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その四十三
百科事典の九巻を貸すついでというわけでもないが、今晩は愛さんのウチで飲み会をすることとなった。ぼくより先に帰っていたシャミーにそれを伝える。
「新倉さん、よかったね。愛しの愛ちゃんに誘ってもらって」
「うん」
これまでぼくは、愛さんが大好きだということをシャミーに何度もいっている。
「仕事どうだった?」
「おもしろかった」
「そうか――おでん温めるとき、このボタン押すんだからな」
「うん」
「クッキングヒーターの使い方はわかってるよな」
「うん、これはわかる」
リュックから先の写真集を取り出し、とりあえず押入れに隠す。そして今度は百科事典の九巻をリュックに詰める。
「ご飯系もなんか食べるか?」
「食べる」
「なにがいい?」
「うーん、じゃあオムライス」
「オムライスな。あとは?」
「いい」
今晩のシャミーの晩飯はおでんとオムライスである。シャミーは包丁は使えないし、ご飯も炊けないが、電子レンジとクッキングヒーターは使える。お腹が空けば、てきとうに温めて食べてくれるだろう。
「じゃあ、行ってくるな」
「いってらっしゃーい」
先ほど愛さんは、なにももってこなくていいといっていたが、愛しの愛さんのウチに行くのに手ぶらというわけにもいかない。
ぼくは愛さん邸からちかい例の〈お気に召すままーと〉で、またぞろブラックニッカの四リットルペットボトルを買った。「くらのすけ」は二、三パックほどストックしてあるらしいので、今回は見送ることにする。
「お邪魔しまーす」
「三千世さん、しばらく」
「お父上、ごぶさたしてます」
いつごろからかぼくは、天才博士をこう呼んでいる。
「九巻、もってきてくれたかい」
「ええ」
ぼくはリュックから百科事典を取り出してお父上に渡した。
「うーん、これは解読たいへんだな……」
お父上は事典をめくりながらこうつぶやいていた。またぞろ例の〝ザ・ムー原人〟関連のことで、なにかやっているのだろう。
「ところで三千世さん、わたし今度また抹茶オーレ帝国にエンセイするんだけど、今回はいっしょに行ってくれるよね」
「またその話ですか、お父上。ぼくは行きませんよ、そんなあぶないところ」
「たしかに日本よりはちょっと危険な国だよ。だけど、いくつかのことに気をつけていれば安全なんだよ」
「行かないのが、いちばん安全ですよ」
「この世のことならなんでもできる神々の父氏が、真のジュジュマン兼ジュクジュクマンに直接伝えるって、いってるんだよ」
「だいたいぼくがなんでその〝ジュジュマン兼ジュクジュクマン〟なんですか」
「その時計をはめてるからだよ」
「これはただ大伯母からもらっただけですよ」
愛さんが料理をはこんできた。
「ジュジュマンっていうのは、わかるけど、ジュクジュクマンってなんだろうね。三千世くん、わかる?」
「ぜんぜん」
愛さんがいうにはジュジュというのは魔術とか呪術とか、そういう感じの意味らしい。
「だいたいぼく、ジュジュマンなのに、そういう魔術みたいなもの、まったくつかえないですよ」
「そのジュジュのやり方を、この世のことならなんでもできる神々の父氏が伝授してくれるんだよ」
「ジュジュがつかえると、いったいなにができるんですか? お花を一瞬にして咲かせるとかですか」
「強い敵を倒せる」
「三千世くん、さっき護身術の本、図書館で借りてなかった?」
「ええ、まあ」
「ジュジュのやり方を伝授してもらったら、護身につかえるんじゃない?」
今夜の愛さんは若干お父上のほうの肩をもっているようである。いつもはお父上に、
「そんな無理いっちゃだめよ、おとうさん」
と抹茶オーレ帝国への同行をぼくに求めるお父上をたしなめてくれているのだ。
「抹茶オーレ帝国には緑色の髪のかわいいお姉ちゃん、いっぱいいるぞ」
「ぼくは愛さんがいるこの国にいますよ」
「『蔵だより』の三リットルパックもあるぞ」
「あはははは。それはちょっと魅力だなー」
じつは護身もちょっと魅力であった。




