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その六十七
清めの塩を入れておく盛り塩皿にピカチュー邸のカギは隠す決まりになっている。ちなみに玄関のまえにいつも出しっぱなしになっているこの皿をつくったのは安里さんだ。
わすれたころにぼくたちのまえにあらわれて陶器類などを売りつけてくる安里氏を、ピカチューくんはどういうわけか、高く評価しているのである。
床がグニュグニュしているこの部屋にいる意味ももはやないので、ぼくたちは帰ることにした。
「もう絵のことも決まったしね」
「そうですね」
玄関を施錠し、安里氏作の盛り塩皿にカギを入れておく。
「あのおウチ、ずいぶん揺れますね」
「洗濯機動かすと、もっと揺れるんですよ、船に乗ってるみたいに」
いっしょに出てきたシュゾンちゃんに、
「ね」
と振ってみると、シュゾンちゃんは、
「うん」
とうなずいて、それからきょうはじめてちょっとだけ笑った。
戸賀先輩との交渉が長期戦になると見込んで、ウチに泊まる予定になっていたアンダーソンさんは、だがしかし逆に今度は忙しくなってしまった。干し柿国にまたぞろ出向いて交渉のやり直しをするからである。
「お金のことですか?」
「そう。どさくさに紛れて『絵の値段負けてくれ』ってさっき送ってきたから、逆に上乗せしちゃおうと思ってるの」
「あはははは、さすがアンダーソンさんだなぁ」
「ピカチューさんにも、もうすこしあげたいし。あの方、ちょっと困ってらっしゃるみたいだから」
ビニールプールで上空に舞い上がっていくアンダーソンさんを見せるとシュゾンちゃんの情緒はさらに不安定になる可能性があるので、ぼくはアンダーソンさんと途中で別れてシュゾンちゃんを送ることにした。しかしいったん自宅に入ったシュゾンちゃんは、
「新倉さーん」
「あれ」
またぼくのあとを付いてきてしまった。人恋しいのかもしれない。
「シュゾンちゃん、ウチで飲み会やるかい」
「うん」
「山城さん知ってる?」
「知りません」
「その人も呼びたいんだけど、いいかな」
「どういう人ですか」
「いい人。ぼくとおなじくらいの年齢の普通のおじさん」
数年まえ、山城さんはある女子にひどい失恋をした。そのときの山城さんはけっこう落ち込んでいて、しばらくは酒もぜんぜん受け付けなかったのだった。これは大酒飲みの山城さんにとっては異例のことである。
それでもやがて、山城さんはわりとすんなり立ち直る。それは本人がいっていたのだけれども、たしか失恋の傷を癒やす会だかなんだかの集まりに参加したからなのだ。
つまり……である。ぼくは山城さんにシュゾンちゃんを任せようとじつは思っているのだ。
「ところでシュゾンちゃん、お酒飲めるの?」
「サワー系ならけっこう飲めます」
「缶のやつ? それとも割るならハイサワーみたいなやつかな」
「缶だとゴミ出すときたいへんなんで、家では甲類焼酎をハイサワーで割って飲んでます」
「レモン系?」
「いちばん好きなのはグレフル」
とりあえずぼくは山城さんに、割るならハイサワーをグレフル中心に何種類か買ってきてください、とメールでお願いした。




