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その十四
和泉さんに外出することを告げる。
「午後にはもどってくると思う」
「はい」
「和泉さん、きょう出かけますか?」
「たぶん、出ないと思います」
「もし出かけるんだったらさ、カギは縁台の下にこういうフックがあるからね、そこに引っ掛けておいてください。あっちの納屋のほうのやつね」
「わかりました。この固定電話、かかってきたら出たほうがいいですか」
「出てもらってもいいですよ。なんかあったら、ぼくもここに電話かけるよ」
おつぎは実家である。義姉にクルマを借りるのである。
長年のらくらな生活をしているわたくし新倉三千世は、とうにガソリンを軽率には使わないからだに進化している。つまり片道二十キロ程度のところまでは自転車で楽々用を済ますことができるのである。
ちなみに藤原家まではだいたい十二、三キロだ。だからべつに自転車で行ってもどうということはない。
しかし、そんなふうに水面下で用を済ませてしまうと、肝心の〝恩を売っておく〟という地道な積立がとうぜん貯まっていかない。骨折り損のくたびれ儲けである。
だからクルマを借りるということにかこつけて、これからやる恩売り活動を義姉に知らせるわけなのだ。
母屋にあがると、義姉は台所でコーヒーを飲んでいた。
「義姉さん、きょうクルマ空いてますか?」
「あっ、わたし午前中、美容室行くのよ、予約してあるの」
「ああ、そうですか……」
「またお酒探すの?」
「いや、おとうさんのところ、また行くんですよ」
「お父さんて、ウチのお父さん?」
「はい。さっき電話かかってきたんです」
「またもしかして、テレビ?」
「そう」
「たぶん、三千世くんに写真みせたいのね。ごめんね」
「いえいえ、親孝行だと思って、行ってきますよ」
「そういえば、お姉ちゃんがいってたんだけど、あの家に青汁いっぱい置いてない?」
「ああ、あったかもしれない。箱のやつでしょ」
「そうそう――なんかほら、移動スーパーでいつも買ってるでしょ、いろいろ。そのときに毎回買っちゃってるみたいなの。六十袋入りくらいの大きいやつを」
「そういえば、きのうも買ってたかもしれないな」
「きょうもし、移動スーパー来たら、青汁は今後はもう買わないって、そのスーパーの人にいっておいてもらえないかな」
「わかりました。いっておきますよ」
「移動スーパーが来たらでいいからね」
「ええ――でもおとうさん、青汁飲んでるんですね。偉いじゃないですか」
「それが、ぜんぜん偉くないの。買ってるだけで飲んでないのよ。お父さん、青汁大嫌いだから」
「じゃあ、何で買ってるんですかね」
「かかりつけのお医者さんにレシートみせるためみたい。〝がんばってますアピール〟しておかないと、いろいろ厳しいことを科せられると思い込んでるのよ」
「あはははは。じゃあ、そのあたりもやんわりいっておきますよ。レシートなしでもアピールできるって」
「お願いします」
庭に親父のけはいを感じた。ここは大事を取るべきである。スニーカーをもって裏口にまわる。
裏口から出ると、すみやかにおもて玄関の横にまわり、あちらから見て死角になる位置に隠れて親父の動向をうかがう。いっさい無駄のない一流の動作である。
「しめしめ」
親父はぼくにはまったく気づいていなかった。やがて親父は自分のクルマに乗り込むとどこかへ去っていった。
「しめしめ」
ぼくは旧大伯母邸にもどると自転車にまたがり藤原邸へ向かった。




