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その二十
「ああ、ここだったか」
義姉の実父氏と秦野さんが丸先輩の店先にやってきた。
「三時のお茶にしようと思って――はい」
「すいません」
秦野さんはペットボトルのコカ・コーラをぼくに手渡してきた。オリジナルテイストのやつである。
普段ぼくはこういうものは飲まないようにしている(なっちゃんオレンジは雑誌をつくっている人がたまにもってくるので義理で摂取している)。しかし口をつけないのも買ってくれた人にわるいので、わたくし新倉三千世は喉を鳴らしてゴクゴク飲むことにした。サービス精神である。
「うまいなぁ、コーラ」
「うまい」
「ねえ、コーラ最高ッスよね。ん?」
秦野さんの〝うまい〟はお飲み物の感想ではなかった。丸先輩の作品を観て、こう感心していたのである。
その絵画はどうせ売れないと思っているのだろう、五万円という値段をつけていた。いつものはったりである。
しかし秦野さんはそれでも何の躊躇もなく、そんな作品を即買いしていたのだった。
財布から札束を引き抜き五万円を数えて、
「はい」
と差し出す。さすがに丸先輩も恐縮していた。
「大きいから、もって帰るのたいへんだなぁ」
「わたしたちで、お届けいたしますよ」
「いや、それじゃ申し訳ないですよ」
秦野さんは店先からすこし離れると携帯を取り出して、どこかに電話をかけていた。
「お店、何時まで開いてますか」
「五時くらいまで、やる予定です」
「あっ、じゃあぜんぜん平気だ。あと一時間くらいしたら娘が取りに来ますから。軽自動車なんだけど後部座席倒せば入るよね」
「はい、だいじょうぶです。前回の青空市のときはこの作品、軽で運んでますから」
絵画にかんしてはつねに気高くしている丸先輩もさすがに興奮していたが、ぼくはおそらく先輩よりも、もっともっと気持ちが昂揚していた。
実父氏の釣りだったのだと諦めていた娘さんに、いよいよお会いできるからである。
ぼくはこれまで一目惚れした女子にたいし、最初の接触をディフェンシブにしてしまって何度か手痛い失敗をしてきた。
だから今回はもしひと目見て娘さんを好きになったら、慎重にならずに全力で圧していこうと心に決めていたのだった。令和の好青年たちにドン引きされるほどの熱量でぶつかっていく所存でいたのである。
四時過ぎに娘さんは〈きなこ神社〉にやってきた。
娘さんは小柄であった。ぼくは小柄な子が好きである。娘さんは色白だった。ぼくは色の白い子が大好きである。娘さんは四十近いということだったけれどもそのわりには幼くみえた。ぼくは童顔が超大好きである。
つまりである。ぼくは予感通り、娘さんにひと目惚れしたのであった。わたくし新倉三千世はすぐ女子を好きになってしまうのである。
ぼくは娘さんに接近した。
「『くらのすけ』と『蔵そだち』は、おなじ酒なんですよ」
「うんうん、あれ、ぜったい中身おなじだよね」
ぼくは奇襲のつもりで先のようにまず話しかけてみたのだが、普通に応対されてしまった。事前に組み立てていたこのあとの戦術はすべて反故である。
とはいえ「くらのすけ」と「蔵そだち」に精通しているということは、
「マ・シェール!」
逆に道は開けたということもできるのであった。飲みに誘えばいいからである。
ぼくはすぐさまこの戦術を敢行した。
「お嬢さん、今度飲みに行きませんか?」
「うん、行こ行こ」
「駅前の〈ぐんぐんグローバル〉なんかどうですか? けっこうおいしいもの出すんですよ、あの居酒屋」
「でも、そういうお店だと、『くらのすけ』も『蔵そだち』もないでしょ」
「まあ、そうですね」
「ねえ、だったらウチで飲まない? 父ともお友だちなんでしょ」
「友だちっていうかですね、いまさっき……」
「えっ、友だちじゃないの?」
「友だちですよハイ、もちろんお父様とは。超お友だち」




