2-3 世話係として働き始めました。
2-3 世話係として働き始めました。
「――い」
俺は、夢を見ている。
ふわっふわな雲の上で、花屋のミレイユさん、パン屋の娘のルチアちゃん、お色気たっぷりヴィオラさんなど、街で有名な美人さんたちに囲まれている。
うわあ、眼福。
蕩けそうな笑顔でミレイユさんが笑い掛けてくれて、ルチアちゃんは膝枕なんかしてくれちゃって、ヴィオラさんがパンを口許まで運んで食べさせてくれる。まるで王族にでもなったかのような幸せな心地だ。
「おい」
ああ、もうずっと、醒めなければいいのに……。
「おい!」
「いって!」
上から降ってくる野太い声は聞こえない振りをして布団を抱き締めていたのに、思い切り頬を抓られて思わず声を出した。
飛び起きて目の前を見ると、じとっと半眼でこちらを見つめるどえらい美形の顔があった。
「お。おはよーございます……?」
「世話係が俺より遅く起きてどうする」
「えっ」
「俺を起こすのも仕事だろう」
「えー、だってー」
「だって?」
「ベッドがふかふかで気持ちよかったんすもんー」
こんなの、一般人の家ではお目に掛かれない代物だ。
羽毛で出来た布団をぎゅっと抱き締めて言うと、王子様――セシルが、うっと言葉を詰まらせた。
「そ、そうか」
「そうー。熟睡しちゃった」
いい夢も見られました、とは言わないけど。
「まあまあ、明日からはがんばりますよ」
「いや」
「ん?」
「いや、いい」
「へ?」
「気が済むまで寝てろ」
えー? どういうこと?
気難しい王子様の要望に首を捻りつつ、腹をかいて欠伸をして、とりあえず起き始める俺だ。
えーと、最初の仕事はなんだっけ。
王子を起こして、それで……。
自室ではあんなに横暴な王子サマなのに、王室では凛と澄ました超絶麗しいお姫サマになっているのは、素直にすごいと思う。
セシルに起こされた後は、二人分の朝食を厨房から持って来て、一緒に食べた。
王子と同じ食事を摂るのは申し訳ないけれど、王子の指定なのだと料理人たちが言っていた。
何不自由させない、のうちの一つが、食事なのかもしれない。
今まで食べた中で一番美味しく豪華な朝食を味わって、その後は、「公務があるから着替えを手伝え」と言われ、王子が姫になる瞬間のお手伝いをさせていただいた。
メイドと違って不器用だとか文句を言われながらも背中のリボンを結んだり、付け毛の長いブロンドヘアを梳かしてアクセサリーを着けたりと、献身的に世話をした、つもりだ。
化粧は慣れた手つきで自分でこなしていた。さすがだ。
今日からは俺も王室で控えていて良いことになり、一番端の壁側に立っている。
立つだけなのに、妙に緊張する。
ただの世話係だが、「おまえも服をちゃんとしろ」と言われて、白いシャツに黒い燕尾服を着させられている。
長い髪も整えられ、赤いリボンで一つに結ばれている。前髪も上げられて、額が全部出ていて落ち着かない。
早く終わんないかなあ。
俯いて欠伸を噛み殺していると、階段の上にいる王子――姫様から睨まれた気がして、はっとして顔を上げる。
「どうかね、様子は」
「はっ」
王が尋ねると、騎士団長が膝をついて答える。
一礼してから、しっかりと顔を上げた騎士団長は、俺をいつでも殺す準備が出来ているあの人だ。
思い出して背筋が震えた。
「現在、隣町に着いたという情報が入っています」
「では、明日には到着するだろうな」
「そのようかと」
「ふうむ……。隣国からの来賓だ、丁重にもてなすよう、皆にも協力を仰いでくれ」
「はっ、承知いたしました」
誰かお客さんが来るってこと?
恭しく頭を下げる騎士団一同を見て首を捻る。
「失礼いたします」
踵を返す騎士団の中にクリスを見つけたから小さく手を振ってみたけれど、目が合ってすぐに顔を逸らされてしまった。
ちぇー。
「ラグネシア王国の王子一行が来るんだと」
自室に戻った途端、付け毛を外して、低い声でそう言う王子は、大変行儀が悪い。
背中を向けて来るのは、ドレスのリボンを外せということだろう。
リボンの結び目を外すと、大きく息を吐いて、セシルはドレスを脱ぎ捨てた。
「なにしに?」
ドレスを拾い上げながら尋ねると、セシルは俺を見た。
「視察だろ。発展途上の国だが、騎士団や軍に力を入れている。うちの騎士団を見たいんじゃないか」
「えー。戦争とかなる?」
「そう簡単になるかよ」
一般市民の心配を、この王子は、鼻で笑いやがった。
クローゼットを開いて、今日着たドレスをハンガーに掛けてしまう。
何種類も並ぶドレスはどれも良い生地で出来ていて、感心した。
妹にも着せてやりたいな……。
「ただ、関係を悪くしないに越したことはない。だから慎重になってんだろ」
「国交ってやつ? おつかれさまです」
「俺は黙って座ってるだけだけどな」
下着姿で、椅子に足を組んで座っている短髪の王子サマじゃなく、麗しいドレスを着こなした寡黙なお姫サマなら、座っているだけで価値があると思う。
今日の王室での姿を思い出して、内心で呟く。
口に出しては言わねーけど!
「えっ。俺はなんかすることあります?」
「今日みたいに黙って立ってりゃいい」
「えー。あれ結構苦痛なんすけど」
「欠伸した挙句騎士団に手振ってたな」
げっ、しっかり見られてたし。
「め、目ェいいんすね?」
「まあな。来賓が来るときは気をつけろ」
「はあーい……」
まさか、クリスに手を振って無視されるところまで見られていたとは。
この王子、抜け目がない。
「はい?」
感心していると、立ち上がったセシルが、閉めたクローゼットを背に立つ俺の前に立った。
俺はまだ着替えていない。
髪も上げたままで落ち着かなくて、許されるなら早く部屋着に着替えたい。
「悪くねえな」
ふっと口端を上げて笑ったセシルが、俺の頬を撫でてそう言った。
どういう意味っすか。
「明日からは自分でこの格好が出来るようになれ」
「えっ」
「文句あるのか」
「落ち着かないっす」
「慣れろ」
「横暴!!」
俺は普段のゆるふわスタイルが気に入ってるのにいー。
毎日燕尾服で髪を上げていないといけないなんて、息が詰まる。
「休みの日は自由でいいですか!」
俺が要望を告げると、セシルはきょとんとして瞬いた。長い睫毛が揺れる。
「休みなんてねえだろ」
「横暴すぎる!!!」
当たり前のように言われて、大きな声で反発した。
俺の自由は、どこ行った!?




