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その四十六
十二時である。
冷蔵庫を開けて昼飯を検討する。
シャミーに今後出すためにキーマカレーの練習をしようかとも思ったが、けっきょくご飯とみそ汁と納豆と豆腐という献立に落ち着いた。
冷奴にはかつぶしを乗せる。
お昼を食べたら今度はクリーニング店へと出向である。
いままでは近所の個人店を利用していたのだが、今回は〈お気に召すままーと〉の横っちょにあるチェーン店に冬コートを頼む予定だ。
九月のはじめに初遭遇した色気のある人妻に会いたいからである。
自転車で店に行くと、
「よし!」
色気のある人妻はきょうシフトに入っていた。
もし入っていなかったらコートは出さずに日を改めて出直そうと思っていたので、まあいい流れであった。
ぼくは紙袋からコートを取り出す。
「これ、お願いします」
「レギュラー? ハイクラス?」
「お嬢さんはもちろんハイクラスですよ」
「わたしのことじゃないですよ、コートの仕上げのこと」
「ではハイクラスで」
「一週間くらいかかります」
「わかりました」
「きょうは奥さん、いっしょじゃないんですね」
「奥さん?」
「ええ。ピンクの髪の」
「ああ」
「きれいな人ですね、奥さん」
「お嬢さんのほうがきれいですよ」
色気のある人妻さんは照れていた。
手で顔を仰ぎながら、だからさっきわたしを観た瞬間ガッツポーズしたんですね、というようなことをいっている。
不意をつかれたぼくは、それでもオールイングリッシュムッシュうんぬんと言い訳しながら、
「お願いします」
となんとか店をはなれた。
自転車に乗るときにガラス越しに店のほうをチラッと見ると、色気のある人妻さんもこちらを横目で見ていた。
「ん!」
ここは強い気持ちでアクションを起こさなければならない。
おもいきって手を振ってみる。
色気のある人妻さんもささっと小さく手を振ってくれた。
すばらしい瞬間である。
心に熱い何かが込み上げてくる。
これこそがリアルボンジュールである。
そうなのだ。
恥ずかしがっていたり、無視されることを恐れていたら道は開けないのだ。
背負っているリュックのなかには先ほど春代さんよりいただいたお菓子の詰め合わせが入っている。
近年のぼくは、お菓子は基本住まいに置かないことにしているので、丸先輩のところにもっていく予定なのだ。
しかし予定変更である。
これこそが真のボンジュールジェントルマンなのだ。
ぼくは取り付けた自転車のカギをまたはずすと、クリーニング店に引き返し、色気のある人妻さんにお菓子を渡した。
この動きなのだ。
恐れていたら道は開けないのだ。
スーパーの横っちょでこんなに瞳孔を全開にする必要もないかもしれないけれど、とにかくそういうことなのだ。




