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その三十四
翌朝いつもの時間に起床する。交互に飲んでいたにもかかわらず、あたまもからだもシャキッとしていた。これは水分を大量に取っていたためだと思われる。
ぼくはゆうべ、酒を飲みつつも、なっちゃんオレンジのデカペットボトル一本分の水、そしておなじくなっちゃんオレンジのデカペットにつくった青汁一本、計三リットルほどの水分を摂取していたのだ。
和泉さんが義姉の実父邸からもどってきた。きょうはこれから丸先輩のところで絵を習うとのことである。ぼくはシャミーのことはまだいわずにいた。
「まず義姉の実父氏にきいてからだな」
朝飯を食べると、ぼくは実父邸に自転車で向かった。
「おとうさん、おはようございます」
「おはよう。早いね」
「きょうはちょっとお話がありまして」
ぼくは和泉さんのことを頼んだ。
「毎日? ずっと?」
「ええ」
「いままでみたいにたまにだったらいいけど、毎日は無理だよ」
「でも、部屋いっぱい空いてるじゃないですか」
「いや、さすがにかおるもつぐみも何かいってくるよ。ああいう若い女の子を本格的に家に置いちゃうと」
ごもっともである。ぼくは朝早くすみませんでしたと詫びたのちに実父邸をお暇した。
「作戦変更だな――」
和泉さんにはわるいけれど、ぼくは今後シャミーを優先的に扱おうとかんがえている。シャミーには身寄りがないからである。どうもシャミーは孤児だったらしいのだ。
和泉さんは祖国のピーチオーレ帝国ではエリートである。日本でいったら宮内庁の役人みたいな地位だろう。実家も裕福で、二百万くらいのお金はすぐ返せるとのことなのだ。
ぼくははなれにもどるとすぐ母屋に行き、義姉に兄貴のことをきいた。
「メールしてみようか?」
「お願いします」
しばらくすると兄貴から返事がきた。きょうのお昼に勤め先のちかくにある料理屋で会うこととなった。
「直接連絡すればいいのに、兄弟なんだから」
「ええ」
「知ってるでしょ、携帯」
「知ってますけど、なんとなくね」
駅まで義姉にクルマで送ってもらい、電車で指定された料理屋へ行く。兄貴はまだ来ていなかった。店の周辺をうろうろしていると、やがて、
「おい」
と兄貴がぼくの肩をたたいてきた。
「寒くなったな。ダウン着てきて正解だった」
「毎日こんなところでお昼食べてるの?」
「まさか。きょうはたまたまだよ。寒いから入ろうぜ」
「うん」
兄貴は特上のうな重を頼んでいた。ぼくもおなじものにする。
「天ぷらも食べようかな――おまえも食べるか?」
「いい」
「話って、なんだよ。家じゃ話しにくいのか?」
「兄貴、夜遅いからさ」
「おまえの晩酌が早すぎるんだよ。で、なんだ?」
「単刀直入にいいます。ええ、お金を貸してください。というか、ください」
「いくら」
「二百万」
「二百万の金もないのか?」
「あるよ」
「それは使わないのか?」
「うん。それは結婚資金だからね」
ぼくはまだ手もにぎったことがない愛さんと結婚するためにすでに親父から三百万ほど借りている。ドン引き必至の熱量なのである。手作りクッキーの購入を自粛するほど本気なのである。
兄貴はエビの天ぷらに塩をつけてサクッとやると、
「こっちの二百万は何に使うんだよ」
とそれをもぐもぐさせながらきいてきた。
「和泉さんに渡す」
「あの、あたまがピンク色の子か?」
ぼくはそうだとこたえた。この件も本気である。
「あの子と結婚するんじゃないのか?」
「ちがう」
「ん? ということは、手切れ金か……」
「またそれとは趣がちがうんだけど、話長くなるから」
「結婚する女はまさか髪が緑の子じゃないだろうな」
「ちがうちがう。同年代の人だよ」
「そうか――あんまり若いのもらってもな」
もちろんである。松尾嘉代だって若いときよりも、三十五、六のころのほうが断然いい。わたくし新倉三千世は二十歳の生娘と五十歳の後家さんだったら迷わず後者を取るタイプの紳士なのである。
「よし、金のことはわかった。このあと銀行行くから振り込んでやるよ」
「親父には内緒ね」
兄貴はエビの天ぷらにまたぞろ塩をつけつつうなづいた。




