72
その七十二
山城さんに、
「なにか食べたいものありますか?」
ときくと、例によって甘いたまご焼きをまたぞろ希望してきたので、ぼくは台所に立ってちゃちゃっと、つくってあげた。
「はい、どうぞ」
「すいません」
「シュゾンちゃん、何かいってましたか」
「タクシーに乗ってるとき、あしたから日本酒飲めるように練習するって、いってました」
「べつにサワーでも、いいんだけどな。飲めれば」
「あと、イカの塩辛でちびちび飲んで本物の酒飲みになるともいってたかな」
「あはははは。あの子はあんがいだいじょうぶかな――」
「ピカチューくんと交際してたんですか? あの子」
「みたいですよ」
「ピカチューくんと付き合った女の子は、別れるとけっこうみんな暗くなっちゃいますもんね」
一時間ほどで山城さんは帰ることとなった。迎えも今夜はなぜか実母である。
ぼくはおもてに出て山城さんのお母さんにちょっとあいさつした。
「ねえ新倉くん、拓也にきいたんだけど、ホントにそんな方法でディープステートは世界をコントロールしてるの」
「連中なら、やりかねないですよ」
ぼくはてきとうに調子を合わせておいた。
「ディープステートがパッケージ違いのおなじお酒を世の中に出してるのって、どんな攻撃なの?」
「力を見せつけてるわけですよ」
「ああ、〝なんでもできるぞ〟って感じ?」
「そうそう」
「恐ろしいわね」
さて、ぼくにとってはディープステートよりもこの男のほうが、よっぽど恐ろしいかもしれない。これは翌朝のことである。
「もしもし」
「あっ、おはようございます」
ピカチューくんからの電話である。
「そっちにシュゾン行ってますか」
「いま?」
「ええ」
「いまはいないよ。こないだウチで飲み会やったけどな」
「なんかあいつ、ゆうべ帰ってこなかったらしいんですよ」
「へー」
「それでシュゾンの親から電話かかってきましてね」
「そっちに行ってないかって」
「そうそう」
「おまえ責任もって捜せよ。きっと、なんとなく帰りたくなくて、ネットカフェとかに泊まってるんだろ」
「向こうの親も責任がどうのこうのっていってきたから、おれ、シュゾンは新倉さんていう人の塾にあずけたって、いっちゃったんですよ」
「塾ってなんだよ、おまえ、なに変なこと、いってんだ」
「それで向こうの親、連絡先教えてくれっていうから、おれ、教えちゃいましたからね、先輩の携帯とか」
「ピカチュー! おまえ悪魔か!」
「あはははは。まあ、そういうことなんで、そのうち連絡来ると思いますけど、調子合わせておいてくださいね」
「ふざけんな」
「調子合わせるの得意じゃないですか、三千世殿は」
たしかにわたくし新倉三千世は、調子合わせるの得意系小柄女子大好き紳士ではある。ゆうべも山城さんに調子を合わせて、ぼく自身もディープステートの仕業だと信じているふりを山城母にしていたのだ。返す言葉もない。
けっきょくぼくは、
「頼りにしてますよ」
というピカチューくんにたいし、なんとかするよ、とこたえて電話を切った。




