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その二十九
お昼は朝食が遅かったのでバナナだけにする。牛乳にバナナである。小さいやつだったので二本食べる。
徳田秋声の「あらくれ」を手に取ったが、またぞろ早々にリタイヤしてしまった。
「黴」も読んだ。「爛」も読んだ。「仮装人物」は三度も読んだ。しかし「あらくれ」だけはなぜか読めないのである。
「夜は雨か……公園に行ってウォーキングするか」
得意の二時間ウォーキングである。距離にすると十二キロほどである。以前からうすうす感じていたことだが、ジョギングよりウォーキングのほうが健康に良い気がする。ジョギングのほうがごまかしがきくし短時間で済んで手っ取り早いが、いずれはウォーキング一択に有酸素系は完全移行することになるだろう。
例によって歩きながら若尾ふみ似の婦人を探す。だがしかし今回も婦人はぼくのまえにあのお姿をみせてはくれなかった。無念である。ハンカチ噛み噛みである。
時間は四時をすぎていた。和泉さんもそろそろ帰ってくるだろう。ぼくは自宅にもどった。
念のために縁台の下に引っ掛けておいた家のカギを取りに納屋のほうに行くと、義姉がクルマで帰ってきた。ぼくは義姉さんが降りてくるのを待つ。
「あれ? 和泉さんは?」
「今晩は泊まることになったんだって」
「えっ、ホントに」
「うん。お父さん、夜中にお化け出るから、泊まってってくれって、和泉さんに頼んだみたい」
「あはははは」
「でもだいじょうぶよ。そもそもお父さんて、昔から女好きじゃないから」
「あの家、部屋いっぱい空いてるしね」
「一人暮らしだからね」
義姉は、
「冷凍庫みたけど、たしかに肉がたくさん入ってた」
ともいっていた。実父が放置しているその肉を娘はもち帰ってきたらしく、ぼくにも、
「もっともってっていいわよ」
とたくさん分けてくれた。この流れだと今晩は焼き肉を食べるしかないと思われる(あした義姉に大げさに肉のお礼をいわなければならないからである)。
風呂に入ったのちに晩酌の用意をする。ぼくは焼き肉用のホットプレートももっている。身銭を切ったわけではない。チュツオーラ製菓のポイントを使ったのだ。
このポイントはいまでも定期的に送られてくる。ちなみに直近のポイントでぼくはステンレス製の米びつをチュツオーラ製菓よりもらっている。
ぬる燗にした「くらのすけ」をグビリとやったのちに最初の焼き肉を一枚食べると、チャイムが鳴った。玄関に出てみると、
「キャオ!」
あのエメラルドグリーンの無礼な娘が立っていた。
「きょうはハッピ着てないんだな」
「ええ。仕事はもう終わってるんです」
「仕事じゃないのか?」
「はい。個人的にお願いに来ました。お釣りのことです」
「ちょっと待った。いまホットプレート切ってくるから」
「ホットプレート?」
「ああ、焼き肉で一杯やるところだったんだよ」
「おいしそうな匂いですね」
「食べるか?」
ぼくはふざけていってみた。エメラルドグリーンの娘は、
「いいんですか?」
と乗ってくる。ぼくはあえてぞんざいに、
「食べろ。あがって来い」
とさらにかましてみる。娘は、
「はい」
といって、本当に靴をぬいで部屋にあがってきた。




