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その四十二
図書館に来るのはひさしぶりである。一時期はお弁当持参で朝から晩までここに駐屯していたものだ。
当時ぼくは昼食後の仮眠の訓練をしていた。図書館の硬い椅子においても、うとうとできるように実戦形式で練習をかさねていたのである。
仮眠といっても三十秒ほどでもかまわなかった。たったそれだけでも午後の読書がうとうとをかまさないときよりも断然はかどるからである。
「あのころはフォークナーの『八月の光』とかも館内で全部読んじゃったんだよな……」
ソファーにふんぞり返って大イビキをかいている輩は所詮甘ちゃんである。なぜならば、その方法では遅かれ早かれ図書館のスタッフより注意を受けるからだ。
脇が甘いから、そんな屈辱を受けるのである。油断しすぎなのだ。
小柄系童顔熟女大好き紳士の朝は早い。そして決して油断しない。やはり護身術は身につけるべきである。
そんなことを思いつつ館内に入る。フリースペースでは例のバザーがおこなわれていた。きょうは本の店が多いようだった。とりあえず物色してみる。
「キャオ!」
ぼくはいきなりとんでもない本に出くわす。護身術の本ではない。写真集である。
タイトルは「四十路の女たち」となっていた。ぼちぼち分厚い。売り主にちょっと見ていいか、きいてみる。
「どうぞぉ」
売り主がいうにはこの写真集は私家版ということだ。なんでも売り主自身がお作りになったという。
「五十路はないんですか?」
「五十路は自分の知り合いが出してます」
「お知り合いの方はきょうはいらっしゃらないんですか」
「ええ。いま岡山にいるんです。そいつのスケジュールわかったら連絡しましょうか」
「お願いします」
ぼくは真壁さんとおっしゃる売り主とアドレスを交換した。
さて、五十路はひとまず置いておくとして問題は眼前の四十路である。
この写真集の値段は二万円であった。安くはない。それでも私家版ということをかんがみれば、その熱意に敬意を払ってあえて値段交渉はせずに買ってあげてもいいような気もする。
「分割払いでもいいですよ、お客さん」
「ええ……」
わたくし新倉三千世は松尾嘉代は若いときより四十くらいのほうがいいと思っている系紳士である。そしてくり返しになるが、小柄系童顔熟女大好きジェントルマンである。
「よし、買います」
「分割ですか?」
「いえ」
ぼくは二万円を売り主に渡した。これが真の紳士なのである。紙袋に入れてくれた写真集をリュックに詰める。
「ん?」
誰かがうしろからぼくの肩をトントンと叩いてきた。振り向くと、愛しの秦野愛さんである。
「愛さん!」
「三千世さん、何か買ったの?」
「ええ、まあ」
ぼくは写真集購入の事実を隠蔽するために話の方向を半ば強引に変える。
「愛さん、なにか本探してるの? おれも探すの手伝うよ手伝うよ」
「そう? 父に頼まれてるんだけどね――」
作戦成功である。愛さんは百科事典を探しているとのことだった。全巻必要ではなく、端本でかまわないそうだ。
「第九巻なんだけどね」
「九巻ね。で、タイトルは?」
「『チュツオーラ百科事典』」
「え! あの表紙が黄色の?」
「そうそう」
「おれ、もってるよ」
「え! ホントに」
「うん。大伯母さんが、特典かなんかでもらったんです。チュツオーラ製菓っていうところから」
「貸してくれる?」
「いいですよ」




