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その四十四
九時すぎ、秦野家にお暇を告げる。
「またあしたね、三千世くん」
「うん。おやすみ」
最初は前章のようにお茶を濁しつづけていたのだが、最終的にけっきょくぼくは今回のエンセイには付き合うこととなった。
理由は単純である。つまり、
「三千世さん、わかった、じゃ、こうしよう。今回は愛も同行させる! どうだ!」
「おとうさん、もう」
「そして向こうでの宿泊も二人でいっしょの部屋に泊まっていい。おれはべつの部屋で寝る。何なら宿自体もべつにする。だから本当に本当にお願いします。地球の平和がかかってるんだ。このとおり」
「わかりました、お父上。お供しますよ」
「三千世さん!」
「だけど部屋はべつでいいですよ。そういうあれは正式にきちんとあれしたら、こっちでじっくりあれしますから」
とあいなってしまったわけなのだ。
はなれに帰るとシャミーはもう寝ていた。翌朝起きるとシャミーはやはりまだ寝ている。シャミーは二十一歳である。若いからこれだけよく眠れるのである。最近よく眠る人間を凄いと思うようになった。ぼくもたまには一度に十二時間くらい寝たいものである。
水だけ飲んでジョギングに出る。朝派ではないが、きょうはよその国だか、よその星だか、よその時空だかに出かけるので、日課の有酸素運動を済ませてしまうのである。
旧大伯母邸にもどるとシャミーはさすがに起きていた。
「いま風呂入るから朝飯待っててくれ」
というと、ゆうべの残りものをもう食べたとシャミーはこたえた。わるいことをした。走りに行くまえになにかつくっておけばよかったのである。
朝風呂から出たぼくも朝食を取る。おでんがまだ余っていたので、それを全部食べてしまうことにする。ご飯を食べると朝食としてはカロリーオーバーになるので、おでんだけという変則的な朝飯である(まあじゃがいもと餅巾着とつみれが残っていたからバランス的にはそれほど偏ってはいないだろう)。食べ終えると鍋を洗った。
「洗い物はわたしやるよ」
「いや、今回は朝飯つくらなかったから、おれが洗うよ」
シャミーには抹茶オーレ帝国に行くことは伏せておく。
「出張?」
「うん」
今回はあくまでも通称この世のことならなんでもできる神々の父氏に会うために出向するからである。それと話がややこしくなるからである。
洗い物を済ませると今度は義姉にも留守にすることを告げる。
「忙しいのね」
「なんだかねー」
「シャミーちゃん、ウチの仕事のこと、なんかいってた?」
「おもしろいって、いってたよ」
「あ、そう。よかった」
「兄貴の出張用のカバンみたいなのないかな? デカめのやつ」
「あるわよ」
「スポーツバッグみたいなのがいいな」
「あったと思う」
義姉はアディダスの横長の大きいバッグを出してきてくれた。
「これは?」
「ばっちり。ちょっと借りますね」
「行くところ、遠いの?」
「まあ遠いのか何なのか……」
「ジンジャーエールもっていく? あれ、乗り物酔いに効くもんね」
「ああ、ありがたい。もっていきます」
今回は激安長距離バス旅行とかそういうことではないので、姪っ子のサッカークラブの遠征用に常備してあるジンジャーエールは必要ない。
しかし義姉よりいただいたジンジャーエールを飲んだおかげで乗物酔いしなかったということに後日しておけばいいので、あえてもらっておくのである。
ジンジャーエールが乗物酔いに効果があると最初に見出したのは妹の京子である。京子はとっくに嫁いでいるが、現在でも新倉家ではこの神話をなぜか盲信しているのである。
「サンドイッチを箸で食べるの定着させたのも、たしか京子だったよな……」




