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その三十五
地元の駅にもどるとまっすぐ銀行に行き、兄貴が振り込んでくれたお金を全額下ろす。そして懐にしまったのちに札束の感触をずっと確かめながら徒歩で帰宅する。
シャミーからメールが入っていた。仕事はやはり辞めたようである。きょうだけは代わりがいないので、受け持ちのルートを回るとのことだった。
三時すぎに和泉さんは自転車で帰ってきた。この自転車は戸賀先輩のお母さんのものである。戸賀先輩のお母さんは近年この自転車をぜんぜん活用していないので、貸してもらっているのだ。
和泉さんは紅茶を淹れながら、
「わたしがアトリエに行くと、森野さん、ちょっと不機嫌になるみたいなんです」
というようなことをいってきた。
「森野さんはほら、丸先輩のことが好きだから」
「ああ、それで……」
さて、本題である。ぼくは百万円の札束を二つ和泉さんに渡した。
「これは?」
「貸しますよ」
「でも……」
「稼ぐっていったって、なかなかむずかしいでしょ。こっちでは」
「そうですね……」
「遠慮なく、つかってください」
「国に帰れば、お金は用意できるんです。ですから、いままでお世話になった生活費の分もすぐお返しできるんですが……」
「すぐにじゃなくても、いいですよ」
「ええ――王子のことも心配ですし……では、お言葉にあまえて、お借りいたします」
「どうぞ」
「さっそく出発しますね」
「え」
和泉さんは室内にあった大きめの紙袋に私物を詰め込むと、
「タクシー呼んでいただけますか?」
「あ、はい」
まずは羽田空港に向けて、あっという間に出立してしまった。
ぼくはしばらく呆然としていたが、気を取り直してウォーキングに出る。
きょうは駅から歩いて帰ってきているので、一時間ほどで切り上げるつもりである。距離にすると六キロだ。
「買い足すものはないから、公園に行くの自転車じゃなくていいな」
六キロ歩いたあとは例によって風呂である。ぼくは先週からお湯の温度を一度上げている。
熱い湯はからだによくないらしいが、ぼくはどうしても冬は熱くしてしまうのである。
深酒、熱い風呂、炎天下でのランニングおよびウォーキング――わたくし新倉三千世は、これらの反社会的な行為になぜかつねにアグレッシブなのである。




