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その四十七
預り証に記されていた「高橋美幸」という人妻の名前に気を取られていて、日本酒の補充を、わすれてしまった。
家にもどってからそれに気づいたぼくは、あたまにゲンコをかわいく二個お見舞いする。
「コンコン」
訂正である。
やはり熱くなりすぎてもいけない。
ぼくは自転車に乗りながら青空市でよく手作りクッキーを売っている小柄な子にどう求愛しようかとも、じつは並行してかんがえていたのだ。
これから愛さんと遠出するというのに、あぶないところだった。
クールダウンである。
もよりのちがう店に行き、「蔵だより」の二リットルを四パック買ってくる。
シャミーの晩酌用である。
抹茶オーレ帝国に何日滞在するのかは知らないが、これくらいあれば、まあシャミーにも親心は伝わるだろう。
約束の時間は午後の三時である。
それまでぼくは部屋で待機していることにした。
とにかくクールダウンである。
パソコンで、
「『招待状のないショー』こそが陽水にとってのサージェントペパーなのかもな……」
などと思いつつ音楽を聴いて時間をつぶし、
「さて」
いよいよ時間である。
ぼくは大きい横長のバッグをたすき掛けして自転車にまたがった。
愛さん邸に着き、インターホンを押すと、すでに父娘は支度を整えていた。
「行きましょう」
「はい」
お父上が駐車場のスペースを占領しているイナバ物置のカギを開ける。
「どうぞ」
「はい」
ゆうべぼくは事前に、このイナバ物置は時空のちがう抹茶オーレ帝国へ行くための専用機なのだときいている。
飲み会の終盤に、しかもなにげに交互飲み体制に入っていたときにおききしたので、この瞬間まで聞き違いの可能性もあるなと思っていたのだが、やはりこの専用機で異国だか異星だかにおもむくようだ。
物置のなかは畳敷きで、チャンネルをガチャガチャ回すタイプのかなり古いブラウン管テレビが何台も設置されてあった。
靴をぬいでなかに入る。
「三千世くんはここね」
「はい」
お父上は真ん中の赤い柄の座布団に座る。
「ビデオパネル、スイッチオン!」
「ラジャ」
愛さんはテレビのスイッチを入れ、チャンネルを文字通りガチャガチャまわす。
お父上の眼前にあるテレビにはファミコンが接続されていた。
スーパーマリオのカセットをガチャッとはめる。
チビ状態のマリオは最初のクリボーに無鉄砲に突っ込んで即死していた。
「エイ!」
お父上はこの瞬間カセットを強引に引っこ抜き、ちがうカセットにすげ替えた。
タイトルは「小森のおばちゃまのスポーツクライミング」とある。
ブラウン管テレビに映し出された小森のおばちゃま然としたキャラクターは最初に、
「こも、こも、こもり、こもり、小森の、小森の、小森のおば、おば、おばちゃまはね」
というと、その後長い時間をかけて、小森のおばちゃまはとってもスポーツクライミングが得意なの、ということをアピールしていた。
「『戦艦百人乗っても大丈夫丸』、抹茶オーレ帝国に向けて発進! エンジン全開!」
小森のおばちゃまのアピールが終わると、お父上はこう叫んだ。
愛さんはまたぞろ、
「ラジャ」
とこたえ、さらにいろんなところに配置されてあるブラウン管テレビのチャンネルを、おそらくてきとうにガチャガチャまわす。
砂嵐状態だった画面は倉田まり子と石川ひとみが交互にスクロールされる無限運動の映像に変わった。
「ワープ!」
「ラジャ」
「えっ、ワ、ワープって……」
このあとぼくは「くらのすけ」と「鬼ころし」と「ブラックニッカ」と「すごいも」の二十五度を、うまい棒のめんたいこ味とベビースターのドデカイやつをつまみにしつつ同時進行で飲みまくっちゃった人のように昏睡してしまった。




