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その四十一
最初ぼくは月見そばを食べようと思っていたのだけれど、ピカチューくんが、
「おれが特上天ぷら定食なのに、金出す人が月見だけって変ですよ」
といってきたので、ピカ氏とおなじものを頼むことにした。いったいに揚げ物系は日々警戒しているのだが、まあきょうはいいだろう。
特上天ぷら定食ができあがってくると、ぼくはさっそく女性経験豊富なピカチューくんに午前中に起きた奇跡的な先の出来事を語った。
「うーん、まあ可能性は低いけど、ハニートラップってこともいちおう想定しておいたほうがいいかもな……」
「ハニートラップ?」
「いわゆる美人局ですよ。あとでこわもての男が来て、金ゆすってきたり」
「え」
「おれの友だち、昔そういうことあったんですよ。でもそいつ柔道やってたから逆にゆすってきた男を絞め落としちゃって」
「スゲー」
「で、それからは来なくなったみたいですよ」
「そうか。やっつけちゃえばいいんだな」
「そういうこと」
「でも、けっこう行き当たりばったりだったよ。計画的じゃないと思うな。ぜったい美人局じゃないよ」
「話の流れ的には、まあ十中八九、だいじょうぶでしょうけどね――あれ、新倉先輩って、武術とかやってましたっけ」
「プロレスなら、子どものころ観てたよ」
「技とかできます?」
「おれ、リバース・インディアン・デスロックからの鎌固めできるよ」
「そんなんじゃなくて、もっと実戦的な技」
「うーん、なんだろ……」
「新倉さんの体型だとプロレスっていうよりボクシングだな」
「まあ痩せ型だからね」
「ちょっと、シャドーボクシングやってみてください」
テーブルは座敷である。そして個室である。だからぼくは立ち上がって、
「シューシュー」
とシャドーボクシングをピカチューくんに見せた。
「うーむ、それじゃなんか、ミック・ジャガーみたいだなー」
「散々練習したからね、ミックは。しみついちゃってるんだな、動きが」
「まあ、急には強くなれないから、つかまったときの逃げ方とか、そういうの研究したほうがいいかもね」
「あとで図書館行ってみるよ。護身術の本、あるでしょ」
「うんうん、山城先輩と安酒の研究してるより、ずっと有意義ですよ、護身術のほうが」
ピカチューくんは交際中の複数の女性が自宅で鉢合わせしてしまっても平然としている男である。ちなみにピカ氏はそのとき二人の女性にどちらを取るかと詰め寄られて、
「じゃあ二人で決めな」
と言い放ったらしいのだ。並のメンタルではない。とにかくピカ氏は女性に冷たいのに女性にモテるのである。
「あっ、そうだそうだ、和泉さん、国に帰っちゃったんだ」
「和泉さんて?」
「ほら、絵描こうとしたんだろ」
「ああ、あの子か。髪の毛がピンクの子ね」
「そうそう」
「あの女のほうがずっと危険だよ、三千世殿にとっては」
「え……」
「その年増の女よりね」
「その問題はまあおいおい……あっ、ねえ、ピカチューくんはいつもモデルをヌードにするの?」
「うん。それがおれのやり方なんです。丸さんとかの描き方は、またぜんぜんちがいますけどね」
「裸見たいから脱がすんじゃないのか……」
「裸を観なくちゃ、その女の本質は絵に出てこないんです」
特上天ぷら定食を食べ終えると、ぼくたちは店のまえで、
「新倉先輩、ごちそうさま」
「うん、いろいろありがとな」
と別れた。




