60
その六十
十二時間後、二度目の食事がはこばれてくる。
やはりチロルチョコ一個である。
「おい、それ食べたら、ひれ伏して待ってるんだぞ」
「どうしてですか?」
「大王様がお見えになるからだ」
「釈放してくれるんですか」
「ちがうよ。おまえにクマのエサになるのと、メカメトロン様への貢ぎ物になるのと、どっちがいいか、決めさせてくれるんだよ。ギャハハハハ、ありがたく思え」
「メカメトロンて、なんですか?」
「クマより強い巨大怪獣」
「貢ぎ物って?」
「生贄として捧げるんだよ」
すべては終わりである。
わたくし新倉三千世は、こんなわけのわからない国でクマかメカメトロンに喰い殺されるのである。
どちらかを選択させてくれる大王などに、もはやひれ伏す必要もない。
どっかと大あぐらで待ち構えていることにする。
しばらくすると内格子の錠前がはずされた。
「大王様がお見えになったぞ」
大王は透明のマスクをかけていた。
おそらく巨大な口髭を自慢したいのだろう。
それでもぼくは口髭のことには触れずに素知らぬ顔をしていた。
ガン無視していようと決めていたからである。
「なにを見ている?」
大王からの質問である。
ぼくはガン無視しようと決めていたが、愛想よくする習慣が身についているので、
「写真集ですよ」
とついこたえてしまった。
「写真集?」
「タイトルは『五十路の女たち』っていうの。おれ、これくらいの年のほうが若い子よりも好きなんだ」
「なぜだ。人間は年取ると、子ども産めなかったんじゃなかったっけ」
「異性をもとめるのは子孫を残すためだけじゃないでしょ」
「ほかになにがある?」
「まったく、とぼけちゃって。ただね、もちろん例のナニだけをもとめてるわけじゃないですよ、ぼくも。あっ、このあいだなんかさぁ、クリーニング屋でパートしてる主婦に手を振ってもらっただけで胸が熱くなっちゃったの。わかるでしょ」
「わからない」
「わからないの? ああ、お宅、戸賀先輩タイプなんだね――あのね、均整の取れたからだとか、完璧に美しい顔とか、そういうもののほうが、いいわけではないの」
「わからない」
「つまりね、あっ、この熟女なんか、説明するのにいいな。ちょっとお腹がぼてっとしてて、目尻に小じわがある。ね、ここ! ここに色気があるの! わかる? ここに色気や可愛らしさを見出せるかどうかなのよ、われわれは」
ぼくは立ち上がって、ぼてっとした熟女の写真を大王にみせてあげた。
「プロト・ジュクジュクマン……」
すると大王はこうつぶやいたのちにガクガク震えだした。
下っ端のザ・ムー原人も硬直して動けずにいる。
「プロト・ジュクジュクマンて、おれのこと?」
「プ、プロト、ジュクジュクマン……」
大王はぼくの問いにこたえることもできず、涙ポロポロよだれ鼻水共にビービーの体であった。
自慢の巨大口髭も台無しである。
「あれ、なにげにいまノーマークになってるよね、おれ。チャンスこれ、もしかして、これチャンス」
リュックを背負ったぼくは、各部署のザ・ムー原人たちにも写真集で威嚇しつつ牢屋だか城だかを脱出した。




