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その二十六
愛さんがおっしゃる〝遠星〟というのは、どうやら他時空の国だか他の星の都市だかべつの宇宙のどこかだかに行くことのようだった。
「父上様は、そんなところに行けちゃうんですか」
「父は発見したの」
「他時空に行く方法を――ですか?」
「ええ――父は誰にも認められていないけど、大大大博士なのよ」
その大大大博士の娘さんはぼくに研究室もみせてくれた。父上様がぼくが来たら部屋をみせておいてと娘にいったらしい。
研究室は微妙に散らかっていて、どことなくニート感もあったが、しかしそれと同時に研究やってる感もたしかにあった。
白衣も椅子にかけてあるし、ビーカーもあるし、
「マ・シェール……」
これは本物かもしれない。わたくし新倉三千世はわりとすぐに、この手のことは信じてしまうのである。
大大大博士はなんでもまだ会ったばかりのぼくを高く評価してくれているらしく、ゆうべは娘に、
「かれは『ジュジュマン兼ジュクジュクマン』かもしれない。いや、十中八九そうだ。愛ちゃん、それがはっきりしたら、かれと結婚しなさい」
と訴えてきたという。ちなみにジュジュマンもジュクジュクマンも娘さんをもってしても詳細は不明である。
「父は天才だけど、そそっかしいの。既婚者の男性と結婚できるわけないのにね」
「既婚者?」
「うん。新倉さん、結婚してるでしょ」
「いいえ、してませんよ。独り者ですよ」
「わたし、きょうの午後見たわよ。〈お気に召すままーと〉で、きれいな若い女の人と買い物してるところ」
ふむふむ、これは愛さんの早合点である。ぼくは和泉さんを泊めることになった経緯をざっと話した。しかし愛さんはピーチオーレ帝国などきいたこともないという。
「その子がいってるんですよ。ピーチオーレ帝国から来たって」
「怪しいわね、その子」
「ピーチオーレ帝国って、うそなのかな……」
「たぶん――抹茶オーレ帝国ならあるけどね」
「抹茶オーレ帝国?」
「うん。父はいま、その抹茶オーレ帝国に行ってるの」
愛さんのお父上は抹茶オーレ帝国なる国で隠遁生活をしている〝この世のことならなんでもできる神々の父〟という方に教えを請うために急遽エンセイしたらしい。
「うーん、この世のことならなんでもできる神々の父か……」
「自称みたいだけどね」
それにしても父上様は自力で他時空にエンセイする方法を発見しちゃうくらいすごい博士なのに、またとんでもなく胡散臭い人物に教えを請いに行ったものだ。
「父はそそっかしいから」
さて、愛さんがいうには、このままだと十年後には、われわれの国はほかの生物に領地を完全に奪われてしまうという。たいへんなことである。
「クマとかが、どんどん市街地に出てきて、活動しちゃうってこと?」
「クマも最近ちょっと進出しようとしてるでしょ。だからこのまえ、お仕置き受けたの。これは父の仮説だけどね」
「ああ、もしかして、あの白骨の?」
「そうそう」
「いったいどんな生物があんなえげつないお仕置きをしたんですか?」
「ザ・ムー原人よ」
「ザ・ムー原人……」
「ええ。父はきのう〈きなこ神社〉の裏山で写真撮ったりしてたでしょ」
「うん」
「あれじつは、その〝ザ・ムー原人〟を調べるためにやってるの。写真が趣味の高齢者みたいに装っているのはカムフラージュなの」
「そういえば、樹木の傷とか見て、むずかしい顔してたな……」
「ザ・ムー原人のクセなの。木をひっかくのは」
酒でも飲まなければきいていられないような気もしてきた。
「愛さん、とりあえず飲みましょう」
「あっ、そうね。なに飲む?」
「『くらのすけ』をぬる燗で」




