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その三十
妙な展開になってしまったが、仕方ない。肉は食べきれないほどあるのだ。ご飯も炊いてある。
「ん! ここまで何で来た? クルマか?」
「いいえ。歩いてきました」
「おお、じゃあ酒飲むか? 二十歳はすぎてるよな」
「はい。免許証みせますね」
「ええと、二十一か」
「ええ」
「日本酒とウイスキーしかないぞ」
「日本酒いただきます」
「ご飯食べたかったら、炊飯器にあるから勝手に取れ」
「はい。そうさせていただきます」
エメラルドグリーンの娘は食器棚からうどん用のどんぶりを取り出してご飯を盛っていた。ぼくも立ち上がって、娘の焼き肉用のお皿や割り箸や湯呑みを用意する。
「酒、燗にするか?」
「はい。ぬる燗でお願いします」
ぼくはお客にたいしてぞんざいな口のきき方をするこの娘にたいし、いわば〝目には目を歯には歯を作戦〟を取ったわけなのだが、よくよくきいてみると、きょうこの子はきちんとした話し方であった。とりあえずそのことをたずねてみる。
「そうなんです。そのことも謝らなくちゃと思いまして……」
娘がいうには、なんでもこれまでこの子はいわゆる丁寧口調といわゆる乱暴口調とを取り違えて使っていたらしいのだ。お客にたいする接し方も横柄にするのが正しいマナーだと逆に捉えていたようなのである。
キャオ十連発の衝撃である。マ・シェールも発せられないほどのインパクトである。
「わたし、通信教育で習ったものですから」
「日本語とかマナーとかを?」
「はい」
「あっ! きみはあれか、もしかして抹茶オーレの子か?」
「はい!」
「そうかそうか――髪も緑だもんな。目も」
「この国で抹茶オーレ帝国を知ってる人に初めて会いました」
「うんうん。まあ普通知らないよな。ピーチオーレ帝国も」
「ピーチオーレ? そんな国あるんですか?」
「ある――みたいだよ」
「そんな国、きいたことないですよ」
「そういえば、肉食べていいのか? 抹茶オーレ帝国は肉食禁止なんだろ?」
「こっちにいるときは食べても平気ですよ。誰も見てないもん」
「そりゃあ、そうだ。どんどん食べろ」
「はい。いただきます」
「どうだ?」
「おいしい。超おいしいです。焼き肉って、こんなにおいしいんですね」
「うんうん」
「あっ、そうだ、このあいだ、わたし、お釣り」
「ああ」
「わたし何度かおなじ失敗してて……もう一度お釣り出すのわすれたら、この仕事解雇されちゃうんです」
「まだおれ、店のほうにはなにもいってないよ。だからだいじょうぶだよ」
「内緒にしてくれますか」
「もちろん。だって、こうやってわざわざ仕事外の時間をつかって、もってきてくれたじゃないか」
「はい」
「問題は解決した。もうこの話は終わり! 飲もう」
「はい。飲みます。いっぱい飲んじゃいます。こっちの『蔵人三代』っていうのも、飲んでいいですか?」
「飲め」
「こっちの『くらのすけ』っていうのと、どっちがおいしいんですか?」
「うーん、じつはわからないんだ。おねえちゃん、検証してみてくれ」
「はい」
「どう?」
「うーん、おなじみたい」
「あはははは」
このあとは二人で飲んだり食べたりを大いに謳歌した。そして急に雨が音を立てて降ってきたころ、
「あ」
ふと気付く。きょう和泉さんが一生懸命拭いていた窓の付近に前足をかけてロボット犬がこちらをじっと見ていたのだ。目だけが光っていたのである。
ぼくはちょっとふらつきながらも窓のほうにちかづいていった。ロボット犬はあわてて目の光を消す。
「どうしたの」
緑色の髪の娘はきいてきた。
「いや、カミナリかなと思ってさ」
ぼくはごまかす。
「そういえば、なんかゴロゴロ鳴ってるかも」
エメラルドグリーンの娘は部屋の電気を消して窓の外をみつめた。
「あっ、光った」
「いま光ったな」
直後に雷鳴である。先ほどから鳴っているものより音が力強くなっていた。電気をつけようとすると、
「もう一回光るの見たいな」
と娘はいってくる。
「うん」
仕方ない、しばし小休酒である。ぼくは肘枕をついて、娘越しの夜闇に稲妻が光るのをじっと待った。
(第一幕 了)




