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その六十六
歩いているときに、春代さんからメールが返信されてくる。
「よし」
御婦人はモデルを務めてくれるとのことだった。あとはピカチューくんだけである。
ピカチューくんは経済的に困っているので、お金を出せば、かならず引き受けてくれるだろう。
しかしピカチュー邸をたずねると、
「死んでやるからー」
「それはきみの自由だ」
タイミングのわるいことにピカ氏は先のように交際している女性と揉めている真っ最中だった。出直そうとすると、
「新倉先輩、かまわないですよ、あがってください」
とピカチューくんは手招きしてくる。
「そちらの方もどうぞ。遠慮しないでください」
「はい」
アンダーソンさんもスニーカーをぬぐ。
先ほど、死んでやると叫んでいた女性は、モコモコに波打っている畳のうえに座布団を二枚敷いてくれた。
「すみません」
ぼくはこちらの女性に一度だけ、やはりこのピカ邸で会ったことがある。
シュゾンちゃんという天真爛漫な子だ。しかしその天真爛漫だった娘さんはいまは別人のように暗い表情をしていた。ピカチューくんはそんなシュゾンちゃんに、
「死ぬか生きるか、そのことは、この人に相談して決めるんだな」
とぼくの肩をポンポンと叩いてくる。
「なにをおっしゃってるんですか、お宅は」
「新倉さん、わたし、どうすれば、いいですか」
感嘆の〝おや〟である。シュゾンちゃんはぼくをおぼえていたようだ。もちろん死ぬなんて、とんでもない。
ぼくはピカチューくんのことはさっさとわすれて、ほかの人をみつけたほうがいいといった。あたりまえである。シュゾンちゃんは下を向いたまま黙っていた。
「新倉先輩、ところできょうはどうしたんですか?」
「ん? ああ、絵を描いてほしいんだ。熟女の」
「モデルいるんですか?」
「いる」
「金もらえるんですか?」
「出す」
「じゃあ、やりますよ」
アンダーソンさんは前金をすぐピカチューくんに渡した。ピカチューくんはそれを受け取ると、
「新倉先輩、おれ、〈カロリー軒〉に行ってきます。腹ペコなんですよ」
と出ていく支度をはじめる。
「ゆっくりしてってください」
「ホントに行くのかよ」
「ええ」
ぼくはピカチューくんのそばにちかづいて、
「あの子、どうするんだよ」
と耳打ちしてみる。
「お任せします」
「なんでだよ」
ピカチューくんは絵の具で汚れていたシャツを着替えると、帽子をかぶってホントに外出してしまった。




