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その七十五
自転車で〈川中島〉に向かいながら、ぼくはかつてライバルと繰り広げた五度におよぶ人気作品奪取の戦いを思いだしていた。
それはまさに死闘であった。相手は金と時間を、ぼくは愛と信頼を失った。
それでもわれわれは戦いをやめなかった。サッカーで国中がテレビに釘付けになっていたときに店におもむくと、ライバルも店にあらわれた。双方の渇望の度合いがよくわかる逸話である。
「やるな」
「おまえもな」
最後にはお互いの力量を認め合い、敬意を表すようになった。
こんにちではもう、あのような戦いを繰り広げることはない。ストリーミングの時代になったからである。
ぼくはあの世界にふたたび飛び込んでいくのだと思った。武者震いである。
「エイ、エイ、オー!」
しかしぼくは店のまえで思わず怯んでしまった。当時のように勇猛果敢に店内に突入することができなかったのである。
「なんだろう、ここは……」
店の看板は「アブノーマルな服を着て踊り狂う所」と謳ってあった。危険な雰囲気が漂っている。漂いまくっている。
「またなんか、ザ・ムー原人みたいなの出てきそうだな……ヤバそうだな、これは」
とりあえずぼくはいったん自宅に撤退することにした。この戦いは陣営を整えてからでないとエライことになりそうだ。
陣屋にもどったら、まず腹ごしらえである。
ほんらいであれば湯漬けを豪快にかっこむべきなのだろうが、けっきょく予定通り、今朝茹でた卵でサンドイッチをつくって食べた。サンドイッチと甘酒入りの牛乳である。
和泉さんにメールを送ろうかとも思ったが、和泉さんはいまだ見つからない祖国の王子を現在も捜しつづけているので、やめておくことにした。
「きっと忙しいだろう――こんなこと頼めないな」
ぐずぐずしていると、アンダーソンさんからメールが届く。干し柿国の将軍は予算を追加してくれたとのことであった。ぼくは晩酌に誘ってみる。
「仕切り直しね」
即リプである。今晩六時ごろ、こちらに来るという。
「よし、とりあえずアンダーソンさんに、なにか秘策を探してもらおう」
まえにも記しているが、アンダーソンさんはチュツオーラ百科事典をすらすら読めるのである。
さて、そのチュツオーラからの来客である。
午後の二時ごろ、チュツオーラ製菓の部長さんが旧大伯母邸をたずねてきた。
「お忙しいところ、とつぜん失礼いたします」
「はい」
「わたくしは竹膳藤吉郎というものでございます」
「はい」
「このたびは定期コースのお申し込み、たいへんありがとうございます」
「こちらこそ、試供品、何回もいただいちゃって」
「いえいえ、わたくしどもも、じつは必死だったんですよ。なにしろ〝エイモス〟の腕時計をもっている方は、新倉様だけですから」
「はあ」
竹膳氏はそんなぼくに、
「これを機に、どうか我が社の特別顧問になってください」
とあたまをさげてくる。
「特別顧問て、大伯母もやってたやつですか?」
「そうです」
「いったい、なにをすればいいのですか」
「今後我が社はちがう時空のちがう国に積極的に商品を売りたいとかんがえております。そのさい助言をしていただきたいんです」
「たいした助言はできませんよ。パッケージとか値段とかにたいして、素人目線でちょこっとなにかいうくらいのもんですよ」
「それでかまいません。新倉様になにかをいっていただくことが重要なんです」
ずいぶん買いかぶられたものである。でもまあ、これは引き受けてもいいのかもしれない。うまいとかまずいとか、高いとか安いとか、そんなことをいうだけで役職がつくのなら断ることもないという気がする。
「女子に職業きかれたときにも都合がいいしな……」
そんなわけで、ぼくは竹膳氏とアドレスの交換をした。




