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その十
大伯母の仏壇が置いてある三畳間にはエアコンがない。だからゆうべのぼくは窓を開けて寝たのである。客人にたいする思いやりである。
「まだ蚊いるよな……」
寝るまえにぼくはちょっとこんなこともかんがえたが、網戸用の虫よけ剤が効いていたのか、ほとんど蚊は部屋に入ってこなかった。
枕元に用意しておいたかゆみ止めの薬もおかげさまでぜんぜん使わなかったのである。
しかしちょっと妙なことはあった。
もしかしたら寝ぼけていたのかもしれないけれど、夜中に一度目が覚めたとき、窓の外に昼間に遭遇したあのロボット犬のけはいを感じたのである。
朝飯のときにぼくはそのことを和泉さんに話したのだが、和泉さんはロボット犬にはあいかわらず無関心であった。
食べるだけ食べてさっさと散っていった例の猫たちのうちのどれかが当局に知らせてくれていると信じているのである。
「午後には飛行船が迎えにくると思うので、わたし午前中にクリーニング屋さんに制服取ってきちゃいますね」
ぼくのほうは午前中もよりの電気量販店に行く予定である。エアコンをつけることまではしないけれど、冷たい風が出るような、ちょっと高級な扇風機みたいなやつを買おうと思っているのだ。さすがに連日窓を開けて寝るのは物騒だろう。
九時をすぎるのを待って実家に行く。九時まえだと親父がまだ家にいるかもしれないからである。義姉は肌掛け布団を干していた。
「義姉さん、おはよう」
「あら、朝からめずらしいわね」
「きょう出かけますか?」
「出かけるけど、クルマは空いてるわよ」
「どこ行くんですか?」
「友だちと遊びに行くの。クルマって、またお酒探しに行くの」
「いいえ、電気屋に行くんですよ。冷たい風が出る変な扇風機みたいなやつ買おうと思って」
「ダイソンのやつ、わたしもってるわよ」
「え! ホントですか?」
「うん。だけどエアコンの代わりにはならないわよ」
「でもほら、九月も半ばを過ぎれば、もうちょっと涼しくなるだろうし」
「貸してあげようか」
「使ってないんですか?」
「うん。今年の夏もほとんど使わなかったの。冷房と扇風機の組み合わせのほうがけっきょくちょうどいいんだもん」
「じゃあ貸してください。よかったぁ。あれけっこう、値段もいいもんね」
「いまもってきてあげるね」
義姉は部屋にさがっていったが、スマホで、
「そんなこといったって、わたしだってわからないよぉ」
としゃべりながら庭にまた出てきた。
「三千世くん、機械くわしいよね」
「ん?」
「ウチのお父さんちのテレビ、今朝からぜんぜん映らないんだって」
義姉さんがいった〝ウチのお父さん〟とは義姉の実父のことである。
三年まえにお母さんのほうは他界しているので、現在は一人で暮らしている。たしかまだ、それほど高齢ではないはずである。
きょうの義姉は友だちと出かけるからだろう、お父さん邸に行くのをなんだかんだ理由をつけて渋っていた。
ここはひと肌脱いでおいたほうがいいだろう。義姉とはいつも持ちつ持たれつなのである。
そんなわけでぼくは、
「テレビの様子、見に行ってもいいですよ」
と助け舟を出してあげた。
義姉は片手で「ごめんね」というしぐさをしながら、
「三千世くんがテレビみてくれるって」
と実のお父さんにさっそく告げていた。




