9
その九
和泉さんはこの作業を成就させたので、すっかり安心していた。あしたのいまごろには当局がなにかしらの対応をしてくれると完全に信じているのであった。
「軍の戦艦で迎えにきてくれるかもしれないわ」
ぼくはサンマとイワシの甘露煮をつくると、住まいのまえから走りはじめる最短コースでのジョギングを五キロほどおこない、そして風呂に入った。
和泉さんにきくと、和泉さんも入浴したいとのことであった。
「どうぞどうぞ」
「すいません」
ぼくがジョギングしているあいだに和泉さんは何品か料理をつくってくれていた。どれも酒飲みが好むつまみである。
風呂からやがてあがってきた和泉さんにだからぼくは酒を勧めてみる。すると、
「いただきます」
と「くらのすけ」を大きめのマグカップになみなみと注いでいた。やはりイケる口のようだ。
「あしたになれば『蔵だより』の大きいパックも手に入りますよ、新倉さん」
「そうなるといいですね」
和泉さんはあす飛行船が迎えにきたら、先ほど魚を焼いたあたりに着陸してもいいですかときいてきた。ぼくはかまわないですよと義理でこたえたけれど、まずあの方法では当局に情報は届かないだろうと思われる(魚がなくなると、もう用はないという感じでさっさとどこかへ散っていったあの猫たちが、わざわざそんな面倒な作業をおこなってくれるはずがない)。
スマホが振動した。義姉からの電話だった。和泉さんに断ったのちに出てみる。
「もしもし」
「あっ、三千世くん、ごめんね、晩酌やってた?」
「やってたけど、いいですよ」
「あのね、お義父さんからの伝言なんだけどね、三千世くん、このあいだ旅館に行ってくれって、お義父さんに頼まれたの?」
「ええ」
「それがね、しばらく延期になったそうよ」
「なんかあったんですか」
「旅館の周辺にクマが出たみたいなの」
「島なのに」
「泳いできたみたい」
「すごいな……なんか隣の県でもクマの被害があったみたいですね。試食スター氏がいってましたよ」
「今年はクマの食料になるようなものが全体的に不作なんだって。怖いわね」
「そうですね」
ぼくは電話を切った。
「クマが出たんで、〝ミック・タイガー〟が延期になりましたよ」
「なんですか? そのミック・タイガーって」
ぼくはミック・タイガーのダンスを和泉さんに披露する。
「ミック・ジャガーのことですね」
「知ってるんですね」
「ええ。ピーチオーレでもストーンズは人気ですから。ビートルズも」
「ああ、そうなんですか」
和泉さんはこのあと祖国の話をいろいろしてくれた。ぜんたい的にピーチオーレ帝国は景気が良さそうであった。つまみが充実していたためについつい酒を七合くらい飲んでしまい、後半はあまりちゃんときいていなかったけれど、いくさだか内戦みたいなことも、たまにやっているようであった。
「わたし、後片付けやりますよ」
「それじゃ、わるいですよ」
「やらせてくれなかったら、『蔵だより』買ってきてあげませんよ」
「あはははは。それじゃあ、お願いしようかな」
和泉さんが後片付けをしてくれているあいだにぼくは大伯母の仏壇がある三畳のほうに自分の布団を移し、いつも寝室にしている四畳半のほうに和泉さん用の布団を敷いた。




