アンドマルク伯爵
やっと、新章をはじめました。
当初はさっさと終わらすつもりでしたが、じっくりでもいいかと思い直し、じっくり進めていくことにしました。
皇都から遠く離れて北東に、アルカノ領がある。
この地域は土地がやせており、作物の生産には向かない。
細々とトウモロコシや小麦、ジャガイモといったものが生産されているぐらいだ。
アルカノ領は東と北を山脈で覆われており、それぞれハイランド山脈、フラカルーグ山脈という。
その山脈には常に雪が積もっており、山越えしてこの地方に入ることはできない。
そのため、この地は北からも東からもの戦火にさらされることもなく平和を保っている。
さらに、山脈は豊富な鉱物資源を有しており、鉱山では多くの奴隷や低賃金労働者が働いている。
そのためか、様々な人が集まる。
鉱物資源の売買を目的とする商人であったり、より質のいい鉱物を求めた鍛冶職人であったりする。
そして、そんな彼らを目的に集まる酒場や娼婦など、アルカノ領における中心都市・レーアは、第二の皇都とまで言われるほど発達していた。
さらに、この1年でこの一体にも鉄道網が敷かれ、この現象に拍車をかけていた。
そのためか、アルカノ領を治める貴族でアンドマルク伯爵は近年珍しく、借金を抱えていない領主の一人だ。
聖パルティア皇国では、貴族の収入は主に、土地に課した税金をとることによって成り立っている。
通行税をとることは禁じられているし、商人や職人に対して所得税をとることができるのは皇族のみとなっている。
そのためか、産業革命以降、商家における収益が以前と比較し格段に増え、国が潤い、相対的に土地からとれる税が減ったために、多くの貴族は借金を抱える羽目になった。
借金を負わなかった貴族は、アンドマルク伯爵のように土地固有の特産に力を入れ、利益を上げたものか、もしくは商売をはじめ成功させたものだ。
逆に、成功話を聞いて、下手に商売に手をだし、首が回らなくなったものもおり、聖パルティア皇国の貴族はこの時期にから急に権威を失墜しだすことになった。
そして、この時期から力を増すことになったのが、皇族と商人になる。
そこで、当たり前のようにおこるのが、皇族と商人の水面下での激しい対立だった。
さまざまな貴族の借金をうけおい、貴族を使って国政に影響を及ぼさんとする商人とそれを排除しようとする皇族。
そんな不健康な関係が瓦解したのは2年ほど前のことだった。
それまでは、鳴かず飛ばさずで、多くの商会の陰に埋もれていたクルール商会が彗星のごとく表舞台に現れた。
クルール商会は、新しい鉄道技術と全く未知の薬と共に新しい医療技術を携えていた。
不治の病に侵されていた皇族を救ったという事実を持って、皇族御用達の商人となる。
その後が凄まじかった。
皇都の商会によって足を引っ張られはしたが、それすらも意に介さないほど、クルール商会の底は深い。
皇都にこもる商会に気にせず、聖パルティア皇国全土に勢力を広げていった。
それも鉄道網というおまけつきで。
それまで、皇都だけの産業革命であったものが、国中に広まったのも、クルール商会の功績といえよう。
来年にも、北にあるディアリス王国、スプレクス公国、アスキニス国の3国へ進出するために、各国の貴族や王族と折衝を始めているという。
一体どうしたら、そんな伝手ができるのかうらやましくて仕方がない。
私の領地にも彼らは、進出してきている。
眼下に広がるレーアの町にも、彼らの商会と宿がある。
その宿には、あのエンストレーム侯爵の三男坊が泊まっているはずだ。
先ほど会っては見たが、全く何しに来たのかわからなかった。
見た目は平凡。ありていに言えば、毒にも薬にもならないような俗物。
それでいて、快楽には忠実。
三男坊であったからよかったものの、あんな男が次期当主であったら、エンストレーム候も先がなかっただろう。
あの男は、私の妻の使用人を見染めて一晩貸せと横柄に言ってきた。
身分の事もあり強く出られない私は、それを受け入れるしかなかった。本人がまんざらではないのがせめてもの救いだろう。
あの男は、その身が破滅するまで気づかないだろう。もうすでに、貴族の世が終わりを迎えていることを…
「考え事ですか?アンドマルク伯爵様」
振り返るとそこには愛しい妻がいる。
彼女は40に手が届きそうな歳であるにもかかわらず、いまだ20代のように若々しく美しい。
その美しさは今夜のような月夜にはますます磨きがかかっている。
「あの男に連れていかれた使用人のことをな…あれでよかったのだろうか?」
妻は、私の腕をとり自分の腕をからませてくる。
年甲斐もなくそのしぐさに、興奮を覚える。
「いいのですよ。あの子も乗り気でしたから、楽しんでくるでしょう。それよりもさあ…」
私は、妻に手を取られながら、ふらふらと寝室に向かっていった。
アルカノ領、都市・レーアにある宿、というよりはすでにホテルといっていい規模だろう。
そのクルール商会のもつ高級宿のスイーツにはむせ返るような汗と愛液のおいで充満していた。
そこには絡み合う一組の男女がいる。
「いかがでしたか、イヴァン様」
「ああ、すごく良かったよ。マリア…はむっ…ん」
「「ジュル…はむ…あぁ…」」
唇をかわす。
イヴァン・ヘルムフリート・エンストレームそれが、今の俺の名前。エンストレーム侯爵の三男坊ということになっている。
「満足してもらえたみたいでよかったです。うちに来る方は、みんな奥様の事ばっかり…もう」
「あの方は、歳に似合わず、若々しいな。あれで本当に38になるのかい?」
「でも、狂っているわ。あんなの…」
「狂っている?女性は、美しくあることへの執念は恐ろしいものがあるからね」
「そんなかわいいものではありません!あんな…口に出すのもおぞましい…」
「詳しく聞きたいな」
イヴァンはマリアを見上げた。
いや、マリアがイヴァンに馬乗りになっているために、必然的にそうなるだけだが。
そこには、プルンとはじける双丘がある。
マリアは今年で、22になる。
この国では、いわゆる行き遅れというものに該当する。
「秘密だから誰にも言わないでくださいね」
マリアはそういって話を始めた。
その顔には、秘密を持つものの優越感と秘密をばらすことの背徳感がうきでていた。
「奥様は、血液をおたしなみになるのです。初めは、奴隷の血を搾り取っていたのですが、最近は街娘や…あんなおぞましいものまで…」
「血を飲む?吸血鬼みたいにちゅっちゅするのかい?」
「もう、イヴァン様は私の話を信じていないのですね」
「そんなことはないさ。マリアは嘘を言ってないよ」
イヴァンはそういうと、マリアの乳首に吸い付いた。
「んぁ…イヴァン様ずるいです。それに奥様は、血を召し上がるだけじゃないのですよ。処女の血を浴びるといいとおっしゃって、血の風呂にはいったりするのですよ」
「そういった、伝説や伝承はきいたことがあるね」
「えっ本当なのですか?」
「いや、迷信だよ。血を浴びたところで若返ることもないよ」
「でも、奥様は、最近すごく若返ってきたのですよ」
「ふ~ん。そういえば、さっき言っていた『おぞましいもの』って何?」
「絶対に誰にも言わないでくださいね…」
マリアはそう前置きをして、小声でイヴァンに告げた。
それは、おびえるウサギの様でもあった。
「奥様は、グールの血肉を召し上がっておられるのです」
翌日、マリアは、クルール商会の用意した馬車によって、レーアの中心にある城へ送り返された。
イヴァンは彼女を見送った後に、貴族の着るような服から平民の服に着替えた。
それでも、その平民の服は、ホテルに合わせ仕立てもよく高級なものではあった。
イヴァンは食堂に降りる途中で、ホテルのオーナーに部屋を引き払うように告げ、新しい部屋を用意してもらった。
イヴァンが食堂に着くと、ツレは先にテーブルについていた。
「いよう、ロアン。首尾はどうだい?」
「おはようございます、エンリコさん。残念なことにばっちりですね」
俺は、イヴァンの仮面を外して、捨て去った。
「まじかー。こっちは、ブタだっていうのに。てことは、犯人はアンドマルク伯爵でいいのか?」
「どちらかというと、アンドマルク伯爵夫人の方ですね。しかも、この件、本物の吸血鬼がかかわっている可能性が高いです」
「うへー。勘弁してくれよほんとに。もしかして、原種まで出てくるとかないよな」
「わかりません。ですが、原種は数が少ないので、そこまで可能性は高くないと思いますが…」
「まあな、原種がベルッセンの半島に引っ込んでいてくれるからほんと助かるよ。あいつらがこぞって攻めてくるって考えたら、ぞっとしねえな」
俺たちは、朝食が運ばれてきたために一時会話を中断する。
ウェイターが去って行ったのを見届けると、食事をしながら会話を続ける。
「吸血鬼は日中になると、何も力はありませんから、そこまで侵略能力はありませんよ。ベルッセンに引きこもっているのも、興味がないというよりは出られないといった方が正しいでしょう」
「あー、なんだっけ。日中は無力になるからって、ベルッセンに攻め込もうって言い出した馬鹿がいるらしいな。議会では、即効棄却されたみちだけどな」
「それはちょっと…僕は遠慮させてもらいますよ」
「まあ、そうだよな。レミーガのおっさんも鼻で笑うだけで取り合わなかったって言うし。原種殺しのお二人さんに相手にされなきゃあきらめるだろ」
「その恥ずかしい呼び方はやめてください。そんなことは、いいのでこれからのことを決めましょう」
「決めるって言っても、3課の局長に『くれぐれもアンドマルク伯爵のことをよろしく』って言われているんだろ。応援とか、呼べないし、3課の実戦部隊に任せるのはもっと駄目だ」
「ええ、あの人たちは無駄に派手ですからね」
俺は、3課所属の対吸血鬼戦闘のお二方のことを思い出す。
片方は、長髪のブロンドヘアーをもついわゆる美男子。
そして、もう片方は妙齢のレディーだが、実年齢は…げふんげふん
二人とも見た目は美女美男子なのだが、その実力はレミーガさんに勝らずとも劣らずといったところらしい。
だが、たちが悪いことに、堅実なレミーガさんとは対照的に、派手好きの二人なのだ。
隠密作戦にも向かないし、今回のようなデリケートな問題にはもっと駄目だ。
「それだと、僕とエンリコさんでどうにかするしかないですね」
「そうなるよな…それじゃ、戦闘はロアンに任した!」
「ええ、エンリコさんはその間に、めぼしい資料の収集をお願いします。グールは、地下牢に閉じ込められているという話なので、それを処理した後に、伯爵の所に向かいます」
「それじゃあ、動きやすいように明け方を狙うか」
そういって、俺とエンリコさんは、明日未明に伯爵の城に侵入する準備に向かっていった。




