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丑が満る刻

筆が…進むだとう…!?

未明―いや、未明というよりは、丑三つ時といった方がしっくりくるような時間だ。

使用人たちの朝は早い。

そのために、本当の未明はすでに城は起きだしている。

使用人と鉢合わせするような状況は避けたかったために、俺たちは早めに城に侵入したのだった。

マリアの情報をもとに、地下へと向かう。

だが、そこにあるのは、倉庫となっており、地下牢など影も形もなかった。


(まぁ、街娘とかさらっているのだし、普通は隠し部屋かな?)


地下倉庫の壁を注意深く叩いてみるが、どの壁も反対に空間がある音はしない。


(入り口から違うのか…割と厄介だな)


俺は、城の見取り図を思い出してみる。


(あるとしたらこの向こう側かな?)


地下室の入り口とは反対側の壁の前に立つ。

壁をたたいた感じには、ほかのところと音の違いはなかったが、構造上この先に空間がないとおかしい。

俺は、分解の魔術を展開し、壁を少しずつ削り取って行った。

30分ほど、そのまま壁を掘り進んでいくと、隣の空間とつながることができた。


(臭!超臭!うわー、吐きそう。これは…血の腐った臭いか…衛生的におわっとるな…)


光源がなく、暗闇が続いていたので、用意していたカンテラに火をともす。

カンテラを手に室内を見回すと、その光景に息をのんだ。

中には三角木馬やアイアンメイデン、針の椅子、締め具、水責めの檻などといった拷問器具はない。

ただ、大きめの樽が数個転がっており、天井には、固定された皮のひもがたされていた。

なにより、目を引くのが、部屋の隅に無造作に捨てられた人の死骸だった。


(腐っているな…これは、奴隷とか行方不明の街娘か?もう個体認識できるほど状態がよくないか…)


もともと、都市レーアに派遣された理由が、多発する行方不明者の捜索だった。

行方不明者のすべてが若い娘であることが理由で、アンドマルク伯爵から直接マリア局長に『吸血鬼の仕業ではないか』と依頼があったらしい。

皇族―国の中心における政治は一枚岩ではない。常に政権争い(戦争ごっこ)を繰り広げている。

そして、マリア局長の所属している―マリア局長を旗頭とする勢力は、この政権争い(戦争ごっこ)において、少数派となっている。

そのために、中立であったアンドマルク伯爵に恩を売る良い機会とマリア局長は、ロアンダールとエンリコという切り札に近いカードをさらっと切ったのだった。


(それでも、犯人は身内でしたーとか、実は本人でしたーとか笑えない冗談だね)


少なくとも、ここまで大っぴらに地下施設を利用している以上、犯人は伯爵夫人。

可能性は高くはないが、伯爵と伯爵夫人の両名である。

既に、この部屋に生きているものはいないため、先ほどから隣の部屋から響く唸り声の方へと向かった。

ドアを開けて入ってみれば、そこには何のひねりもなく、グールががんじがらめに拘束されて、壁に張り付いていた。


(まじで、グールか…。話の通りところどころ肉が欠損して、再生途中だな。あのババアマジで食っているのか…怖ええ。マジで引くわー。ないわー)






俺は、ロアンと別れて、さっそくアンドマルク伯爵の書斎に向かった。

正直、こんな泥棒みたいな真似は、ロアンと違って、苦手なんだが…

だが、この件が、公になって、アンドマルク家が取り潰しになったら、あの局長になにされるかわからない。

さっさと証拠物件を抑えるのが吉だろう。


(それにしてもさっきからずっと探してんだけど、スカンピンてどゆことなの?伯爵はシロかね…あとはロアン頼みかなー。さすがに女性の寝室とか入れないしな…いや!こう考えるんだ。どちらかが失敗してもいいように二人一組(ツーマンセル)で動いている。だが、それはベストを尽くしてからの話だ!俺にとってのベストは、泣く泣く夫人の部屋に行くことだ!ロアンのためにも!そうだ、寝室へいこう!ふふふ)


そう心に悲痛な決意を決めた瞬間に、ドアがきしみを立てて開いた。


「ほう。何か音がするかと思ってきてみれば、鼠がいたか」


扉を開けて入ってきた伯爵は、その手に細身の長剣を持っていた。


(えええええええええ!伯爵かっこいいんだけど!)


「なにを言わないところを見ると、観念したか。では、わが剣の塵となれ」


伯爵はそういうと、剣を構えた。


「いやいやいや。ちょっと待ってくださいよ。私は、マリア局長から使わされた3課所属の諜報員で、エンリコと申します。はい!これ証拠!どうぞ!」


あわてて、伯爵に3課員である証のバッジを見せる。

これは、マリア局長の趣味で採用されたもので、皇族お抱えの細工師の作ったもので早々に偽造はできない。

だが、マリア局長が趣味で作られた以上問題はある。


「これが、3課の証か。たしかに、偽造不可能という話は聞いているが、私には真偽のほどはわからないよ」


(ですよねー)


これである。一般に浸透していないために、証として機能していない。


「だが、この証の真偽はともかく。我が、執務室を荒らす理由を求めよう。それいかんでは、たとえ皇族の犬だったとしても、貴族の誇りをもってして斬る」


(ちょ、プライド高いのはいいんですけど、ここではやめてえええええ!)


「それは、あなたに今回の連続行方不明事件の嫌疑がかかっているからですよ。アンドマルク伯爵殿」


俺も伯爵もそこに人がいることは、声を聴くまで全く気付かなかった。

諜報畑で働いてこの方10年余り、相当危ない橋を渡ってきた自信もあるそんな自分が、ロアンの気配に一切気付かなかった。


「なっ、貴様いつの間にそこに!?」

「ロアーン!ナイス!よくやったあ!」


ロアンは、まるで舞台役者のように優雅に一礼した。


「またお目にかかれて幸いです、伯爵。イヴァン・ヘルムフリート・エンストレーム改め、神殿騎士団、3課所属、ロアンダール・ラドヴィラと申します。この度は、局長の命により連続行方不明事件の解決のためにこの地へ派遣されました」


しゃべり終わると、ロアンは手に持っていた丸いものを放った。

それは、床に転がり、部屋を照らしていたカンテラの光のもとに現れた。


「な…生首…?」

「ええ、よく見ていただければわかると思いますが、犬歯が異様に伸びています。地下牢に死体が残っているので、詳しく調べればわかると思いますが、これはグールの首です。これ以外にも地下牢にて行方不明者らしき死体を確認いたしました」


ロアンは、一歩踏み出す。

それに気圧されるように伯爵は、一歩引いた。


「地下牢の入り口は巧妙に隠されていました。それ故、あなたへの嫌疑は深まったのです。何か弁解はありますか?」

「し…知らん!地下牢など、祖父の代で使用をやめた。入り口は塗り固められていたはずだ。あの存在を知るのは、アンドマルク家の当主以外にはいない」

「本当ですか?それでは、犯人は伯爵本人ということになってしまいますよ。あなたは地下の存在を誰にもしゃべりませんでしたか?たとえば、伯爵夫人とか」

「ば、馬鹿な!妻を疑っているのか!そんなひどいことをするような(ひと)ではない!」


アンドマルク伯爵は、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

そこに先ほどの、沈着冷静で絵にかいたような騎士然とした伯爵はいない。


「その様子では、本当にご存じなかったようですね。伯爵夫人が、最近血をお召しになっていることや血の風呂に入っていらっしゃることを。目的は美容と若返りのためだそうです。信じられない話ですが、何やら実際に若返っているのでしょう?」

「な…何を…ははは、何を言ってるのだね君は…確かに妻は若々しくて美しいが…そんなバカげた話が…」


赤くなったり青くなったり忙しい伯爵を後目にロアンは、静かに首を振った。


「残念ながら事実です。アンドマルク伯爵、念のためにお手をお貸ししていただいてもよろしいでしょうか?」


ロアンは、伯爵の返事も聞かずに伯爵の左手をとった。

実際のところ、神殿騎士団は吸血鬼事件においては、皇族に連なる侯爵家にはなかなか手を出せないが並の貴族を凌駕する権限が与えられている。

そして1課とは違い、皇族の直属の部隊である3課は侯爵家であろうと許可なしに立ち入り検査できるほどである。

伯爵の左手をとると、ロアンはナイフを抜いて、浅い切り傷を引いた。

痛みに伯爵が手を引くが、しっかりと手を固定したロアンはそれを許さない。

左手から零れ落ちる血をしばらく見ていたロアンだが、ハンカチを取り出すと傷口に巻いた。


「申し訳ありません、伯爵。吸血鬼かどうかを調べさせていただきました。あなたは、正真正銘人間です」


吸血鬼は、ほぼ人間と変わらない。

爪が伸びていたり、犬歯が伸びていたりすればわかりやすいが、そうでない場合、わかりやすいのが小さい傷をつけその治癒速度を見ることだ。

吸血鬼なら異常な速度で傷が回復する。


「吸血鬼だと…?馬鹿な」

「我々は、この度の『連続行方不明事件の犯人が吸血鬼ではないか』との依頼のためにここに参りました。そのために、連続行方不明事件の嫌疑がかけられた人物の検査をするのは神殿騎士団として当たり前の行動です。どうかご理解を」


神殿騎士団の強権を発動させてしまえば、伯爵程度では何も言えない。

既に、アンドマルク伯爵はうなだれるだけだった。


「ご理解ありがとうございます。では、もう一人の容疑者の検査に参りましょう。伯爵夫人の部屋までご案内お願いします」

「そんな…妻は…」

「案内できないというのならば、われわれが先導しましょう。伯爵夫人の部屋に着くまでに、覚悟を決めてください」

「どんな覚悟を決めろというのだ…?」

「それは貴族としての覚悟でしょう?そのために、今回、1課ではなく、3課にお話が届いたのでしょう?」


ここで、アンドマルク家が取り潰しになってほしくないのは、当主の伯爵だけではない。

政治的な観点から、マリア局長が、取り潰しを嫌がっている。

そのために、伯爵夫人を病死ないしは事故死とし、今回の連続行方胃不明事件は迷宮入りとする。

いわゆるもみ消しをするから、伯爵に妻を切り捨てろと言っている。

通常ならば、地下牢でグールを飼っていた時点で、お家取潰しクラスの大事件である。


「それならば、貴様らがここに来ていないということにしてもいいんだぞ」


伯爵が、最後のあがきにと唸り声にも似た声でつぶやく。

だが、この脅しは強者でなければ成り立たないことであった。


「あーあー、それはやめときなって。ロアンは、原種殺し(オリジンスレイヤー)だぜ?伯爵んとこの私兵かき集めても返り討ちが落ちさ。それに逃げるならもっと楽さ。そしたら、あんたら完全に政敵いやマフディ教に敵認識されたら終わりですよ。この街もぺんぺん草も残らないでしょうに」


どうあがいても地獄という状況を理解したのか、伯爵は握りしめていた右手の剣を落とした。


「はい。では、伯爵も納得してくれたようなので、移動しましょうか」


ロアンはそういうと、扉を開けて部屋から出て行った。

俺も置いていかれてはかなわないので、急いで後を追う。

伯爵ものろのろと立ち上がり、俺たちの後を歩いてくる。


(だけど、ロアン…それは、“納得”じゃなくて“諦観”っていうんだぜ?)


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