドぐらいものだ。トレーニング器具なんかは地下のトレーニングルームに置いてあるし、楽器類はスタジオに置いてある。お兄様はあまり一人では作業なされず、たいていの場合はリビングで、私達の目が届く所でしてくださるので、自室の主目的は就寝にある。

 私の部屋を飾っているのは、お兄様や姉さんや暦ちゃん達との写真。これ以上の装飾はいらない。写真の中のお兄様達を見ているだけで、ここは彩りを与えられるのだから。


(○月12日 金曜日 くもり)

 今日は学校でクラスメイト達とペットの話になった。みんな犬や猫をはじめ、熱帯魚やハムスター、ウサギや鳥などなど、色々飼っているみたい。中にはまるでイメージにないペットを飼っている人もいて驚かされた。は虫類や両生類なんかは、我が家としては遠慮したい。

「焼刃さんのお宅では何か飼ってらっしゃらないの?」と訊かれて私は「いいえ、うちではそういうのは」と答え、そういえば今まで一度もペットを飼った事がない事に気が付いた。私が「今まで一度もない」と言うと、みんなは大げさなまでに驚いた。やはり少数派なのだろうか。

 確かに我が家には動物を飼う充分過ぎるスペースがある。でもそれを「もったいない」と考えた事はなかったし、そもそもペットへの憧れが子供の頃からなかったように思う。あのいかにも捨て犬を拾ってきてしまいそうな姉さんも、その範囲外ではない。なぜだろう、と少し考えてみた結果、やはりお兄様との関係で満たされていたからだと思い至った。間違いない。

 そして最近、ますますペット離れの傾向は強まった。リュヒが来たからだ。彼女をペットと呼ぶのはあまりにも失礼だけど、ありとあらゆる仕種が見ていて微笑ましく、心を温かくしてくれる。お兄様のリュヒの撫で方も、愛玩動物に対するそれみたいな印象を受ける時が多々ある。手持ち無沙汰な時はとりあえず手元に置いておきたい、そんな感じ。

「リュヒは犬っぽいよな。で、鳴鈴は猫っぽいし、阿亜樹達はリスっぽい」

 お兄様がそんな事を仰った。私が「では、花衣ちゃんは?」と訊ねると、「うーん……小猿?」と回答が返って来て、みんなで笑ってしまった。リュヒは、アイスブルーの瞳をしばたかせて小首をかしげていた。


(○月13日 土曜日 晴れ)

 夕方お兄様のお姿が見えないので探し回ってみると、庭で発見。タンクトップシャツにハーフパンツという軽装で、修行をなさっていた。流れるようなとても美しい動きを、丹念に繰り返し行なってらっしゃるのだけど、なんだかその動きがいつもよりもほんの少しだけ重い気がした。

 「ん?気付いたか。だいぶ観る目が養われてきたな」

 私が見ていた事にお気付きになったお兄様が、まぶしい笑顔で私を褒めてくださった。

「明日は恒例の『教室』の日だからな、最近ちっとばかしなまってた気がするんで、『負荷』を五倍かけて身体にカツ入れてる」

 一款能賜舞いっかんのうしまいの達人の域に達した人達は、自分の身体に「負荷」(重力みたいなもの?)をかけて、普通の修業の数倍の成果を得る事ができる(その分疲労は当然激しくなる)。私が知っている限りでは、それができるのはお兄様とお婆様と鳴鈴だけで、もうかなりの腕になっている暦ちゃんでも、まだ上手くコツが掴めないらしい。そして極めれば極めるほど、自身にかけられる負荷は大きくする事ができる。私が考え事をしている間に、お兄様は五倍の負荷にすっかり身体を慣らし、スイスイといつも通りの軽快な動きになっていた。

「よっし、久々にちょい本気出してみっか。今日はなんか調子いいみたいだからな。魅霧、危ねえから少し離れてろ」

 私はお兄様のお言葉に従い、素早く後退する。それを確認なさったお兄様は優しい微笑で小さく頷くと、すぐに真剣な表情に変化して気合い一閃、全身に力をみなぎらせる。

 大気がビリビリと鳴動する。お兄様を中心に息苦しいほどの圧迫感が渦巻く。少しでも気を抜くと引き込まれ、飲み込まれてしまいそうだった。

「お兄様……これは何倍なのですか?」

 私は圧倒的な力気りきの流れに顔をしかめて抵抗しながら、お兄様に訊ねる。すると、事もなげに「三十倍だ」とのお返事。三十倍……。それは一体、どんな次元のレベルなんでしょう?「うーん、そうさな。高名な武道家が髪逆立って金髪になって、眉毛がなくなるぐらいだ」……ごめんなさい、その例え、私にはよく分かりません。

 お兄様が足を一歩踏み出すごとに怪獣が歩くような音がして、振動がこちらにまで伝わって来る。庭は広いのでご近所迷惑にはならないだろうけど、「何事か」と家の中から姉さんと暦ちゃんとリュヒが飛び出してきた。

「ありゃ、みんなの邪魔しちまったか。大気の流れとか感じながらやろうかと思って外でやったんだが、悪い事しちまったな」

 お兄様は申し訳なさそうに三十倍の負荷を解除し、一息吐いた。一気に周囲の空気は弛緩し、穏やかさを取り戻す。私達もほっと胸を撫で下ろして安心する。私の差し出したタオルで汗を拭うお兄様。

「ま、こんだけやっときゃ、明日は恥かかなくて済むかな」

 お兄様が恥をかくなんてありえません。


(○月14日 日曜日 晴れ)

 今日は恒例の「教室」の日。朝からみんなで鎌坂家の道場に集合。今回の参加メンバーは、お兄様、私達三姉妹、リュヒ、瑛時さん、璃矩さん、維那さん、そしてもう当然のように鳴鈴と烏家五姉妹。さらに、阿亜樹と滝口たきぐちさんと神薙かんなぎさん。ジャッジメントデイと花衣ちゃんは不参加。その代わりと言っては失礼だけど、通称「タキナギ」が初参加。

 思えばこの「教室」も大所帯になったものだ。スタート当初はお兄様と私達三姉妹、瑛時さん、璃矩さんぐらいだったのに。それが今や数倍の規模に。コースも鳴鈴が受け持つ「上級者コース」とお兄様が受け持つ「一般コース」、瑛時さんの「剣闘術コース」に分かれ、より実戦的になってきている。上級者コースは暦ちゃん、リュヒ、烏家五姉妹。その他は一般コース参加。

 烏家五姉妹は敬愛するお嬢様から教わっているから何も不満はないだろうけど、暦ちゃんの心境はかなり複雑みたい。「強くなりたい」一心で我慢してるけど、鳴鈴のここぞとばかりの態度には「ストレス溜まりまくり」だとか。がんばれ、暦ちゃん。リュヒはなんにも変わらない。「こうじのためにつよくなる」なんて言って鳴鈴を怒らせても、なぜ怒らせたのかわからずに「?」と首をかしげている。

 休憩の時、私はふと気になってお兄様に訊ねてみた。「お兄様、強さランキングのベスト5はどういう順番でしょう?」と。お兄様は右手の指先であごの先をつまんで、「そうだな……」と数秒悩んでから教えてくださった。その順位は―――①煌侍②鳴鈴③瑛時④リュヒ⑤烏家五姉妹の一人一人なのだとか。私には何とも意外だった。

「鳴鈴は瑛時さんよりも強いんですか?」

「うーん……フルコンディションの武器持ち状態の瑛時なら奴が上だろうが、何かの拍子に武器を破損させたり飛ばしたりすれば、もう鳴鈴だろうな。よって、総合的に見て鳴鈴」

 鳳鳴鈴、改めて恐るべし。お兄様のライバルと目されている瑛時さんを凌ぐとは。う、こっち見て得意気な顔してる。さては聴いてたな、地獄耳め。悔しい。私も本気で「もっと強くなりたい」と思うようになってきた。

 ショックだったのは暦ちゃん。「もしかしたらベスト5に入るんじゃないか」って淡い期待をしていたけど、やはり実戦で鍛えたリュヒや烏家五姉妹との差は小さくないみたい。ちなみにリュヒの強さは烏家五人姉妹の二人から三人分だとか。さすが。

 私ももっともっと鍛錬してお兄様に頼りにされたい。お兄様を助けたい。改めてその想いを胸に刻み込んだ一日だった。


(○月15日 月曜日 くもり)

 最近リュヒの行動を観察していると、時々嬉しそうに、でも人目をはばかるように、しばらく姿を消す事がある。やるべき事は全部やってからいなくなるし、長い時間ではないので問題にはしていないけれど、どうにも気になってきた。そんな時は決まって、何やら怪しげな部品やら機材やらを抱えているからだ。

 リュヒが寝室にしているあの四畳半の物置小屋へと行ってみた。なんだか宇宙船の内部のように様変わりしていた。一体いつの間にこんな改造を。恐ろしくて、その構造まで知りたくない。「イラッシャイマセー」じゃありません。

「あなた、まさか車もミサイルが発射できるようにとか改造していないでしょうね?」と冗談半分で問いかけてみると、「ミサイルじゃない」と言う答えが返ってきて言葉を失ってしまった。では何?レーザー?ドリル?

 お兄様に伝えるときっと面白がってしまいそうなので、今は私の心の中だけにそっとしまっておこう。願わくば、法に触れるような事だけはしていませんように。


(○月16日 火曜日 晴れ)

 リュヒが来て、私の家事に対する労力は大幅に軽減された。それに伴い、自分の時間が増えた。そして私はもちろん、その増えた時間をお兄様のために注ぐ。ひいてはこれは、私の喜びへと直結するのだ。

 目下の所取り組んでいるのは、手がかかるデザート作り。今まではチャレンジしてみたくても様々な事情でできなかった事なので、お兄様とリュヒに感謝。趣味が一つ増えました。

 デザートの焼刃一家の好みと言えば、お兄様はグラスゼリー、姉さんは甘いケーキ、暦ちゃんがビターな味の物、リュヒは和菓子。私はレアチーズケーキやスフレなんかが好みなのだけど、見事に各人ばらけている。

 やはり最優先はお兄様なので、今日もゼリーを作った。本日は大人の味、赤ワインのゼリー。食後にテーブルに出すと、みんなの「わあっ」という感嘆の声。この瞬間がとても満たされた気分になる。うん、今日のは特によくできたと思う。赤ワインの色が自己主張しながらも、透明感がとても綺麗。グラスの上で危うげにぷるぷると揺れていた。

 お兄様はスプーンで丁寧に一口大にすくって、舌の上でしばらくコロコロと転がせてから食べるのがお好き。私はいつもその仕種にドキドキしてしまう。「でもこれやるとゼリーがぬるくなっちゃうんだよなあ」と苦笑するお兄様。かわいい。


(○月17日 水曜日 雨)

 今日は一日、姉さんの悲鳴を聞いていた気がする。

 姉さんの不幸な一日は、今朝まずベッドから落ちて顔面を強打した所から始まったらしい(なんでも夢の中でお兄様にジャンプして抱きついたと思ったら、目の前で消えてしまったのだとか)。その後、寝ぼけてドアに正面衝突し、階段の残り二段目で足を踏み外してお尻を痛打、寝癖を直そうにもいっこうに収まらず、歯磨きはチューブを強く押しすぎて上着に着弾、朝食は急ぎ過ぎてのどに詰まり、新しい靴を下ろしたら水溜りに足を突っ込む……と、本当に枚挙に暇がない不運なスタート。

 お兄様に頭を撫でられ、慰められながら「行ってきます」のキスを交わして車に乗り込んでも、車内で学校に着くまで「ふにゃあぁん」と泣き通し。私と暦ちゃんとリュヒで何とかなだめて、学校にはいつもの表情で登校したものの、お昼休みに顔を合わせるとまた「えぐえぐ」していた。

 なんでも今度は、時間割を間違えて教科書を入れて来て、せっかく苦労してやった宿題のノートは部屋の机の上に置き忘れ、消しゴムを落として拾い上げたら、後頭部を机の裏で痛打したのだとか。よくもまあ、ここまで……。それでもまた暦ちゃんと二人で励まし、何とか機嫌を直させて教室へと送り出した。

 なのに、放課後に顔を合わせると、また「ぐすぐす」言っていた。訳を訊いてみると、今度はジュースを買おうとしたら財布の中の小銭を周囲にばらまき、消しゴムで誤字を消そうとしたら力を入れ過ぎてノートを破り、授業で指されて教壇に上がろうとした時に蹴つまずいて額から黒板に突っ込んだのと言う。もう正直、かける言葉が見付からなかった。

 校門までは気丈に涙をこらえていた姉さんだったけど、迎えの車の中に入った途端、涙腺が決壊した。「ふえぇぇぇん」という姉さんの泣き声が車内に響く。

「どうしてあたしってこうなんだろー?魅霧ちゃん、暦ちゃん、自慢できないお姉ちゃんでごめんねー」

 また出た。姉さんのいつもの悪い癖だ。悪い事が重なると、すぐにコンプレックスが加速してマイナス思考に捕らわれてしまう。私達は何があっても姉さんが大好きなのに。

「大丈夫だよ、姉さん。今日はたまたま悪い事が重なっただけだって!」と言う暦ちゃんの声にも、「ゴメンね、ありがとう」を繰り返すばかり。見ていていたたまれない気分になってきた。運転席のリュヒまでもらい泣きしそうな雰囲気。

 ――「泣いたカラスがもう笑う」とは、こういう事を言うのだろうか。家に帰ってもまだ落ち込んでいた姉さんだったけど、お帰りになったお兄様の胸に飛び込んで優しい言葉とキスをもらうと、雲が晴れたようにいつもの姉さんに戻った。お兄様はいつだって、私達の特効薬なのです、というお話。


(○月18日 木曜日 晴れ)

 お兄様と私達三姉妹とリュヒで、そろって商店街へ夕食の材料の買い出しとウィンドウショッピングへ。すると、珍しい人に出会った。維那さんだ。いつもの巫女装束ではなく、薄手のセーターにロングスカートという出で立ちだったので、すぐには気付かなかった。

 真っ先に気付いたお兄様が「珍しいね」と声を掛けると、「ええ、今日はわたくし一人なの」と言う答えが。「何か作ろうと思って冷蔵庫の中を見たら何もなくて……」と苦笑。

「瑛時の奴は?」と言う問いには、「お爺様のご用事で二人で出かけてしまったの」と困り顔。「じゃあ下手に買い物しても荷物持ってあのお山を上がるのはホネだな」とお兄様。「むぅ」と思案顔。やがてポン、と両の手を叩き、「じゃあ今夜はウチで食ってってよ、維那さん」。

「あ、それいい、それいい!」とすぐに姉さんと暦ちゃんがそのアイデアに飛びついた。本当にもう、イベント好きなんだから。維那さんの都合も訊かずに。

「あ、もちろん維那さんの都合次第なんだけどさ」

 さすがです、お兄様。維那さんの答えは、「わたくしの都合なら大丈夫なのですが、よろしいのですか?」。こうして、初めて維那さんが焼刃家で夕食を一緒に摂る事になった。

 維那さんはまず車の内装に驚き、次に玄関のセキュリティに驚いて目を丸くしていた。彼女もお兄様と同じく機械が苦手な人なので、別次元の世界を見ているように圧倒されていた。

 帰宅して早速、みんなで夕食作り。お兄様以外のそれぞれが得意分野の料理を作って並べる。維那さんとリュヒは和食(リュヒの着物姿と和食の腕前にやっぱり呆然としていた)、私と姉さんが洋食、暦ちゃんは中華。かなり節操のない食卓になってしまったけど、パーティなんだから、こんなのもいいだろう。お兄様も参加してしたがってらっしゃったけど、家長にはどっしりと構えておいていただかないと。第一、お怪我でもなされたら大変です!

 維那さんと一緒の夕食会は、和やかな雰囲気で終始進行し、みんないつもより食べ過ぎたくらい。その後、片付けを手伝おうとする維那さんを説得し、夜遅くなってしまう前にリュヒが車で送って行った(もちろん白スーツに着替えてから)。維那さんは何度もお礼と「楽しかった」を言ってくれて、私達も温かい気持ちになった。機会があればまた是非。

 いつもお兄様の一言から、素敵なイベントが始まります。でももちろん、一番素敵なのは、そんなお兄様。


(○月19日 金曜日 くもり)

「暦ちゃん乙女化計画」(命名姉さん)、その後。暦ちゃんがスカートを選ぶ回数が以前より増えた気がする。まる。……ではさすがにダメそう。うーん、でもやっぱり、そんなに一朝一夕にはいかないみたい。大体、家の中ではずっとちゃんと女の子していたので、身内の目から見ると変化が実は分かり辛いのかもしれない。

「今日、阿亜樹に『最近ちょっと雰囲気変わりましたねー』って言われちゃったんだけど、全然実感も自覚もなくてさー」と本人は困り顔だったけど、どうやら効果はあった模様。

 お兄様もなんだかご機嫌で、私達もそれは嬉しいのだが、どことなく暦ちゃんに一歩リードを許したような気分になってしまう。これが噂に聞く「ギャップ萌え」という奴なのだろうか。私が一体どう変わればお兄様は喜んでくださるのだろう。今度真剣に考えてみよう。

 私にはあんまり変身願望がない。今の自分にそれほど自信があるわけでもないけれど、現状変身すべき必要性に迫られてはいないからだ。でも、ほんのちょっとだけ想像してみよう。暦ちゃんみたいな私、姉さんみたいな私、璃矩さんみたいな私、維那さんみたいな私。どの私も、正直あんまりしっくりこない。私も変わっていくべきなのだろうか。私はもっとお兄様に愛されたい。もっと。


(○月20日 土曜日 くもり)

 ちょっとどころではなく困っている。その原因はあの人、二毛山にけやまカルア。以前お兄様の大学の創立祭で自身がマネージメントしている藤松真弥ふじまつ まやから私達の噂を聞きつけたらしく、次の日から早速のスカウト攻勢。はぁ、これではまるで昔に戻ってしまったみたい。このところようやく平穏な生活が送れていたのに。登下校時の入り待ち出待ち、同じく外出時や帰宅時の門前での待ち伏せ、他にはお決まりの電話での勧誘などなど、本当に呆れるぐらいのしつこさとバイタリティ。怒りを通り越して感心してしまうぐらい。

 聞けば、私達だけではなく、リュヒも阿亜樹も滝口さんも神薙さんも、さらにはあの鳴鈴にさえスカウトの手が伸びているのだとか。奇しくも私達は共通の悩みを抱える者達になってしまった。「あの人には参りまちゅわよ」とゲッソリしている鳴鈴の姿は、貴重と言えば貴重だけど。一人乗り気なのは花衣ちゃん。今からせっせとサインの練習をしているらしい。

 でもこんな私達よりも苦労している人達がいた。誰あろう、二毛山カルアの妹であるたみさん。「姉の不始末(民さん曰く)」のお詫びをみんなにして回って疲れ果てているらしい。この間昼休みに中庭で会った時にも、やつれた表情で私達に平謝りしてきた。こちらが気の毒になってしまうぐらいに。「ウチの不肖の姉が本当に本っ当ーに、すみません!」を連発していた。その姿はどちらかと言うと、お姉さんよりもずっと大人に見えた。

 何と言われようと、何を条件に出されようと、私達三姉妹は大衆に消費される立場になるつもりはない。以前ジャッジメントデイのライブでコーラスとして飛び入り参加した時、「なるほど、これが脚光を浴びる快感か」と漠然と感じたけど、あの時はお兄様もサポートメンバーとして同じステージに立ってらっしゃったから参加したまでだ。いつでも、いつまでも、お兄様と同じ人生のステージに立っていたい。それが望み。私達を照らすライトは、お兄様の瞳。


(○月21日 日曜日 雨)

 雨の日曜日。文句を言っても詮ない事だけど、それでも多少のガッカリ感は否めない。と、そこに「そんならおまえら三人で『BLAZEブレイズ』でも行ってきたらどうだ?」とのお兄様からのご提案。そうなれば、私達にそれを拒否する理由なんてどこにもない。残念ながら睡眠不足のお兄様を家に残し、後ろ髪を引かれつつ、リュヒの運転する車でBLAZEへ。

 一応事前に、店へ今から行く事を電話しておいて出発。さすがに飛び込みという事で純香すみかさんの手が空いておらず、しばらく店内で待つ事に。三階の長ソファで三姉妹そろって腰を下ろし、姉妹の語らい。すると、そこにお母様が。あいかわらず髪は寝癖だらけで、まぶたは八割方閉じたまま。ボリボリとお腹を掻いている。ああ、もう恥ずかしい。その上「あー……三人ともー……ひさしぶりー……」と言う挨拶は何とかならないものか。

 そして三人並んで施術開始。左から順番に、姉さん、私、暦ちゃん。ここでも私達三姉妹はおしゃべりに花を咲かせる。話題は学園の事、家での事、お兄様の事。純香さんは興味深そうに、お母様はだらしなくソファに寝転がったまま面白そうに、それぞれ私達の話に聞き入り、時折相槌を打ってくる。全然普通ではないけれど、これが私達母娘おやこの姿。一度壊れ、その後いびつな形でまたくっ付いた。見た目は奇妙でも、私達にはこれが心地良い。今はリュヒもいるし。

 そうそう、リュヒはなんだか純香さんに気に入られてしまったようで、私達が終わった後に「やってあげるって言ってんでしょー。なんで逃げるのよー」と追い回されていた。リュヒはみんなに愛されてるなあ、という共通の感想。

 こうしてリュヒも含めて髪が軽くなった私達は、少しずつの期待を込めて帰宅。玄関先までお出迎えに来てくださったお兄様に「惚れ直した」と言う最上級のお言葉をいただいた。何と言う幸福感。お兄様のためなら、いくらでも努力できる。


(○月22日 月曜日 晴れ)

 雨は昨夜の内に上がり、本日はうって変わって爽やかな晴天。こういう日には「昼食は中庭で」、と言う流れになる。私は席を立つ時にふと思い立ち、後ろの席で大あくびをしていた八ツ田さんに声をかけてみた。「昼食を中庭で一緒にいかが?」と。すると彼女はあくびの途中で止まって呆気に取られ、その後「あー、あたし、針のムシロはゴメンなんで」と苦笑混じりに言って手をひらひらと振った。

 私はその言葉の意味が理解できなかったので、そのまま「どういう意味?」と問いかけた。と、「学園のアイドル達のお相手はあたしにゃ荷が重いわ。羨望だの嫉妬だの、重たい感情はカンベンだわ」と言う答えが返ってきた。

 驚いた。私達はここで、そういうポジションだったのか。これではまるで、お兄様とそっくりのケースだ。共通項を持てた事は嬉しいけど、少し寂しい感情も同時に生まれた。今まで周りに親切で奥ゆかしい人達ばかりがいると心地良さを感じていたものが、それが急によそよそしい物に思えてきた。そんな私の心中を察したのだろう、八ツ田さんは「あんたって世紀の大天才なのに、妙な所で鈍いわね」とカラカラと笑った。違いない。これではお兄様の鈍さに口を尖らせる事ができなくなってしまう。

 中庭の集合場所に行くと、もうそこには姉さんと暦ちゃん、阿亜樹と滝口さんに神薙さんがすでに待っていてくれた。モヤモヤした感情を持ったままだったのがいけなかったのだろう、阿亜樹に「魅霧さん、どうかなさったんですか?表情がなんだか曇っちゃってますけど」と指摘された。この子は時々、妙な所で鋭い。そこで私は、思い切ってさっき八ツ田さんから教わった事をみんなに言ってみた。食事時の話題には、恐らくふさわしくなかっただろうけど。

 みんな目を丸くしていた。ただし、姉さんと暦ちゃんのそれと、阿亜樹と滝口さんと神薙さんのそれとは、大きく意味が異なるものだった。前者は「そうだったの!?」と言うリアクションで、後者は「気付いてなかったんですか!?」と言うリアクションだった。

 しばらくこの話題は続いたのだが、姉さんが「じゃあ三人はそれを知っててあたし達に付き合ってくれてたんだ?」と訊いた。そう言えば。私と暦ちゃんの視線も、阿亜樹達に向けられる。

「だって、得る物の方がずっとずっと大きくて多いですから!」

 阿亜樹は簡単に、笑顔で言った。滝口さんと神薙さんの二人も、普段の彼女達からは珍しく、熱っぽい真剣な表情で頷く。不覚にも胸が熱くなった。それは姉さんと暦ちゃんも同じだったようで、私達は微笑み合い、三人に「ありがとう」と心から言った。

 その後に二毛山さんと花衣ちゃんも合流し、私達はさらにつながりを感じた。数ではない、頭ではずっとわかっていた事だったのに、いつの間にか失念してしまっていたようだ。今日は大切な事を思い出せた一日だった。みんなに感謝を。


(○月23日 火曜日 晴れ)

 今月は商店街でよく見知った顔に出会う事が多い。今日は紳佐しんささん、光晴みはるさん、メイさんと会った。こちらは私達三姉妹とリュヒ。あちらも買い物に来ていたらしく、紳佐さんは全身にショッピングバックをぶら下げていた。いつかの瑛時さんの姿が重なったけど、この人は全然嫌そうな顔をしていないのが大きく違う所。レザーファッションにシルバーアクセサリーに買い物袋、激しく似合わない組み合わせだった。それは誰よりも本人が自覚していたのだろう、「かっこ悪い所を見られちゃいましたねぇ」と苦笑していた。

 そこにすかさず光晴さんが「そんな事ないって!」と、メイさんが「そうそう、こういう所もあるから紳佐はいいんだって!」とフォロー合戦し、左右から火花を散らせる。この三人、家の中でもこんなかんじなのだろうか。女性二人はしょっちゅうケンカばかりしていたりするんだろうか。

「ええ、してますね。日常茶飯事ですよ」

 笑顔のまま、あっさりと紳佐さんは言った。私達にはよく理解できない世界だ。

「うーん、コミュニケーションの一環なんだと思いますよ?そう言えば、絢華ちゃん達が口論している所って見た事がないですね。僕らにとってはそっちの方がよっぽど不思議ですけどね」

「あー、そう言われりゃそうね」と光晴さん。「ホントホント、そっちのが全然スゴイって!」とメイさん。ふーん、やっぱりこの二人、何だかんだ言ってしっかりと連携が取れている。

「じゃあ、僕達はこれで」「またねー」「まったねー!」と言って背を向け、家路へと向かう三人の後ろ姿を、私達はしばらく無言のまま見送っていた。ほんの少しだけ、夕陽の光がまぶしかった。

「兄妹、姉妹だから、なのかな」

 暦ちゃんがポツリと言った。私も姉さんも言葉を返さなかった。兄妹、姉妹だから良い事もあれば、悪い事もある。三つ子だから、というのも。色んな感情が私達の中を渦巻いた。

「帰ろう。にいさんの所へ」

 姉さんが言い、私達は笑顔で大きく大きく頷いた。


(○月24日 水曜日 晴れ)

 私達は言わば、「お兄様過敏症」、もしくは「お兄様先端恐怖症」。お兄様の全てが気になって仕方がない。でも決してお兄様に「わずらわしい」と思われてはいけないので、さりげなく、かつ鋭敏に、目を凝らし、耳を澄ませ、小鼻を動かせる。

 それは家の中でも外でも変わらない。私達の視線は、常にお兄様の視線を追う。お兄様と外出している時、お兄様が何に興味をお持ちになられるか、話を聞き漏らさないようにしながらも、レーダーのようにサーチする。そしてお兄様が「お、これいいなー」とか「これ面白おもしれぇなぁ」なんておっしゃったりすると、我先にとそれを取り入れようとする。

 先日の事、お兄様が珍しくリビングのテレビでアニメのビデオをご観賞中。しかもなぜかエンディングムービーばかりを何度も。と、やおら立ち上がり、突然のダンス。どうやらそのアニメのムービーの中の動きをトレースし、憶えようとしているご様子。当然面食らう私達。おずおずと暦ちゃんが質問する。  「あの……にいさん……何してるの?」

「ん?おお、これか。メイが『これ面白いから観てみてよー』って渡してきたんで観てたんだが、なるほどこりゃよく出来てるな。で、『次会う時までに憶えとく事!』って言われたんで練習中だったわけだ。もう憶えた!」

「へぇー」と低く相づちを打つ三姉妹。次の行動は決まった。お兄様が席を外した後、早速テレビにかじりつく。今お兄様を虜にしているのはこんなタイプの娘か。

「やった!女の子三人の内、二人もショートだよ!」と喜ぶ姉さん。私と暦ちゃんは焦る。残り一人のロングのキャラを二人で取り合うか。しまった、お兄様にどのキャラがタイプなのか訊いておくべきだった。BLAZEに行ったのは日曜日だったし。色んな思考が脳内を打算的に駆け巡る。

 が、「みんな、いまのままで、いい」と言うリュヒの声で我に返った。いけないいけない、お兄様の事になると途端に冷静さを失ってしまう。悪い癖だとは自覚しつつも、お兄様の事だけに、なかなか治る事ではない。実はそんな自分が好きだったりもするのだが。


(○月25日 木曜日 くもり)

 近頃またリュヒの送迎のありがたさを実感している。何と言っても、妙な人達に時間を取られないのが大きい。以前は通学路にはスカウト達や、「これ読んでください!」と手紙を渡してくる人達や、対処に困るプレゼント攻撃をしてくる人達が待ち構えていて、登校はギリギリになるし、下校は遅くなるしで大変だった。お兄様のお名前に傷を付ける事になるので、無碍むげに断る事もなかなか難しかったし。

 それが今ではまさにスイスイ。車窓から横目に、そういう人達をぐんぐん置き去りにして行く。とても快適。ご時世的に学園の警備も日に日に強固になっていくし、私達にとってはかなり過ごし易い学園生活を送れるようになった。これもお兄様のお陰。本当にお兄様のなさる事には間違いがない。

 リュヒを受け入れる事に抵抗があったごくわずかな期間が、今では恥ずかしくなるぐらいだ。今考えてみれば、お兄様の考えに間違いはないのだから、私が真っ先に賛成しておくべきだった。最初は「これ以上お兄様の身の周りに女の子が増えるなんて」と危惧したが、実際の話、男性が来る方が嫌だ。これからはお兄様のアイデアには、一番に賛成票を投じよう。


(○月26日 金曜日 くもり)

 お兄様のお部屋をノックして呼びかけてみても、時々お返事がない事がある。こういう時は大抵の場合、お兄様はお勉強中だ。お返事がないのは聴こえていないからで、それはヘッドフォンで音楽を聴きながらする独自の勉強法を実践なさっているからだ。

 このお兄様独特の「音楽勉強法」は、文字通り音楽を聴きながら勉強する方法で、テストなんかで詰まった時に、「あ、そう言えばこの問題の時にあの曲のあの部分聴いてたなー」と思い出すきっかけになるのだそう。

 私達三姉妹はそれを聞き、早速実践に移したのだけど、姉さんは「音楽の方ばっかり思い出しちゃうよー」とあえなく挫折。かく言う私も相性が良いとはお世辞にも言えない。お兄様と同じ勉強法でさらに上を目指したかったのに、激しく残念だ。

 ここでも上手くいったのが暦ちゃん。「あのやり方のお陰で助かってるよ。好きな曲聴きながら勉強はかどるなんて最高。にいさんってば天才」とご機嫌。悔しい。どうしてこう、暦ちゃんは色んな所がお兄様と似ているのだろう。時々羨ましくて仕方がない。私ももっとお兄様との共通項が欲しい。


(○月27日 土曜日 晴れ)

 今日はとてつもなく幸せな一日だった。……と同時に、激しく自己嫌悪した一日でもあった。

 姉さんが友達に呼ばれ、暦ちゃんがどうしても買わなければいけない物があるとかでリュヒとともに外出。たまたま用事がなかった私は、何とお兄様と二人っきりに!

 ああ、こんな事、一体いつ以来だろう。いつもいつも「お兄様とも二人っきりになったら、あんな事やこんな事を……」と脳裏に描いていたのに、いざその状況になると、身体が緊張してしまって思うように動いてくれない。自分がこんなにも臆病だとは思わなかった。実に陳腐な表現だけど、「このまま時間が止まってくれれば良いのに!」と何度も思った。だって、私がモタモタしている間に姉さん達が帰って来ちゃう。

 ……で実際、私はほとんど何もできなかった訳で。ガチガチになり過ぎて、終始お兄様に「どうした?そんなに堅くなって」とご心配をかける始末。すぐに「ふにゃあ」と蕩けてしまう姉さんが、今日ばかりは少しだけ羨ましかった。

 これはきっと言い訳なんだろうけど、どうしても姉さんと暦ちゃんの顔がチラついてしまい、大胆になりきれなかった。二人は外出前に釘を刺すどころか応援してくれたけど、やっぱり抜け駆けしているような気分になって落ち着かなかった。お兄様は「損な性格してるなあ」と優しく笑ってくださったけど、自分でもそう思った。帰ってきた姉さんと暦ちゃんにも笑われた。

 私達はあまりにも三人でいる事が自然になり過ぎたのかもしれない。今日は本当にもったいない事をしたと思う。できる事ならやり直したい。でも、次こそは!


(○月28日 日曜日 雨)

 今週の日曜日も雨。今週こそはどこかへみんなで出かけようと思っていた私達は、起床とともに肩透かし。仕方なくお兄様の起床まで恨めしげに外を眺めていたのだけど、寝癖だらけで起きてらっしゃったお兄様が、「あー、今日は雨かー。んじゃあ、プールでも行くかー」と眠そうな目をこすりながらの提案に飛びついた。その手があった!さすがお兄様。

 やって来ました室内プール。かなり久し振りな気が。ここは事前に言っておけばスペースごとに貸し切りにできるので、存分に遊べます。もちろん私達は顔パスで即貸し切り。これもオーナー家族の特権。こちらも久し振りにお父様に感謝です。

 そうそう、リュヒはプールを見た事自体が初めてだったので、終始目を丸くして「おー」「ほー」とうなりっぱなしだった。もちろん泳ぐのも初めて。「こんな事なら地下にプールでも作っとくんだったなあ」と、お兄様の弁。……これは近々着工する事になりそう。

 リュヒはお兄様のお見立てによる、かわいい白のセパレートタイプの水着で、最初は子犬のようにおっかなビックリだった。でも、さすがは過酷なゲリラ戦を幾多くぐり抜けてきた歴戦の勇士、飲み込みが非常に早い。さっきまでお兄様の補助付きでバタ足を練習していたと思ったら、もう犬かきでスイスイと泳いでいる。何とも末恐ろしい子だ。そうこうしている内に、一時間くらいでもうクロールが様になってきている。

「おーし、リュヒが恐ろしい上達ぶりで見せつけてる事だし、ここらで水球ならぬ水中バスケでもやるか」

 チーム編成はお兄様&リュヒVS.三姉妹。ハンデという事だけど、いまいち納得できない。お兄様とチームを組みたかった。ならば私と組めば良かったと悔しがらせて見せる!と意気込んでみたものの、何とこの私が足を引っ張ってしまった。気合を入れてビキニを選んだのは完全にミスだった。布地の少なさが仇となるとは。姉さんのようにワンピースか暦ちゃんのように競泳タイプにしておくんだった。結果は10分ハーフの前後半で8:14と我が軍の惨敗。ぜひリベンジの機会をいただきたいものです。

 いささかの消化不良感と無念を抱えつつ、帰宅準備。お兄様に「風邪引かないように髪とかよく乾かしておけよー」とご忠告いただいたにもかかわらず、頭の中を次回の対戦時への作戦シミュレートに大きく割いてしまっていた私は、お兄様の話を真剣に聞いておかなかったという最大の愚を犯し、当然のごとくその罰を受ける事になる。


(○月29日 月曜日 くもり)

 現在時刻は午後11時27分。この日記をベッドの小さな灯かりの下で書いている。お兄様には内緒、内緒。お兄様に見つかってしまうと、またご心配をかける事になる。

 私は今日、本当に久し振りに学校を休んだ。昨日、お兄様にご忠告をいただいたにもかかわらず、風邪を引いてしまったからだ。私、悪い妹だ。熱や咳などは大した事なかったのだが、お兄様の一声には逆らえなかった。もう二度とお兄様の言いつけは破らないと誓う。

 姉さんと暦ちゃんも心配してくれた。お兄様は「今日は大学休んで看病する」とまでおっしゃってくださったのだけど、まさかそこまでご迷惑をかけられないので、大学にはリュヒに強制連行してもらった。その後、リュヒは帰ってからずっと私のそばにいてくれた。実は家に一人になってとても心細かったので、彼女の存在はありがたかった。

 お兄様は今日は講義が午前中だけだったという事で、文字通り飛んで帰って来てくださり、子供の頃以来の子守唄を、横になっている私の頭を撫でながら歌ってくださった。子守唄はやっぱり、ヘヴィメタルのスローバラードアレンジのアカペラだった。お兄様、変わってない。そういえば私達が幼稚舎の頃、「魅霧ちゃん達はどんな音楽を聴くのー?」と先生に質問されて、三人そろって「へびいめたる!」と元気よく答え、先生達の目を丸くさせた事があった。あの時学園に呼び出されたお母様は、それを聞いて職員室で笑い転げ、「あー笑った笑った。あたし笑い過ぎてお腹痛いから帰ります」と言って本当に帰った伝説を残している。

 そして、今日はもう一つ驚く事があった。何とあの八ツ田さんがお見舞いに来てくれた。「やー、重要なプリントとかあったもんでさー。ところで何あのセキュリティ、ここには国家機密でも隠されてんの?」とは彼女の第一声。

 その後も着物姿のリュヒを見てポカーンとしたり、いちいち色んな物に反応して感心していた。「いやー、あんたん、面白いわ。こんなんならもっと早くに訪ねとくんだった」だって。なにやら失礼なのでは?

 そこへお兄様が登場。八ツ田さんに家長らしく挨拶とお礼を述べられた。二三社交的な会話を交わした後、「せっかく友達が来てくれてんだから邪魔しちゃ悪いな」と戻ってしまわれたのが残念。その後八ツ田さんの様子がちょっと不穏だったので、すかさず問いただしてみると、

「うっわー、やっばいわー。あんたのお兄様、やっぱ間近で見ると凄まじい破壊力だわ。『興味ないから』とか言ってゴメンナサイって感じ。やっぱあたし、あんたと友達でいるにはこの家に近付かない方がいいって悟った」

 なんて事を言った。正直過ぎて憎めない人だった。そんな彼女はその後宣言通り、長居しないであっさり帰って行った。リュヒとお兄様はおもてなししようと考えていたらしく、拍子抜けしていたけれど。

 さて、明日の朝にはいつも通り学園に行けるよう、今晩で完全に風邪を治してしまおう。


(○月30日 火曜日 晴れ)

 見事に回復、元気に学園に行ってきた。みんな本気で心配してくれていたようで、驚いてしまった。八ツ田さんによると「あんたがいないだけで昨日は一日お葬式ムードよ」だって。そんな、いくらなんでも大げさな。

 ところで、体調が復活して、思い出した事がある。これは、とても重大な事だ。

 暦ちゃん、育ってた!特に、胸が。明らかに2センチは負けてた!一体いつの間に。食べている物は同じはずなのに。実は隠れて努力を……していないだ、暦ちゃんは。だったらなおさら悔しい。三つ子なのに負けるというのが悔しいのだ。別に璃矩さんやデビアス姉妹や烏家五姉妹に負けていてもそれほど悔しくは……ダメだ、こうして書いていたら本格的に悔しくなってきた。

 私がしよう、隠れた努力を。早速今から!


(○月31日 水曜日 晴れ)

 今月も今日で終わり。どちらかと言うと早かった……かな?

 こうしてまぶたを閉じてみると思い出される、今月あったイベントの数々。お兄様とのお買い物、お兄様との修行、お兄様とのデート、お兄様と二人っきりになったあの日の事、お兄様との――。

 来月も今月のように、いや、今月以上に素敵な一ヶ月になりますように。

 私はもっともっと自分を磨いて、もっともっとお兄様に尽くす。そして、今まで以上にお兄様に愛されたい。それが私達の願い。


<了>

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