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伯爵夫人

ずっとエンリコさんのターン。

エンリコだとずっと思ってたけど正しい発音はエンリケ?エンリコ?どっちだろう

コンッコンッコン


「どうぞ。開いていますよ」


意外にも伯爵夫人は起きていた。


(起きているとか面倒だな…)


伯爵が追い付いてきたのを確認して、伯爵夫人の部屋の扉を開いた。

伯爵夫人は、窓際に立っていた。

窓から差し込む光は、夫人をてらし、その腕に抱いているものを露わにした。


「使用人…?」


俺はうめいた。想像以上に悪い場面に出くわしたらしい。

その使用人は、昨日、ロアンが情報を仕入れていたマリアだった。

伯爵夫人の腕に抱かれてぐったりとしている。

首筋にははっきりと吸血跡が見える。


「夜分恐れ居入ります。わたくしは、神殿騎士団、3課所属、ロアンダール・ラドヴィラと申します」

「これは、ご丁寧に。私は、アンドマルク家が当主、ベルナールが妻ロメーヌと申します。ふふ、ロアンダール様でしたね、私はてっきりイヴァン・ヘルムフリート・エンストレームという名前かと思いましたわ」


伯爵夫人は、あごから下を血でどす黒く染めながら、歌うようにいった。


「このたびは、偽名でお目どおりしなければならなかったことをお詫びいたします」

「そうね、私も先日のあなたよりも今のあなたの方が好感を持てるわ」


目の前のやり取りを見て、俺も伯爵も呆然としていた。

視覚からも嗅覚からも現在の状況の非日常性を訴えかけている。

にもかかわらずロアンの調子は、まるで久しぶりに会った親戚にあいさつするようだ。


(なんでロアンは、そんなにも平然としてられるんだ!?そこにいるのは間違いなく吸血鬼なんだぞ!?)


「それでは、伯爵夫人につきましては、あなたは使徒ですか?」

「まあ、ぶしつけに失礼な。違いますわ。まさか、あなたは私が吸血鬼だと疑っていますの?」


(いやいやいや、あんたどっからどう見ても吸血鬼じゃないですか!)


「そうですか。なら、あなたはなぜ血を、マリア嬢の血をすすっておられるのですか?」

「これ?ふふ、これはお仕置きよ。あなたに地下牢のことをしゃべったそうじゃない。さっき、この子から地下のグールが殺されていることを聞いたわ。ひどい人ね。あれは私の若返りの秘訣だったのに」

「若返りですか?血に若返りの効果があるなどとは初めて聞きました。いったいどなたがそのようなことをおっしゃったかお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「それではできないわ。だって、あの方の素性を聞かないのというのが約束でしたもの。でも、あの方は教えてくださったわ。血を吸われることの甘美さを。まるでとろけるように甘くて気持ちよかったの」


(素性を聞かないってどれだけ怪しいんだよ!やめろよ。仮にも立場のある人間だろうが、軽々しくそんな人間と会うなよ!)


正直、心の中で激しく突っ込んでいても、声には出せない。

この場を支配しているのは、ロアンと伯爵夫人だ。

まるで、二人を邪魔したらその場で殺されるような緊張感が漂っている。

隣で、伯爵が、膝から崩れ落ちているのを見て、ひとりじゃないって安心感があるのが救いだ。







「血を吸われることが、『快感』ですか…」

「そうよ。そして、あの方は私に血を飲ませてくださったわ。あれはもう甘美なんて、陳腐な言葉では表せないほどの…そう、まるで生まれ変わるかのような。そう素晴らしい時だったわ」


(完全に、使徒契約じゃないか…流れの鬼族がここに?流れってなんだ?人間と生活サイクルが違う鬼族が旅するのは結構しんどいんだがな。だけど、伯爵夫人を使徒にした鬼族が存在することは確かだな。結局、最悪のパターンじゃないかよ)


「先ほどから質問ばかりで申し訳ないのですが、それは、いったいどれくらい前の話ですか?」

「そうね、だいたい半年くらい前だったかしら?今でも鮮明に覚えているわ。あのときに私は目覚めたといっても過言ではないわね」


鬼族によって使徒化された人間は、鬼族からの体液供給が途絶えるとグール化する。

そのスパンはだいたい1年だといわれている。

つまり、1年は使徒化されてから鬼族からの体液供給が無くても血に飢えることはなく、グールとなることもない。


「わかりました。そろそろ最後の質問をいたしましょう。あなたは、夫であるアンドマルク伯爵を愛しておられますか?」

「もちろんよ。私は夫のためにあるわ。夫のためならば死ぬことだって怖くないわ」


それは事実だった。

夫のために、子供を求め、若さを求めた。


「ならば、アンドマルク伯爵のために死んでください」

「はあ?何をおっしゃっているのですか?私は、夫の世継ぎを産む使命がありますわ」


それまで、終始和やかであった、夫人の顔にひびが入る。


「貴女の存在が、伯爵にとって害でしかありません。死んでください。心配せずとも、伯爵には後妻をめとっていただき、その方に世継ぎを作っていただきます」

「世継ぎを生むのは私よ!どこぞの馬の骨とわからない小娘にそんな大役任せられるはずないでしょう」


夫人は、その腕に抱いていた使用人を投げ捨てた。

彼女は、そのまま赤い絨毯に投げ出されて、転がっていく。

その感じから、すでに死後硬直が始まっているのだろう。人間的な柔らか味は感じない。


「いいえ、とんでもない。すでに、貴女が世継ぎを生む方が問題です。素直に、死んでいただけませんか?」

「ふざけないで!」


今まで聞いたことのないような、絶叫。

人間は、これほどの不快音を発することができるのかと感心してしまうほどであった。

そして、その絶叫と共に夫人は爪を長く伸ばし、ロアンに襲いかかっていた。












夫人の攻撃は、ロアンが半身引くことによって空を裂く。

だが、近くにあったベッドのヘリに当たって、虚しく軽い音を室内に響かせる。

夫人の攻撃もそれで終わりではなく、まるで叩きつけるように連続で爪をふるう。

広い部屋ではあるが、さすがに屋内ということだけあって、爪が振るわれるたびに、壁や床、家具といったものが破損していく。

その中を、ロアンは悠々と斬撃を躱していた。

全く反撃もせずに…


(ロアンなら、あの程度の吸血鬼なら一瞬で肩を付けられるはずだ。なにを遊んでいるんだ?)


攻防というよりは、まるで舞踏のような光景は10分程度続いていた。

その間にも、室内には爪の後が刻まれ、数を増やしていった。


(うーん。さっきからロアンの位置が全く変わってないな。余裕すぎるだろ…なにねらってんだ?)


痺れを切らした夫人は、両手を大きく広げて抱え込むように爪を振り下ろした。

ずっと避けるだけだったロアンがやっとアクションを取り出した。

半身になり、よけるように夫人の横に滑り込むと足をひっかけた。

夫人はもともと、身体能力の高さだけで戦っていたので、面白いように転ぶ。

手を投げ出すように転んだ夫人の背中を踏みつけて、ロアンは両手で夫人の頭をがっちりホールドした。


「それでは、おやすみなさい。ミセス、ロメーヌ。あなたに、マフディの愛が有らんことを」


ロアンが、神父のようにそうつぶやくとロアンの両手が淡く光った。


「魔法陣?」


アンドマルク伯爵は驚きにも似たつぶやきを上げた。

この使い勝手の悪い魔法というものはすでに廃れ、魔法を使える人間なんて言うものは変人か吸血鬼しかいない。

だが、こんな思考は長続きしなかった。


「ギャァァアアアアアアアアアアアアアアア」


アンドマルク夫人の口から、今度は割と人間味を帯びた断末魔が零れ落ちたからだ。

その顔にある穴という穴から、赤い血が零れ落ちている。


(魔法で脳を破壊したのか…外傷をできるだけ抑えたのは、この事件を隠すための布石か)


ほとんど不死身だと思われがちな吸血鬼だが、脳の破壊や心臓を杭で貫き一晩ほど放置すれば、死ぬことが確認されている。

だから、吸血鬼との戦いは頭部の破壊、もしくは四肢の切断及び心臓を貫くことが目的になる。









アンドマルク伯爵夫人は、もうピクリとも動かない。

魔法で、脳みそを軽く沸騰してあげたおかげで、タンパクが変性してしまっている。

俺は、夫人の背中に乗せていた足をどかすとアンドマルク伯爵の方へと向かった。


「伯爵…お加減が悪いところを申し訳ありませんが、病に倒れた奥様の死に化粧や葬儀の準備をお急ぎください。ご入り用でしたら、不肖ながら私が神父役を務めさせていただいても構いません」


俺の言葉に、アンドマルク伯爵は蒼白な顔をさらに白くして睨みつけてきた。


(おお、怖い怖い。これが普通の反応ではあるだろうけどね。さっきまで(しとね)を共にしていた妻が、いくら吸血鬼だったとはいえ目の前で殺されたんだしね)


伯爵の隣では、エンリコさんがなぜか呆然とした顔とものすごく物言いたそうな顔を同時にするという器用なまねをしていた。


(俺だって、仕事じゃなきゃこんな肩がこる真似はしたくないんだけどね…というか、そろそろ顔の筋肉引きつりそう)


アンドマルク伯爵は落ちていた肩をさらに落とすと短く『わかった』と答えた。

器用なまねをする二人である。


「ご理解いただけて幸いです。伯爵は、これで奥様の伸びた犬歯と爪を削っておいてください」


俺はそういって、懐から鑢を取り出して、伯爵の前に出した。

伯爵は、それを憎々しげに見つめていたが、意を決したように受け取った。

俺が、いま鬼族であることがばれないように、外見において人間と鬼族の違いはほぼない。

基本的な鬼族と人間との判別方法が、超回復の有無である以上、牙と爪のない死体ならばそれを見分けるすべはない。


「それでは、私とエンリコは、地下牢のかたず片付けに参ります。後のことは、お任せしました」


それだけ言うと、俺はエンリコさんを促して部屋を出て行こうとした。

だが、その背中には、伯爵の苦しげな言葉が投げかけられた。


「ロアンダールといったな…伯爵として…一人の貴族として、わが家の存続に協力してくれたことは感謝する。だがな、私として…ロメーヌの夫として、貴様のことは忘れない。絶対にな」


振り向けば、伯爵は憎悪を瞳にともらせて、睨んでいた。

貴族としては、感謝するが、一個人としては恨むというのだろう。

こんなふうに個人個人の恨みを引き受けていては、きりがない。

俺は、伯爵に向かって深々とお辞儀をした。

そして、できるだけ感情をこめずに弁解をした。


「私は、神殿騎士団です。たとえどんな理由があろうとも、吸血鬼を殲滅することが使命です。それゆえ、奥様が病死したことにつきましてはお悔やみ申し上げますが、謝罪することは許されておりません」


案の定、伯爵はハトが豆鉄砲をもらったような顔になっている。

その顔が、だんだんと気持ち悪いものを見るような目になっていくのが地味に傷つく。

その代り、伯爵の怒りを躱すことに成功したようだ。

多分、神殿騎士団に対して、微妙に的外れな怒りと恐怖を抱いただろうが、俺個人がその怒りを被ることに比べれば問題ない。


「それでは失礼いたします」









―ゴーン ゴーン ゴーン


鐘の音が響く。

空は雲で覆われており、今にも雨が降り出そうとしていた。

人々は喪服に身を包み、中には涙している人もいる。

その集団の先頭では、カソックを身にまとった神父が聖書を片手に死者に対して鎮魂を唱えている。

純白の棺は、美しく。日光を浴びて光り輝いていた。

しかし、病死として処理をされたために、棺の中には焼かれた灰しか入っていない。


「吸血鬼だった証拠を残さず、夫人は病死で処理ね…そしてぴたりとやんだ行方不明事件は迷宮入り。地下の死体は、葬式も出されずに土にかえると」

「あんまり、鬼畜外道みたいに言わないでくださいよ、エンリコさん。彼女たちだって、略式とはいえ僕が葬式やったじゃないですか。それに死者は地に帰るものですよ」


俺とエンリコさんは、少し離れたところで葬式に参加していた。

伯爵は今も泣き崩れており、周囲の人に助けられている。

話を聞けば、本当に仲睦まじい夫婦だったらしい。

あの晩死んだマリアさんも同じ病に倒れたことになり、隣で同じように葬式を上げていた。


「それでも、これにて一件落着ってとこかね。局長の依頼も完璧に守ったし、これは久々に休暇が取れる予感!」

「え…終わってないですよ。まだ、伯爵夫人を吸血鬼にした原種の存在があるじゃないですか。あれがいる限り、似たような事件が起こる可能性があります。原種の行方を引き続き調査する必要がありますよ」

「マジかよ…それはロアンに任せた!」

「無理ですよ。僕は帰ったら別件があるそうで、空いているのはエンリコさんだけですから。それにしても、後味が悪い事件でしたね」

「ああ、俺のハートにも大ダメージだよ。俺の(休暇)が…」

「正直、3課に入った時点で、そんなもの(休暇)なんてあきらめましょうよ」


そのあと、(休暇)がなくなって泣き崩れるエンリコさんを葬儀の参列者が、勘違いをして、ハンカチを貸してくれるのだった。



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