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その十一
義姉のクルマで藤原邸におもむく。藤原とは義姉の旧姓である。チャイムを押すと義姉の実父は奥から、
「開いてるよぉ」
と大声でいってきた。
「失礼しまーす」
「わるいね、三千世さん」
「いえいえ、どのテレビですか?」
「こっち」
映らないというテレビはたぶん五十インチくらいあるやつだった。
とりあえずぼくは電源を入れてみる。ランプが赤から緑に変わったが、なるほどたしかにいつまでたっても画面は真っ黒のままだった。
「ね、映らないでしょ」
「ええ」
しかし映らない原因はすぐにわかった。ただ単に入力がいわゆる〝2〟になっていたのである。ぼくは入力を〝テレビ〟に切り替える。
「おっ、映った!」
「おとうさん、きっとこのボタンを間違えて押しちゃったんですよ」
「ふむふむ」
「だから今度また映らなくなったら、この緑のボタンを押してください。じゃなかったらNHKとか日テレとか、てきとうに押してもいいですね。好きなチャンネル押せば切り替わりますから」
「うんうん、はいはい、わかりました」
義姉の実父はこの説明をほとんどきいていなかったけれど、テレビが壊れていたわけではなかったので、とりあえずぼくはホッとしていた。
もしテレビ自体が壊れていたら、十中八九量販店への出向も頼まれるだろうと思っていたからである。
「じゃあ、ぼくはこれで失礼します」
「お茶くらい、飲んでってよ」
義姉の実父氏はぼくを引き止めてお茶を出してくれた。お茶といってもリポビタンみたいなちっちゃいビンの栄養剤だ。ぼくは蓋を取って一気にグイッとやる。
「これ見てくれよ」
義姉の実父は写真が趣味である。
先にぼくは近所の公園について記したが、その公園で実父氏が写真を撮っているのを目撃したこともあった(そのときは野鳥を撮っているようだったので、ぼくは声をかけなかった)。
義姉の実父氏は例によって自分が撮ったお気に入りの写真をつぎつぎとぼくにみせてきた。
おそらくこの写真解説は一時間以上つづくだろう。ここはサービス精神を発動させて、どうにか乗り切らなければならない。
「辛抱である……忍耐である……」
その後二時間以上こう自分にいいきかせていると、やがて誰かがチャイムを押してくれた。
このタイミングを逃してはならない。ぼくはこの来客と入れ替わるようにすみやかにお暇しようと決意した。
「はーい」
実父氏は玄関の引き戸を開けた。
チャイムを押してくれたのは宅配サービスをしているどこかのスーパーのスタッフだった。実父氏はその人から野菜だとか飲み物だとかを受け取る。
宅配をしているスタッフは若い娘だったけれど、愛想がなく態度も横柄だった。
髪の毛の色も緑である。しかもお目目にも髪とおなじエメラルドグリーンのカラーコンタクトを入れている。
ぼくはそのエメラルドグリーンの娘に、
「ねえ、お姉さん、『蔵だより』の三リットルパックある?」
と試しにきいてみる。態度はなっていなかったけれど、容姿が地元洋菓子屋のローカルコマーシャルに出ている「まりんちゃん」にちょっと似ていたからである。
「『蔵だより』はない。『蔵そだち』ならあるけどな」
エメラルドグリーンの娘は、やはりぶっきらぼうにこうこたえた。




