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その三十三
午後の六時すぎに、シャミーは旧大伯母邸にあがってきた。前回の肉飲みのさい、ちょうど手がはなせないときにチャイムを押してきたので、つぎからは無チャイムで独断で入ってくる、と取り決めておいたのである。
牛鍋はできあがっていた。シャミーが洗面所で手を洗っているあいだにきのうつくったイワシの甘露煮の残りを電子レンジで温める。
「わぁ、おいしそうですね」
「酒、好きなの、勝手にやってくれ」
「これ、ぜんぶおなじなんでしょ?」
「うん、たぶんな」
シャミーは「くらのすけ」をマグカップに注いで、まずは冷やで飲んでいた。
飲み会開始である。シャミーは牛鍋も甘露煮も積極的に食べていた。その食べっぷり飲みっぷりは見ているだけで気分がよくなる。だがシャミーはやがて「くらのすけ」にまつわる出来事を話しだす。こちらは逆に気分がたいへんわるくなるものだった。
「新倉さんがおなじだっていってたから、わたしお客さんに『蔵そだち』売ったんだからね」
「うん……」
執拗に移動スーパーサイドに苦情をいっているその客は、最初シャミーに「くらのすけ」をもとめた。二リットルのやつである。
しかしシャミーがはたらいている移動スーパーは「蔵そだち」は売っているけれども「くらのすけ」は取り扱ってはいない。
基本、業務スーパー系以外では、どちらかしか販売しないものなのである。両雄並び立たず、なのである。
「これ、パッケージがちがうだけで、中身は『くらのすけ』とおなじですから」
とだからシャミーは「蔵そだち」をお勧めした。常識的な応対である。山城さんだって二種はおなじ酒だと認めているのだ。客は、
「そうなんだ。じゃ、それでいいよ」
と「蔵そだち」を買った。こちらも常識的な判断である。
そもそも多忙だったり出不精だったりするからこそ連中は移動スーパーを利用しているはずなのだ。パッケージのちがいだけで、わざわざどこかのスーパーまで買い出しに行くなどというのは、だとしたら完全に愚策だろう。
他県にまで出向いて、パッケージや容量ちがいの同種の酒を買い求めるなどというミッションは、のらくら指数がわれわれくらいのクラスにならないと、到底遂行できないのである。
「でもね、そのお客さん、つぎの日猛烈に怒って電話してきたの」
「『くらのすけ』と『蔵そだち』はぜんぜんちがうって?」
「そう。わたしに騙されたって、いってるのよ」
「上司はなんていってるんだ?」
「これは香りも味わいもぜんぜんちがう酒だから、そういういいかげんなことをいって売っちゃだめだって、ずっとネチネチからんでくるのよ」
「けしからん奴だな」
ぼくは「くらのすけ」のぬる燗をグイッと飲んだ。
「さっきも帰り際にクビみたいなこと、匂わせてきたし……」
「給料いいのか? あそこ」
「ぜんぜん。最低時給。もうあんな仕事辞めたいな」
「じゃあ、辞めちゃえよ」
「でも会社の寮に住んでるから」
「寮って、どれくらいの広さなんだ?」
「わたしのスペースは二段ベッドの上だけ」
「ひどいな」
ぼくは、このトラブルはおれにもたしょう責任があるから、しばらく面倒みてやるよとシャミーを励ました。
「くらのすけ」の燗酒とブラックニッカのロックを交互に飲んでいて、思いのほか酔いがまわっていたからである。ちなみになぜ交互に飲んでいたのか、いつごろから交互制を導入していたのかは、もはや不明である。
シャミーは、
「あした辞めてくる」
と宣言したのちに牛鍋雑炊をふーふーしていた。




