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その七十一
笠戸さんが帰ったあと、さっそくぼくは定期コースに申し込んだ。
「これでよし」
そして買い物に出る。
ぼくは〈お気に召すままーと〉へ行き、野菜や卵や牛乳などを補充する。
店内の横っちょにあるクリーニング店でパートしている色気のある人妻はきょうはシフトに入っていなかった。
公表するのが遅れてしまったが、この人妻さんにたいするぼくの情熱はかなり冷めてしまっている。
それはチロルチョコが原因である。
すでに記させていただいているが、ぼくは冬にコートを出しに行ったとき、こちらの人妻さんに、若尾ふみ似の春代さんからいただいたお菓子の詰め合わせをあげた。
コートを取りに行くと、そのお返しだと思うが、チロルチョコを一つ、人妻さんはくれたのである。
お菓子の詰め合わせにたいし、チロルチョコ一個というのもどうかと思うが、詰め合わせは衝動的にあげたのだし、仕事中でもあるのだから、それについては立件しない。
問題はそれが飴玉でもチーズおかきでもなく、チロルチョコだったことである。
ぼくはザ・ムー原人に監禁されて以降、このチロルチョコを見ると、あの恐怖がよみがえってきて、どんな場にあってもミック・ジャガーのように激しく動きまわってしまうのだ。そして悪気はもちろんないだろうが、チロルチョコを手渡してきた人妻さんにたいしても怒りや恐怖をいだくようになってしまったのである。
「こんなの逆恨みだよな……」
怒りや恐怖を過度にいだくのはよくない。ここは気分転換が必要である。
ぼくは自転車で自宅にもどると、今度は徒歩で公園に行き、走ることにした。一キロ七分のペースで五キロほど走る。
「うん、気分がすっきりしてきたぞ」
走ったあとはとうぜん入浴である。晩酌である。夕方のぼくの怒涛のルーティンである。
思えば一人での晩酌は、なにげにひさしぶりだ。厚焼きたまご、冷奴、レタスサラダ、切り干し大根の煮物、茹でたブロッコリー、そして蔵シリーズである。
ユーチューブで「隣の八重ちゃん」という古い映画を観ながら飲んでいると、
「ごめん」
山城さんがすごい勢いでいきなり引き戸を開けてきた。
「おお! びっくりした」
山城さんの目は据わっていた。すでにけっこう飲んでいるようだ。
「ここまでどうやって来たんですか」
「お袋にクルマで送ってもらいました」
山城さんは深刻な顔つきで、
「お邪魔します」
と靴をぬぐ。
「どうかしたんですか、山城さん」
「たいへんなことです。びっくりしないでくださいよ、新倉さん」
ぼくはいちおう正座して、切り干し大根を食べながら力強くうなずく。
「きのうもらったこの『住乃井、生貯蔵酒』っていう酒、こっちのベルクで売ってる『くらしにベルク生貯蔵酒』と中身おなじです」
山城さんは二種の清酒をリュックから出してこういった。酒は未開封だった。
「それ、買ってきたんですか?」
「ええ。お袋に送ってもらって、イオンモールとあと〈ベルク〉でいま買ってきました」
「お母さんに理由、話したんですか」
「細かいことはいいませんでした。ディープステートのことはざっと話しましたけど」
「ディープステート?」
「ええ。この策略はディープステートの仕業だと思うんです」
「あはははは」
山城さんはおそらくネットかなにかでディープステート関連の動画を観つつ酒の飲み比べをしていたのだろう。ごっちゃになっているのだ。促されるままにぼくもこの二つの酒を飲み比べてみる。
「うーん……」
「どうですか?」
「おなじかもしれないですね、たしかに」




